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20XX/04/10 二つ揃わないと意味がないの

 
《世界が終わるまで348日》
 
「靴下が片方ない!」
 
川で洗濯中に、深緑色の靴下が片方無くなってることに気付いた。
小さな洗濯板を片手に立ち上がって、わたわたと左右を見渡す。
 
「下流に流したんじゃねぇか?」
 
上流で水を汲んでいたカイエダが呆れた口調で呟く。
すぐに煮沸するつもりなのか、傍らには既に鍋を用意している。
 
「探してる時間はねぇぞ。見つからないなら諦めろ」
「でも、なくしたのカイエダの靴下だよ!」
「ぶち殺すぞテメェ」
 
自分の物だと分かった瞬間に、カイエダの声が低くなる。
 
「靴下片方しかねぇとか、何のイジメだよ。ふざけんなボケ」
「ごめんなさいぃ!」
 
半泣きで謝ると、ため息をつきながらカイエダが近付いてきた。
洗濯物に両手を突っ込んで漁り出す。
 
「お前の靴下も片方足りないぞ」
 
その言葉に、慌てて洗濯物を探る。
確かにハマの靴下も片方なくなっていた。
なんてこった、青色のロボット猫が描かれたお気に入りの靴下だったって言うのに!
 
「……俺の靴下、カイエダにあげる…」
「馬鹿言うな。左右ちぐはぐで履くとか寝坊したガキかよ」
 
嫌そうにカイエダが呟く。
だが、言葉とは裏腹に、カイエダは慰めるようにハマの頭をぽんと撫でた。
 
「どこかで新しい靴下を探せばいい。他の服は流すなよ」
 
カイエダは優しい。
たとえ何をしても、最後には必ずハマを許してくれる。
 
「カイエダ、ごめんね」
「いいから、日が出てる内にさっさと干せ」
 
背中を軽く叩かれて促される。
慌てて他の服を洗い出す。
洗い終わると、木と木の間に張ったロープに濡れた服を干していった。
片方ずつしかない靴下も。
さぁっと雑草を揺らしながら、涼やかな風が通り抜けていく。
堤防の上に立ったまま、ゆっくりと辺りを見渡す。
半分に寸断された橋のこちら側と向こう側で、違う色の軍旗がはためいているのが見えた。
どちらの軍旗も焼け焦げて、殆ど原型を保っていない。
元々は同じ町か同じ県、同じ日本という国だっただろうに。
どうして、元々は一つだったものを二つに分けてしまったんだろう。
 
「ハマ」
 
ぼんやりと遠くを眺めていると、カイエダが河川敷から上がってきた。
ハマの視線を追って、橋の向こう側の軍旗をみたカイエダが呟く。
 
「あれは土浦軍の軍旗だな」
「判るの?」
「一度交戦したことがあるからな。土浦軍は戦車部隊が強くて、足立区の方まで進軍してきやがった」
 
淡々と語られるカイエダの言葉に、ハマはふぅんと小さな相槌を返した。
カイエダが堤防の上に腰をおろして、胸ポケットから煙草を取り出す。
民家の床下から煙草を1カートン見つけた時、カイエダは珍しく声をあげて喜んだ。
カイエダは、徴兵された軍隊で煙草を覚えたらしい。
慣れた仕草で煙草に火を付けて、一息吐き出す。
 
「お前も吸うか?」
「法律違反だよ」
「法律がなんだ」
 
皮肉げにカイエダが笑う。
諦めてハマもカイエダの隣に腰を下ろした。
当たり前のように差し出された煙草の箱から一本抜き出す。
なめらかな動作で、煙草に火が灯された。
 
「お前だって結局吸うんじゃねぇか」
「俺は、ちゃんと成人してるもん」
 
錆びたライターを仕舞いながら、カイエダが僅かに目を丸くした。
 
「お前何歳なんだ?」
「ちょうど二十歳」
「俺より二歳上なのか」
 
今更ながらに唖然とした声でカイエダが呟く。
 
「そうだよ。俺の方が大人なんだから、もっと敬ってよ」
 
拗ねるように言うと、カイエダは、ふ、ふ、と咽喉の奥で笑った。
 
「敬って欲しかったら、大人らしく振る舞えよ」
 
靴下は無くすし。とカイエダが先ほどの失敗を蒸し返すように続ける。
煙草を咥えたまま、ハマは頭上に干された洗濯物を見上げた。
靴下はやはり片方ずつ足りない。
だけど、柄や色はバラバラでも、二足揃っていればそれは一組と数えられるんじゃないかと思った。
 
「このまま干してたら、十二月にはサンタさんが来るかも」
 
紫煙を吐き出しながら夢見がちな事を呟くと、カイエダがまたくぐもった笑い声を漏らした。
 
「大人は、サンタクロースなんて言わねぇ」
「偏見だ」
「一般常識だ」
 
お互いに好き勝手なことを言い合う。
ぱたぱたと風に棚引く洗濯物の音を聞きながら、横目でカイエダを見遣る。
 
そうして、ふと思った。
カイエダは、もう二十歳になれない。
 
立ち上がったカイエダが短くなった煙草を踏みにじる。
ゆっくりと伸びをすると、カイエダは静かにハマへと手を差し出した。
 
「夜までにもう一度食料を探しに行くぞ」
 
うん、と小さく返しながら、大人になれない掌を握り返した。
 
 

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Published in 世界が終わるまで365日

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