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20 許せなかった

 
「罪?」
「君は、広本さんの死体を何処にやったんだと私に言ったね?」
 
 
 広本さん、その言葉に背筋がピンと張り詰める。そうだ、雄太君の事が誤解でも、広本さんを殺したのは先生なんだ。そう思うと、極普通に対面していた自分自身の警戒心のなさが悔やまれた。
 
 
「は、はい」
「森に埋めてある。車はプレートを外して、廃車の山に投げ込んだ。でも、殺したのは私じゃない」
 
 
 どういう意味ですか、と訊ねる前に、先生の視線が膝の上へと落ちた。そこには安らかな顔で眠る雄太君がいる。まさか、と唇が音もなく呟く。まさか、まさか、まさか、そんなわけがない。
 
 
「殺したのは雄太だよ。広本さんだけじゃない。自分の両親も弟も、雄太が殺したんだ」
 
 
 一瞬息が出来なくなる。時間が止まってしまったかのような感覚。瞬きも忘れて、先生を凝視する。先生はソファの肘掛けに肘を落として、憂鬱そうに俯いた。
 
 
「ゆ、うたくんが?」
「そう、殺したというのは少し語弊があるかもね。正確に言えば、広本さんの事故も兄夫婦の事故も、雄太が起こしたっていうのが正しい」
「雄太君が事故を起こしたって、雄太君は広本さんの事故の時、トランクの中にいたって…」
「そう言ったのは雄太だろう? 雄太は助手席にいたよ。そして、猛スピードで進む車のサイドブレーキを下ろした。君も同じことをされただろう? 車は負荷に耐え切れずスピンし、木にぶつかり大破する。あるいは、兄夫婦の車のように崖から落ちてぺしゃんこになる」
「そ、そうですけど、だからって雄太君が殺したっていうのは考えすぎじゃないんですか?」
「いいや、雄太が殺したんだ。本人が覚えてなくても、事故現場からも車の痕跡からもそれが見て取れる。それに、あの子は広本さんが死んだ時、笑ったよ」
「わ、笑った?」
「そう、笑った。あの子は、運転席で潰れている広本さんをじっと見てたよ。それから、真っ赤になった右足を引き摺って、私に赤ん坊を差し出して笑ったんだ」
 
 
 
『――圭太が戻ってきたよ』
 
 
 
 それは、それは先生が雄太君に言ったという言葉じゃないだろうか。記憶の引き出しを探りながら、私は這い上がって来る悪寒に身体を震わせた。
 
 私が信じていた事がすべて覆されて行く。雄太君との思い出がビリビリに引き裂かれて行く。だけど、先生の言葉を否定することは出来ない。だって、私は雄太君に包丁を突き付けられた。狂った雄太君の姿を見てしまった。私は雄太君を信じられなくなっている。それが酷く悲しかった。
 
 
「だから、雄太と赤ん坊がいなくなった時、嫌な予感がしたんだ。また同じことが起こったのかと思った。だけど、君が生きていてよかった」
「そんな、私、何も知らずに……」
「いいんだ、無事であれば。だけど、広本さんには謝っても謝り切れない。あの人は優しいだけだったんだ。あんな酷い死に方をすることはなかった」
 
 
 先生の顔が悲哀に歪む。後悔や懺悔を滲ませて、先生は拳を噛み締めた。
 
 
「それに、父親と母親を雄太が殺したと思うのには理由があるんだ」
「理由、ですか?」
「ああ、圭太が生まれたばかりの頃だったからね」
 
 
 そう言って、先生は机の上に置かれた写真から数枚を選び出した。一列に並べて、指先で軽く示す。
 
 
「どの写真を見ても、圭太は何処にも怪我をしていない。それに、毎回父親か母親のどちらかに抱き締められている。圭太を見る兄や奥さんの目も、雄太に向けるものとは全く違う、優しいものだ。私が思うに、圭太は両親に“普通に”愛されたんだ」
「それは、つまり、雄太君は、両親の圭太君に対する反応を見て」
「そう、自分が愛されていないことに気付いてしまった」
 
 
 一瞬、重苦しい沈黙が落ちた。暗く濁った影が背中に伸し掛かっているようだ。両親の振る舞いに傷付く少年の姿がありありと思い浮かぶ。自分と弟と、一体何が違うのだろう。どうして、自分は殴られて、弟は抱き締められるのだろう。それは酷く切ない姿だった。
 
 
「――許せなかったんですね」
「許せなかったんだろう」
 
 
 ぽつりと零して、互いに押し黙った。視線は、自然と雄太君へと向けられた。この小さな身体の中に、ありとあらゆる悲哀と憎悪が詰まっている。
 
 サイドブレーキを下げた時、雄太君は殺すつもりなんかなかったかもしれない。あるいは自分も一緒に死ぬつもりだったかもしれない。だけど、彼は生き残り、家族や自分を助けようとした優しい人が死んだ。あまりにも残酷な結末だ。
 
 

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Published in 箱庭の少年

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