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02 異なる世界

 
「何の冗句か解らんが、今はつまらん冗談に付き合ってる暇はない」
 
 
 相変わらず敵意の眼差しを向けてくる少年から視線を逸らして、視線を砲撃の音の方向へと向ける。
 
 今いる場所は洞窟だろう。感じる振動からして、おそらくそれほど深くはない地下。暗闇でも薄っすらと周囲が視覚できるのは、特殊な素材で出来ているのか岩壁自体が柔く光を発しているおかげだろう。こんな素材は今まで見た事がない。
 
 
「ここは何処だ。誰か現在位置を教えてくれ」
 
 
 鈍痛を堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。繰り返される雄一郎の問い掛けに、念仏の如き呪文を唱えていた男が顔を上げる。一瞬男か女か判断できないほど中性的な顔立ちをしており、真っ白な髪は腰まで伸びている。まだ若い。
 
 雄一郎の顔を見た瞬間、中性的な青年はハッと息を呑み、微かに目線を逸らした。まるで、何かを恥じるような仕草だ。
 
 
「ここはアム・ウォレスから南西に千ロートほど離れた地下神殿です」
「アム・ウォレス? ロート?」
 
 
 初めて聞く地名と単位に、無意識に眉間に皺が寄る。訝しげな雄一郎の視線に気付いたのか、青年は口早に続けた。
 
 
「アム・ウォレスは、我らの国、ジュエルドの首都にあたります。ロートとは、成人男性が両手を左右に広げた指先から指先までの長さになります」
 
 
 なら、大体1ロートが2メートルと言うことか。だが、理解出来たことよりも理解出来なかった事の方が多い。
 
 
「ジュエルドなんていう国は聞いた事がない」
「それは貴方様がいた世界とこの世界が異なる場所だからです」 
 
 
 ますますもっと意味が解らない。まるで脳味噌に霧でもかかったように上手く思考が回らなくなる。どういう事かと問いただそうと口を開き掛けた瞬間、砲弾が近い場所に着弾したのか、爆音と共に天井からパラパラと岩壁が崩れて降り注いできた。
 
 少年が短い悲鳴を上げて、雄一郎の腰にしがみ付いてくる。
 
 
「僕達みんな、兄さんに殺されるんだ!」
 
 
 ヒステリックな少年の叫び声が鼓膜に突き刺さる。雄一郎は、少年の胸倉を掴んで無理矢理引き摺り立たせた。その雑な扱いを見て、青年が狼狽したように立ち上がる。
 
 
「攻撃しているのはお前の兄か」
 
 
 少年の目を見据えて問い掛ける。少年は微かに涙ぐんだまま、小さく頷いた。
 
 
「交渉の余地はあるか。砲撃は止められるか」
「む、無理だ。兄さん達は、ぼ、僕を殺したくて仕方ないんだ」
「なら、お前の死体を差し出せば攻撃は止まるか」
 
 
 雄一郎の冷血な問い掛けに、少年の顔が見る見るうちに青ざめていく。死人のように真っ青になった少年の頬を眺めていると、青年が上擦った声を上げた。
 
 
「ノア様を差し出しても、貴方は助かりません」
 
 
 どうやら少年の名前はノアというらしい。
 
 
「何故だ。俺はお前らとは一切関係のない他人だ」
「貴方は、我々に勝利をもたらすために現れた女神です。兄上様がたが今この地下神殿を攻撃しているのも女神を亡き者にするためだと思われます」
 
 
 聞こえてきた女神という単語に、再び失笑が零れた。
 
 
「俺は、ただの三十七歳のオッサンだ。こんなのが女神だなんてブラックジョ―クにも程がある」
「今はまだ理解されないかもしれません。ですが、貴方は紛れもなく我々の、この国の女神です。今はただ、この砲撃が貴方の命をも狙うものでもあることをご理解下さい」
 
 
 淡々とした青年の声に、雄一郎を欺いてやろうという悪意は感じられない。少年の胸倉から手を離して、青年へと向き直る。
 
 
「向こうの砲弾が切れることは考えられるか」
「無理でしょう。兄上様がたの軍勢には、隣国のゴルダールが付いています。物資は腐るほどにあります」
「救援は望めるか」
「期待は出来ません。救援が来るとしても、4エイトは掛かるかと」
 
 
 1エイトは太陽が一周する時間を50分割したものだと簡潔に教えられる。つまり、大体30分ぐらいか。4エイトであれば、二時間ということになる。この地下洞窟が砲撃の嵐を二時間も耐えられるとは思えなかった。
 
 ぐるりと辺りを見渡す。
 
 
「出口は一箇所か」
「いいえ、地下神殿の奥の湖に一箇所、古い出口が……今は水の中に沈んでいますが潜れば……運が良ければ運河に出られるかと…」
 
 
 そこまで聞いて、即座に砲撃が聞こえる反対側へと雄一郎は歩き出した。絶え間なく砲弾を打たれ続けていれば、この地下神殿もいずれは崩れ落ちる。こんな訳の解らない場所で、生き埋めになるのだけは御免だった。
 
 
「お待ち下さい!」
 
 
 青年が叫ぶ。肩越しに振り返ると、青年が見覚えのあるものを雄一郎へと差し出しているのが見えた。
 
 
「貴方と一緒にこちらの世界に現れたものです。お持ち下さい」
 
 
 AK47とバックパック。受け取ったそれらを肩に担ぐと、雄一郎は再び進み出した。その後ろを青年と、青年に支えられた少年が着いてくるのが解る。
 
 薄暗く狭い坑道を進みながら、雄一郎は『もしかしたら、ここが地獄という奴なんだろうか』とぼんやりと考えた。
 
 地獄で『女神』と呼ばれるなんて、やっぱり笑えない冗句だ。
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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