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父と子の話

 
 妻の腹から出てきた目も開かぬ赤子を見た瞬間、私の身体は恐れ戦いた。嫌悪と恐怖だけが私の身体を支配していた。産まれたばかりの我が子に対する愛情など欠片もなかった。産後の妻を殴り、腹を蹴り飛ばし、「何故産んだ!」と叫んだ。私は、産声をあげる我が子が恐ろしくて堪らなかった。子供という名の、私の分身が恐ろしかった。何故なら、私自身が紛れもない父の分身だったからだ。
 
 私の父は子供を愛さぬ人だった。何人もの愛人を抱え、子供はそれこそ山ほど産まれたが、父に抱いて貰った子供は誰一人としていない。私は、偶然正妻の腹から出てきたというだけで跡継ぎとして育てられた。
 
 上には十四人の兄弟がいたが、誰一人として私を弟として扱う者はいなかった。誰しもが跡継ぎの私を疎み、妬み、虐げた。心底下らない話だが、組を正式に継ぐまで私には毒見係が欠かせなかった。目の前で、毒見係が畳に血反吐を吐きながら絶命する光景を、私は何度も見た。五回目からは数えることを止め、私は兄弟達への愛を捨てた。
 
 父は、私を助けるような真似は一度もしなかった。愛人達の家を誘蛾灯の蛾のように飛び回り、たまに家に帰れば、私の母を罵り、殴り飛ばした。父は母のことを愛してなどいなかった。同じように、私のことも愛していなかった。
 
 幼い頃、父は、私を視界に入れる度舌打ちを零し、私を突き飛ばした。九歳の時、縁側から突き落とされ、踏み石に後頭部をしたたかに打ち付けた私は死に掛けた。三日間の昏睡状態から目覚めた時、私の目の前には誰もいなかった。それから一ヶ月、私を見舞いに来たものは誰もいなかった。退院後、頭に包帯を巻きつけた私を見て、父は鼻を鳴らして嗤った。そうして「死ななかったのか」と残念そうに言ったのだ。その時、私は初めて、父に殺されるかもしれない、という妄想を抱いた。
 
 一度私を殺しかけてから、父は私を甚振ることに躊躇しなくなった。一緒に食事を取れば、箸の持ち方が汚いと殴られる。目が合えば、目つきが気に食わないと腹を蹴り飛ばされる。風邪を引けば、軟弱者がと冷水を一晩中浴びせ掛けられる。泣けば問答無用で叩きのめされるから、私は自然と泣かなくなった。十二になる前に、私は泣き方を忘れた。
 
 私は父が恐ろしかった。父の前に立つと、膝頭が震え、視線がぐらぐらと定まらなくなった。普段普通に出て来ている事が、父の前では緊張と恐怖の余り出来なくなる。躓き、転びざまに花瓶を割り、掛軸を破り、無様な失敗ばかりしてしまう。父はますます怒り狂い、甚振りは更に凄惨を極めていく。私はもうどうしたら良いのか分からなかった。ただ、父の気に障らないように、震えながら追従の笑みを浮かべていることしか出来なかった。違う、私は少しでも父に気に入られたかったのだ。これだけは、私の人生の中で不可思議で仕方ない事なのだが、私は父を愛していた。クズとしか呼べない父親だと言うのに、何故だか私は心の底から父を愛していた。そうして、父に愛されることを願っていた。その愛が弾けたのは、父の一言だった。
 
 
 「御前は、私の子供ではない」
 
 
 母が他の男と通じ、身篭った子供だと父は言った。そうして、「他人の子供を愛する必要はない」とも言った。私も、その言葉に同意を示した。
 
 
 『他人である父親を愛する必要もない』
 
 
 そう思った瞬間、私の中から父への愛が消えた。吃驚する程、呆気なく消え去ってしまったのだ。
 
 その夜、私は厨房の飯に毒を混ぜた。死亡者は、全部で二十五名だった。その中には、父や母、兄弟達、私の毒見係が含まれた。私は、畳の上で苦しみ悶える青年を眺めて、今頃同じように血反吐を吐いているだろう父や母や兄弟達に思いを馳せた。何の感慨もなかった。愛しさも寂しさも後悔も、罪悪感すらない。私は十八歳で家族を全て失ったが、失う前からずっと孤独だったのだと、その時気付いた。私は泣きたかったが、泣き方を忘れていたせいで泣けなかった。私は一滴も涙を零せないまま、組を継いだ。
 
 歳を取るにつれて、私の容貌は父に似ていった。鏡に映る自分の顔を見て、あの時の父の言葉は虚言だったのかもしれないかと時々考えたが、今更どうでもいい事のようにも思えた。父が死んだ今、私が父の実子であるかどうかなど意味のない事だ。
 
 しかし、父に似ていく自分の姿かたちは、私にとって脅威だった。姿だけならまだ良い。行動や口調、人を殴るときに舌打ちを零す癖まで、私は父に瓜二つだった。私は父に似ていく自分が恐ろしかった。必死になって、父と異なった道へと進もうとしても、いつの間にか私は父と同じ道を歩いている。三十を過ぎた私は、父の生き写しになっていた。
 
 妻を娶った時、私は子供が欲しくないと願った。妻の腹が膨れた瞬間、湧き上がったのは恐怖だ。私は、赤子の姿をした自分が妻の腹に眠っているように思えて仕方なかった。子供が産まれてからも、私は出来る限り子供に近付かなかった。近付けば、子供を殴るだろうことが容易く想像出来た。そんな自分を考えるだけで寒気が走った。
 
 それなのに、十歳の子供を私は殴った。子供の誕生日だから、と妻に強請られて一緒に食事を取っていた時だ。子供が味噌汁を零した瞬間、頭の中が真っ白になった。気付けば、子供の鼻を叩き潰していた。鼻血で顔を真っ赤にした子供が泣きながら、私を見ていた。その悪魔でも見るような眼差しに、私の心は凍えた。私はとうとう父と同じになってしまったのだと思い、自分自身を憎み、蔑んだ。それでも、子供を愛することは出来ないのだ。私は私を愛せないのと同様に、私の分身を愛することも出来なかった。
 
 それから、私は父と同じように愛人達の元を飛び回った。家に帰り、子供に会うことが恐ろしかった。そうして、妻が妊娠する度、私は妻の腹を蹴り飛ばし、叩き潰した。私の分身など欲しくなかった。
 
 そんな私の元から妻が逃げ出したのは、二人の子供が産まれた後だ。そうして、妻は一年後戻ってきた。赤ん坊を一人胸に抱いて。その瞬間の私の絶望は言葉に出来ない。私は、とうとう来たのだと思った。その赤子は、いずれ私を殺すだろうと直感的に理解した。そうして、その子供を甚振るであろう自分の姿も。それを愚かだと分かりながら、訪れるだろう結末を知りながら、私はそれを止められないのだ。私は父の分身なのだから。
 
 私が振るうベルトの下で、子供が悲鳴を上げている。顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、それでもその瞳は私を憎もうとしないのだ。この子供は、私に愛されたがっている。父に愛してもらいたかった私と同じように。今なら父の気持ちが分かる。父は私を愛さなかったのではない。愛せなかったのだ。健気に私を慕う子供を、決して愛せない私と同じように。
 
 子供の薄い皮膚に、ベルトが食い込む。子供の嗚咽が暗闇に沁みる。この子供も、いずれ私と同じように泣き方を忘れるだろう。泣けるときに泣けばいい、と私は思う。それだけが、私がこの子供に与えられる思い遣りで、唯一父親らしい感情のように思った。私の分身であり、いつか私を殺すだろう子供は「おとうさん」と掠れた声を上げて、すすり泣いた。―――私は、ベルトを振り上げた。
 
 

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Published in catch1

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