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10 もがれる *R-15

 
 雄太が板垣さんに会いたいって。そう、電話口で先生から聞いた時、私の胸ははち切れそうなほど高鳴った。雄太君に会えるのは四日ぶりだ。
 
 
 あまりの嬉しさに、私は編集部の中をスキップして駆け回りたくなるのを抑えるので必死になった。校正をしていても、気がついたら手が止まっている。頭の中で、シーツに包まれた雄太君の華奢な身体がぐるぐる回る。まるで痴女のようだと思っても、ふと脳裏をあのはにかむような笑顔が浮かぶと、もう駄目だった。思考が停止状態に陥る。そうして、浮かれ調子のまま近所のケーキ屋でホールケーキを買って、財布の中に二千円しかなくなったのを見て、ようやく正気に返った。
 
 
 年甲斐もなく浮かれてしまったが、相手はまだ中学生かそこらの子供だ。それに対して、私は今年で二十九歳という露骨にギリギリな年頃だ。十五歳近く年下の相手に対して、一体何を一喜一憂しているのだろうと途端に虚しくなった。結婚どころか恋愛だって出来るはずがない。完全に犯罪だもの。
 
 
 そもそも、私は本当に雄太君のことを好きなのかと聞かれれば、それすら危ういものがある。私の中で、恋愛感情と母性愛と庇護欲と同情がごちゃまぜになって、何か変な科学反応が起こった末の感情ではないのかと言われれば、そう思えなくもない。だったら、この感情は何だろう。
 
 
 説明が付かない感情に胸がもやもやして、雄太君を想う度に浮かれて、またもやもやに悶えて。酷い躁鬱状態を繰り返しながら、私は先生の屋敷へと向かった。助手席にホールケーキを乗せたのは、これで少しでも雄太君が笑ってくれたらいいなという餌付けじみた思いからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 ケーキの箱を片手に持って、相変わらず物々しい佇まいな屋敷の玄関へと急ぐ。
 
 
「ごめんください。岬先生、いらっしゃいますか」
 
 
 返事は返ってこなかった。私の声は物寂しく宙へと散ってしまった。戸惑いに玄関先で足踏みを数度して、私は玄関を叩こうと手を伸ばした。しかし、その時、風に吹かれて扉がキィと軋んだ音を立てた。微かに開かれた扉の隙間から、短い呻き声が断続的に聞こえてくる。その声に、私は凍り付いた。
 
 
 ぎこちない足取りで、音が聞こえる方へ近付いていく。自分の呼吸音がやけに五月蝿く感じる。身体がまるでロボットになったかのように強張っている。呻き声はどんどん大きくなっていく。
 
 
 スプリングが軋む音、咽喉に絡まったような声、居間のソファで雄太君が岬先生の膝の上で踊っていた。口には猿轡が嵌められており、両腕は背中で縛られている。剥き出しの背中から汗が伝って、小さな臀部へと流れ落ちていく。生白い臀部には、酷くグロテスクな雄の形が突き刺されていた。私はその光景を見た時、あまりのおぞましさに戦慄いた。
 
 
「グぅ、ヴー!」
 
 
 手負いの獣のような悲鳴が雄太君の咽喉から迸る。上下に揺さぶられる度に、滲み出した汗が飛び散る。逸らされた咽喉に先生が噛み付いて、雄太君の細い腰に腕を絡める。ぐちゃぐちゃと粘着いた淫猥な音が聞こえてくる。二人の傍らには、赤ん坊が何も知らずに寝息を立てている。先生は、弟の傍らで雄太君を犯している。嗚呼、こんなのは酷過ぎる。
 
 
 思わずケーキの箱を床に落とす。ぐちゃりと音がして、潰れた箱の隙間から生クリームが飛び出して見えた。その光景に、私は酷い悲しみを覚えた。その音に、壁に隠れるようにして呆然と立っている私の姿を、先生が見とめる。そうして、先生は恍惚と微笑んだのだ。まるで見せつけるかのように、雄太君の首筋を舐め上げて、咽喉を軽やかな嗤いに震わせる。その微笑みを見た瞬間、私は気付いた。先生は、何もかも解ってやっている。意図的に、私を絶望させようとしている。
 
 
「雄太、板垣さんが来たよ。ご挨拶は?」
 
 
 雄太君を揺すり上げながら、先生が耳元に囁く。途端、雄太君の背筋がビクリと跳ねた。肩越しに恐る恐る振り返って、私をじっと見る。その青褪めた表情に、私はどうしても掛けるべき言葉が思いつかなかった。数秒の沈黙の後、雄太君が先生の膝の上で暴れ始める。突き刺さったままの肉が内臓を抉るのにも関わらず、雄太君はその場から逃げようとしていた。
 
 
「ぐヴぅー! ヴウウうぅーッ!」 
 
 
 暴れ狂う四肢を取り押さえながら、先生が楽しげに笑い声を上げる。まるで駄々を捏ねる幼児を宥めているような素振りだった。
 
 
「暴れちゃ駄目だよ、雄太。本当、仕方ないなぁ」
 
 
 そう呟いて、先生は両手を雄太君の首へと伸ばした。そうして、細い咽喉を一気に締め上げた。雄太君の咽喉が「ぐ」と短い音を発して、逸らされる。その首を、なおも執拗に先生は締め続けた。
 
 
「嗚呼、よく締まる」
 
 
 恍惚とした先生の声。ギリギリと絞められる首に雄太君の身体が小刻みに痙攣する。背後で拘束された両腕が縄を解こうと、力を込められているのが解った。しかし、それはただ赤い痕を残すだけで解けることはない。
 
 
 そうして、唐突に終結する。先生の身体が一度大きく跳ねて、は、と息が零されるのが聞こえた。雄太君の首から外された先生の手の爪が、剥き出しの肩甲骨へと突き立てられる。浮き上がった肩甲骨が薄っすらと血を滲ませて、まるで翼がもげた痕のようにも見えた。雄太君の身体が震えて、そうしてぐったりと脱力する。
 
 
 先生は、暫く雄太君の背を撫でてから、のんびりとした手付きで猿轡を外した。唾液が糸を引いて、雄太君の口角を流れていく。先生は、その塗れた唇の端を舌先でなめ上げて、唇にそっとキスを落とした。
 
 
「愛してるよ、雄太」
 
 
 雄太君は何も答えなかった。荒い呼吸に背筋を上下させて、すべてを諦めたかのように涙を一筋流した。
 
 

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Published in 箱庭の少年

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