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04 飛び越える

 
「ここは、何処だ」
 
 
 無意識に唇から言葉が零れていた。夢か幻覚か、それともやはりここが地獄なのだろうか。空を見つめたまま凍り付いた雄一郎を見て、テメレアが掠れた声を漏らす。
 
 
「先ほども申し上げましたとおり、ここは貴方がいた世界とは違う世界です」
「どうして、こんなところにいる」
 
 
 上擦りそうになる声を必死で押し殺す。雄一郎の問い掛けに、テメレアが一瞬だけ戸惑ったように視線を逸らす。
 
 
「この国に崩壊の危機が訪れた時、宝珠によって選ばれし『正しき王』の元に女神は現れるとされています。女神がこの国の危機を救い、王に勝利をもたらすと…」
「ちがう、お前なんか女神じゃないっ!」
 
 
 テメレアの言葉を遮るように、四つん這いのまま荒い呼吸を繰り返していたノアが叫んだ。最初に聞いたのと同じ言葉だ。ノアはかふかふと水を唇から吐き出しながら、泣き出しそうな声で続けた。
 
 
「僕は、王様なんかに選ばれたくない…! お前だって、女神じゃない…! こんな、兄弟で殺し合うのなんて嫌だ…! お前なんかいらない、お前みたいな死神は元の世界に帰れよっ!」
 
 
 そう喚き散らすノアの目は、涙でぐずぐずに潤んでいた。それに同情を覚えることもなく、雄一郎は大股でノアへと近付くと、濡れた前髪を鷲掴んだ。そのまま上へと引っ張り上げると、ノアの顔が痛みで歪んだ。
 
 
「黙れ、ギャアギャア喚くな。殺されたいのか」
 
 
 ノアの顔を覗き込んで、ゆっくりと吐き捨てる。途端、ノアの瞳に再び憎悪の炎が滲んだ。雄一郎を憎む目、そして血にまみれた王座を厭う目だ。
 
 掴んでいたノアの前髪を離して、視線をテメレアへと戻す。
 
 
「こんなガキが『正しき王』だって言うのか」
 
 
 雄一郎の問い掛けに、テメレアは頷きを返した。
 
 
「今から三月ほど前に、ジュエルドの国王が亡くなりました。国王が亡くなった後は、新たな王が宝珠によって選ばれます。国王の血をひかれるのは、正妻の嫡男、長男のエドアルド様、第二夫人の息子、次男のロンド様、そして第七夫人の…元は巫女であった女性の息子であるノア様です。宝珠は、兄上様お二人ではなく、ノア様を『正しき王』であると選ばれました。ですから…」
「末っ子に王座を取られた兄二人が怒り狂って内乱を起こしている、とそういうことか?」
「はい。しかも、兄上様がたは隣国のゴルダ―ルと手を組み、恐れをなした貴族達は兄上様がたの勢力に流れております。……現状、我々は圧倒的に劣勢です」
 
 
 劣勢という言葉に、思わず口角に笑みが滲んだ。喜んでいるわけではない、ただ嘲笑したくなるのだ全てを。特に、いつの間にか不利な戦場に身を置いている自分自身を。
 
 
「宝珠が昨夜告げました。愛し子、つまり女神がやってくると。異なる世界から、我らを救うためにこの世界へと“飛び越えてくる”。ですから、こうしてノア様と私の二人でお迎えに上がったのです」
 
 
 事実のみを告げるような、淡々としたテメレアの言葉にどうしてだか寒気が走った。
 
 何だ『飛び越える』って。何が『女神』だ。
 
 当たり前のようにテメレアが受け入れている事実が雄一郎には受け入れられない。
 
 
「そりゃあ、お迎え有り難うよ。だが、残念ながら俺は違う。女神なんてもんじゃねぇよ。見りゃ判るだろうが、そもそも女でもない」
 
 
 これ見よがしに両腕を広げて、茶化すように呟く。だが、テメレアは真剣そのものな表情で首を左右に振った。
 
 
「性別など問題ではありません。貴方は間違いなく女神です」
「何を根拠に」
 
 
 失笑混じりに吐き捨てる。だが、苦虫を噛み潰したような雄一郎の顔を見つめて、テメレアは淡く息を漏らすように呟いた。
 
 
「貴方は美しい」
 
 
 一瞬、開いた口が閉じれなくなった。半開きに唇を開いたまま、雄一郎は唖然とした表情でテメレアを眺めた。誰かに美しいなどと言われたのは初めてだったし、そもそもそれが自分に対する言葉だとも思えなかった。
 
 雄一郎の視線を受けて、テメレアは恥じらうように視線を逸らした。目を細めて、下唇を薄く噛んでいる。その表情は、どこか悔しげにも見える。だが、テメレアの顔をしげしげと眺めているだけの余裕はなかった。
 
 不意に、鈍い破裂音が聞こえた。咄嗟に、テメレアの身体を右腕に抱え込むようにして地面へと俯せに倒れる。同時に、四つん這いになっていたノアの頭部を地面へと叩き伏せた。一秒も立たず、傍らの地面に銃弾が撃ち込まれた。
 
 テメレアとノアの身体を引き摺るようにして、傍らの岩影へと身を隠す。その間も数発銃撃の音が聞こえた。
 
 ノアが引き裂くような悲鳴を上げる。
 
 
「イヤだッ、死にたくない!」
 
 
 ノアを抱えた腕に震えが伝わってくる。視線を向けると、ノアは大きな瞳からぼろぼろと涙を零していた。その涙を無感動に眺めながら、雄一郎は独り言のように呟いた。
 
 
「幾ら死にたくないと喚いても、死ぬときはみんな死ぬ」
 
 
 虚ろな台詞に、ノアが瞳を大きく開いて雄一郎を見つめる。その瞳を二度見ぬ内に、雄一郎は銃弾が撃ち込んできている方向へと岩影から素早く視線を投げた。
 
 数十メートルほど先に、数名の人影が見えた。十名はいない。おそらく周囲を偵察に当たっていた斥候だろう。再度、周囲を見回しながら唇を開く。
 
 
「銃は単発式か」
 
 
 銃弾の頻度から想像するに、敵が持っているのはサブマシンガンのような連射式ではなく、言うなれば火縄銃のような単発式だろう。確かめるように呟くと、テメレアが「はい」と答えた。
 
 肩に掛けていたAK47を外して、テメレアへと差し出す。
 
 
「敵が現在地から動こうとしたら撃て」
「わ、私は、銃を撃ったことがありません」
「引き金を引くだけだ」
「私には、人は殺せません」
 
 
 テメレアの決然とした言葉を聞いて、思わず口角に笑みが滲んだ。嘲笑とほんの微かな憐憫が沸き上がった。
 
 
「殺せと言っているんじゃない。銃で威嚇して、あいつらをあの場所から動かすなと言っているんだ」
「しかし…」
「お前のノア様が蜂の巣になってもいいなら撃たなくてもいいさ」
 
 
 脅しのように呟くと、ようやくテメレアはAK47を受け取った。水に濡れてはいるが撃てる。構造が単純に出来ている銃は、劣悪な環境でこそ真価を発揮する。
 
 腰に刺していたサバイバルナイフを静かに抜き出す。先端から水滴を滴らせる黒塗りの刀身を見て、ノアがぎょっと身を強張らせる。
 
 
「お、お前、何するんだよ…」
 
 
 震えたノアの声に、雄一郎は素っ気ない声で返した。
 
 
「仕事だ」
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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