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20XX/03/30 唄に込める思い

 
《世界が終わるまで359日》
 
荘厳な軍歌が空高く鳴り響いている。
鉄柱の上につけられたスピーカーからノイズまみれの軍歌が流れていた。
戦場の士気を高めることを目的とした、歌詞ばかりが壮大な狂信的な曲だ。
 
「これ何て曲?」
「たしか渋谷歩兵部隊突撃曲だ」
「すっげ趣味悪ぃ」
「軍歌なんてそんなもんだ。敵に突撃する時に、頭ん中真っ白になれりゃそれでいいんだよ」
「もっと趣味悪ぃ」
 
焼け焦げたテントの中に上半身を突っ込んだまま、ハマは呟いた。
カイエダは、掌の中でグレネード弾を弄びながら「そうだな」と同意して頷いた。
辿り着いた渋谷基地には人っ子一人いなかった。
ただ、おなさけ程度の歪んだフェンスに囲まれた基地とも呼べない荒野が広がっていた。
何か大きな手で薙ぎ払われたように抉れた地面があり、横転した戦車や戦闘機があり、足元には銃や手榴弾が散乱していた。
焼け残ったテントの中を一つずつ見て回りながら、鼓膜にガンガンと響く音に辟易する。
 
「うるさーい!」
「お前がウルセェよ」
 
両耳を塞いで喚くと、カイエダが冷たい言葉を返してきた。
ため息を吐いたカイエダは、肩に担いでいたAKM2の銃口をスピーカーへと気怠そうに向けた。
パンッ、と乾いた音が響いて、壊れたスピーカーの破片が地面へとぐしゃっと落ちてくる。
同時に、鳴り響いていた音楽も止んだ。
 
「これで静かになった」
 
カイエダが肩を竦める。
静けさを取り戻した世界に、途端溢れたのは皮膚がすっと冷たくなるような孤独だ。
風が荒野を吹き抜ける音がやけに寒々しく聞こえる。
今にも叫び出したくなる心を押し殺して、横転した軍用車の荷台を覗き込む。
荷台に乗っていたのは、大量のダンボールだ。
 
「カイエダ来てー」
 
カイエダと一緒にダンボールのテープを剥ぎ取って行く。
中から出てきたのは水の入った大量のペットボトルだ。
 
「水だ」
「水だー」
 
鸚鵡返しに呟く。
水は食料と同じぐらい、それ以上に大事だ。
 
「喜びの歌うたう?」
「この量じゃ全部持って帰るのは無理だな」
「喜びのダンス踊る?」
「お前のリュックはどのぐらい空きがある?」
 
カイエダは、ハマを綺麗に無視した。
強請るように肩を揺さぶると、鬱陶しそうに目を細められる。
それでも、ハマは目を輝かせてカイエダを見詰めた。
 
「とりあえず歌って踊ろうぜー」
「うぜぇ」
「そう言わずにさあ」
 
無理矢理カイエダの両手を取って、左右に腕を揺らしながら、その場で円を描くようにスキップする。
 
「みずーがみつかったよーお、うれしーいなーあー」
「……とんじるーがー、つくれるーなーあー」
「コーヒーもーのめーるー」
「…風呂にー、はいりーてぇー」
 
なんだかんだ言いながらも、やり始めたら結局ノッてくれるカイエダがハマはとても好きだ。
手を繋いだままぐるぐると何度も回って、それからハイタッチでダンスを終了させた。
 
「いえーい!楽しかった!」
「はいはい、そうだな」
 
お母さんみたいに宥めてくる。
ペットボトルを一本開けると、カイエダはごくごくと水を飲んだ。
 
「歌うと楽しいね」
「咽喉が乾く」
 
何とも冷静な返事をしながら、カイエダはペットボトルに残った水をハマの頭にばしゃばしゃとかけた。
頭頂部から顔面へと流れ落ちていく水が気持ち良い。
そのまま両手で顔を洗っていると、不意に生温かい呼気が手の甲に触れた。
掌を外すと、濡れた口元にカイエダの唇が柔らかく触れた。
口角に緩くキスをされて、その唐突さに目を瞬く。
 
「どしたの?」
「もう一回歌えよ」
「何の歌?」
「何でもいい」
 
投げ遣りに言われる言葉が、でも切実だって気付く。
カイエダとハマは二人ぼっちで、でも最終的には一人ぼっちだった。
どちらかが死ねば、もう本当の独りぼっちになる。
 
「じゃあ、楽しい歌がいいね」
「あぁ」
 
カイエダが頷く。
ハマは勿体ぶった咳払いを一つすると、自分が知る中で最も楽しい曲を歌い始めた。
これが終わりゆく世界で最後の歌になるのかなと思うと、少しだけ涙が滲んだ。
 
 

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Published in 世界が終わるまで365日

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