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11 狂愛 *R-18

 
 脇腹を蹴られる感触で、目が覚めた。
 
 朦朧とした視界の中、濡れそぼった髪の毛の先端からぽつぽつと水滴がタイルへと落ちているのが見える。視線を彷徨わせていると、焦れるように脇腹を二、三度突付かれた。
 
 視線を落とすと、脇腹の上に乗っかっている足が見えた。丁寧に切り揃えられた爪先が脇腹を蹴って、健一の身体を仰向けに転がす。虚ろな視線を頭上へと向ければ、そこには微か不安げな表情をした男がいた。
 
 
「生きてる?」
 
 
 馬鹿げた問い掛けに、答える気力さえ残っていない。感覚のない口から、ずるりと突っ込まれていた布が引き抜かれる。唾液が糸を引いて、口角を伝う。そのまま垂れ流しにしていると、親指の腹でそっと唇を拭われた。唾液を拭ってからも、指先は未練がましく健一の唇を撫でさすっている。
 
 
「健一、生きてる?」
 
 
 再び問い掛けられる。目線だけゆっくりと動かすと、吾妻は一瞬泣き笑うような表情を浮かべた。
 
 
「さむい?」
 
 
 もう寒いという感覚はなかった。痺れや痛みすら感じない。ギッギッと軋むような動きで首を左右に振ると、温かな掌が健一の首筋を撫でた。首筋にチリッと小さな痛みが走る。
 
 強張った健一の身体から貼り付いたシャツやズボンを脱がすと、掌は遠慮なく身体の上を這い回った。その度に、煙草の火を皮膚に押し当てられたかのような熱と痛みを感じた。氷のように冷え切った身体に人の体温というのは、炎で炙られているのと同意だった。
 
 タイルの上に膝をついた吾妻がそっと健一の顔を覗き込む。
 
 
「僕に触られるのイヤ?」
 
 
 まるで子供のような問い掛けだと思った。当たり前だろうが、と嘲笑ってやりたかったが、頬が痙攣しただけで言葉が出なかった。そのまま無言でいると、胸元に淡い重みがのせられた。健一の左胸に頬を押し当てて、吾妻が短く息を吐き出す。心臓の上にある体温が熱い。
 
 
「健一に触ってる時だけ、安心する」
 
 
 嘘だと思った。健一に触れている時こそ、吾妻は不安定になっているように見えた。嫉妬に狂い、暴力を奮い、それを愛情と言い訳する惨めさ。それに自分自身気付かないわけがないくせに、思い込むように言い放つ男はとんでもなく阿呆だった。
 
 吾妻が緩やかに息を吐き出す。
 
 
「健一以外、いなくなればいいのに」
 
 
 左胸に唇を押し当てて、くぐもった声で吾妻が囁く。じっと健一を見詰めて、震えた声でもう一度言う。
 
 
「みんな、消えちゃえばいい」
 
 
 子供の駄々だった。床を転がり回って、あれが欲しいこれが欲しいと強請る子供とこの男は同じだ。手に入らないものを欲しがって、我侭捏ねて、泣き喚いているだけ。その子供の我侭に巻き込まれた自分は、絶望的に運が悪い。
 
 溜息を吐き出したかったが、上手く咽喉が動かなかった。全身は濡れそぼっているのに、咽喉はカラカラに渇いている。それに気付いたのか、吾妻が蛇口からぬるい湯を掌に注いで、健一の口元へと運んだ。罅割れた咽喉を通って、体内へと染み込んで行く液体が泣き出しそうなぐらい心地よかった。咽喉を上下に緩く動かすと、まだ喉仏も目立っていないそこを吾妻の指先が這った。
 
 
「誰にも渡したくないよ」
 
 
 細い咽喉を柔らかく撫ぜながら囁く。悲しげな眼差しの奥で、微かな狂気がくらくらと揺れているのが見えた。
 
 
「他の誰かのものになるなんて許せない。健一は僕のだ。僕だけの、健一だ」
 
 
 神経に捻り込むような執拗さで吾妻は繰り返す。指先が咽喉にぐっと沈み込んで、息が詰まる。ひゅうと頼りなく咽喉を鳴らすと、指先の力が弱まった。泣き出しそうな顔で吾妻が健一を見詰めている。
 
 
「このまま殺してやりたい」
 
 
 言っていることは脅しなのに、声音はまるで迷子になった子供のように弱々しかった。掠れた声で、健一は薄く哂った。
 
 
「…こ、ろせ、ない…くせに…」
 
 
 高笑いしてやりたいのに、咽喉が嗄れていて上手く笑えなかった。ただ、ひゅうひゅうとフイゴのような音が咽喉から溢れてくる。
濡れた口角をねっとりと哂いに歪めると、吾妻の目に映る悲哀が濃くなる。それが堪らなく面白かった。もっと傷付けばいい。もっと足掻けばいい。誰がお前なんかのものになるか。誰がお前なんか愛するものか。独りぼっちの野良犬が誰かから愛されるだとでも思ってるのか。
 
 
「そうだよ。そう、殺せない」
 
 
 呻くように漏らして、吾妻は健一の胸へと顔を埋めた。凍えた皮膚に、唇が押し付けられる。
 
 
「でも、きっと殺せない理由を、健一は解ってないんだろうね」
「…お、れが死んだら、…お前、殺すやつが…いなくなるから、だろ…」
 
 
 ふふ、と吾妻が弱々しく笑う。健一の無知さを小馬鹿にしながら、片方でいとおしむような笑い声だった。
 
 そのまま、胸をぞろりと生温い粘液が這う。ぺちゃりと音を立てながら、吾妻がまるで赤ん坊のように健一の乳首に吸い付く。米粒のように小さな乳首を、舌先で弄くって、前歯で緩く甘噛みする。痛みやくすぐったさよりも、ずっと熱の方が大きかった。凍えていた皮膚に、じっとりと絡み付くように熱が浸透する。
 
 
「…ふ」
 
 
 淡く息を吐き出すと、真っ白い水蒸気が空中に浮かんだ。宙を四散する白いもやを眺めていると、何をしているんだろう、という空しい思いが胸に込み上げた。こんな真冬の風呂場で、こんな男と二人で一体何を。
 
 
「…腕、ほどけ、よ」
「ヤだよ。腕ほどいたら、健一は逃げようとするでしょ」
 
 
 甘ったるい口調で、やんわりと拒否される。顔を上げた吾妻は、先ほどの頼りなさなど欠片もなく、酷薄な笑みを顔面に貼り付けていた。
 
 身体の線をなぞるように、吾妻の掌が腰骨をさする。その感触に、皮膚がざわめく。目を見開くと、宥めるように頬に口付けを落とされた。
 
 
「今日はいっぱい酷いことしちゃったから、優しくしてあげるね」
 
 
 言葉の内容とは裏腹に、健一の強張った両足を開く手付きは強引だった。押し開かれた両脚の間に入り込んでくる男の姿に、全身の毛が逆立つ。やめろと叫ぼうとした口に、無理矢理布が突っ込まれる。湿った布が奥歯に絡まって気色悪い。
 
 
「グ、ぐヴゥ…!」
 
 
 せめてもの抵抗と両脚を振り乱しても、軽々と押さえ付けられる。首筋を舐められると、嫌悪に全身が震えた。鎖骨を甘く噛まれて、そのまま指先で乳首を弄られる。人差し指の先で弾かれると、痺れるような感覚が全身を走った。爪先がビクンと跳ねて、空を蹴り上げる。
 
 
「可愛い健一、おっぱい弄られると気持ちいいの?」
 
 
 陳腐な言葉をほざいて、吾妻が舌先でやんわりと乳首の先端を舐め上げる。ぞくぞくと皮膚が粟立つのを感じながら、健一は首を左右に振った。吾妻が目をぎゅっと細めて笑う。
 
 
「嘘吐き。女の子みたいに感じてるくせに」
 
 
 健一が傷付くのを知っていて、わざと卑猥な言葉を吐いているようだった。指先が窄まりへと伸ばされる。穴の周囲の皺に触れる指先に、健一は顔面を引き攣らせた。
 
 
「女の子みたいにいっぱい犯してあげる。お腹いっぱい僕のザーメン飲み込ませて、溢れ出すぐらい」
 
 
 凍えた全身から、更に血の気が落ちる。真っ白な皮膚の上を這う吾妻の舌が血を吸ったように赤い。
 
 おぞましさに全身を無茶苦茶に揺さぶると、左右に広げられた両脚を強引に折り曲げられた。腰から下が持ち上げられて、上半身の下敷きになった両腕に鈍い痛みが走った。下半身をまるで見せびらかすような格好だ。カッと頬が熱くなって、あまりの羞恥に眩暈が走る。
 
 
「優しくしたいんだから、大人しくして」
 
 
 何が優しくしたいだ。それなら今すぐこの行為を止めればいい。不平を漏らすように咽喉から唸り声を上げる。
 
 吾妻は口元に笑みを浮かべて、それから健一へと見せ付けるように舌先を双丘の奥まった場所へと触れさせた。ぺちゃりと音を立てて窄まりへと触れる生ぬるい感触に、悪寒が全身を走り抜ける。
 
 
「ヴ、ぅぅ…っ!」
 
 
 拒絶に首を打ち振っても、窄まりを舐める舌の動きは止まらない。
 
 嫌だ、汚い、そんなところ。頭の中で繰り返される言葉は、咥内に突っ込まれた布に吸い込まれて出てこない。耐え切れない気色悪さに、筋肉が硬直して背が反り返る。
 
 そんな健一に頓着する様子もなく、潤った舌は執拗とも思える丹念さで窄まりを解き解した。皺を一本一本辿るように舐め、その中心の穴を尖らせた舌先で戯れるように突付く。いつの間にか伸びた掌が健一の小さな性器を包み込んで、柔らかく擦り上げていた。
 
 
「ンッ…ふ、ぅヴ…」
 
 
 腹の底から微かな熱が灯ってくるのを感じる。眼球の奥の神経が絞られたように熱くなって、脳味噌がくらりと揺らぐ。性器の先端を親指の腹でぐりぐりと押し込まれるように弄られると、意思とは無関係に腰がビクビクと跳ねた。尿意にも似た快感が込み上げて来て、鼻から吐き出す息が荒くなる。
 
 
「健一は、おしっこの穴ぐりぐりされるの好きだよね」
 
 
 揶揄するような吾妻の声に、カッと怒りが込み上げてくる。鋭い眼差しで睨み付けると、吾妻は余裕綽々に鼻を鳴らした。
 
 
「今度は、此処も犯してあげるよ。尿道だけでイけるようにしてあげる」
 
 
 人差し指の爪で尿道を抉られると、痺れともつかない痛みが走った。淡く微笑む吾妻は、悪巧みを思いついた子供のような無邪気さと悪質さを漂わせていた。その笑みに、怖気が走る。
 
 再び窄まりへと舌が伸ばされる。片手で押し広げられた窄まりの内側へと、ぬるりと粘膜が這う。その感触に、咽喉が引き攣った。あまりの衝撃に声を上げることすら出来なかった。
 
 目を見開いたまま、健一は嘘だと頭の中で叫んだ。嘘だ、そんなとこ舐めるなんて可笑しい。
 
 それなのに、小さな窄まりの内側に、更に舌が突き入れられる。ぞろりと内側を舐められると、もう駄目だった。唾液をまぶした舌がくちゅくちゅと淫靡な音を立てて、体内を這い回る。
 
 
「ん、んっ…!」
 
 
 悪足掻きのように身体を左右に揺らせば、嗜めるように性器を強く握り締められる。そのまま激しく上下にすかれると、もう抵抗も出来なかった。下腹部で熱が膨張して、どくどくと脈打っている。
 
 窄まりを左右に広げられて、奥まで舌を突っ込まれる。驚きのあまり、内側に入った舌を締め付けると、吾妻が小さく呻いた。それが泣き出したいぐらい恥ずかしい。
 
 体内へと生ぬるい唾液を注ぎ込まれる異常な感覚に、内太腿が断続的に痙攣する。潤った窄まりへと二本の指がまとめて突き入れられると、健一は恐慌状態に陥った。
 
 
「ヴーッ!」
 
 
 咽喉から悲鳴が溢れる。いやだいや、そこに入れられるのは嫌だ。苦しくて痛くて、男なのに男に犯されてる自分が堪らなく惨めになる。
 
 それなのに、吾妻はわざと見せ付けるように窄まりへと入れた指先を殊更ゆっくりと動かした。二本の指が内側の粘膜を擦り上げて、前後に抜き差しを繰り返す。
 
 
「すごくやらしい。健一のここ生き物みたいにひくひくしてる」
 
 
 言葉で説明されると、あまりの羞恥に目の前がぼやけた。二本の指で窄まりを広げて、また吾妻が唇を寄せる。さっきよりも深く、舌が内部へと呑み込まれる。まるで犬が皿を舐めるようなピチャピチャという音が聞こえる。
 
 顔を逸らして、健一は下腹部を襲う感覚を必死で押し殺した。だが、不意に下半身に電流のような衝撃が走って、咽喉から甲高い悲鳴が溢れた。
 
 
「んッ、ンんー!」
 
 
 吾妻の舌が内壁のある一点をぐりぐりと抉っている。そこから爆発しそうな程の快楽が込み上げてくる。両脚をばたつかせながら、健一は首を左右に打ち振った。皮膚からじっとりと脂汗が滲み出して、下腹部が衝撃にビクビクと痙攣する。
 
 
「もう少し奥にあるかと思ったんだけど身体がちっちゃいからかな、舌でも届いたね」
 
 
 まるで観察するかのような台詞を吾妻は吐き出す。見開いた目で吾妻を凝視すると、甘やかな笑みを返された。そのまま窄まりへと舌を突き入れられる。そうして、再び電流が走った。
 
 ソコを舌先で抉るようにされるともう駄目だった。身体が玩具のように跳ねて、呼吸が出来なくなる。内側の粘膜をねっとりと舐められて、舌先でソコを悪戯に突付かれると、膝裏を押し広げられたまま男に尻穴を舐められていることなんてどうでも良くなってくる。
 
 ソコをもっと弄って欲しい。ぐりぐりと抉って苛めて欲しい。
 
 イカれた欲望が胸の内から込み上げてくる。この時だけは、口が塞がれていることに感謝した。
 
 全身の血管を壮絶な快感が這い回って、脳味噌を侵して行く。もう性器は弄られていなかった。それなのに、健一の性器からはタラタラと透明な粘液が締まりなく溢れている。
 
 そうして、舌先で一際強くソコを押し潰された瞬間、熱が弾けた。熟れた尿道を這い上がって、白濁した液が腹の上へとぶちまけられる。
 
 
「ヴ、んっーー!」
 
 
 目の前が真っ白になるような快感だった。ぎゅうと窄まりが収縮して、指二本と舌が入っている分だけ閉じ切ることも出来ずに、ビクビクと大きく痙攣する。全身が痛いぐらい硬直して、それからゆっくりと弛緩していく。青臭い臭いが浴室に充満する。目を閉じることも出来ずに朦朧と宙を見ていると、腹立たしいぐらい嬉しげな吾妻の顔が見えた。
 
 
「お尻でイッちゃったね」
 
 
 その口調は馬鹿にするというよりも、心底嬉しげなものだった。そうして、荒げた息に胸を上下させる健一の口から布を引き摺り出すと、吾妻はその口角に緩くキスをした。
 
 
「かわいい健一。世界一かわいい」
 
 
 甘ったるいだけの馬鹿げた台詞だと思った。一体何を比較して世界一だなんて言葉がほざけるのか。だが、そんな台詞も健一が女だったら素直に喜べたのだろうか。
 
 そんな事を虚ろに考えていると、痺れた窄まりにぐっと熱くて硬いものが押し付けられた。ギクリと身体が強張る。
 
 
「なっ、…ヤ…!」
「僕も健一の中でイかせて」
 
 
 即物的な言葉に、拒絶の声が呑み込まれる。そのままグッと腰を押し出されると、柔らかく綻んだ内部に先端がぐちゃりと潜り込んだ。
 
 
「ひ、いッ…!」
 
 
 幾ら慣らされていたとはいえ含まされた大きさに身体が耐え切れず、粘膜が軋んだ音を立てる。痛みよりも、内臓を異物で押し開かれる嫌悪感の方が強かった。じわじわと内側へと埋められていく肉棒に、健一は奥歯を必死で噛み締めた。
 
 全身を埋め尽くす嫌悪感に打ち震えていると、ぐいと上半身を引き起こされた。そのまま吾妻の膝の上に乗るような形にさせられる。自分の体重で、更に根元まで突き刺さるのを感じて、健一は短い悲鳴をあげた。
 
 
「ヤッ、あぁ…!」
「腕、痛くないように、ね?」
 
 
 吾妻がふふと笑う。身体の下敷きにされていた腕を気遣っての行為だとは解ったが、腕を気遣うぐらいなら今すぐにでも下半身に突っ込んでいるものを抜いて欲しかった。
 
 そのまま、膝裏を抱えられて上下に揺さぶられる。太く熱い肉が体内を抉りながら突き入れられて、柔らかな粘膜を味わうようにゆっくりと引き抜かれる。
 
 
「ひっ、い…、ぅヴッ…!」
 
 
 自分の唇から泣きじゃくるような情けない声が溢れ出す。自分の意思とは関係なしに粘膜が突き立てられた性器をしゃぶるように締め付ける。ぐぷぐぷと信じられない音が結合部から聞こえてきて、気が狂いそうだった。それ以上に、こんなに憎らしい男に犯されている自分を自覚するだけで死にたいぐらいの悲哀が込み上げてきた。
 
 
「ごめんね健一、一回出させて」
 
 
 耳朶を熱い息がくすぐる。その意味を理解する間もなく、硬い先端で最奥をこねくり回されて、体内が熱い液体に満たされた。ビクビクと肉棒が痙攣して、内臓の奥へと精液を撒き散らす感覚に、健一は全身を硬直させた。
 
 
「いっ、ヤア、ァぁッ!」
 
 
 吾妻の膝の上で、健一は無我夢中で暴れた。両脚を振り乱し、身体を揺さぶる。それでも、最後の一滴まで呑み込ませる様に、吾妻は健一の腰を取り押さえたまま離さない。中を濡らしていく熱さに、健一は唇をわなわなと震わせて絶句した。
 
 長い射精だった。大量の精液を健一の中へと吐き出し終わると、吾妻は短く息を付いて、呆然とする健一を見詰めた。
 
 
「僕だけ先にイッちゃってごめんね。次はもっとゆっくりするから」
 
 
 甘く囁かれる言葉を、上手く理解することが出来ない。茫然自失状態の健一を置いたまま、吾妻は緩やかな手付きで健一の後ろ手を縛っていた縄を解いた。
 
 そのまま、ゆっくりとタイルの上へと健一を押し倒す。ひやりとしたタイルの感触に身震いが走った。
まるで恋人のように両手の指先を絡めて、吾妻はゆっくりと繋がったままの腰を動かす。くちゃりと粘着いた粘液の音に、健一は咽喉を引き攣らせた。
 
 
「もぅ…ヤ…――ァ、アッ!」
 
 
 掠れた声は、奥を突き上げられる衝撃に掻き消された。円を描くように腰を動かされると、潤んだ内壁がきゅうきゅうと吾妻自身を締め付ける。
 
 
「健一、気持ちい…」
 
 
 恍惚とした吾妻の声に、皮膚が燃えるように熱くなった。初めは緩やかだった律動が次第に激しくなっていく。体内でぐちゃぐちゃと吾妻が吐き出した精液が掻き回される。そうして、ソコを先端で突かれると、もうわけがわからなくなった。引っ切り無しに嬌声が咽喉から溢れて、触られてもいないのに性器が勃ち上がった。両手は縫い止められたまま、両脚がバネの壊れた玩具のように跳ねる。
 
 
「いっ、や…んっ、ん、ヤっ、やァ、だ、…!」
 
 
 喘ぎに混じって、それでも足掻くように拒絶が溢れ出す。目蓋を閉じたまま、首を左右に振る健一を見詰めて、吾妻がふっと呟く。
 
 
「健一が女の子だったらよかった」
 
 
 情事の合間にしては、酷く醒めた声音だった。腰をぐりぐりと押し付けながら、吾妻は続けた。
 
 
「そしたら、僕の子供孕ませてやったのに」
 
 
 冗談に聞こえない、平坦な声音にぞっと皮膚が粟立つ。絡め合わせた吾妻の指先にぐっと力が篭るのが解った。
 
 
「健一は優しいから、僕との子供ができたらきっと逃げようなんて思わなくなる。子供のために、仕方なく僕といることを選ぶんだ。そうして、大嫌いな僕との子供を一生懸命育てるんだ。一生、僕の傍で」
 
 
 盲執的な吾妻の言葉に、ぷつぷつと鳥肌が立つのを感じた。一体、こいつは何を言ってるんだ。子供なんて無理に決まってる。健一は女じゃない。女じゃないのに。
 
 下腹部をそっと吾妻の指先が撫でる。その隠微な感触にビクリと身体が跳ねた。
 
 
「ねぇ、僕の赤ちゃん孕んで」
 
 
 まるで縋り付くみたいに吾妻は囁く。だが、その声は縋りながら、もう片方では強要していた。どう考えても無理なことを健一へと強制していた。
 
 全身が意思に反してガタガタと震える。紛れもない恐怖だった。
 
 
「…や、…や、だ…」
 
 
 言葉の合間にも、歯の根が鳴る。吾妻が悲しそうに首を傾げる。まるで子供のような仕草だ。
 
 
「孕んで」
「むり、だ、…できるわけ、ない…」
「孕んで」
「…でき、ない…」
「孕めよ」
 
 
 唐突に声音が鈍く尖る。吾妻が健一の下腹部を苦しいぐらい掌で押さえる。ぐと息を詰まらせると、ギラギラと底光りする眼球が健一を射抜いた。
 
 
「孕めよ、僕の子供産んで、育てるんだ。二人で、ずっと二人きりで」
 
 
 眼前に、狂気が在った。吾妻は、苛立ったように髪の毛を掻き毟ると、ふと思い付いたように呟いた。
 
 
「このお腹、僕の精液でパンパンにしたら赤ちゃんできるかな」
 
 
 何を言っているのか上手く解らない。さも名案が思い付いたかのように口にする男に、おぞましさが込み上げて来る。押さえ付けていた下腹部を、ひたりと掌が撫でる。その感触に、健一は身体を震わせた。
 
 
「い、やだ」
「健一、辛いかもしれないけど我慢してね。だって、僕らの赤ちゃんのためだもの」
「や、だ」
「赤ちゃんが出来たら、何て名前付けようか。男の子かな、女の子かな。どっちでも健一に似てたら可愛いだろうね」
「や」
「大丈夫だよ、健一。ずっと僕が傍にいるから。頑張って、元気な子を産んでね」
「ヤだぁ!」
 
 
 甲高い悲鳴をあげて、健一は両手でタイルを掻き毟った。途端、頬に衝撃が走る。パンと乾いた音が鳴って、左頬に鋭い痛みが走った。掌を振り下ろした形で、吾妻が嗜めるような眼差しで健一を見下ろしている。
 
 
「我侭言わないの。健一は、これからお母さんになるんだから」
 
 
 可笑しい、可笑しい、こんなのは可笑しい。気が、狂ってる。
 
 
 唇がぶるぶると震えて、身体が硬直する。その硬直をほぐすように、繋がっていた下半身がゆっくりと動かされる。内側を柔らかく突かれて、ずるりと引き抜かれる。そうして、再びじれったい速度で奥まで差し込まれる。
 
 
「ふ、あ、ぁ」
 
 
 くちゃくちゃと抜き刺しを繰り返しながら、吾妻が小さく笑い声をあげる。まるで歌でも歌っているかのような和やかな声で繰り返し、繰り返し――
 
 
「孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め孕め」
 
 
 目の前が真っ暗になる。実際には、妊娠なんて出来るわけがないのに、耳元で飽くことなく繰り返される言葉に脳味噌が可笑しくなる。
 
 できない。したくない。吾妻との赤ちゃんなんて死んだって欲しくない。そんなものが出来たら、もう自分は逃げられない。完全に捕らえられて、この狂った男からの逃げ道すら失ってしまう。
 
 両腕で顔を覆いながら、健一は掠れた声で拒絶の言葉を繰り返した。
 
 
 ――いや、いや、やだ、やだあぁ…
 
 
 小動物が鳴くようなその声は、男の狂気に呑み込まれる。両脚を押し広げられて、律動が激しくなる。体内を抉る肉が大きく脈打つのを感じながら、健一は溢れ出しそうになる嗚咽を必死で呑み込んだ。
 
 子供なんか欲しくない。いやだ、孕みたくない。孕ませないで。俺を孕ませないで。
 
 そう繰り返す自分も吾妻同様狂ってしまっているのか、もう健一には解らなかった。
 
 

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