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06 宝石

 
 ひそやかな笑い声が聞こえる。あれから既に一時間以上経つというのに、ゴートは笑い続けたままだ。
 
 
「ふひ、ひひっ、お、男の女神様って…っ」
 
 
 時々思い出したようにチラリと雄一郎を見ては、飽きもせず噴き出す。その肩に担がれているノアは、ゴートが笑う度に上下に揺さぶられるものだから、いい加減辟易したように顔を顰めている。
 
 
「だから、俺は女神じゃないと言ってるだろう」
「いいえ、貴方は女神様です」
 
 
 呆れたように雄一郎が言葉を返すと、それに被さるようにテメレアが言い放つ。この遣り取りももう何回目のことだろう。ジュエルドと呼ばれる王都へと向かう道すがら、雄一郎は言いようのない倦怠感が降り積もっていくのを感じた。
 
 
「そもそも、今まで男の女神様が現れたことなんかあるんですかい?」
 
 
 含み笑いのままゴートが訊ねる。テメレアは僅か思い悩むように俯いた後、小さく首を左右に振った。
 
 
「これまでで始めてです。今まで現れた女神様六名、全員が女性でした」
「だから、俺は間違いだ」
「いいえ、間違いなはずはありません」
「何なんだ、お前のその自信は」
 
 
 露骨に嘲りを浮かべる雄一郎を見据えたまま、テメレアが手を伸ばす。その細く白い指先が柔く雄一郎の首筋をくすぐった。壊れやすい陶器にでも触れるかのような甘い手付きに、首筋が静かに粟立つ。
 
 
「まず、この肌の色。このような小麦色の肌を持った者は、私たちの世界にはおりません」
 
 
 テメレアの指先が首筋を沿って、髪へと触れる。
 
 
「この髪も、今まで飛んできた女神様たちは皆、白髪ではない髪色をしておりました。金に赤、茶に灰……その中でも黒髪は始祖の女神以来何千年ぶりです」
 
 
 テメレアの鮮やかな青い瞳が雄一郎を見つめる。その微か熱を孕んだ眼差しに、一瞬雄一郎はたじろいだ。動揺を隠すために奥歯をゆっくりと噛みしめる。だが、雄一郎の強張りに気付いたのか、テメレアの指先は呆気なく離れていった。テメレアが雄一郎から視線を逸らして、ぽつりと独り言のように呟く。
 
 
「白の者は、黒に焦がれずにはいられない」
「焦がれる?」
 
 
 訝しげな雄一郎の声に、テメレアは返事を返さずに黙って下唇を噛んだ。代わりのようにゴートが口を開いた。
 
 
「俺たちの世界で、黒は最も高貴で貴重な色でもあるんですよ」
「貴重だって?」
「地底深くを掘らなきゃ手に入らないオビリスっつう宝石を削って黒色は作られる。だけど、オビリスは年に数個掘り出せれば万々歳ってぐらいに希少な宝石なんですよ」
 
 
 アルマは大量に掘り出せるのになぁ、などとゴートがイジケたように呟く。その指先が胸元に引っかけていた紐を引っ張った。服の内側から吊された何かが出てくる。紐の先に引っかけられた煌めく石を見た瞬間、雄一郎は目を大きく開いた。
 
 
「それ、ダイヤだろ」
「ダイヤ? これはアルマっつうんですよ」
 
 
 無造作にダイヤを左右に揺らしながらゴートが笑う。だが、雄一郎は笑えなかった。ゴートの胸元にぶら下がったダイヤはビー玉ぐらいのサイズはあった。しかも、紐に付いていた石はダイヤだけではなかった。エメラルドやサファイアやルビーが無造作に重なり合いながらぶら下がっている。地球であれば、目の前のネックレスだけで何千万の価値になるだろうか。
 
 
「…この世界では、そういった石がよく取れるのか」
「こんなのその辺を掘れば幾らでも出てきますよ」
 
 
 ははと暢気に笑うゴートの声に、不意に咽喉の奥が小さく震えた。ぞわりと皮膚が隆起する。おぞましい何かが血管の内側を静かに這い回り始めるのを感じた。
 
 その時、それまで黙り込んでいたノアが肩越しに前方を見て呟いた。
 
 
「アム・ウォレスだ」
 
 
 それはほっとした声というよりも、まるで慣れ親しんだ牢獄に戻るかのような憂鬱な声に聞こえた。
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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