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21 カウンセリング

 
 夜が更けるまでは、街の宿屋で休息を取ることにした。交代で見張りをしながら、ほんの僅かな睡眠に身を委ねる。硬いベッドに横たわって目を閉じていると、ふとゴートの話が頭をよぎった。雄一郎と同じ、妻と子を失った惨めな男だ。妻と子を失い、復讐に身をやつすしか生きる意味がない。それでも、ゴートの方が復讐の対象が明らかなだけまともだ。
 
 雄一郎は、もう誰を恨めばいいのか解らなくなっていた。最初は、敵を、上司を、国を恨んだ。だが、それは次第に形をなくして、人間を、世界そのものを憎み始めた。だから、金のためと名文を立てて、誰彼かまわず殺しまくった。それを今、この異世界でも行おうとしているのか。縁もゆかりもない異世界の住人たちに憎悪と殺意をぶつけて殺戮するのか。
 
 
「ふ、ふ、女神ねぇ」
 
 
 唇から無意識に嘲笑が漏れ出ていた。自分でも不愉快になるくらい嫌味ったらしい声音だった。
 
 何度考えても、人殺しが女神なんて巫山戯ている。女神様と崇められながら、人民を蹂躙し、何千何万もの死体の山を積み上げていくのか。嗚呼、馬鹿馬鹿しい。気が狂ってる。だが、今なら思う。
 
 ここは自分には相応しい地獄だと。
 
 目を閉じて、大きく息を吐き出す。気が高ぶっても、今は眠らなくては。閉じた目蓋の裏に、妻と娘の姿がよぎった気がした。不意に寂寥とも慚愧ともつかない感傷が込み上げたが、その感情もすぐに眠気に飲み込まれて消えた。
 
 
 
***
 
 
 
 真っ白な部屋の内装を見た瞬間、これが夢だと気付いた。
 
 見覚えのある部屋だ。壁紙も床も漂白されたように白く、部屋の真ん中にはアルミ製の机と2脚の椅子が向かい合うようにして置かれている。その一方の椅子に、雄一郎は腰掛けていた。雄一郎の両手首には手錠がかけられ、手錠の鎖は机の真ん中の鉄輪に固定されている。
 
 雄一郎から見て右手側の壁には、巨大な鏡が据えられていた。鏡には、どこかぼんやりとした表情の自分が映っている。全身は生傷だらけで、微かに血を滲ませた包帯が痛々しく巻かれていた。今よりも若々しい、二十代の頃の自分の姿だった。
 
 鏡の奥からじっとこちらを見つめている視線を感じた。マジックミラーの向こうから、警戒と監視の眼差しで雄一郎を見ている奴らがいる。それが誰なのか雄一郎は知っていた。
 
 虚ろな眼差しで鏡を眺めていると、不意に部屋の扉が開いた。入ってきた人物を見て、一瞬雄一郎は目を見開いた。だが、夢の中の自分の身体は身じろぎ一つしない。
 
 
「こんにちは、尾上さん」
 
 
 部屋に入ってきたのは、オズだった。全身には手榴弾の鉄片が幾つも突き刺さったままで、引き裂かれた軍服の隙間からはポツポツと真紅の血が滴り落ちている。右口角から右頬へかけて大きく肉が裂けており、笑うと白い歯や赤い舌がちらちらと覗き見えた。
 
 
「どうですか、気分は落ち着きましたか?」
 
 
 オズが続けて訊ねてくる。だが、雄一郎は押し黙ったまま言葉を返さなかった。オズが席を引いて、雄一郎の真向かいの椅子へと座る。そのままオズは、泥と血に汚れた両手を組み合わせた。
 
 
「私はカウンセラーの××です。すこし私とお話ししませんか」
 
 
 まるで幼稚園児に語りかけるような口調には覚えがある。話している言葉や口調は10年以上前に雄一郎が会話したカウンセラーと同じものだ。オズの姿をしているが、実際のカウンセラーは確か50代の壮年男性だったはずだが。
 
 自分の意志とは関係なく、勝手に両腕が動く。両手を持ち上げようとすると、手錠の鎖が鉄輪とぶつかってガチャンと鋭い音を立てた。その音に、カウンセラーが眉をピクリと動かす。
 
 
「外して頂けませんか」
 
 
 自分の口まで勝手に動く。これは10年前、雄一郎が言った言葉と同じだ。夢の中で、過去のリプレイでもしているのか。
 
 両腕を差し出したまま動かない雄一郎を見て、オズの姿をしたカウンセラーは困ったように微笑んだ。
 
 
「それはできないんです。貴方の拘束を解くことは禁止されています」
「誰の命令ですか」
「白井2等陸佐です」
 
 
 その名前を聞いた瞬間、胃が裏返るような猛烈な憎悪が体内から沸き上がってくるのを感じた。指先がビリビリと痺れて、宙で微かに震える。だが、雄一郎の表情は変わらない。無表情のまま、どこか上の空な眼差しでカウンセラーを見つめる。
 
 カウンセラーが微笑みを深めて、両手を伸ばす。そのまま、宙に差し出されたままの雄一郎の両手に掌を重ねて、そっと机の上へと下ろした。
 
 
「カウンセリングが終われば、拘束をとく許可が出るはずです。私とお話してくれますか?」
「はい、先生」
 
 
 従順な生徒のように雄一郎は答えた。雄一郎の返答に満足したように、カウンセラーは大きく頷いた。
 
 
「では、まず貴方の所属と名前を教えて下さい」
「陸上自衛隊、特殊装甲部隊、第四分隊隊長、尾上雄一郎1等陸尉であります」
「ありがとうございます。体調はいかがですか?」
「すこし身体が痛みます」
 
 
 軽く自身の身体へと視線を巡らせる。まだ生傷から血が滲み出ている箇所もあった。
 
 
「そうですか。後で鎮痛剤を渡しましょう」
「助かります」
「何故その怪我をしたのか覚えていますか?」
「はい。白井陸佐を殴打し、取り押さえられそうになった際に多数の隊員と揉み合ったためです」
 
 
 はきはきと答える雄一郎を上目遣いに眺めて、カウンセラーは少し含みのある声で言った。
 
 
「白井陸佐は鼻と歯が3本ほど折れたとのことです」
「それは大変申し訳ない限りです。お会いして、正式に謝罪をしたいのですが」
「それは難しいでしょう。貴方は白井陸佐を殴っただけでなく、銃まで向けました」
「言い訳になりますが、あの時は非常に混乱していたのです」
「それは貴方の奥様とお子さまが亡くなったことが原因ですか?」
 
 
 淡々としたカウンセラーの問い掛けに、雄一郎は一瞬だけ口を噤んだ。真っ直ぐカウンセラーを見つめて、それから浅く頷いた。
 
 
「はい、そうです」
「家族の死の原因は、白井陸佐にあると思っていますか?」
「いいえ、今はそう思いません。重ねて言いますが、あの事件の直後は本当に混乱していて、敵と味方の区別もつかなくなっていたのです」
「今はもう落ち着いていますか?」
「先ほどよりかは、ずっと」
 
 
 雄一郎はこの部屋に入って初めて微笑んだ。口角がピクピクと痙攣しそうになるのを堪えながら、必死に平静を装う。嘘だ嘘だ、と頭の中で誰かが喚く声が聞こえるようだった。未だ心は嵐の中で、闇雲な憎悪と殺意に溢れている。
 
 
「白井陸佐に何と話したか覚えていますか?」
「それは、白井陸佐に暴力を振るっている時にですか」
「そうです」
「なぜ見捨てたんだ、と私は訊ねました。なぜ、私にやらせたのかと。白井陸佐は、お前に命じるしかなかった、お前のためだったんだ、と答えられました」
「それだけですか?」
 
 
 カウンセラーの問い掛けに、雄一郎は静かに目を伏せた。所々の皮が剥けて、赤い肉が剥き出しになっている拳を見つめたまま唇だけ動かす。
 
 
「金は命よりも尊いのか、とも訊ねました。それに関しては、白井陸佐は何も答えられませんでした」
「では、貴方はどう思いますか? 金は命より尊い?」
 
 
 雄一郎は視線を上げて、カウンセラーを見つめた。鬱血してやや飛び出して見えるオズの赤黒い眼球を見つめたまま、雄一郎はちらりと泣き出しそうな笑みを浮かべた。
 
 
「尊いかは解りません。ですが、きっと金は命よりも重たい」
 
 
 人間の魂はたった21グラム。妻と娘、二人分合わせてもたったの42グラムだ。天秤は金へと容易に傾き、妻と娘は見捨てられた。雄一郎にとってあまりにも残酷な方法で殺された。それだけが雄一郎に残されたこの世界の真実だ。
 
 
「貴方はその考えを受け容れたんですか?」
 
 
 カウンセラーが静かに訊ねてくる。雄一郎は、更に笑みを深めた。だが、口角は吊り上がっているのに、自分が笑っているのか自分でも解らなくなっていた。今、自分はどんな表情をしている。笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか。深く俯いて、唇だけを微かに動かす。
 
 
 ――それが真実なら、こんな世界は大嫌いだ。
 
 
 声に出さず、子供のような駄々を囁く。それを最後に、夢はぷつりと途絶えた。
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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