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05 選択 *流血描写有

 
 岩と岩の間を滑るように走り出す。敵の目に触れないように、岩の後ろに隠れて次々と移動していく。時々、思い出したように単発式の銃の音が響く。それに呼応するように、いかにも不慣れなAK47の銃の音が聞こえた。テメレアがどんな顔をして撃ってるのか想像しようとする。銃を撃ちながら、人を殺さぬよう祈っているのだろうか。何て不毛な、何ていびつな。
 
 取り留めのない思考が頭を過ぎっては消えていく。戦場ではいつもこうだ。ぼんやりとしている内に、気が付いたら人を殺している。いつの間にか、手は血にまみれている。それを怖いとか悲しいと思う感情は、とうに消えた。
 
 岩影を移動している内に、いつの間にか単発式の長い銃を抱えた男の背が近付いていた。五名ほど、髪の毛はノア達と同じく純白に輝いている。
 
 足音を殺して男達の一人に近付き、右手に握り締めていたナイフを静かに、だが勢いよく一気に突き出す。瞬間、切っ先が肉へと埋まる感触が柄越しに伝わってきた。
 
 ヒュッと息が消える音が聞こえてきた。男の身体から急速に全ての力が消えていく。背後から肝臓を貫かれたのだから即死だったろう。自分が死ぬことにも気付かず、死んでいく。
 
 肉に埋まったナイフをそのままに、倒れゆく男の手から煙をあげる銃を奪い取る。銃を構え、一番遠い位置にいる男の頭部を撃ち抜く。
 
 男の頭部がトマトのように弾けるのも見ずに、即座に銃を投げ捨て、肉に埋まったままのナイフを引き抜く。そのまま、数メートル先に立っていた男へと一気に駆け寄る。雄一郎の姿に気付いた男が声を上げようと唇を大きく開く。だが、叫ぶよりも雄一郎の方が早い。晒された咽喉へと真横に一閃、ナイフを滑らせた。破裂するように吹き出した血飛沫が周囲の岩へと飛び散る。血は赤いんだな、と頭の端で暢気な考えが浮かんだ。
 
 残った二人が雄一郎を見て、何事か喚く。だが、恐慌状態のせいで喚き声は殆ど言葉になっていない。こちらへと向けられた銃口を見つめて、一気に上半身を屈める。発砲音と同時に、頭上を銃弾が掠めるのを感じた。硝煙を立ち上らせる長い銃身を真下から鷲掴んで、吐き捨てる。
 
 
「近距離戦に銃は向かない」
 
 
 そんなアドバイスは目の前の男には必要なかったかもしれない。特に心臓にナイフが突き刺さった状態では。かふかふと唇を戦慄かせる男を地面へと蹴り倒して、残った最後の一人へと視線を向ける。
 
 男は既に銃を捨て、降伏の意を示して両手をあげて、地面に膝をついている。壮年の男だ。一目見て、戦慣れしていると思った。両掌に、何度も何度も豆が潰れて固まった跡が見て取れる。おそらくはこの斥候部隊の隊長だろう。
 
 ナイフからひたひたと血を滴らせたまま、雄一郎は男へと近付いて行った。男が震える声で言う。
 
 
「…どうか…どうか殺さないで下さい」
「だが、逃がせば援軍を呼んでくるだろう?」
「呼びません…。この命にかけて誓います。誓いますから、どうか命だけは…」
「悪いな、信用ならない」
 
 
 慰めるように言いながら、ナイフを静かに構える。その瞬間、震える声が聞こえてきた。
 
 
「こっ、殺す必要は、ないだろ…っ!」
 
 
 いつの間にか、ノアとテメレアの姿があった。岩影に隠れながらも、雄一郎の姿をじっと見つめている。ノアの怯えた眼差しを見返しながら、雄一郎は緩やかに唇を開いた。
 
 
「殺す必要はないかもしれない。だが、生かす必要もない。それだけだ」
「生かす必要って、何だよそれ…。生かすとか殺すとか、そんなこと決める権利、誰にもないだろ…」
 
 
 酷く弱々しい声でノアが呟く。
 
 
「そうだな、権利なんかない」
「なら…」
「ただ、選択があるだけだ」
 
 
 短く言い放つ。ノアの顔を真っ直ぐ見つめたまま、雄一郎は哀れむような声で呟いた。
 
 
「お前はこいつを生かすことを選択するわけじゃないんだろ」
 
 
 ただ、殺すことが怖くて選択できないだけなんだと。そう告げた瞬間、ノアの顔が泣き出しそうに歪むのが見えた。まるで迷子になった子供のようだと思う。
 
 不意に、視界の端で何かが動くのが見えた。視線を、地面に跪く男へと向ける。瞬息、男が背に隠し持っていた短刀を引き抜くのが見えた。その短刀の切っ先がノアの喉元へと向けられる。
 
 
「うご、っ…!」
 
 
 男は、動くなと言うつもりだったのだろう。だが、それよりも早く、男の喉中央を一本の矢が貫いていた。釘を巨大化したような、鉄の矢だ。ボウガンの矢に似てると思う。
 
 視線を矢が放たれた方向へと向けると、片手にボウガンらしき武器を持った男が立っていた。背中まで伸びた白髪が無造作に跳ねている。目尻が垂れているせいか、その表情は眠そうにも怠惰にも見えた。男の口元には、にたにたと緩んだ笑みが浮かんでいる。だが、武器をだらりと下げているところを見ると、こちらを攻撃する意志はないらしい。
 
 にやつく男を見て、テメレアが驚いたように声をあげる。
 
 
「ゴート。どうして、ここに」
「勿論、王と女神様を助けにきたに決まってるじゃないですか」
 
 
 ゴートと呼ばれた男がにやついたまま答える。ゴートが背後へと向かって緩く手を挙げて合図をすると、岩肌から何名かの男達が顔を覗かせた。少人数で救助に来たのだろう。
 
 ゴートが絶命した敵兵を見つめたまま呆然とするノアへと近付く。そのまま、掬いあげるようにしてノアの身体を肩に抱き上げた。
 
 
「う、ぅわ…ゴートおろせッ…!」
「さっさと撤退しましょうぜ。ところでこの方はどなたですかい?」
 
 
 ゴートが雄一郎を見て、緩く首を傾げる。心底不思議そうなゴートの眼差しに雄一郎が口を閉ざしていると、テメレアが躊躇うように口を開いた。
 
 
「女神様です」
 
 
 ゴートの眠たそうな目が見開かれた直後、笑い声が大きく弾けた。
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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