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20XX/03/29 灯りのない部屋

 
《世界が終わるまで360日》
 
一日では渋谷基地に辿り着くことができず、普段の寝ぐらには戻れなかった。
夕陽が地平に沈みかけた頃、カイエダが崩れかけたコンビニを指差して「今晩は、あそこで寝るぞ」と言った。
コンビニの中には、へし曲がった棚がぐにゃぐにゃと迷路のように倒れかかっていた。
棚の上には、食料や飲料水の代わりに黒い埃がどっさりと溜まっている。
日が完全に沈む前に、カイエダは素早くランプに灯を点した。
その数分後に、深く沈み込むような闇が訪れた。
床に敷いた寝袋の上に座り込んで湿気ったカロリーメイトを齧りながら、ちらりとカイエダの横顔を見遣る。
カイエダの頬には、薄らと黒い汚れがついていた。
手を伸ばして指先で汚れを拭うと、カイエダがむず痒そうに片目を細めた。
 
「お前の手は温かいな」
「心が冷たいからね」
 
戯れるように言うと、珍しくカイエダが口元に笑みを浮かべた。
カイエダの掌をそっと両手で掴む。
見た目の繊細さと違って、カイエダの掌はゴツゴツと固くざらついている。
冷えた掌を、両手でゆっくりと擦り続ける。
 
「冷たくねぇよ、心」
 
視線を闇へと浮かべたまま、カイエダが譫言のように小さく囁く。
それが泣きたいぐらい優しく聞こえた。
本当に冷たくないのはカイエダの方だ。
ランプの灯りが揺らめく。
油がもう少なくなってるんだろう。
 
「もう寝るぞ」
 
カイエダが寝袋を広げて、その中へと潜り込む。
ハマが寝袋に入ったのを見届けると、ランプへと息を吹き掛けた。
ふっ、と音が聞こえて、次に訪れるのは完全な闇だ。
 
「おやすみ」
 
小さく呟く。
返事は帰ってこない。
灯りのない部屋で、カイエダの呼吸音が淡く聞こえた。
 
 

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Published in 世界が終わるまで365日

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