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20XX/04/01 嘘を吐いたことがない人

 
《世界が終わるまで357日》
 
あれからカイエダが口をきいてくれない。
豚汁を啜りながら、向かい側のコタツに入ったカイエダをちらりと盗み見る。
白い蒸気でくもった眼鏡のせいで、カイエダがどんな表情をしているのかが判らない。
 
「カイエダ…」
 
小さく名前を呼んでみる。
返事は返ってこない。
 
「かいえだぁ…」
 
無意識に涙声になっていた。
それでもカイエダは黙って豚汁を飲んでいるだけだ。
カイエダがこのままずっと話してくれなかったらどうしようと思う。
もう喋り相手なんか誰もいない。
 
「ごめん…」
 
掠れた声は誰かに受け止められることもなく、ふわりと宙に霧散していく。
 
「ごめんなさい…」
 
何度も何度も繰り返す。
持った豚汁の中へとぽつりぽつりと涙の粒が落ちていくのが見える。
ぽちゃんと響く水音が悲しい。
豚汁を飲み終わったカイエダが空の容器をテーブルの上へと置く。
ふぅ、と溜息を零すと、十数時間ぶりにハマへと視線を向けた。
 
「お前は、無神経だ」
 
まるで抜き身のナイフを心臓に一息に突き刺すような言葉だった。
ハマは息を呑んで、カイエダを見詰めた。
カイエダの目付きは、不機嫌そうに鋭く尖っている。
 
「俺は自分で解ってるだけでも16人は殺した。銃で撃ち殺したり、ナイフで首をかっ捌いた。爆弾を投げて、他人の身体をバラバラに引き千切ったりもした。中には俺と同じように無理矢理徴兵された子供もいた。同じ日本人を、俺は散々殺しまくったんだ。その俺の前で、お前は自分が人殺しだと泣いた。無神経だと思わないのか?」
 
カイエダは嘘をつかない。
いつだって残酷な真実を、真っ正面からハマへと突き付ける。
 
「でも、それは良いんだ。お前が無神経なことなんて解り切ってる」
 
硬直したハマを見据えて、カイエダは苛立ったように長くなった前髪をくしゃりと掻き上げた。
 
「なぁ、俺がどうしてこんなに怒ってるのか解るか?」
「おれが酷いこと言ったから」
 
カイエダが呆れたように首を左右に振る。
 
「もうお前には俺しかいないのに、死んだ人間のことでお前が簡単に傷付くのが腹が立つんだ」
 
ハマにはカイエダが言う言葉の意味を上手く理解できなかった。
不思議そうにカイエダを見詰めていると、カイエダはゆっくりと立ち上がって、酷く冷たい声でこう言った。
 
「ベッドに入れ」
 
腕をぐいと掴まれて、無理矢理ベッドまで引っ張られる。
突き飛ばされて仰向けになったところでカイエダが身体の上にのしかかってきた。
耳元で淡く囁かれる。
 
「傷つけてやる」
 
カイエダは嘘をつかない。
ハマはぞわりと首筋を粟立たせた。
 
 

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Published in 世界が終わるまで365日

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