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07 裏切り者

 
 アム・ウォレスは純白の街だった。まるで古いヨーロッパの街並みが根こそぎ色彩を抜かれたような外観だ。あまりの白さに自分が夢か霧の中を彷徨っているような気分になってくる。
 
 現実感がないのは、街に活気がないことも要因の一つかもしれない。左右に見える家の門戸は閉ざされ、道を歩く人影も少ない。その少数の人も、皆一様に力なく俯いている。
 
 街の入口前で乗せられた馬車から通りを眺めながら、雄一郎はぽつりと呟いた。
 
 
「ゾンビみたいだな」
「ぞんび?」
 
 
 テメレアが拙い口調で繰り返す。横目でテメレアを見て、呟く。
 
 
「死人みたいだって言ってるんだ」
「死人なんかじゃない」
 
 
 ノアが怒った口調で言い返してくる。その拳は膝の上できつく握り締められていた。
 
 
「三月前まではこの街は素晴らしい街だったんだ。平和で、みんな幸せそうに笑っていて…」
「お前の父親が死んで、こうなったのか」
 
 
 王が死んで内乱が始まり、一気に街から生気が失せたということか。何の感慨もない雄一郎の声に、ノアが押し殺した声で叫ぶ。
 
 
「父親なんかじゃない…!」
 
 
 反抗期のガキのような言葉に、思わず口元に嘲りが滲んだ。緩んだ唇から、ふ、ふ、と押し殺しきれなかった笑い声が零れる。途端、ノアが雄一郎の胸倉を掴んだ。その目は、怒りに血走っている。
 
 
「笑うなッ…!」
「笑うさ。守ってもらってばっかで何も出来ないガキがぐずぐずぐずぐず泣き言ばっか言いやがって。何をいっても、ああじゃないこうじゃないと否定しか返さねぇ。鬱陶しいガキだ。お前みたいなガキは『僕は王様じゃない』って喚きながら、兄貴たちに首を切られて城門にでも飾られりゃいい」
 
 
 言いながら、唇に無意識に笑みが滲んだ。空恐ろしいことを言いながら朗らかに笑う雄一郎を見て、ノアの顔色がすっと褪せていく。雄一郎の胸倉を掴んでいた小さな手から力が抜け落ちる。その掌には乾きかけた血がこびりついていた。自分の手に付いた血を見て、ノアが咽喉の奥で小さく悲鳴を上げる。
 
 その身体が退く前に、雄一郎は無造作にノアの腕を掴んだ。小さな身体を勢いよく引き寄せて、ノアの幼い顔を覗き込む。
 
 
「お前みたいな意気地のないガキが王だなんて反吐が出そうだ」
 
 
 微笑んで毒を吐き出す。その瞬間、ノアの目からぼろりと大粒の涙が溢れ出した。ぼろぼろと溢れ出した涙が雄一郎の膝に落ちてくる。
 
 ズボンに染み込む涙の感触に、不意に古い記憶が蘇った。くだらない、感傷的な思い出だ。雄一郎の娘もよく泣いていた。道ばたで野良猫が死んでいるのを見て、雄一郎に『おねがい、生きかえらせて!』と泣いてせがんだことを思い出す。感受性が強くて、色んなことに傷ついては泣きじゃくり、その分たくさん笑う子だった。雄一郎が戦地から帰る度に、泣きながら笑って出迎えてくれた。生きていれば、目の前の少年ぐらいの歳になっていたはずだ。
 
 そう思うと、子供相手に大人げないことをしている、と虚脱感にも似たやるせなさが湧き上がってきた。だが、雄一郎が口を開く前に、泣きじゃくるノアを引き寄せる腕があった。テメレアがノアの背をそっと撫でながら、窘めるような目つきで雄一郎を見ている。
 
 
「…あまり、ノア様を追いつめないであげて下さい。何もかもが突然変わってしまって…まだ現状が受け入れられていないんです」
 
 
 テメレアの声が悲しげな色を帯びる。
 
 
「ノア様が王に選ばれてから一月も経たずに、この街は隣国ゴルダールの軍勢に襲撃されました。街は殆ど破壊されませんでしたが、貴族や有力者達の多くは教会へと集められ火をつけて殺されたんです。……ただ、兄上様がたについていた貴族達は、全員“運良く”屋敷を離れており、誰も殺されませんでした」
 
 
 はぁ、と短い溜息がテメレアの咽喉から零れる。美しい男に似合わぬ、飽き飽きとした嘆息だった。
 
 
「そのような暴挙をされておきながら、兄上様がたはゴルダールと和平しようと言ってきたのです。これからは調和こそがジュエルドの発展の道だと。兄上様がたがジュエルドをゴルダールへと売ったのは解り切ったことでした。そして、ゴルダールとの和平の証として、ノア様を処刑するように言ってきたのです。宝珠に選ばれた王を捧げることによって、ジュエルドの古き忌まわしいしきたりが消え、新たな国に生まれ変われるのだと」
 
 
 雄一郎は物憂げに語るテメレアの顔をじっと見つめていた。だが、次の瞬間、心臓が大きく跳ねた。テメレアの唇に残忍な笑みが滲んでいた。
 
 
「母国を敵国へと売るような裏切り者を、どうやって王と崇めることが出来るんでしょう。処刑され、城門に首を並べられるべきなのは裏切り者どもの方です」
 
 
 テメレアがそっと微笑む。その完璧な微笑みに、雄一郎は背筋に悪寒が走るのを感じた。自身の唇へと指先を寄せて、伏し目がちにテメレアを眺める。
 
 
「あんた、人を殺せないなんて嘘だろう?」
 
 
 雄一郎の問い掛けに、テメレアは緩く瞳を瞬かせた。鮮やかな青色が目蓋の上下によって点滅する。
 
 
「私に人は殺せません。ですが…」
 
 
 言葉が途切れる。テメレアは、ゆっくりと首を傾げた。
 
 
「裏切り者は人ですか?」
 
 
 残酷さを微塵も感じさせない穏やかな声に、雄一郎は笑いが隠せなかった。口元を掌で押さえたまま、肩を震わせる。笑いが収まった頃に、雄一郎は久々なくらいに柔らかい声で囁いた。
 
 
「あんたのことが少し好きになった」
 
 
 テメレアが一瞬驚いたように目を大きく見開く。だが、次の瞬間、その顔は淡い朱色に染まった。そして、また顔が逸らされる。いつも通りの悔しげな顔。
 
 不思議になる。何故、こいつはこんな顔をするんだろうと。男相手に、まるで恋い焦がれる女を見るような面だ。
 
 奇妙さに顔を歪めかけた時、馬車の前方乗り手からゴートの声が聞こえた。
 
 
「城につきますよ」
 
 
 馬車の窓から外を見る。視線の先に巨大な城が映った。白い石で作られた白亜の城だ。高い岩壁に囲まれ、唯一の出入り口は巨大な門で閉ざされている。岩壁の隙間からは根をはった純白の大樹が数え切れぬほど生えており、鬱蒼と覆い茂った白葉で城の全貌を隠していた。まるで自然に包まれた要塞だ。
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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