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36 饗宴 *R-18 / 暴力描写有

 
 貪られていた。
 
 犯されているだなんて生易しい言葉では表現し切れない。自分は今貪り食われているのだと、健一は思った。皮膚を剥ぎ取られ、肉を噛み千切られ、骨をしゃぶられている。
 
 顎を押さえ付けられたまま、口内を他人の舌が這い回る。柔らかい粘膜を嬲られて、くすぐったさとも付かない不快感に全身が流動する。
 
 吾妻の掌が乱暴と言っても良いほどの荒々しさをもって全身を這い回っていた。乳首を指先で摘まれてこねくり回され、股間をおざなりに弄られる。それは殆ど儀式的な愛撫で、快感など欠片も感じられなかった。ましてや愛情など存在するはずもなかった。
 
 吾妻の瞳は、何かから逃れるように固く瞑られている。父や妹を殺した罪悪感からか、妹を犯した嫌悪感からか、健一の拒絶からか、それとも自分を取り巻く全てから逃れようとしているのか。
 
 そのくせ、その腕は健一を離そうとはしないのだ。絡まったまま、一緒に墜落していくような感覚だった。オレはこの男に堕とされている、と健一は感じ、憎悪を感じたが、直ぐにそれは空中へと霧散した。
 
 吾妻の唇が離れて、その隙間から「けんいち」と呻くような声が零れる。自分より十五歳も年下の子供に、縋り付くような切実な声音。吾妻の目蓋が戦慄きながら開かれる。
 
 
「僕は化物じゃない」
 
 
 それは健一に言っているというよりも、自分に言い聞かせているような切実さを孕んでいた。それを醒めた心地で聞きながら、健一は吐き捨てた。
 
 
「化物」
「違うッ!」
 
 
 吾妻の咽喉が弾ける。甲高い女のような叫び声を放って、吾妻は顔をくしゃくしゃに歪めた。
 
 
「僕は化物なんかじゃない。僕は人間だ。僕はゴミじゃない。クズじゃない。ごくつぶしの害虫でもない。僕は、吾妻真澄だ。僕は父さんの息子だ。将真兄さんや真樹夫兄さんの弟だ。真昼と真夜の兄だ。僕は吾妻の家族だ。野良犬の息子なんかじゃない」
 
 
 惨めだった。余りの惨めさに、健一は言葉を失った。同情心からではなく、その醜悪さに圧倒された故の沈黙。
 
 吾妻は醜悪だった。惨め過ぎて、汚く、脆く、愚かで、絶望的に醜かった。
 
 吾妻の指先が震えながら、健一の脇腹を撫ぜる。温めるように何度か上下に擦ってから、吾妻は突然耐え切れなくなったように健一の胸元に顔を埋めた。
 
 
「健一、愛してる。全うな人間は、誰かを愛するものなんだ。僕は、健一を愛してる。だから、僕は人間だ。全うな人間だ」
 
 
 掠れた声が胸をくすぐる。
 
 愛という言葉を免罪符として使う吾妻のエゴイズムに鳥肌が立った。鳥肌の上を、吾妻の掌が滑る。夏なのに、その掌は吃驚するぐらい冷たかった。萎れた股間を掌がそっと弄る。相変わらず快感などなく、その冷たさに更に陰茎は縮んだ。その様子を冷徹に眺めて、健一は諭すようにそっと呟いた。
 
 
「気持ちよくなんかならない」
「大丈夫、気持ちよくなる」
 
 
 いい加減なことをほざいて、吾妻は健一の後孔に指を伸ばした。瞬間、ギクリと身体が強張る。その部分を嬲られ、身体を真っ二つに裂かれるような痛みを味わった事を思い出す。そうして、その張り裂けそうな屈辱も。
 
 硬直した健一の身体に気付いたのか、吾妻が安心させるように微笑む。
 
 
「今度は、前より痛くないよ」
 
 
 その台詞は安心できるものではなかった。痛み以前の問題に、犯される事自体が健一にとっては不快極まりない事だと、目の前の男は気付かないのだろうか。
 
 後孔に触れた男の指先は、何かの液体が塗られているのか、ぬるついていた。指が滑る感触に、足先から悪寒が走る。咄嗟、吾妻の腹を蹴り飛ばそうと動いた足は、吾妻の手に遮られていた。先ほど蹴り飛ばされた腹が連動するように痛んだ。
 
 
「健一、大人しくしないと痛くなっちゃうよ」
 
 
 健一の足首を掴んで、その足を大きく広げながら、吾妻が笑う。後孔を指先が上下に撫でて、襞の間にまでぬるつきを広げていく。その感触に皮膚がざわめき、拒絶反応を起こす。
 
 
「気持ち悪い!」
「気持ち悪いのは、気持ち良くなるところだよ」
 
 
 にやにやと笑う顔が腹立たしくて堪らない。その顔を睨み付けて歯軋りしていれば、唐突に後孔に何かが突き入れられた。
 
 
「ヒっ!」
 後ろに突き立てられたのは、指の感触ではなかった。もっと硬質で、冷たい感触。視線を下へと滑らせて、健一は唖然とした。歯磨き粉のチューブのようなものが自分の尻に突き刺さっている光景に、目を疑う。そのチューブは、毒々しい紫色をしていた。何故、どうして、そんなものが自分の尻に入っているのか検討も付かないし、考えたくもない。こんなのは、とんでもなく現実離れしている。
 
 
「なっ、な…」
 
 
 余りの光景に言葉を失った健一を見て、吾妻が更に笑みを深める。そうして「健一、ちゃんと全部呑むんだよ」と甘やかな声を上げ、一気にチューブを絞り上げた。
 
 
「イぃ、ゃ…!」
 
 
 腸壁をどろどろしたものが逆流してくる感覚に、全身が総毛立つ。両手で腹を掻き毟りながら、健一は布団の上で悶えた。掴まれていない片足がシーツを滅茶苦茶に蹴り飛ばす。吾妻は掴んだ足首に唇を落としながら、健一の中から溢れ出して来てもなお、容赦なく全てを健一に呑み込ませた。
 
 チューブが空っぽになる頃には、健一は虫の息になっていた。異物感と嫌悪感に、全身の震えが止まらない。チューブが抜かれた瞬間、健一の中から溢れ出す液体に栓をするように吾妻が指を突っ込んだが、殆どその感覚すら分からなかった。ぐちゃり、と粘ついた音を立てて、吾妻の指が粘膜を擦る。
 
 
「ねぇ、分かる? 健一の中がぐちゃぐちゃになってるの」
 
 
 揶揄かうような吾妻の囁きに、拳に力が篭る。憤怒に突き動かされるように拳を、吾妻の顔面へと向かって振り上げたが、力ない拳は直ぐに吾妻に捕まえられた。
 
 
「健一が暴れると、気持ちいいものも痛くなっちゃうよ」
 
 
 叫びたい気持ちを押し殺して、健一は吾妻を睨み付けた。吾妻は、仕方ないなぁとでも言いたげに苦笑いを浮かべて、肩を竦めた。
 
 
「こういう事は、本当はしたくないんだけどね」
 
 
 前置きを並べ立てて、吾妻は自身のネクタイで捕えた健一の両手首を縛り付けた。まさか縛られるとは考えていなかった健一は、呆気に取られて自身の手首を見つめた。
 
 息を飲み込んで、震えを押し隠す。
 
 
「ほ、どけよ」
「駄目だよ。解いたら健一暴れるでしょう?」
 
 
 まるで頑是のいかない子供に言い聞かせるような吾妻の口調が気に食わない。健一は苛立ちのままに吼えた。
 
 
「ほどけッ! こんなんおかしいだろうが!」
「おかしくなんかないよ。ほら、健一も気持ち良くなってきてる」
 
 
 何言ってやがる、と叫ぼうとした声は咽喉の奥に飲み込まれた。両脚の間で、性器が勃ち上がっていた。その不可思議な状態に、健一はぽかんと口を開いた。
 
 何だコレは。だって、オレは気持ち良くなんてなってない。身体も心も目の前の男を拒絶しているはずなのに、どうして、
 
 指を突き立てられた後孔から、腹の方へと向かってじわりじわりと痺れるように熱が広がっていく。制御不能な熱は、まるで麻薬のように全身に浸透して、思考能力を低下させる。
 
 潤った後孔がぐちゃりと音を立てて掻き回される。瞬間、息が詰まるような快感が体内で爆発した。
 
 
「ひゃ、あ!」
 
 
 鋭い悲鳴が鶏声のように溢れる。腸壁の粘膜を指で擦られるのが堪らなく気持ち良かった。中だけではない。縁も襞も、触られる度にひくひくと物欲しげに蠢く。それが健一には信じられなかった。
 
 
「嗚呼、嬉しいよ。健一の身体は、気持ち良いって言ってる。僕とセックスすることを悦んでる」
 
 
 感極まった吾妻の言葉に、ゾッと寒気が走る。吾妻に対してではなく、自分自身に対して。自分自身の身体が快楽を享受していることを信じたくなどなかった。真昼を殺した男とセックスして、自分の身体は悦んでいるなど、そんなのは許される事ではない。
 
 それなのに、勃った性器は萎える気配を見せない。後孔に突き刺さった指を、潤った粘膜が浅ましくしゃぶっている。それが二本に増やされれば、更に嬉しそうに孔を開いて、そうしてギュウッと断続的に締め付ける。それは既に快楽を味わっている動きだった。自分の身体が意思に反して、勝手に快楽を貪っている。
 
 
 どうして、どうして、――オレの身体は、いつだってオレを裏切るんだ。
 
 
 そう思った瞬間、縛られた両腕で自分の腹を思いっきり殴っていた。組み合わせた両拳を振り上げて、振り下ろす。躊躇いなどなかった。肉が凹み、内臓が潰される感覚に惨い痛みを感じたが、無視した。
 
 
「違ぁあうぅ! オレじゃないッ! オレのじゃないぃい!」
 
 
 喚き、こんなものは、自分の身体ではないと繰り返す。快楽も痛みも自分のものではないと言い聞かせ、何度も腹を殴り付けた。腹の痛みがなくなって、自分の身体が潰れてなくなるまで。
 
 それなのに、それすらも吾妻は許さないのだ。健一の両拳を取り押さえて、吾妻が困ったように笑う。
 
 
「駄目だよ、健一。お腹が腫れちゃう」
「嫌、イヤっ、だ! オレの身体じゃない! オレはっ、こんなんで気持ちよくなったりなんかしない! 違うぅッ!」
「違わないよ。健一は、尻の穴を弄られて気持ちよくなってる。健一は僕とのセックスがすきなんだ。だから、ほら、こんなに簡単に呑み込んでいく」
 
 
 三本目の指が後孔に呑み込まれていく様子を、健一は見た。目いっぱいに広げられた穴は、真っ赤に充血している。突き立てられた三本の指を伝うようにして、先ほどチューブから捻り出された液体がとろりと零れていた。指の腹で柔らかい粘膜を擦られて、勃ち上がった性器の先端からも液が溢れ出す。その淫靡な光景に、くらりと眩暈が走った。
 
 
「やっ、ぅ、ア…ぁ…」
 
 
 鼻にかかった声が震える唇から勝手に出てくる。まるで甘えるような声音が気色悪くて、健一は下唇を噛み締めた。その強張った下唇を、吾妻がそっと舐める。
 
 
「噛んじゃダメ」
 
 
 親犬が子犬を宥めるような台詞が癪に障る。
 
 三本の指を咥えた後孔の縁を、硬い何かが触れてきた。縁の周囲をなぞるように擦られると、ぞわぞわとした悪寒にも似た感覚が背筋を走って、性器がぴくつく。その硬い何かは、健一の睾丸を戯れるように何度か突いて、それから陰茎の裏筋を下から上へと滑った。その隠微な感覚に、内太股が痙攣する。
 
 
「ふ、ゥう…、ん」
 
 
 視線を落した健一の目に映ったのは、酷くグロテスクなものだ。勃ち上がった牡がそこにはあった。硬直し、熱を孕んで膨張していた。凶暴なまでに反り返った吾妻の性器。その形は、歪んだ木の根のようで、健一は初め見た時、それが何か分からなかった。完全に勃起した大人の性器など見たのは初めてで、何かの冗談かと思うほど、健一にはそれは酷くグロテスクなものに見えた。まるでSF映画のエイリアンか何かのようにすら感じる。
 
 
「なに、それ…」
 
 
 健一の掠れた声に、吾妻は頬を弛緩させた。
 
 
「触ってみる?」
 
 
 有無を言わせず、吾妻は健一の手をエイリアンへと押し付けた。すると、エイリアンが一度大きく震えて、そうして更に膨張するのが掌に伝わってきた。先端からとろりと粘ついた液体が溢れて来て、手の甲を伝う。健一は、呆然とその様子を眺めた。エイリアンがどく、どくと大きく脈動している。まるで心臓のようだ。
 
 
「分かった?」
 
 
 は、と大きく息を零しながら、吾妻が聞く。
 
 
「な、なに…」
「これが健一のナカに入るんだよ」
 
 
「ココにね」と言われて、後孔に入った指を動かされた瞬間、健一は発狂した。脳味噌が頭蓋骨の中で破裂して、咽喉から金切り声が迸った。
 
 あんなものを自分の中に入れられるなんて死んでも嫌だった。あんなグロテスクなものが身体に入ったら、自分は壊れてしまう。内側から内臓を食い破られてしまう。
 
 そんな思いに突き動かされて、健一は形振り構わず暴れた。両脚をばたつかせ、縛られた両手を滅茶苦茶に振り回して、吾妻から逃れようと動く。吾妻の手を振り払って、うつ伏せに這いずって吾妻から離れようとする。
 
 しかし、畳に指がかかった所で、腰を掴まれる感触があった。肩越しに振り返れば、酷く可笑しげに笑っている吾妻の顔が見える。必死で逃げ惑う健一を面白がっているような酷薄な面構え。
 
 
「いや、イやッ、ヤっ!」
「逃げちゃ駄目だよ、健一。せっかく、ちゃんと慣らしたんだから」
 
 
 馬鹿の一つ覚えのようにイヤと繰り返す健一を眺めて、吾妻は困ったように肩を竦めた。引き戻されようとする腰に抵抗するように、健一は畳に爪を立てた。ギリギリ、と畳が音を立てる。
 
 
「やだっ、やだあぁ、そんなん入れられたくないぃッ! いやだああ!」
 
 
 叫びながら、余りの惨めさに涙が滲んだ。引っ張られる力がどんどん強くなっていく。
 
 畳に突き刺さった爪が軋んで痛い。畳が爪で削られて、ささくれ立っていく。爪の間に畳の破片が詰まる。
 
 
 痛い。でも、離せない。でも、痛い。痛い。痛いよう。
 
 
 次の瞬間、バリッという乾いた音と共に、健一をその場に留める力がなくなった。目蓋の裏が真っ赤になるような痛みが、指先で弾けた。
 
 
「ひ、ぎ…ッ!」
 
 
 掠れた視線の先に見えたのは、畳に突き刺さった自分の爪だ。それは、もう自分の指にはついていない。どの指の爪かも分からなかった。剥がれた爪が薄く血を滴らせながら、畳に刺さっている。
 
 そうして、痛み以上に明確な熱が身体を襲ってきた。後孔に、硬直した熱が押し付けられる。拒絶の言葉を叫ぶ暇もなかった。剥がれた爪の痛みに、打ち震える余裕もなかった。溶けた後孔に、熱が突き入れられた。悲鳴は出なかった。大きく開かれた唇は、吾妻の掌に覆われて、何一つとして音を溢れさせることはなかった。代わりのように、見開いた瞳から滂沱の如く涙が溢れた。
 
 
「健一」
 
 
 うっとりとした吾妻の声が背後から降ってくる。重なり合った背から、吾妻の心臓の音が浸透してくる。犯された後孔から、どくんどくんと生々しい脈動が伝わって来る。痛みはなかった。痺れた後孔は、異物を感知するだけで、痛みがない代わりに快楽もない。ただ、そこにあったのは絶望だけだ。世界で一番殺したい男に犯された絶望だけ。
 
 
「う、ヴぅ…」
 
 
 塞がれた唇から、死に掛けた犬のような呻き声が零れる。実際犬なのかもしれない。尻だけ突き出して犯されている自分。こんなのは犬以下だ。
 
 
――神様、こんなのあんまりだ。
 
 
 突き上げられると、内臓が押し上げられて苦しかった。しかし、それ以上に指が痛い。爪の剥げた指先から、血がたらたらと流れ出ている。それに、体内に入れられたものが気色悪くて仕方ない。拒否反応に肉が震えて、後ろに入ったものを締め付ける。すると、背後から鈍い呻き声が聞こえた。
 
 
「健一、あんまり締めないで…もたないから」
 
 
 掠れた吾妻の声は、快楽を称えて妖艶だった。耳元で吐かれる吐息の甘さ。腰骨を掴み、健一の唇を押さえる吾妻の手の切実さ。限界まで拡げられた後孔をすり上げられる音の卑猥さ。ぐちゃぐちゃと粘った水音が響く。
 
 潤った粘膜は、吾妻の性器がご馳走とばかりにしゃぶりついていた。突き上げられる度に、ひくひくと腸壁が痙攣して、吾妻の性器をぎゅうと吸い上げる。感じたくもない快楽が股間から込み上げて、脳味噌を飽和させる。シーツに額を擦り付けながら、健一は身悶えた。絶望と快楽が健一を蝕み、堕落させる。
 
 
 痛い。苦しい。気持ちいい。悲しい。憎らしい。殺してやりたい。死にたい。気持ちいい。寂しい。嗚呼、張り裂けてしまう。
 
 
 突き上げが激しくなる。腰がガクガクと揺れて、快楽が頭を真っ白にする。
 
 
「ふっ、んんっ、んグ、ヴ、んんンっ!」
 
 
 くぐもった嬌声が咽喉の奥で跳ねる。鼻で荒い息を零して、肩をぶるぶると震わせる。下半身が爆発しそうなほどの快楽を、制御する術など健一は知らなかった。
 
 吾妻が入った中が熱い。擦られることに悦びを感じて、粘膜が収縮を繰り返す。性器が先走りを撒き散らす。自分の身体が勝手に動く。それが恐ろしくて堪らない。
 
 
 たすけて、たすけて、たすけて、誰かたすけてたすけて、たすたすたすけて、たすけてえ、もういや、だれかたすけて、だれでもいい、誰かタスケテ、痛いよ、痛いイタイいたいいたいたいたいたいたいたいたい、くるしいよ、怖いよ、怖いこわいこわいコワい、怖くてたまらない、たすけてたすけて、たすけてええ、だれか、だれか、ダレかだれかダレかダレかダレかダレかダレかダレカダレカ、
――――――――― 真昼 !
 
 
 脳内を埋め尽くしていた混沌が唐突に弾ける。そうして、残ったのは絶望にも似た自責の念だった。
 
 真昼は死んだ。オレを助けようとして殺された。自分の兄と妹に殺された。オレがあんな脅しなんかに屈さずに首輪を外していれば真昼は死ななかった。オレが助けを求めなければ、真昼は死ななかった。オレが真昼を好きにならなければ、真昼は死ななかった。オレが吾妻を殺していれば、真昼は死ななかった。オレが真昼を殺した。オレが強ければ、真昼は今このときだって生きていたはずなのに!
 
 破裂しそうな勢いで込み上げた。自分自身に対する殺意に近い憎悪が全身を満たしていく。
 
 
 何が、何が一緒に逃げるだ。何がオワフ島でモアイを探すだ。何が真昼にキスしたいだ。真昼を愛してるだ。オレが真昼にやったことは何だ。助けを求めて、大人しく座って待っていただけじゃないか。同情が嫌いだとかほざきながら、本心は同情を求めていた。いつだって、誰かに憐れみを求めていた。可哀想に、と頭を撫でてもらうのを待っていた。助けを期待して、自分では何もしなかった。何も行動しなかった。被害者面して、ただ待っていただけだ。何てクズだ! 何てゴミだ! その結果がコレだ! 真昼を殺した! オレが殺した! オレは助けてと泣き喚いて、真昼を殺した! オレは一番大好きな女の子を殺した犬畜生だ!
 
 
「健一、顔見せて」
 
 
 重なった男が快楽に満ちた声で囁き、健一の身体を反転させる。後孔を性器で抉られて、その衝撃に咽喉から素っ頓狂な叫び声が零れた。そうして、再び圧し掛かられる。吾妻の顔が真上にあった。健一の顔を見下ろして、酷く頼りなげに微笑む。健一の額や頬に恭しく口付けを下ろす姿は、まるで神に許しを乞うているようだ。
 
 貫かれた身体、打ち付けられる腰、心臓を乱す快楽、そうして張り詰めた殺意。男への殺意と、自分への殺意。もう誰も好きにならない。もう二度と、助けてなんて言わない。吾妻も自分も、殺してやる。
 
 唇をそっと開く。そうして、一気に噛み付いた。唇のすぐ傍にあったのは、吾妻の耳朶だ。肉が歯と歯の間で潰され、直ぐに血の味が口腔いっぱいに広がった。
 
 低く呻き声をあげて、吾妻が健一から離れようと上半身を起こす。その瞬間、噛み千切った。ぶつん、と肉が切断される感触を歯に感じた。小さな肉の破片が舌の上で転がった。
 
 左耳から血液をだらだらと垂らした吾妻が見えた。呆然と健一を見つめている。その表情は、普段の吾妻からは想像もできないほど滑稽だった。その滑稽さに、不意に腹の底から嗤いが込み上げてきた。健一は嗤った。声を上げて嗤った。
 
 
「ひゃ、ぁは、ははははははははぁははははあ、ああぅあぁぁぁ、ひゃ、はははァ!」
 
 
 狂態というのは、こういう事を言うのだろうか。嗤い声が止まらない。尻には男の性器を突っ込まれて、自分自身も勃ち上がったまま、男の耳朶を噛み千切って嗤い転げる。悲しいはずなのに可笑しい。嗤うと、腹が痛い。それなのに、可笑しくて堪らない。
 
 淡く産毛の生えた肉を、奥歯で噛み締める。血の味と、鶏とも牛ともつかない肉の味が口内に広がった。然程の考えもなく、健一はミンチ状に噛み潰したそれを呑み込んだ。食道を小さな欠片が通っていく感覚。吾妻の肉という嫌悪はなかった。普通の食事と同じように、口の中に入ったものを食べた、という感覚しかなかった。
 
 吾妻は左耳をそっと掌で押さえ、その掌にこびり付いた血を唖然と眺めた。そうして、泣きながら嗤う健一を見つめて、震える唇を笑みの形に変えた。健一よりも、よっぽど泣き出しそうな笑顔だった。
 
 
「…美味しい?」
 
 
 吾妻の声は無様に震えていた。そうして、健一の返事を待たずに腰を動かした。殆ど自棄になったような激しさに、健一は咽喉をひゅっと鳴らした。嬌声が血の味の残る咽喉から迸る。しかし、嬌声は直ぐ嗤い声に変わった。
 
 
「ひッ、アァ、アは、はははぁッ!」
 
 
 突き上げられ、涙を溢れさせながらも嗤う健一を、吾妻が痛ましげに見つめる。手前がそんな顔すんじゃねぇ、と叫んでやりたかったが、嗤いの方が怒声より先に溢れてしまう。ぐちゃっ、ぐちゃっ、と果実を潰すような音が鈍く鼓膜に響く。
 
 
 ――うあぁ、気持ち良い。悦い。悦い。殺してやりたい。気持ちいいぃ。殺すうう。
 
 
 狂ったように喚きながら、健一は夢中で腰を振った。脈動する肉を食い締めて、最奥を突かれる悦びに頭を振り乱す。
 
 吾妻が眉間に皺を寄せ、腹の中の肉棒が痙攣した。その瞬間、身体の中をマグマが流れた。腸壁を熱い液体が逆流して、内臓を焼き尽くす。背筋が反り返る。健一は、甲高い嬌声を張り上げた。同時に、腹の性器が弾けた。身体が硬直して、壊れた玩具のようにビクビクと断続的に震える。
 
 
「イぃ、ァ…!」
 
 
 断末魔のように引き潰れた声が出て、全身から力が抜けた。緩んだ後孔から、どろりと粘着いた液体が溢れてくるのを感じる。またあの汚らしい白濁が流れているのか、とぼんやりと思う。
 
 朦朧とした意識の中、吾妻が健一の身体を強く抱き締めた。その身体は、弱々しく震えていた。そうして、吾妻はあの言葉を再び口にした。
 
 
「許してとは言わない」
 
 
 その言葉に嘲り一つ零して、健一は目を閉じた。くん、と子犬が啜り泣くような声が淡く聞こえたが、その泣き声が誰のものかなど分からなかった。
 
 

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