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20XX/04/09 初々しい

 
《世界が終わるまで349日》
 
早朝から歩き続けて、市街地から離れた田園地帯まで着いた。
見渡す限り田んぼが続いているが、緑は殆ど見えない。
農作物は根こそぎ抜かれてしまっている。
それでも、辺り一面灰色しか目に映らない瓦礫地帯よりかは、ずっとマシな光景だった。
 
「カイエダ、こっち来てー」
 
臙脂色の屋根の一軒家の中から、ハマが大きく手を振っている。
珍しく爆撃の被害にあっておらず、家屋が倒壊していない。
それでも略奪にはあっているようで、庭の窓は完全に割られていた。
庭の窓から家の中へと入る。
畳に土足で踏み荒らされた跡が残っており、あちこちに物が散乱していた。
隣室のお仏壇の前に立っていたハマが得意げに右手を掲げる。
 
「じゃーん」
 
その手に持たれていたのは、ビニール袋に入った三合ほどの米だ。
 
「どこにあったんだ?」
「お仏壇の中に隠してあった」
「とんだ不届きじゃねぇか」
 
神も仏もないな。と嘯きながら、えらいえらいとハマの頭を撫でる。
一時間ほど周囲の家や田畑を探索して、缶詰を数個、袋のインスタントラーメン、表面がカビた餅を三個、貧弱なニンジンや根が伸び放題なジャガイモなどを見つけた。
ついでに落ちていたライターやマッチなども拾っておく。
先ほどの家に戻ると、どこから見つけたのか黄色いエプロンを付けたハマが簡易コンロの前で木ベラを動かしていた。
米の甘い匂いが鼻先を掠める。
 
「おかえり」
「ただいま」
「ご飯が先? お風呂が先? それとも――」
「飯」
 
茶番劇を遮って言うと、ハマがあからさまに頬を膨らませた。
 
「せっかく新婚さんごっこしてたのにさー。初々しい奥さんの感じが台無しじゃん」
「そもそもお前に初々しさを求めてない」
 
すげなく切り捨てながら、コンロに乗せられた小さな鍋を覗き込む。
鍋の中で、白米と雑草と小さな黄色の花が踊っているのが見えた。
 
「道にナズナとコオニタビラコ生えてたから、一緒に入れてお粥にしちゃった」
「ナズナとコオニタビラコ?」
「ぺんぺん草とホトケノザとも言う」
 
ハマは抜けた発言が多いが、本当はカイエダよりもずっと物を知っている。
カイエダと出会う前にハマがどこで何をして生きていたのか、カイエダは知らない。
聞こうとも思わない。
いつかハマが話したい時に話せばいいと思っている。
ハマが木ベラで粥を皿へとついでいく。
湯気がたつ皿とスプーンをカイエダへと差し出して、ハマがへらりと笑う。
 
「はい。一月七日じゃないし、七草にも全然足りない七草粥をどうぞ」
「全然違うじゃねぇか」
 
時期も前提もめちゃくちゃな七草粥を受け取って、ゆっくりと啜る。
ふわりと瑞々しい草葉と白米の甘さを感じた。
初々しい春の味だ。
 
「うまい」
「いっぱい食べてね、あなた」
 
まだ新婚さんごっこを続けているのか、ハマがしなっと身体をくねらせる。
軽く額を小突くと、ハマが「家庭内暴力だ!」と叫んで、けらけらと笑った。
 
 

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Published in 世界が終わるまで365日

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