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20XX/04/03 まだ、始まってもいない

 
《世界が終わるまで355日》
 
TVの中で、小さな女の子が『世界終わっちゃうの?』と無邪気な様子で呟いていた。
少女は、TVに出るのが恥ずかしくて嬉しいと言わんばかりのはにかんだ笑顔を浮かべている。
その横では、少女の弟であろう赤ん坊を抱いた母親がにこにこと誇らしげに微笑んでいた。
世界が三年後に終わると報道された二日後のTV放送だ。
その時は、まだ誰も自分の人生にリミットがつけられただなんて自覚はなかった。
人々はコンビニでお金を払って買い物をしたし、放課後に友達とカラオケに行ったり、合コンで出会った女の子を口説くのに一生懸命になったりもした。
人類滅亡なんて単語を戯れるように口に出して、笑ったりもしたものだ。
世界が終わる実感というのはなかなか湧きにくい。
最初の報道から二週間後に、『キッズ・リターン』という映画がTVで流れた。
 
『俺らもう終わっちゃったのかな?』
『馬鹿野郎! まだ始まっちゃいねぇよ!』
 
その台詞が流れた瞬間にブツンと映像が途切れて、苦々しい顔をしたアナウンサーが現れた。
そうして、深々と頭を下げて、こう言ったのだ。
 
「ただいまの映像に、大変不適切な言葉が入っておりました。皆様の気分を害しましたこと、心よりお詫び申し上げます」
 
映画を観ていた人達は、その台詞のどこに謝罪する要素があったのか解らず、暫く不思議そうに首を傾げていた。
だが、その理由に、その意味に気付いた瞬間、誰もが顔色をなくした。
世界が終わりが近付いていることを、ようやく実感した。
実感から崩壊まで、それほど時間はかからなかった。
コンビニやスーパーで金を払う人間はいなくなり、世界中で略奪が横行した。
歌をうたう人はおらず、道端には怒号と悲鳴が溢れた。
女を口説くよりも強姦する輩の方が多くなった。
銃声は絶えず、町中に死体が溢れ、都市は瓦礫で埋まった。
一度躓けば、後は転がり落ちるばかりだった。
誰も、誰一人として、映画のように言ってくれる人はいなかった。
 
『馬鹿野郎! まだ始まっちゃいねぇよ!』
 
あの時、誰か大きな声でそう言ってくれていたら、何か変わったんだろうか。
不適切な言葉としてではなく、希望の言葉として受け容れられていたら。
人類はこんな終り方をすることはなかったかもしれない。
傾いた窓から崩れ果てた世界を眺めて、ハマは少しだけ考える。
高いビルはまるでドミノのように軒並み倒れてしまって、視界いっぱいの地平と夕焼けが広がっている。
瓦礫の上をカイエダがこちらへと向かってゆっくりと歩いてくる。
窓の前に座るハマに気付いたのか、ひらりと手を振ってくれた。
瓦礫の底から何か掘り出したのか、手には小さな缶詰が一つ握り締められている。
缶詰がチカリと夕陽の光を反射させる。
オレンジ色の光が眩しくて、ハマは目を細めた。
 
「俺らもう終わっちゃったのかな?」
 
誰に言うでもなく、小さく呟く。
それを聞いたら、きっとカイエダは「馬鹿」と冷たくて優しい目をして言うんだろう。
夕陽は静かに沈んで、夜が訪れる。
ランプへと火を灯しながら、帰って来るカイエダを待った。
 
 

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Published in 世界が終わるまで365日

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