Skip to content →

05 少年

 
 少年は、保田を見ない。車の助手席に座り込んでからも、窓の外を不機嫌そうに眺めるだけで、保田へはちらりとも視線を向けない。まるで存在から拒絶されているようで、保田は酷く遣る瀬無かった。公園で、少年が保田へと突き付けた言葉を思い出す。
 
 
『誰にも助けられない』
『ヒーロー気取り』
『偽善者』
 
 
 その言葉は、保田の心を深く抉った。まさか助けるはずの少年から、こんな言葉をかけられるとは思いもしていなかった。保田が想像していたのは、長時間の監禁に怯え切った少年で、ようやく訪れた救出に涙し、歓喜するとばかり思っていたからだ。
しかし、現に目の前にいる少年は、監禁などされていないと保田に言う。自分の意志で、吾妻の元にいると言う。そうして、警察である保田を拒絶し、憎悪するかのように睨み付ける。
 
 保田は、少年の言葉に混乱している。七原女史から聞いていた少年の現状と、目の前の少年とはあまりにも掛け離れている。一体どちらが真実なのか、どちらを信じればいいのか、保田には判断することができない。
 
 
「なぁ」
 
 
 不意に隣から声が掛けられた。視線を向けぬままに、少年が剣呑な声で問い掛けてくる。
 
 
「今何月?」
「十二月だけど」
 
 
 躊躇いがちに言えば、少年の深々とした溜息が聞こえてきた。肩を落として、信じられないことでも聞いたかのように首を左右に振っている。その目元は苦渋に歪んでいた。
 
 
「十二月?」
「そう、十二月十一日。どうかした?」
 
 
 保田の言葉に反応することもなく、少年はただただ不愉快そうに眉を顰めるだけだった。暫くして、ぽつりと「五ヶ月も…」という呻き声にも似た声が小さく聞こえた。
 
 その瞬間、保田はハッとした。少年が誘拐されたのは八月のことで、もう既に五ヶ月も月日は過ぎているのだ。もし七原女史の話が正しいのであれば、五ヶ月間も少年は悪夢の中に居たのだ。同じ年頃の少年達が無邪気に過ぎ去らせた月日を。
 
 
「あの…泉君」
「…」
「君は、本当に自分の意思で吾妻真澄のところに居るのかな?」
「…」
「本当は、吾妻真澄に強要されているんじゃないのかな?」
「…」
 
 
 黙殺されるというのは、こういう事を言うのだろう。眉一つ動かさず、声一つ返さず、少年は保田の存在を黙殺していた。その姿は、十二歳の少年とは思えぬ冷淡さを感じさせた。あの写真の中で笑っていた少年とは似ても似付かぬ、まるで心のない宇宙人が少年の皮をかぶったようにすら思える。
 
 咥内に溜まった嫌な唾液を呑み込んで、保田は大きく深呼吸をした。
 
 
「家に帰りたいって思わない?」
 
 
 家という言葉を口にした瞬間、全く動きのなかった少年の肩がぴくりと震えた。そうして、一息にせせら哂う。唇を皮肉げに歪めた、子供らしくない嘲笑。
 
 
「黒コゲな家に帰って、どうしろって言うんだ」
「黒コゲ?」
「あんた黙ってよ、うざったい」
 
 
 拒絶するように吐き捨てて、少年は再び窓の外へと視線を捨てた。重苦しい沈黙の底で、保田は少年の言葉に傷付いている自分に泣きそうになった。
 
 
 
 
 
 
 安っぽいアパートの一部屋に入った瞬間、少年の足がピタリと止まるのを見て、保田はあまりの羞恥に顔面が赤く染まるのを感じた。それも当然だ。一週間に一回帰れるか帰れないかの自宅は、腐臭じみた臭いを漂わせている。実際、腐臭なのかもしれない。流しには、いつ食べたのかも思い出せないカップラーメンの残骸が捨ててある。部屋の奥には万年床と化したマットレス、部屋の中央に置かれたこたつの上には、突然の召集に慌てた際倒したしょうゆ瓶が転がっている。その周りに、乾きかけたしょうゆがこびり付いていた。余りにも哀れなゴミ屋敷。
 
 少年は、玄関で立ち止まったまま絶句している。ぽかんと開かれた唇が保田の心をチクチクと痛めた。
 
 
「ごめん、あんまり家に帰らなくって…」
 
 
 少年は、保田の言い訳を聞いていないようだった。暫く黙り込んだ後、「真昼の部屋みたい」と小声で呟いて、そのまま靴を脱いで玄関脇に積まれたゴミ袋を掻き分けるようにして中へと入っていく。
 
 慌てて、その後を追いながら、保田は「まひる?」と少年の言葉を反芻した。真昼、何処かで聞いたことのある名前だと思う。
 
 しかし、それを思い出す前に、少年がコタツに入って、テレビをつけていた。くるくるとチャンネルを変えて、人気のバラエティ番組になったところでリモコンを置く。まるで我が家にいるかのような、慣れた仕草だった。
 
 
「あ、あのさ、お腹すいてるよね?」
「すいてない」
「じゃあ、実家から、みかんが送られてきたんだけど食べな…」
「食べない」
 
 
 取りつく島もなく拒否の言葉ばかりが返される。その遣り取りに、保田は疲労を感じ始めていた。
 
 今まで何人もの我侭な子供と遣り合ってきたが、こんなにも扱いにくい子供はいなかった。少なくともこれまでの子達は、保田がその子の心に入れる最低限の取っ掛かりは残して来てくれていた。しかし、目の前の少年には、その取っ掛かりが欠片も見えない。目の前にあるのは、巨大な壁だ。
 
 肩を落として、小さく溜息を吐きそうになった所で、慌ててそれを呑み込む。子供の前で溜息を吐くのは、一番やってはいけない事だ。無理矢理頬に笑みを浮かべて、明るい声で「そう。じゃあ、気が向いたら食べてね」とこたつの上にみかんを置く。
 
 保田は少年を追うようにコタツ入って、少年よりもよっぽど慣れない手付きでコタツのスイッチを入れた。じわりと温まっていくコタツとは反対に、保田の身体は奇妙な緊張でガチガチに固まっていた。少年が深く息を吐いて、足をもぞつかせる。その動きにすら、過敏に反応してしまいそうなほどに。
 
 保田の緊張を知ってか知らずか、テレビからは場にそぐわない和やかな笑い声が聞こえる。最近ブレーク中の若手芸人が「や、やや、熱湯は卑怯やろうが!」と引き攣った顔で叫んでいる。周りの人間は、その慌てっぷりを面白がって笑い転げる。
 
 しかし、少年はちらりとも笑わない。表情一つ変えず、まるで風景の一部かのようにテレビを眺めている。テレビだけがそら寒く笑い声を上げているのが、何とも不気味に思えた。
 
 
「面白く、ないの?」
 
 
 自然と問いかけが零れた。少年は、一度パチリと瞬きをした後、保田へと視線を向けた。まるで穴ぼらを覗くような空ろな眼差しだった。そうして、穴の底へと語りかけるように呟く。
 
 
「わかんない」
「面白いかどうか?」
「わかんない」
 
 
 繰り返して、少年はふいと保田から視線を逸らした。再びテレビへと視線を戻すが、だんだんとその視線は下がって最後にはゴミの散らばる床へと落とされた。
 
 
「面白くないわけじゃない」
 
 
 言い訳のように呟かれた言葉は、何処か泣き声にも聞こえた。一度下唇を噛み締めた後、少年は保田へと視線を据えた。
 
 
「少し前はこれ見て笑ってた。毎週野球の練習終わったら、伸樹と一緒に走って帰って、この番組見てた。すごく楽しくて、腹抱えて笑ってさ、こんな面白い番組ほかにないって思ってた。でも、今は面白くも、つまらなくもない。何にも思わない」
「じゃあ、どうして見ているの?」
「これ、見てたら、そのとき笑ってた気持ちが思い出せるかもしれないと思うから」
 
 
 あまりにも切ない理由だった。この子は笑えないのだ。笑うことを忘れてしまったのだ。
 
 再び虚ろにテレビを眺める少年の姿に、保田の心は引き裂かれる。無意識に手が伸びていた。気休めでも構わない。あの頃の子供達と同じように、少年の頭を撫でようと。
 
 しかし、少年の頭に触れる直前、掌に鋭い痛みが走った。払い除けられた手を数秒見詰める。じわりと赤く染まって行く手の甲とは反対に、青醒めた顔をした少年が保田を睨み付けていた。睨み付けているのに、その顔は何処か泣き出しそうにも見えた。少年は自分自身を守るかのように両腕で身体を抱き締めている。その腕が小刻みに震えていた。
 
 その時、保田は気付いた。少年は、自分を守るために他人を拒絶するのだと。自分しか自分を守ってはくれないと信じているのは、誰からも助けられなかったから。傷付けられるばかりだったから。気付いた瞬間、保田は泣きそうになった。
 
 
「――どうして、もっと早く君を助けられなかったんだろう」
 
 
 唇が勝手に言葉を紡ぐ。呻くように漏らした言葉は、ただただ虚しいだけだ。もうとうに遅い。取り返しなんて付かない。この子は、笑い方を忘れてしまった。保田がのうのうと暮らしている間に、貶められ、剥ぎ取られ、この子の心は砕け散ってしまった。この子が助けを求めている事に気付きもしなかった。知らなかったという言い訳なんて通用しない。これは紛れもない罪だ。
 
 
「すまない、すまない…」
 
 
 何度謝罪したって足りない。しかし、そう繰り返すことしか保田には出来なかった。俯き、両手で顔を覆う。少年の掠れた声が耳朶を震わせる。
 
 
「…謝られたって、もう遅い」
「わかってる。わかってるんだ。ただの自己満足だって、解ってるんだ。でも、僕は君に謝る以外、どうしたらいいかわからない」
「…偽善者」
「うん、そうだ。僕は偽善者だ。欺瞞と顕示欲に塗れていて、とてもヒーローなんかになれやしない。でも、君を助けたい。ひどく遅くなったけど、君を自由にしたい。それは君のためじゃなく自分のためで、この罪悪感から逃れたいがための事かもしれない。でも、心から思ってる。君を助けたい、そう、思ってるんだ」
 
 
 そっと視線をあげると、少年が複雑そうな視線で保田を見詰めていた。疑うような、躊躇うような視線。しかし、その瞳は先ほどまでのような拒絶を含んではいない。その事に、保田は安堵した。
 
 安堵の息に機嫌を損ねたのか、少年は拗ねたように保田から視線を逸らして呟いた。
 
 
「俺は、認めないよ。警察に連れて行かれたって、誘拐も監禁もされていないって言う。あんたが俺を助けようとしたって、ただの無駄にしかならない。俺は絶対に認めないから」
「どうして? 君は、吾妻真澄を庇っているの?」
 
 
 少年の瞳が一瞬憎悪の炎に赤黒く染まる。細い肩が強張って、下唇をキツク噛み締めるのが見えた。
 
 
「かばったりなんか、しない」
「それじゃあ、どうして」
「許さないから」
 
 
 吐き捨てられた言葉は、まるで呪言のようだった。苛烈な炎を纏いながらも、その声は凍えそうなほど底冷えしていた。ギラギラと光る少年の瞳は、まるで餓えた獣だ。牙を立てる瞬間を狙う、獰猛な肉食獣。
 
 
「警察に捕まえられて、刑務所に入って、それがどうした。俺の痛みの何百分の一にもならない。そんなことぐらいじゃ許さない。あのクズ野郎、犬畜生、あいつが反吐吐いて死んだって、絶対に、許して堪るか。死ね、死ね、死んじまえ、くず、くず、ゴミカス、野良犬の息子が」
 
 
 執拗なまでに繰り返される悪辣な言葉に、ぞっとする。少年の内側で憎悪が膨れ上がって行くのが見える。それはいつか少年の身体を食い破って、破裂しそうにも見えた。
 
 二の腕に浮かび上がった鳥肌を隠すようにコタツに身体を埋めながら、保田は震える息を吐き出す。
 
 
「君は、吾妻に復讐するつもりなの?」
 
 
 呟いた途端、少年の罵言がピタリと止んだ。保田を無表情に見詰めて、少年は首を左右に振る。
 
 
「俺は、あいつに何もされてないよ」
 
 
 先ほどまでの言葉を否定する少年、その姿は『絶対に認めない』といった言葉を体現していた。警察に行っても、決してこの少年は決定的な事は認めようとはしないのだろう。つまり、彼を正当な方法で救うことはできない。それならば、保田に出来ることは一体何なのだろうか。
 
 
「君が認めなくても、僕は君を助けたい」
「何回言わせんだよ。あんたに、俺は助けられない」
「それでも、きっと何か出来るはずだ。それが何でもいい。君に何かしてあげたい。君のためだけじゃない。僕のためにも、君に何かしたい」
 
 
 切々と言葉を紡ぐ。少年の顔が苦渋に歪む。何度も噛み締められた唇から薄らと血が滲んでいるのが見えた。薄皮が破れて、剥き出しになった赤い肉から血がしみ出している。
 
 そっと指先を伸ばしても、今度は少年は逃れなかった。親指の腹で、少年の下唇の血をぬぐう。親指が微かに埋まるほど、柔らかな唇だった。
 
 その子供独特の肉の柔らかさに、保田の心臓は大きく跳ねた。心臓から猛烈な勢いで血が上って、首筋から頭まで一気に熱くなる。少年の唇から、指先が離せない。
 
 
「…いたい」
 
 
 呟かれた言葉、唇から零れる吐息が指先に触れて、その呼気の熱さに思考が奪われる。ぐらりと揺れて、保田は自分が何かの感情に脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き乱されるのを感じた。落ちる。墜ちていく。堕とされる。
 
 
『ヒロせんせぇ、だいすき』
 
 
 笑顔の眩しい子供が保田の首に短い両腕を絡めて笑う。そうして、その笑顔は不意に泣き顔へと変わる。
 
 
『せんせぇ、ぼく、おかーさんもおとーさんも怖い。どうして、ケンカばっかりするのかなぁ。ぼくのことも、きらいなのかなぁ』
 
 
 幻聴と共に、一瞬のフラッシュバックが怒った。泥の中から発見されるのは、腐りかけた小さな腕。剥がれた頭部から覗き見える頭蓋骨の白さ、お情け程度にこびり付いた髪の毛。ぽっかりと空いた眼孔が暗闇を見つめる。掘り出された身体は、所々が腐食し、肉がこそげ落ち、少年の面影は一片も残っていなかった。そこにあったのは腐った肉塊だ。もう笑わない。泣かない。保田を大好きだと言ってはくれない。二度と。
 
 
「リョータって、誰?」
 
 
 思考がブツリと千切れる。遠くを彷徨う保田の瞳を、少年が至近距離から覗き込んでいた。
 
 少年の口から零れた名前に、ビクリと全身が大きく震える。慌てて少年の唇から指先を離して、掠れた声を上げる。
 
 
「え?」
「あんた、リョータ君って俺を呼んでた」
「僕が? そんな事、言った?」
 
 
 少年がこくりと頷く。その邪気のない仕草に、記憶が揺さぶられる。厳重に鍵を掛けていた扉が内側から叩かれる。
 
 掘り出される記憶にぐらぐらと頭を揺さぶられながら、保田は戸棚から一冊のアルバムを取り出した。表紙に『きらり幼稚園 コスモス組』とポップ体で書かれている。膝の上に乗せれば、少年が身を乗り出して来た。
 
 
「幼稚園?」
「うん、もう辞めちゃったけどね」
「辞めた?」
「僕、保父だったんだ」
 
 
 一年間だけだったけど。そう言えば、少年の目がぱちぱちと瞬きを繰り返した。それから、ふぅん、と愛想のない相槌が返ってくる。わざと興味のないフリを装っているような返事が無性に愛らしく思えた。そういう所は子供っぽく、あどけない。
 
 
「リョータ君は、コスモス組の園児のひとりで、僕にすごく懐いてくれた子」
 
 
 アルバムを捲って、砂場で山ほど泥だんごを作っている子供を指差す。カメラに気付いたのか、笑う直前のように目を細めて、泥だらけの右手をこちらへと伸ばしている。半開きになった唇からは、今にも『せんせぇ』と甘えるような声が聞こえてきそうだ。
 
 写真を見詰める少年の瞳には、嫌悪とも困惑ともつかない色が滲んでいる。どうして自分がこんな小さな子供と間違われたのか理解出来ないといった表情だ。
 
 
「すごく、すごく良い子だったんだ。六年前死んじゃったけど」
「死んだ?」
「うん、クリスマスの日にね、変質者の仕業って言われたけど、まだ捕まってない」
 
 
 アルバムの最終ページを開く。見返しの部分には、古びた雑誌記事が貼付けられている。
 
 
【クリスマスの悲劇 山中にて上野涼太君の遺体発見】
 
 
 センセーショナルさだけを強調した不躾な見出しを見る度に吐き気がする。内容はそらで言えるほどに覚えているが、少年のために記事をざっと斜め読みする。
 
 
————————————————————————————————–
 
200X年1月9日。
 きらり幼稚園のコスモス組、
 上野涼太君が首を絞められて殺害されているのが発見された。
 腐敗が酷い遺体は、山中に遺棄されており、全裸だった。
 涼太君の両親は共働きで、クリスマスの日も中々迎えに来なかった。
 保育士が目を離した一瞬、涼太君は失踪。
 必死の捜索も虚しく、遺体で発見されることとなった。
 容疑者とされたのは、近隣に住む幼児愛好者の疑いがあるI氏。
 しかし、物的証拠が見付からなかったため逮捕には至らず。
 
————————————————————————————————–
 
 
 アルバムを握り締める指先に、ギリと力が篭る。胸を掻き毟りそうな程の後悔、罪悪に押し潰されそうになる。目を固く瞑る。苦しい、飲み込みきれない。思わず全てを吐き出してしまいたくなる。この感情、記憶の全てを。それらを噛み締める。奥歯でギュッと噛み潰して、咽喉につっかえながら奥へ奥へと我武者らに流し込む。
 
 ふっと息を吐き出して、瞑っていた目を開くと、少年が不安げに保田を見詰めていた。その見上げてくる眼差しに、心が揺さぶられる。無理矢理頬に笑みを浮かべながら、空元気じみた声をあげる。
 
 
「この、保育士が、僕。僕が、涼太君がいなくなったことに気付かなくて、涼太君は殺された」
「だから、刑事になったの?」
「そう、かもしれない」
「犯人を捕まえたくて?」
「そうだ、ね」
「俺を助けたいっていうのは、このリョータって子を助けられなかったことに対する懺悔とかそういう事?」
 
 
 はっとした。少年が窺うような視線で保田の目を覗き込んでいた。まるで保田の真意を探るような視線だった。その瞳をじっと見詰め返して、保田は緩く首を縦に振った。
 
 
「そうかもしれない」
「俺を、手前の懺悔の道具にすんな」
「そうだね」
「だから、あんたは偽善者なんだ。偽善者、偽善まみれの嘘つき」
「うん、その通りだ」
 
 
 力なく肯定を返す保田を眺めて、少年は張り合いがないとでも言いたげにゆっくりと溜息をついた。保田は唇を噤んで、それから小さく零した。
 
 
「でも、信じてくれないかな。君を、助けたいと思ってる気持ちは、本当だから」
「信じても裏切られるから、信じない。信じたくない」
「でも、信じて欲しいよ。そうじゃないと、僕はとても悲しい」
 
 
 悲しい、ともう一度繰り返してみる。胸の底から湧き上がってくる悲哀は、深い青色をしている。込み上げてくる青を少年にも伝えたくて、その手の甲に触れる。少年の掌が小さく戦慄く。
 
 
「信じて、ほしいよ」
「…やだ」
 
 
 掠れた声で吐かれた拒絶の言葉は、可哀想なぐらい弱々しかった。
 
 

backtopnext

Published in catch2

Top