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35 偽善 *R-18

 
 のんびりとした足取りで吾妻が近付いて来る。その口元には、まがまがしいほど晴れやかな笑みが浮かんでいた。まるで、悪巧みがまんまと成功したとでも言いたげな表情だ。
 
 その表情を凝視したまま、健一は背筋を大きく震わせた。皮膚に直に触れたコンクリートが冷たいという理由もあったが、それ以上にこれから起こることを想像して、という理由の方が大きかった。
 
 
「健一、寒いの?」
 
 
 床に片膝をついた吾妻が健一の前髪を掻き上げる。途端、皮膚からぶわっと冷汗が滲み出した。汗は額を伝って、複雑なグラデーションを描くコンクリートの上に暗い染みを作った。
 
 恐怖に見開かれた健一の目をまじまじと見つめて、吾妻は口角を微かな嘲りに吊り上げた。
 
 
「どうしたのさ健一。まさか僕が君に何か酷いことをするとでも思ってるの? そんなことするわけないじゃないか。僕は健一のことが大好きで堪らないのに」
 
 
 甘く囁かれる言葉は、健一の恐怖を助長するだけだった。言葉と行動が噛み合わないのが吾妻という男だ。愛してると語りかけながら、この男は健一を殴り、蹴り、すべてを奪っていく。家族も、希望も、人間としての尊厳すら。
 
 
「ねぇ、保田さん。貴方だって解るでしょう? 僕がどれだけ健一を愛しているか」
 
 
 吾妻がふと視線をあげて、保田へとにっこりと微笑みかける。鎖によって拘束された保田の身体が一気に硬直するのが健一からも見て取れた。
 
 保田は二三度唇をはくはくと上下させた後、酷く萎縮した声で呟いた。
 
 
「…健一くんを…解放してください…」
 
 
 弱々しい懇願の声。吾妻は一瞬頬を酷薄に歪ませた後、白々しい仕草で首を傾げた。
 
 
「解放? 何のことですか?」
「…縛って…身体に、…変なものを…」
 
 
 保田が言い淀む。それが健一に突っ込まれた異物のことを言わんとしていることは察しがついた。あまりの居たたまれなさに健一は視線を伏せた。
 
 だが、次の瞬間体内に走った衝撃に、素っ頓狂な悲鳴が咽喉から溢れた。
 
 
「ン、ヴぅウッ!」
「ああ、これの事ですか?」
 
 
 事も無げに答えながら、吾妻が健一の尻の中で振動する玩具を掴んで、前後にゆるゆると動かしていた。抜き差しをされる度に、体内からぐちゅぐちゅと聞くに耐えない下劣な音が響く。
 
 体内の粘膜を擦られる感触に、健一は床に額をすり付けて呻き声を押し殺した。引き抜かれる度に内臓が窄まって、押し込まれる度に奥深くまで開かれていく。
 
 健一の意志に反して、肉壁は強制的な開閉に酷く素直だった。その浅ましいまでの従順さに吐き気を覚える。こんなのは自分の身体じゃない。
 
 
「健一はこうやってお尻の穴を擦られるのが好きなんですよ。ここだけでイけるんですから」
 
 
 下卑た吾妻の声が鼓膜の内側で反響する。そんな言葉は聞きたくないのに、両腕を縛られているせいで耳を塞ぐことも出来ない。拒絶するように目蓋を固く閉じても、現実は去ってくれない。
 
 
「や…やめて下さいっ…!」
 
 
 保田の悲痛な叫び声に、好き勝手に動かされていた異物の動きが止められる。そうして、吾妻の不思議そうな声が聞こえた。
 
 
「どうして?」
「どうして、って…こんな、こんな小さい子に…そんな酷いことを…」
「随分他人行儀なことを言うんですね」
「え」
「貴方だって、ずっと健一にこうしたかったんでしょう?」
 
 
 とっさに、固く閉じていた目を見開く。視界に入ってきたのは、呆然とした保田の表情だ。その顔面は血の気が失せて真っ白になっていた。
 
 嘲笑うかのような吾妻の笑い声が密室にしんと響く。
 
 
「貴方も、ずっと健一を犯したかったんでしょう?」
「ぼ、僕は、そんなこと…」
「思ってなかったですか? 本当に?」
 
 
 疑いの言葉と同時に、尻の穴をキチキチに広げていた異物が一気に引き抜かれた。ずるりと内臓ごと引っ張り出されるような感覚に、咽喉が引き攣れた音を漏らす。
 
 
「ッゥ、ンっ!」
 
 
 衝撃に打ち震える暇もなく、吾妻の手によって両足を左右に大きく開かれた。まるで保田に股間を晒すような格好に、頬が燃えるように熱くなる。まだ中途半端に開かれてヒクつく後孔まで、保田の視界にはっきりと映ることだろう。
 
 両足をバタつかせて吾妻の手から逃れようとすると、柔らかく解れた後孔へと一気に二本の指を突き入れられた。中に塗り広げられた潤いを掻き回すように指を動かされるともう駄目だった。両足から力が抜けて、脳味噌の芯がぐずぐずに蕩けていく。自分の意志が脆く崩壊していくのが判る。
 
 入れられた二本の指が中で左右に開かれる。パックリと開かれた空洞を保田へと見せつけて、吾妻は怪しく囁きかけた。
 
 
「本当に、ここに自分のモノを突き入れたいと思ったことはないんですか?」
 
 
 最悪な質問。一体、一体何のつもりなんだ。吾妻はどうして保田にこんな下らない事を言う。このお人好しな男がそんな下劣なことを考えているわけがないじゃないか。
 
 それなのに、――保田は何も答えない。
 
 違う、そんな事は思っていない。頭を過ったこともない。そう答えて欲しいのに、口を固く閉ざしたまま保田は一言も喋ろうとはしなかった。下唇をキツく噛み締めたまま、じっとコンクリートを凝視している。
 
 唐突に、健一は焦燥に駆られた。首を大きく左右に打ち振って、咽喉の奥から唸り声を張り上げる。
 
 
「ヴー! ヴゥーッ!」
 
 
 叫び声は舌根に食い込む猿轡に呑み込まれる。見かねたのか、吾妻が後孔に突き刺していた指を抜いて、後頭部で固定されていた猿轡を緩めた。
 
 途端、咽喉の奥へと大量の酸素が潜り込んできた。だが、呼吸よりも先に、健一は保田へと向かって吼えた。
 
 
「言えよッ! そんなこと思ってねぇって! 考えたこともないって!」
 
 
 感情のままに怒鳴る。それは怒声なのに、まるで涙声のように掠れていた。
 
 保田がハッと顔をあげる。悲痛に彩られた健一の顔を見つめて、保田がくしゃくしゃに顔を歪める。その唇は戦慄くものの決して言葉を発さない。健一は、本当に悲しくなった。涙も出ないのに泣きそうになった。
 
 
「何でっ、何で言わないんだよッ…! 何で、言ってくんないんだよ…!」
 
 
 咽喉が引き攣れる。どうして、吾妻の戯言を笑い飛ばしてくれない。吾妻が言っていることが本当のことかのように黙り込むんだ。だって、あんたは俺のことを『普通の子供』だって言ってくれたじゃないか。ヤクザの愛人としてではなく、ただの十二歳の子供だって…。
 
 吾妻が呆れたように呟く。
 
 
「この男にそんな事が言えるはずがないよ。だって、六年前に子供を殺したのはこの男なんだから」
 
 
 一瞬、時が止まった。数秒の間、呼吸を忘れていた。
 
 見開かれた健一の眼球は、保田を凝視している。保田の顔には表情がない。まるで何かが抜け落ちてしまったかのように、その瞳はがらんどうだった。
 
 
「そうでしょう、保田さん? 貴方が上野涼太を殺した。自分の生徒だった園児を」
 
 
 吾妻の唇は滑らかに言葉を吐き出す。保田の唇がぶるぶると小さく震え出した。
 
 
「ぼ、僕じゃ…」
「ねぇ、もうこれ以上みっともない嘘を吐かないで下さいよ」
「僕じゃない!」
 
 
 悲鳴のような保田の声がコンクリートの壁に跳ね返る。鼓膜にキンキンと突き刺さるような絶叫に、健一は肩を強張らせた。
 
 保田の顔は、既に真っ青を通り越して色を失くしている。噛み締められた唇だけが鮮やかに赤く色づいていた。
 
 
「僕はっ、僕はリョータ君を殺してなんかない。あの子は、僕に懐いてくれた、優しくて、いい子で、僕はあの子が大事だった」
 
 
 まるで臓腑を吐き出すような苦しげな声で保田が言う。それに対して、吾妻は酷く冷めた目をしていた。
 
 
「そう。貴方にとって大事だった。だから、殺したんですよね」
「違う!」
「いい加減認めたらどうですか? 貴方は真性のペドフィリアだ」
 
 
 その一言に、保田の身体が硬直する。吾妻は酷く投げ槍りな口調で続けた。
 
 
「貴方は子供にしか欲情出来ない人種だ。本当は、とっくの昔に気付いているんでしょう? 自分が異常だということに」
「ち、違…」
「ねぇ、貴方の好みを当ててみましょうか? 貴方がたまらなく心惹かれるのは『可哀想な少年』でしょう? 大人に傷付けられた少年に優しくして、縋り付かれる瞬間が最高に興奮する。華奢な肩を抱いて、慰めの言葉を耳元に囁く行為に勃起する。違いますか?」
 
 
 粘着いた吾妻の声に、健一は酷い嫌悪感を覚えた。間違いなく、吾妻は楽しんでいる。他人を追い詰め、甚振るこの時間を。
 
 
「上野涼太は両親の不仲に傷付いていた。そんな中で、自分に優しい保父に懐くのは当然だった。きっと殺されたクリスマスの夜は家に帰りたくないとでも駄々をこねたんでしょう。貴方は上野涼太を自宅のアパートへ連れて帰った」
「や…やめ……」
「ねぇ、保田さん、貴方は上野涼太をレイプしたんですか?」
 
 
 その問い掛けは、保田だけでなく健一の心臓まで凍えさせた。吾妻が頬に酷薄な笑みを刻む。
 
 
「遺体が発見された時には腐敗が激しくて、そこまで検証が出来なかったようです。貴方は自分に懐いている園児を犯したんですか?」
「そんなこと、してないッ!」
 
 
 劈くような保田の悲鳴に、吾妻が嘲るように鼻を鳴らす。
 
 
「殺せるのに犯せないというのは変ですよ。矛盾している。まぁ、貴方が上野涼太をレイプしていようがなかろうが、殺したという事実は揺らぎようがありません」
 
 
 潤んだ保田の眼球を眺めて、吾妻がゆっくりと言葉を突き付ける。保田は口を噤んだまま、がっくりと項垂れた。
 
 保田の打ちひしがれた姿を見ていられなくて、健一は思わず口走っていた。
 
 
「や、保田さんがやったかなんて、わかんないじゃないか」
 
 
 狼狽し上擦った健一の声に、吾妻が哀れみの眼差しを向ける。
 
 
「健一は馬鹿だね。どうして裏切られると解ってるのに、何度も他人を信用しちゃうのかな」
 
 
 君のその愚かさが悲しいよ。
 
 そう譫言のように呟いて、吾妻は少しだけ微笑んだ。だが、その慈しみにも似た微笑みは一瞬で消える。そうして、吾妻は素っ気なく呟いた。
 
 
「保田さん、貴方は伊藤に脅されてましたね?」
 
 
 まるでロボットのように保田の首がギギと鈍く動く。保田の眼差しは暗く濁っている。半開きになった唇は時折小さく戦慄くだけで何も言葉を発さない。
 
 
「伊藤は、貴方が上野涼太を殺したことに気付いていた。だから、貴方の殺人を黙っている代わりに警察の情報を提供するように脅迫していた。警察官が張り込んでいる場所や、拳銃を欲しがっているマニアの情報を聞き出し、貴方を自分の奴隷のように扱った。それだけでなく、強欲にも貴方から金をせびっていた。そうじゃありませんか?」
 
 
 それはもう殆ど吾妻の独り言のように聞こえた。これは保田を追いつめるための吾妻の一人芝居だ。ふと、伊藤が言っていた『情報屋』という台詞を思い出した。伊藤の言っていた情報屋とは保田のことだったのか。
 
 
「だから、あれほどまでに貴方は伊藤を毛嫌いしていた。貴方の弱味を握る伊藤をいつか消してやりたいと思っていた。そうして、そのチャンスはつい先ほど訪れた。健一を守るという口実を得て、貴方は迷いなく伊藤を殺すことが出来た。これで貴方の子供殺しを知る者はいなくなる」
 
 
 めでたしめでたし、という決まりきった慣用句を言い放って、吾妻が得意げに笑う。何だか子供みたいな行動だが、その根底には悪意が満ち満ちていた。
 
 保田は俯いたまま、ただひたすら押し黙っている。どうして否定しない。それじゃまるで吾妻が言っている事が本当の事のようじゃないか。
 
 黙り込む保田を見据えて、吾妻が口元を薄っすらと笑みに歪ませた。
 
 
「自分の異常性を認められないから、良い人間のフリをする。子供に対して、優しく振る舞おうとする。だけど、結局本性は隠し切れるものではないんですよ。認めて下さい。貴方は子供殺しの変態野郎だ」
 
 
 最終通告するような吾妻の無慈悲な声。
 
 拒絶するように保田が首を左右に打ち振る。
 
 
「違う、ちがう、僕は…ただ…」
「健一に優しくするのは楽しかったですか? 健一は貴方にとって理想的な子だったでしょう? 大人に傷付けられながらも健気で、危うい脆さを持っている。貴方は何度健一を頭の中で犯しましたか?」
 
 
 健一は思わず肩をビクリと震わせた。吾妻の掌が皮膚の上をゆっくりと這い回る。細い肋骨を一本一本指先でなぞるような動きに、横隔膜が小さく引き攣った。
 
 
「優しい言葉を吐きながら、何度健一を裏切ったんですか?」
 
 
 その一言に、保田の歯がカチカチと神経質な音を立て始める。恐怖に彩られた瞳が痛々しい。
肋骨をなぞっていた掌が脇腹を滑って、薄い下腹部を隠微に撫で回す。吾妻の指先は、氷のように冷たかった。まるで蛇の鱗が這っているかのようだ。
 
 
「ぼ、くは…健一くんを裏切って、なんかない…」
 
 
 保田の声は酷く震えていた。
 
 
「僕は…」
 
 
 保田が呻くようにぽつりと零す。そうして、健一の顔を見詰めて、力ない微笑みを浮かべる。
 
 
「君を助けたい、だけだ」
 
 
 それが保田の答えだった。その返答に健一が安堵する間もなく、吾妻が咽喉を鳴らして笑った。
 
 
「この偽善者」
 
 
 優しく保田をなじる声音。
 
 下腹を撫でていた掌が膝裏へと回されたと思った瞬間、背後からぐいと身体を持ち上げられて健一は短い悲鳴をあげた。だが、本当の悲鳴は一呼吸後だった。緩んだ後孔に固く熱いものが押し付けられて、内臓の奥深くまで一気に押し開かれた。
 
 

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