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17 小隊長

 
 城は、幾つもの塔に分かれているようだった。塔同士は、長い渡り廊下で繋がれている。
 
 吹き抜けの渡り廊下を歩いていく。空を見上げると、白銀の空がどこまでも高く広がっている。遠くの空には僅かに鼠色の雲も見えた。雨でも降るのかもしれない。
 
 渡り廊下からは、城内の中庭が一望できた。中庭は開けた平地で、兵士達の訓練場にもなっているようだった。兵士達が模擬刀らしきものを両手に戦闘訓練を行っている様子が窺える。
 
 所々に幕営も設けられている。一般兵とは違う、おそらく将校であろう者たちの姿もかいま見えた。
 
 
 様子を見下ろしていると、見知った顔が視界に入った。ゴートだ。ゴートは数人の兵士達と会話しているようだった。雄一郎の姿に気付くと、ひらりと手を振ってくる。
 
 案内はここまでで良いと告げて、テメレアと分かれる。曲がりくねった長い階段を降りて、雄一郎はゴートへと近付いた。
 
 
「やぁやぁ、どうもオガミ隊長。おはようございます」
 
 
 気安い口調に思わず脱力しそうになった。短い言葉で訊ねる。
 
 
「現状の報告を」
「はい。短距離の斥候が戻って来ましたので、各小隊長より報告を受けております」
「俺も聞こう」
「では、こちらへ」
 
 
 案内されて、幕営の一つへと入る。幕営の中に入ったのは、雄一郎にゴート、そして4人の小隊長達だ。
 
 幕営の中には、簡素な長机が一つあるだけだった。机の上に、小隊長の一人が地図を広げる。小柄で頬にそばかすのある、若いというよりも幼い顔をした青年だ。雄一郎と目が合うと、ぺこりと頭を下げてくる。
 
 
「あぁ、まずは紹介を。これは、俺の部隊で小隊長を任せているチェト・カルツァーです」
「チェトとお呼び下さい」
 
 
 チェトと名乗った青年は、にっと目を細めて笑った。随分と人懐っこい性格のようだ。
 
 隣に立っていた生真面目そうな男が雄一郎をまっすぐ見つめたまま、口を開く。真っ白の髪を殆ど坊主近くまで刈り上げている。広めな額の下に、大きな一重の瞳が見えた。
 
 
「小隊長のヤマ・オリエダと申します」
 
 
 新しい上司を品定めするような眼差しだと思った。なかなか好戦的な性格なのかもしれない。
 
 
「ヤマと呼んでも?」
「お好きにどうぞ」
 
 
 返す言葉にもやや棘がある。無能な上司を嫌うタイプか。悪くない。無礼なヤマの態度を窘めるように、隣の男がヤマの肩を肘で突く。隣の男は、やや細長い面立ちをしていた。背も見上げるほど高い。
 
 
「ベルゼビュート・ロクコス。呼び名はベルズとでも。ヤマとは幼少期からの幼なじみです。こいつは無礼なところもありますが真面目で良い奴なので許してやって下さい」
 
 
 幼なじみのフォローを口にして、苦笑いを浮かべる。やや優男という印象が強い。
 
 最後に残った小隊長が九十度の角度で頭を下げる。酷く細身で、前髪が目元を覆うほどに長い。肩まで伸びた白髪は、首の後ろで雑に纏められていた。
 
 
「イヴリース・ファーストです」
 
 
 その声を聞いた瞬間、雄一郎は僅かに目を見開いた。
 
 
「女性士官もいるのか」
 
 
 イヴリースは女性だった。よく見れば、身体の骨格が完全に女性のものだ。イヴリースは口元だけ僅かに綻ばせたが、小さく首を左右に振った。
 
 
「女性の兵士は、私ぐらいなものです。本来なら兄達が兵役を務めるはずだったのですが、兄達はアム・ウォレスが襲撃された際に命を落としまして…代わりに私がこのような身に余る立場に置いて頂いております」
「こう見えて、イヴリースは銃の名手なんっすよ」
 
 
 ゴートが相変わらず気の抜けた口調で口を挟む。それぞれ小隊長を指さしながら、ゴートが言葉を続ける。
 
 
「チェトは弓に、ヤマは剣に、ベルズは槍に、それぞれ長けています。みな素晴らしい兵です。存分に活かしてやって下さい」
「まるで今まで活かされていなかったような言い方だな」
「この国の軍も、まだまだ古い体制から抜け出せていないですからねぇ」
「頭でっかちが軍の頂点にいる?」
「まさしく。女神様が現れたっていう話を聞いて、既に反女神軍部まで出来てる始末です」
 
 
 反女神軍部という単語に、思わず口元がにやけた。笑い出しそうになる唇を掌で覆いながら問い掛ける。
 
 
「その筆頭は」
「勿論、軍の総大将ですよ。突然異世界から飛んできた女神なんぞに軍の主導権を握らせてたまるかって激おこ中です。まぁ、軍の4分の3ぐらいは自由に動かせないって思って頂ければと思います」
「昨日と言ってたことが違うじゃねぇか。軍の指揮権はすべて俺のもんだって言っただろうが」
「時の流れによって、物事は移ろうものなんですよ」
 
 
 いけしゃあしゃあと言いやがる。肩を竦めるゴートの脛を蹴り飛ばしてから、雄一郎は左右を見渡した。
 
 
「短距離の斥候は五グループ出したはずだが。もう一人の小隊長はどこにいる」
「マルコス小隊長は、まだ帰還していません」
 
 
 脛を抱えて痛がるゴートの代わりに、チェトが応える。その表情は僅かに硬い。
 
 
「帰還していないグループが向かった方角を教えろ」
 
 
 地図を示すと、チェトが白い木片のようなものを地図へと滑らせた。地図に白い線が引かれる。
 
 
「マルコス小隊は、アム・ウォレスから北西へと向かいました。夜半進み続けたとして、斥候範囲は約2万ロートです。その間にあるのは」
 
 
 白い線が地図に描かれた記号の上を横切っている。長方形が三本連なったような記号は、城か街のように見えた。
 
 ヤマが口を開く。
 
 
「ウェルダム卿の拠点か」
 
 
 重々しいヤマの独り言に、ベルズが補足するように続ける。
 
 
「ウェルダム卿は、ジュエルドの中級貴族です。元々は鉄工業を営んでいた商人だったのですが、数十年前に爵位を買って貴族になりました。今は、アム・アビィという街を治めています」
「そのウェルダム卿の拠点に、何か問題があるのか」
 
 
 指先で地図を叩きながら訊ねる。一瞬幕営に沈黙が流れた後、イヴリースが口を開いた。
 
 
「ウェルダム卿には裏切りの疑いが掛かっています」
「裏切り?」
「アム・アビィは鉄鉱の産地としても有名です。溶鉄技術者もたくさんおりますし、銃も大量に生産しております。その銃を、ウェルダム卿は隣国ゴルダールに流しているのではないかと」
「母国の敵に武器を売り飛ばしているってことか」
「はい。マルコス小隊はウェルダム卿に囚われているか、もしくは…」
「既に殺されているか」
 
 
 単刀直入な雄一郎の言葉に、ヤマの目が一気に尖る。ヤマの無言の怒りを感じながら、雄一郎はゆっくりと天井を見上げた。まとまりのない思考が頭上で少しずつ形作られていくのが自分でも判る。
 
 失踪後、生存確率は24時間以内で70%、48時間で50%まで下がる――
 
 
「50%なら、賭けに出る価値はあるか」
 
 
 思考を纏めるように呟く。視線を下ろして、全員の顔を見遣った。
 
 
「斥候時、敵軍の進行は見られなかったか」
 
 
 雄一郎の問いに、ゴートと4人の小隊長の背筋が一気に伸ばされる。
 
 
「はい、オガミ隊長。4グループが進行した方角で、敵兵の姿はみとめられませんでした」
 
 
 ゴートが応える。頷き、続けざまに訊ねる。
 
 
「万が一敵軍が進行してきた際、この城は2日はもつか」
 
 
 あんまりな雄一郎の質問に、ゴートが笑いを噛み殺した声で応える。
 
 
「流石にそれぐらいのことは頭でっかちな軍部共でもできると信じたいですね」
 
 
 口調は砕けてはいるが、いい加減に言った言葉ではなさそうだ。雄一郎は小さく頷くと、告げた。
 
 
「出発の準備をしろ。アム・アビィへ向かう。人員は最少人数、帰還時間は2日後を目標とする。達成目標は、マルコス小隊の捜索およびウェルダム卿が敵軍に付いていた場合速やかな排除。以上、急げ」
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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