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20 敵と味方

 
 少数人数での行軍は慣れている。ゲリラ戦は、雄一郎の最も得意な分野だ。
 
 出撃の人数は9名になった。雄一郎にテメレア、ゴート、4人の小隊長、それと砲兵と衛生兵が1名ずつだ。
 
 砲兵と衛生兵は兄弟のようだった。砲兵は朴訥とした男で、表情もなく「クラウス・ジェミニです」と挨拶したきり一度も口を開かなかった。反対に衛生兵は、ほんわかとした笑顔の柔らかい男でリュカ・ジェミニと名乗った。
 
 
「クラウスは、私の二歳下の弟です」
 
 
 とも説明される。だが、挨拶にそれほど時間は割けなかった。話を切り上げて、すぐさま城門から出発する。
 
 行軍は迅速だった。それぞれが5メートルの距離を空けて、左右に目を配りながら素早く進行する。唯一軍人ではないテメレアは、雄一郎と並んで進行した。戦闘員ではないにも関わらず、テメレアはよく雄一郎の足についてきた。
 
 数時間ごとに設けた休憩の間も、テメレアは頑なに腰を下ろそうとはしなかった。一度でも座ってしまえば、二度と自分が立ち上がれなくなると思っていたのかもしれない。雄一郎が水筒を差し出すと、テメレアは一口飲んだだけで直ぐに返してきた。
 
 補給も最小限にとどめ、9人は半日間をひたすら走り続けた。日が傾き出した頃、ようやくアム・アビィの街並みが見えてきた。奥深い木々の影に隠れたまま、雄一郎は9人の兵士達を呼び集めた。
 
 
「街の入口に検問はあるか」
 
 
 そう短く問い掛けると、素早くチェトが応えた。
 
 
「ありますが、アム・アビィは人の出入りが激しいので検問は非常に緩いです」
 
 
 その返答に、頷きを返す。視線をゴートへと向けると、聡い副官はすぐに口を開いた。
 
 
「まずは、テメレアとその女官としてイヴリースを城内へ送り込みます」
「私は城内にいる間に、マルコス小隊長の捜索およびウェルダム郷についての情報収集を行います。日が沈んだ後、内側から城門を開き、みなさんを城内へと誘導します」
 
 
 イヴリースが言葉を引き継ぐ。ゴートが頷き、言葉を続ける。
 
 
「リュカが街を巡っている医者ということにして、その助手としてオガミ隊長と俺が街に潜り込みます。夜更けにイヴリースの誘導によって我々3人が城内へ入ります」
 
 
 ゴートが口を閉じるのと同時に、今度はヤマが話し出す。
 
 
「自分とベルズは、製鉄職人として街に入り、市街地での退路の確保に務めます」
「俺とクラウスは、街外にて周辺の監視、万が一の際の伝令を行います」
 
 
 チェトが言う。そこまで聞いてから、雄一郎はゆっくりと口を開いた。
 
 
「宜しい。タイムリミットは明朝だ。明朝になっても、我々が戻って来なかった場合は、チェトとクラウスは王都へ戻れ。可能であれば援軍を呼び、不可能であれば我々は見捨てろ」
 
 
 驚いたようにチェトが目を見開く。
 
 
「女神様を見捨てろというのは、無理なお話です」
 
 
 女神様という言葉に、また飽きもせず失笑が零れた。捻れた笑みを浮かべたまま、雄一郎は静かに吐き捨てた。
 
 
「俺が死ねば、新しい女神が来るかもしれないだろ」
 
 
 皮肉じみた雄一郎の台詞に、ぴくりとテメレアの肩が跳ねる。明らかに不快感を滲ませているテメレアの顔から視線を逸らして、雄一郎は続けた。
 
 
「迅速に、正確に、各自決められた任務を果たせ」
 
 
 それで話は終わった。だが、作戦に移る前にうんざりとした仕事をしなくてならないことも雄一郎は解っていた。テメレアと向き合って訊ねる。
 
 
「殴られる場所はどこがいい?」
「目立つところがいいですね。ただ、顔は一発までにしておいて下さい。ウェルダム卿お気に入りの顔がぐちゃぐちゃになっていたら城内に入れて貰えないかもしれません」
 
 
 淡々としたテメレアの言葉に、雄一郎は溜息を漏らした。雄一郎の溜息を聞いて、ゴートが横から声を掛けてくる。
 
 
「気乗りしないようでしたら、俺がやりましょうか?」
 
 
 申し出を掌をいい加減に振って断る。布を取り出して、手の第二関節に雑に巻き付けた。
 
 
「歯を食い縛って、何か楽しいことでも考えてろ」
「無茶を言われる」
 
 
 テメレアが小さく笑う。だが、テメレアはそっと笑いを消すと、ぽつりと小さな声で呟いた。
 
 
「あなたのことを考えます」
 
 
 睦言というよりも、それは悲しい囁きのように思えた。報われることのない告白だ。テメレアが口を噤ぐんだのを合図に、雄一郎は拳を振り上げた。
 
 
 
***
 
 
 
 他の小隊長たちと別れた後、雄一郎はリュカとゴートと共に街へと入った。
 
 アム・アビィは、道々に水路が流れる美しい街だった。街のあちこちを水路が通り、真っ白な橋が掛けられている。
 
 
「溶鉄に水は欠かせませんから」
 
 
 ゴートがそう説明を漏らす。幅が広い水路には、小舟が浮かべられていた。どうやら水路を通って、物を運んだりするらしい。物珍しそうに眺めていると、にやにやと笑みを浮かべたゴートが訊ねてきた。
 
 
「ご興味があるなら乗りますか?」
 
 
 まるでオモチャの車に乗りたがる子供に対するような口調だ。憮然とした表情で見返すと、ゴートは声を上げて笑った。
 
 
「相変わらず意地の悪い方ですね」
 
 
 雄一郎とゴートのやりとりを見て、リュカが困ったように呟く。
 
 
「昔からの知り合いなのか?」
「はい、私もゴート副官もここにいる小隊長は全員、元々は国境地域の警護をしている辺境軍に属しておりましたので」
「国境というのは、隣国ゴルダールとの国境警備か?」
「その通りです。ジュエルドで最も戦死者が多い場所ですね」
 
 
 にこにこと笑いながら笑えないことを言う。微笑むリュカを横目で眺めて、雄一郎は短く問い掛けた。
 
 
「小隊長級が一気に抜けて、国境警備は大丈夫なのか」
「それなりに大丈夫かと。国境警備は、最前線だけあって精鋭揃いですから。それより、王都の戦力の低さの方が問題です。平和な時代が続いて、中央軍は弱体化し、上層部は汚泥にまみれてしまいました」
「汚泥」
 
 
 鸚鵡返しに雄一郎が呟くと、ゴートが注釈するように言った。
 
 
「最も愛国をうたっていた者たちが、今は金のために国を売っているという意味ですよ」
 
 
 それを聞いて、どうしてだか雄一郎は酷く諧謔的な気持ちになった。口角が笑みに歪む。
 
 
「どこでも戦争は同じか」
 
 
 以前も口にした言葉だと思った。だが、改めて思う。元の世界だろうが、異世界だろうが、戦争は一部の特権階級の欲望によって膨れ上がっていく。そして、豚共の腹がいっぱいに満たされるまでは決して終わらない。
 
 チェトが僅か頭痛を覚えたように額を押さえながら、言葉を続ける。
 
 
「一番厄介なのは、『私腹を肥やす豚』と『真に国を憂いる者』とが現状混ざり合っていることです。諸手をあげて兄上様がたを支持する貴族もいますが、半数以上の貴族はノア様につくべきか兄上様がたにつくべきか決めかねている。同じ城にいるというのに、味方と敵の区別がつかない」
「その兄達を支持している貴族というのは、今どこにいるんだ」
「王都には居られませんから、自分たちの領地に戻っていますね。兄上様がたも、その貴族たちの領地のどこかにいるかと」
「ただ、現状では身内から敵が出て来る可能性も高いということか。陣地だと思って安心していると、寝首をかかれる可能性が高いな」
 
 
 そう感想を漏らすと、リュカは『その通り』と言わんばかりに大きく頷いた。リュカと代わって、今後はゴートが口を開く。
 
 
「ただ、王都にいる貴族たちの多くは女神様や宝珠に対する信仰心というのも深い連中ですから、宝珠に選ばれた『正しき王』をないがしろにすることはありません。むしろ、神が決めたことに反乱を起こした兄上様がたを処罰するべきだと考えている連中も多いです」
「その中に、確実にこちら側だと信用できる奴はいるのか?」
「います」
 
 
 一瞬、ゴートがにやりと口角を緩めた。そのやや皮肉気な笑みを眺めながら、雄一郎は続きを促すように顎をしゃくった。
 
 
「軍のキーランド総大将は、確実にノア様派ですね」
「総大将? それ、女神に対して滅茶苦茶キレてるって奴じゃなかったか?」
「そうです。突然来た女神に好き勝手にさせるかって怒ってるお爺ちゃんですね。まぁ、でも総大将の場合は、ノア様に対する反乱心から女神様を邪険にしているわけではないです。突然現れた女神様に指揮させるよりかは、自分が軍を指揮する方が王にとって利があると思っての行動でしょう。まぁ、心の片隅では、自分の人生をかけて築き上げてきた軍を、見知らぬ女神様とやらに踏み荒らされたくないという思いもあるかもしれませんけれども」
「余計に厄介なジジイじゃねえか」
 
 
 呻くように呟くと、ゴートは声を上げて笑った。
 
 
「ですが、総大将がノア様派というのは唯一の救いですよ。過去の輝かしい戦歴もあって、総大将に忠誠を誓う兵士も多い。ノア様が王座についてから今まで、ノア様が暗殺されなかったのはキーランド総大将のおかげと言っても過言ではないです」
 
 
 ゴートの言葉に小さく頷きを返しながらも、雄一郎は僅かに頭を抱えたくなった。
 
 
 現状を整理するとこうだ。
 王都には、味方か敵かわからない貴族が大量にいて、いつ裏切られるか分からない。
 兄達についている貴族たちは各領地に散らばっており、隣国ゴルダールと組んでいつ襲ってくるか分からない。
 中央軍は老いた総大将が取り仕切っており、軍について雄一郎に口出しさせる気は一切ない。
 
 
 どう考えても最悪な状況じゃねぇか。と思わず喚き散らしそうになった。女神として呼ばれたというのに、これでは道端で乞食でもやってる方がよっぽど楽だ。
 
 溜息を漏らしそうになるのを堪えながら、雄一郎は投げ遣りな口調で呟いた。
 
 
「王都に戻れたら、まずは裏切り者共のあぶり出しから始めるぞ」
「はい、是非とも根絶やしにしましょう」
 
 
 吃驚するぐらい陽気な口調でゴートは同意を返した。まるで、それが楽しみで仕方ないと言わんばかりの明るい声音に、雄一郎は怪訝な眼差しでゴートを見遣った。
 
 
「意外だな」
「何がですかい?」
「お前のその口調だと、同じ国の人間を殺すのを楽しみにしているように聞こえる」
 
 
 無神経だとは思ったが、思ったことをそのまま口に出した。胡乱げに見詰める雄一郎の眼差しに、ゴートはその顔に嘲りを滲ませた。陽気な男に似合わぬ仄暗く澱んだ笑みだ。
 
 
「ちょっとばかし個人的な話をしてもいいですか?」
「ああ」
「ノア様派の貴族たちが教会に集められて焼き殺された話は覚えていますよね」
 
 
 小声で話されるゴートの話に、雄一郎は小さく頷きを返した。
 
 
「俺の父親はそこで焼き殺されました」
「それは聞いたな」
「俺の妻と子も、一緒に焼かれたんですよ」
 
 
 柔らかな声で告げられた事実に、雄一郎はゆっくりとゴートを見遣った。凄惨な話をしているというのに、ゴートは朗らかな笑みを浮かべたままだ。
 
 
「妻は臨月間近で、安全のために俺の実家に預けていたんです。俺の子供が生まれるまで後一月もなかったのに、腹から出ることもなく妻と一緒に燃えて、骨すら残らなかった。その翌日に、妻から手紙が届きました。子供は男の子だったようです」
 
 
 ゴートが満面の笑みを浮かべる。ぞっとするほど完璧な笑顔だった。
 
 
「親父と妻と子は死にましたが、同じ家にいたはずの俺の兄だけは生き残ってるんですよ。その意味がわかりますか」
 
 
 一瞬だけ雄一郎は言葉に詰まった。同じ家にいたはずなのに一人だけ生き残った。その意味は簡単だ。
 
 
「お前の兄貴は、家を裏切ったか」
「そういうことです。その兄は、今もまだいけしゃあしゃあと王都に残っている。家族と祖国を売り飛ばした畜生のくせに」
 
 
 ゴートがほぅと小さく息を吐き出す。クセのついた長い髪を片手でぐしゃりと乱しながら、ゴートは静かに続けた。
 
 
「だからですね、俺はこの国を救うだとか、同胞を守りたいなんて高尚な精神で戦ってるわけではないんですよ。私怨です。ただ純粋に、裏切り者を殺したいだけです」
 
 
 そう言い切ると、ゴートは口を噤んだ。雄一郎は暫く無言のまま歩いた。人影が少なくなったところで、ぽつりと問い掛ける。
 
 
「兄貴を殺したいか」
「勿論です」
「その時がきたら、必ずお前の手で始末させてやる」
 
 
 物騒な言葉を漏らして、片手でゴートの背をぽんと軽く叩く。途端、ゴートの目が生気に輝いた。その会話を聞いて、リュカが、お二人とも怖いですよ、とちっとも怖がっていない声で呟いた。
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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