Skip to content →

20XX/04/04 春の匂い

 
《世界が終わるまで354日》
 
畳の上に胡座をかいたカイエダが呟く。
 
「春だ」
「春ですねぇ」
 
とカイエダの前できちんと正座をしたハマが答えた。
ハマを見据えて、勿体ぶるようにカイエダが静々と言葉を続ける。
 
「これから残念なお知らせをする」
「はい。じゃあ、覚悟します」
「ストックしていた豚汁がもう残り少ない」
「オーマイゴッド、なんてこった」
「ついでに、この寝ぐらはもう修復不可能だ」
「最近雨漏りが酷いものねえ。畳にコケが生え始めたし」
「つまりは」
「つまりは?」
 
勿体ぶるように、こほんと小さな咳払いが入る。
 
「引っ越しの時期だ」
「春だからお引っ越しには丁度良いねー」
 
へらりとハマが笑う。
すると、カイエダは少しだけ口角を吊り上げた。
困ったような、頭の弱い我が子を愛おしむような表情だ。
 
「お前はポジティブだからいいな」
「いい?」
「悲愴な顔されてみろ。置き去りにしたくなる」
「置き去りはやだよ」
「置き去りになんかするか、馬鹿」
 
ぺしんと額を軽くはたかれる。
恨みがましそうにカイエダを睨むと、カイエダは空っぽになったリュックをハマへと押し付けた。
 
「明日の朝には出る。必要なものを詰めろ。言っておくが“本当に必要なものだけ”だからな」
 
言い聞かせるようにカイエダは言う。
そう釘を刺しておかないと、部屋に散らばる玩具をハマが詰めるとでも思っているのだろう。
 
「ご飯いっぱいあるところに行けたらいいね」
 
まだ見ぬ新天地を想像して、ハマは暢気に微笑む。
楽観的を通り越して能天気なハマの言葉に、カエイダは小さく溜息を漏らした。
 
「食料が見つからなきゃ二人揃って餓死だけどな」
 
ハマは何も言わずに、にまーっと口を左右に裂くようにして笑った。
それも運命と言えば、カイエダはきっと怒るんだろう。
運命という言葉は、神様という概念と同じくらい万能だ。
その万能さをカイエダは頑なに許さない。
 
「大丈夫だよ。もう春なんだからさ」
「そりゃどんな理屈だ」
 
理論の欠片もないハマの言葉に、カイエダが呆れたように肩を竦めた。
 
 

backtopnext

Published in 世界が終わるまで365日

Top