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18 悪の味方

 
 足早に幕営を出たところで、でっぷりと太った男に突然指をさされて叫ばれた。
 
 
「こんな男が女神だと言うのか! ただの中年男じゃないか!」
 
 
 そういうあんたはただのデブハゲ爺だな、と言いそうになるのを堪える。少なくとも出会い頭に初対面の相手に向ける言葉ではない。
 
 振り返ってゴートを見遣る。ゴートは口元に薄笑いを浮かべて、雄一郎の耳元に囁いた。
 
 
「総大将の次の次の次ぐらいにお偉い、ガーデルマン中将です。別名ヒステリックファンキージジイ」
 
 
 あまりにもストレートな別名に、笑いが堪え切れなかった。ぶふっと大きく噴き出すと、ガーデルマンは顔を真っ赤にした。
 
 
「何を笑っておる! 我々に挨拶に来もせず、落ちぶれ貴族となんぞ密会しおって!」
「あ、ちなみに落ちぶれ貴族ってのは俺のことです」
 
 
 言わなくてもいいのに、ゴートが茶々を入れるように手を挙げる。その仕草にも、思わず笑いが零れた。何とも清々しく、そして人を小馬鹿にした仕草だ。
 
 ガーデルマンの顔がますます赤くなっていく。まるで爆発寸前の風船爆弾のようだと思った。
 
 
「できそこない女神が何をたくらんでおる! 女神は大人しく城に篭もって、王をお慰めしておればいいのだ!」
 
 
 今度こそ笑い声が弾けた。腹を抱えて、高らかに笑い声を上げる。突然笑い出した雄一郎を見て、ガーデルマンが怯んだように唇を歪めるのが見えた。
 
 
「ふ、ふふ、は、随分と笑えることをおっしゃる」
 
 
 慇懃無礼に誉めたたえる。雄一郎は自分よりも低い位置にあるガーデルマンの目線に合わせるように腰を屈めた。そのまま言い聞かせるように、ゆっくりと囁く。
 
 
「とても愉しい冗句を大変有り難うございます。ですが、我々は今非常に急いでおりますので、貴方の独り芝居は次回の楽しみに取っておきます」
 
 
 それでは、と言い残して歩き出す。雄一郎の後ろをゴートと4人の小隊長が付き従う。数歩歩いたところで背後から金切り声が聞こえた。
 
 
「偽物女神が、この国を滅ぼすつもりか! 悪の化身めッ!」
 
 
 できそこないの次は偽物で、最後は悪の化身になるのか。女神も大変だ。そりゃ頭もおかしくなって、仕え捧げる者で鬱憤をはらしたりするようになるだろう。
 
 首を左右に揺らして鳴らしつつ、ちらりと視線だけ背後に投げる。
 
 
「俺と一緒にいると悪の味方扱いされるらしいぞ」
 
 
 悪の味方、という単語はどこか可笑しい気がする。だが、背後の5人は平然とした声音で応えた。
 
 
「最高」とゴート。
「それって、超いい感じです」とチェト。
「喚くだけの上官は尊敬するに値しない」とヤマ。
「隣に同じく」とベルズ。
「精一杯、役目を務めさせて頂きます」とイヴリース。
 
 
 変わり者5人を眺めて、雄一郎は緩く肩を竦めた。
 
 
 
 
 
 部屋に戻って準備をするのに5分も掛からなかった。軍服に着替えて、編み上げのブーツを履く。バックパックを背負い、AK47を腕に掛ける。それだけで終わる。
 
 部屋を出ようとした時、テメレアが息を切らして走ってくるのが見えた。長い髪の毛が僅かに乱れている。
 
 
「ゴートから報告を受けました。出撃するのですか」
「出撃なんて大したもんじゃない。少人数で偵察に行く程度のことだ」
「私も行きます」
「駄目だ」
「なぜですか」
「足手まといだからだ」
 
 
 言い切ると、テメレアは目尻を微かに赤く染めた。雄一郎を睨み付けて、噛み付くような口調で言う。
 
 
「貴方はまだこの世界のことを殆ど知らない。私が必要です」
「必要かどうかは俺が決める。戦闘訓練をしたこともない人間が付いてきても邪魔なだけだ」
「邪魔になった時は切り捨てて頂いて結構です。私の代わりは幾らでもいる」
 
 
 代わりがいるという言葉に、不意に腹の奥から言いようのない不快感が沸き上がってくるのを感じた。嫌悪とも憤怒とも言い難い、奇妙な苛立ちだ。腕を伸ばして、テメレアの胸倉を掴んだ。勢いのままテメレアの背を扉の内側へと叩きつける。
 
 
「クソ犬が、言うことが聞けねぇのか」
 
 
 唸るように言うと、テメレアは存外に冷静な目で雄一郎を見返してきた。
 
 
「ウェルダム卿とは面識があります。卿は有名な男色家です。以前夜会でお会いした時に、私の顔を非常に気に入って、第五夫人にならないかと誘いを受けたほどです」
 
 
 第五夫人という単語に、また眩暈を覚えた。男相手に夫人、それも五人目の。
 
 
「それが何だ」
「私は女神から暴行を受けていると訴えて、ウェルダム卿に救いを求めます。数人の護衛と共に命からがら首都から逃げてきたので匿って欲しいと。そうすれば城内に容易に潜り込むことができるかと思います」
「自分を餌にするつもりか」
 
 
 問い掛けると、テメレアは口元に薄笑いを浮かべた。微かに諦念が滲んだ、冷めた笑いだ。
 
 
「私の代わりは幾らでもいるんです」
 
 
 同じことを言う。その憎々しい言葉に、雄一郎は思わずテメレアの胸を突き飛ばした。テメレアが小さく噎せる。その姿を見ず、雄一郎は言い放った。
 
 
「その長ったらしい服を着替えろ」
 
 
 離れようとしたが、その前にテメレアの手が伸びた。取り出したバンダナを雄一郎の頭へとそっと巻き付ける。
 
 
「黒髪は目立ちます。目の色は仕方ありませんが、極力隠して下さい」
 
 
 テメレアの手を振り払って、自身の手で眉下までバンダナを巻く。その後は振り返りもせず、部屋を出た。
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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