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25 許されざる者

 階下には、すでに数名の工人が集まっていた。ガッシリとした体格の工人たちがやや緊張した面持ちで、階段を下りてきた雄一郎とテメレアを見上げていた。
 
 
「おはようございます、女神様」
 
 
 口火を切ったのはジゼルだった。数時間前に見た鎧姿ではなく、淡い藤色のヴェールを幾重にも重ねたような服を着ている。雄一郎は両腕を頭上にのばして背伸びをしながら、ああ、と短い相槌を返した。
 
 工人たちが互いに顔を見合わせて、かすかにざわめく。あらかじめ女神が男だというのは聞いていたのだろうが、実際目にすると中年男の女神というのは信じられないという思いがあったのだろう。
 
 雄一郎は、工人たちをゆっくりと見渡した。途端、工人たちがバツが悪そうに目を逸らしていく。だが、その中で一人だけ目を逸らさない者がいた。まだ若い、青年といってもよい爽やかな面立ちの男だった。真っ白な髪を首の後ろでスズメの尾ように一つ結びしている。目に髪が入らないようにするためか、その額のあたりでバンダナが結ばれていた。
 
 
「お望みどおり、製鉄に長けた者を集めました。アム・アヴィでも選りすぐりの腕を持つ者たちです」
 
 
 ジゼルの紹介に、雄一郎は首肯を返した。雄一郎をまっすぐ見つめている工人の青年へと視線を遣ると、青年が一歩前に進み出た。
 
 
「お初にお目にかかります女神様。自分はカンダラ・ナオと言います・アム・アヴィの製鉄組合の長をしています」
 
 
 よく通る低い声だった。カンダラは一度言葉を止めると、雄一郎の反応を伺うように再びじっと凝視してきた。その眼差しを見返したまま、雄一郎は問い掛けた。
 
 
「カンダラと呼べばいいか? それともナオと?」
「カンダラとお呼びください」
「長にしては、随分と若いな」
「亡くなった父が先代でした。先代はアム・アヴィいちの鉄使いと呼ばれていました」
「そうか。お前自身の腕は信頼できるのか?」
 
 
 無礼極まりない雄一郎の問い掛けに、カンダラは一瞬だけその口角に笑みを滲ませた。爽やかな面立ちに似合わない、好戦的な表情だ。
 
 
「自分の腕は、父を越えます」
 
 
 気に入った。無意識に、雄一郎の唇にも笑みが浮かんでいた。
 
 
「宜しい。では、本題に入ろう」
 
 
 肩に担いでいたAK47を机の上に置く。途端、カンダラや工人たちが身を乗り出して、AK47を凝視した。
 
 
「俺が依頼したいのは、これと同じ銃、もしくは近しい銃を量産すること」
「これは……女神様の世界のものですか?」
「そうだ。可能か?」
 
 
 端的な雄一郎の問い掛けに、カンダラは一瞬だけ思い悩むように唇をつぐんだ。まるで親の敵でも見るような眼差しでAK47を睨みつけてから唇を開く。
 
 
「まずは構造を把握させてください。触ってもよいですか?」
 
 
 雄一郎が頷きを返すと、カンダラは注意した手付きで、だが素早くAK47に触れ出した。
 
 
「発射の動力は」
「圧縮ガスによるピストンだ」
 
 
 カンダラから矢継ぎ早に投げられる質問に、雄一郎は淡々と答えた。
 
 
「使用弾薬は39mm。装填数は30発だ」
「30発!?」
 
 
 カンダラが驚きの声をあげた。その周りの工人たちもどよめいている。
 
 
「我々が作っている銃の装填数は最大でも3発です」
 
 
 カンダラが悔しさとも恐れともつかない掠れた声音で呟く。
 
 
「それでは少ない。敵に勝つためには武器の強化が絶対的に必要だ。連射性と射撃スピード、武器の量で負けているのなら、性能で敵を圧倒しなくてはならない。カンダラ、俺が望むことが分かるか?」
 
 
 緩く首を傾げる雄一郎からカンダラが一瞬視線を逸らす。その表情には、ありありと逡巡が滲んでいた。
 
 沈黙が流れる。沈黙を破るように、工人の一人がわずかに震える声を漏らした。
 
 
「そんなものを大量に作ったら、この国は……」
 
 
 言葉は途中で途切れた。工人はまるで化け物でも見るかのような眼差しで、雄一郎を見つめていた。雄一郎は笑っていた。口元に薄ら笑いが浮かんで、消えない。
 
 だから、何だと言うんだ。と言ってやりたかった。雄一郎が元の世界から持ち込んだ武器によって、この国が、この世界がどうなろうが興味がない。新たな武器によって、何万何億の死人が出ようがどうだっていい。この世界の歴史が変わろうが、そんなものは雄一郎には何の関係もない。
 
 カンダラがゆっくりと口を開く。
 
 
「新型の銃を開発した時、先代は多くの人たちから『アゼル』と呼ばれました」
「アゼル?」
 
 
 首を傾げると、斜め後ろに静かに立っていたテメレアがさりげなく注釈を入れた。
 
 
「許されざる者という意味です」
 
 
 カンダラは視線を伏せたまま、抑揚のない声で続けた。
 
 
「この武器を作れば、自分も『アゼル』と呼ばれるのでしょう」
「恐ろしいか」
「いいえ」
 
 
 思いがけず即答が返ってきた。カンダラはもう一度「いいえ」とはっきりと繰り返して顔を上げた。爛々と輝く瞳が雄一郎を見据えている。
 
 
「アゼルであろうと、国を救う手助けができるのは誉れでしかありません。国のため、女神様のため、力の限り役目を勤めさせて頂きます」
 
 
 カンダラが跪き、頭を垂れる。工人たちが戸惑いながらも、カンダラを追うようにその場に跪く。
 
 カンダラのつむじを見つめたまま、雄一郎は静かに目を細めた。
 
 
「この銃はお前に預ける。随時進捗状況を報告するように」
「承知しました」
「今後、敵に武器や情報を売り飛ばした者は殺す」
 
 
 明らかに脅迫な雄一郎の言葉に、工人たちの肩が一瞬ビクリと跳ねた。それまで黙っていたジゼルが悠然と片手をあげる。
 
 
「それに関しましては、私が責任もって監理いたします」
 
 
 雄一郎はジゼルをちらと眺めた。言っていることは物騒極まりないというのに、相変わらず妖艶なまでに美しい顔だ。
 
 
「宜しい。期待に応えてくれることを願う」
 
 
 そう話を締めくくると、カンダラが不意に顔をあげた。その頬がなぜかかすかに赤く染まっている。
 
 
「ひとつお願いをしてもよいでしょうか?」
「なんだ」
「女神様の手に触れさせて頂きたいです」
 
 
 何を言い出すのかと、雄一郎はとっさに脱力してしまった。テメレアの刺すような視線を背中に感じながらも、投げやりに片手を差し出す。
 
 カンダラはまるで壊れ物でも触るような手付きで、雄一郎の手を両手で包み込んだ。手のひらの固くなった豆を指の腹でなでられる感触に、ぞわりと首裏が震える。
 
 
「硬い手のひらだ」
 
 
 笑い声を含んだ隠微な声が聞こえた。カンダラは雄一郎の手を指先でたどりながら、かすかに熱を孕んだ目で雄一郎を見上げた。
 
 
「女神様は、今までどれだけの人間を殺したのですか」
 
 
 その声音に邪気はなかった。むしろ憧憬さえ滲んでいるように聞こえる。それなのに、雄一郎はほんの一瞬だけ動揺してしまった。感情のままにカンダラの手を振り払いそうになるのを堪える。
 
 
「そんなもの数えてどうする」
 
 
 カンダラを睨み据えて、雄一郎は吐き捨てた。
 
 
「お前がこれから作り出すものは、俺よりもずっと多くの人間を殺すぞ。悦べ、カンダラ・ナオ。お前は確実に歴史に名を残す。稀代の『アゼル』としてな」
 
 
 噛みつくような雄一郎の物言いに、カンダラは怯まなかった。それどころか、その瞳に更なる熱を燃え上がらせた。
 
 
「女神様とともになら、自分は『アゼル』として永遠に呪われても構いません」
 
 
 恍惚としたカンダラの眼差しには覚えがあった。城内で雄一郎にひれ伏し、盲信的なまでに崇め奉った男と同じものだ。
 
 白の者は、黒に焦がれる。
 
 ふとその言葉を思い出した。指先がかすかに震えそうになった時、テメレアに手首を掴まれた。引っ張られて、強引にカンダラの両手から引き離される。
 
 
「雄一郎様、ゴートが呼んでいます」
 
 
 そう口早に呟いて、肩を抱かれて部屋の外へと連れ出される。背に、カンダラの声が届いた。
 
 
「必ず、女神様のご期待に応えます」
 
 
 静かな狂気を滲ませたカンダラの声に、不意に自分自身への疑念がわき上がった。
 
 俺はこの世界で一体何を作り出そうとしているのか……。
 
 
 
 
 
 部屋の外では、ゴートとチェトが待っていた。チェトの腕には、中型の鳥が止まっている。その羽や嘴は灰がかった白色をしており、目だけが鮮やかな青色だった。
 
 
「鳥だ」
 
 
 気付けば、幼稚園児のように見たものをそのまま口に出していた。
 
 
「チェトが飼っている伝令用の似人鳥です」
「ニセビトトリ?」
 
 
 ゴートが「チェト」と呼びかけると、チェトは鳥の嘴を人差し指で数度撫でた。途端、鳥がパカリとその嘴を開く。
 
 
『アム・ウォレス 明け方より敵襲 現在籠城中 ノア王行方不明』
 
 
 鳥がなめらかに人間の言葉を話し出す姿に、雄一郎は一瞬ギョッと身体を仰け反らせた。だが、その言葉の意味を理解するにつれて、苛立ちが腹の底からこみ上げてきた。
 
 まだ話し続ける鳥を制するように片腕をのばすと、チェトが慌てて再び鳥の嘴を撫でた。鳥の声が止まる。
 
 
「王都が攻め入られたか」
「そのようで」
 
 
 ゴートの暢気な相槌に、雄一郎は刺すような眼差しを向けた。だが、ゴートは気にする様子もなく、のんびりとした口調で続けた。
 
 
「どうしますか」
「決まってる。戻るぞ」
「敵数は五万は越えるようです。それに対して、我らの兵士数は二万程度」
「だから、なんだ。逃げろとでもいうか」
 
 
 口角が醜くねじ曲がる。雄一郎はゴートの顔を見据えたまま、人差し指をその胸に突きつけた。
 
 
「ここで逃げたら、俺の金が消えちまうだろうが」
 
 
 王都が奪われようが、ノアが死のうがまったく構わないが、ここまでの行動がすべてタダ働きになるのは耐えられなかった。雄一郎は傭兵だ。金のために戦うことこそが仕事だった。
 
 俗悪な雄一郎の台詞に、ゴートは淡い笑みを浮かべた。嘲っているようにも、哀れんでいるようにも、同調しているようにも見える微笑みだ。
 
 
「辺境軍に兵を出すように、先ほど似人鳥を飛ばしました。我々より到着は遅れるでしょうが、多少の足しにはなるかと」
「宜しければ、私の私兵もお使いください」
 
 
 振り返ると、扉の前にジゼルが立っていた。ジゼルが柔らかな笑みを浮かべたまま続ける。
 
 
「この街にある武器も必要なだけお持ちください」
「では、火薬を」
 
 
 雄一郎はぽつりと呟いた。
 
 
「ありったけの火薬を私兵に運ばせろ」
 
 
 その指示に、ジゼルは一瞬面食らったように目を丸くしたが、何も言わずに頭を垂れた。
 
 
「女神様のおおせのままに」
 
 
 私兵たちへと指示をするためか、ジゼルが足早に去っていく。その背を眺めてから、雄一郎はゴートの耳元へと顔を寄せた。
 
 
「あの男は信用できるか」
「今はまだ計りかねています。監視役として、マルコスを残していきましょう。マルコスは誰よりも信頼に値する部下です」
 
 
 ゴートの言葉に、雄一郎は頷きを返した。辺りを一度だけ見渡し、周囲の者たちへと言い放つ。
 
 
「走るぞ」
 
 

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Published in 37歳のオッサンが戦場で女神と呼ばれる世界

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