Skip to content →

02 赤子 *R-18

 
 身体を、揺さぶられている。
 
 脳味噌の神経を一本一本指先で弾かれているような、不愉快な上下運動。奥を一際強く抉られる感触に、グぅッと咽喉が絞め殺された鶏のような音を漏らす。口に噛まされたプラスチック製のボールのせいで、満足に悲鳴も出せやしない。与えられる苦痛は咽喉から迸ることなく、ただ膿のように体内へと蓄積されていく。
 
 頭上でベッドに繋がれた手首が痛い。両腕が暴れる度に、手首の皮膚が擦り切れて血がじわりと滲み出る。だが、そんな些末な痛みは、直ぐに気にならなくなる。内臓を異物で抉られる不快感に比べれば、痛みなんて大したことではない。
 
 
 頭上からぽたぽたと雨のような滴が降ってくる。先ほどから人の身体の上で、好き勝手に腰を動かしている男が短く呻き声をあげた。
 
 
「けん、…ぃちっ…」
 
 
 人の名前を勝手に呼ぶな。鬱陶しい、気色悪い、忌々しい。体内を満たしていく負の感情に、男を見据える眼差しが更に尖っていく。男は健一の眼差しに気付くと、苦笑いにも似た表情を浮かべた。酷く寂しそうな笑みだ。だが、今更同情などしない。この男は泣き出しそうな顔をしながら、結局毎晩のように健一を蹂躙していくのだから。
 
 
 膝裏を抱えられて、無理矢理結合を深められる。狭い体内の奥深くまで太い肉棒が貫く感触に、咽喉がグヴウゥと断末魔のような音を漏らす。苦しい、痛い、腹が破れる。自身の下腹部へと視線を落とす。限界以上のものを咥え込まされた腹部がぽっこりと膨らんでいるのが見えた。まるで妊婦のようだと思うと、ぞっと背筋が粟立つ。
 
 あまりのおぞましさに両足がじたばたと跳ねる。空中を蹴るような動きをする両足に、苛立ったように吾妻が暴れる足首を掴んだ。両足首を左右に押し開いて、性器を一気に根本まで押し込む。途端、先ほど体内に注がれた精液がぶちゅんと濡れそぼった音が立てるのが聞こえた。
 
 
「ん゛、ギ、グぅヴー!」
 
 
 衝撃に爪先と内股が激しく痙攣する。見開いた眼球が天井を凝視する。眼球の奥がチカチカと点滅して、目を開いているはずなのにどうしてだか何も見えなくなった。
 
 
「健一、暴れちゃだめだよ。優しくできなくなっちゃう」
 
 
 ピクピクと跳ねる内股を撫でさすられながら、耳元で甘く囁かれる。その泥のようにねっとりと鼓膜に貼り付く声に吐き気が込み上げる。優しくするなんて、どの口がほざいてやがる。
 
 
 保田が死んだ日から、吾妻が家にいる夜は、健一は殆ど毎晩のようにレイプされていた。抗えば、頬を張り飛ばされる。叫べば、首を絞められる。意識を失くして、目が覚めればベッドの上で犯されている。貫かれ、好きなだけ揺さぶられた挙げ句に、内臓に散々精液を吐き出される。喚いて、逆らって、拒絶しても、最終的に力ずくで陵辱された。こんな毎日が繰り返されて、こっちは発狂寸前なんだ。
 
 
 点滅を繰り返す眼球の奥で、赤い色がじわりと染み込むように広がっていくのが見える。それは父と母と姉の、真昼の、保田の血の色だ。皆死んだ。皆殺された。今健一の身体を貪る男に。
 
 何故自分がこんな目に、どうして大事な人をことごとく奪われなくてはならない。何万回も繰り返された疑問の言葉はもう頭に浮かばない。それ以上に強烈な感情が健一を支配している。
 
 
 ひゅうひゅうと咽喉が死にかけた犬のような呼吸音を漏らす。それに気付いた吾妻が健一の口に噛まされていたボールを外す。途端、罵声が弾けた。
 
 
「グソがッ! 死ねッ! 死ね゛、ごろしてや゛る畜生がア゛アァあ゛ぁ!!」
 
 
 寝室に殺意が反響する。ギャアギャアと喚き散らす健一を見下ろして、吾妻が目を細めてうっそりと微笑む。にゃあにゃあと騒ぐ子猫を見つめるような、愛おしげな眼差し。
 
 
「うん、早く殺してよ」
 
 
 強請るような声音が聞こえた直後に、左頬がパァンと弾けるような音を鳴らした。平手で頬を打ち据えられる。鋭い痛みが頬に走って、脳味噌がぐわんと揺れるのを感じた。ぼやけた視界が元に戻る前に、更に右頬を張り飛ばされる。
 
 
「ッ、げ…!」
 
 
 鼻の奥からツンと錆び付いた臭いが広がる。直後、鼻から粘度の高い液体がぬるりと零れてくるのを感じた。嗚呼、鼻血が。朦朧とした意識の中、鼻血が伝う唇を生ぬるい舌先で舐められる。健一の上唇をねっとりと舐め上げて、吾妻がふふっと短い笑い声を漏らす。
 
 
「しょっぱい。健一の味だ」
 
 
 嗚呼、反吐が出そうだ。虚ろな眼差しで、微笑む男を見上げる。
 
 
「…死ん゛でも……ご、ろして、…やる…」
 
 
 鼻血を垂れ流しながら足掻くように吐き捨てる健一に、吾妻が嬉しそうに笑みを深める。捻れた頬肉が卑しくて、堪らなく醜悪だ。
 
 
「健一のそういうところ、だいすき」
 
 
 甘ったるい言葉を吐いて、吾妻が健一の細い腰を両手で掴む。そのまま、内臓を抉るように一気に突き上げられて、ギャアッと引き攣った悲鳴が迸った。性器の先端で奥の奥を抉られ、粘膜をぐちゃぐちゃに掻き回される感触に、頭のてっぺんからザァと血の気が落ちていく。
 
 
「ギッぃ゛、…あ゛ァアッ!」
 
 
 衝撃に、繋がれた両手がガシャガシャと音を立てて暴れる。激しい律動に、体内で攪拌された精液がぶちゃぶちゃと音を立てて泡立つ音が聞こえた。狭い粘膜を強制的に押し広げられ、固いものにゴリゴリと擦り上げられる感触に皮膚が総毛立つ。
 
 
「健一の中、だんだん柔らかくなってきたね…僕のかたちに広がってる」
 
 
 繋がった部分を指先でなぞりながら吾妻が囁く。その隠微な感触に、限界まで広げられた後孔の縁が収縮して、体内の性器をきゅうっと締め付けた。途端、吾妻が艶めかしい吐息を吐き出す。
 
 
「今日も奥にいっぱい出してあげるから…早く、僕の赤ちゃんを孕んでね」
 
 
 この、気狂いめが。どれだけ内臓に手前の薄汚いザーメンを吐き出されようが、健一が赤ん坊を孕むことはない。男同士で子供なんて作れるはずがない。そんな事は世の中の常識なのに、この男はそれだけが唯一の希望とばかりに毎晩毎晩健一の耳元に繰り返す。
 
 
――早く身篭れ、赤ん坊を孕め、僕らの家族をつくるんだ、三人で幸せになろう…。
 
 
 妄信的に繰り返される言葉に、脳味噌がじわじわと冒されていく。狂う。狂いそうだ。嗚呼、違う。いっそ狂ってしまいたい。こんなの頭がイカれた方がずっとマシだ。
 
 
 両足を抱え直されて、再び内壁を執拗に擦られる。もう内部には感覚がない。ただ、粘膜が爛れそうに熱く、むず痒さにも似たもどかしさが下腹から込み上げてくるだけだ。じゅぷじゅぷと結合部から粘着いた水音が聞こえる。
 
 
「健一のなか、最高に気持ちいいよ。誰とも比べ物にならないくらい…」
 
 
 切迫した男の声が耳朶に吹き掛かる。その湿り気を帯びた息に、全身が怖気立つ。吾妻の呼吸一つが健一にとっては暴力だった。咄嗟に顔を背けると、下顎を乱暴に掴まれた。
 
 
「僕を見ろ」
 
 
 脅すような言葉、そのくせ吾妻の顔は苦しそうに歪んでいる。巫山戯てやがる。人の事を滅茶苦茶にしておきながら、まるで自分が被害者のような面をして。あまりの腹立たしさに、健一は反抗するように固く目蓋を閉じた。途端、眼前で悲鳴のような甲高い声が聞こえた。
 
 
「僕を、見ろ!」
 
 
 掠れた声はまるで泣き声のようにも聞こえた。その声の異常さに思わず目を見開く。見えたのは、くしゃくしゃに歪められた吾妻の顔だ。
 
 
「健一、ちゃんと僕を見て…」
 
 
 まるで縋り付くような無様な声。惨めったらしいその様子に、健一は嫌悪を隠せなかった。ぞっとする。健一の二倍以上も生きているくせに、この男はまるっきり赤ん坊のようだ。この歳になって、まだしがみ付く相手を探しているのか。
 
 
「愛してるよ、健一」
 
 
 しつこい挿入の合間に繰り返される言葉。この言葉は、もう睦言ではない。これは単なる思いこみと勘違いの大ボラ吹きの台詞だ。下唇をキツク噛んで、嗄れた声で鈍く吐き捨てる。
 
 
「…うぞ、つぎ…」
 
 
 俺のことなんか愛してないくせに。好きじゃないくせに。ただ、愛してると思い込んでいればお前は楽なんだろう。誰かを愛していれば、お前みたいな奴でも生きている意味があると思えるから。下らない。馬鹿らしい。愛しているなんて詭弁だ。もし、本当に俺を愛してるなら――
 
 
 激しい突き上げに、意識が朦朧とする。前立腺を先端でコリコリと擦られる感触に、頭の芯が曖昧にぼやけていくのを感じた。ひっ、ひぅっ、と鼻がかった声が漏れる。湿った粘膜に包まれて脈動する塊が気色悪い。それなのに熱に連動するように内壁が勝手に戦慄く。
 
 
「中に、出すよ」
 
 
 首筋に吹き掛かる熱い息。その言葉のおぞましさに咽喉が掠れた音を漏らした瞬間、体内の杭がぐんと一際太くなった。あ、と咽喉の奥から短い声が漏れる。痛いくらい腰骨を掴まれて、体内の奥深くまで先端が一気に捩じ込まれる。そうして、次の瞬間、身体の奥で熱が大きく痙攣するのを感じた。
 
 
「イ゛っ、あ゛ァア…ッ!」
 
 
 内臓にまき散らされる熱い液体に、両足が空中でバタバタと惨めに藻掻く。それでも許されず、最後の一滴まで呑まされる。体内から、この男に汚される感覚に震えが走った。吾妻の射精に合わせて、下腹がビクビクと狂おしい痙攣を繰り返す。吾妻は、中に吐き出した精液をねちっこい腰つきで健一の粘膜へと塗り込んでいく。そうしていれば、本当に健一が孕むと信じているかのように。
 
 
「待ちきれないよ…。早く膨らめばいいのに…」
 
 
 荒い呼吸混じりに、吾妻がそう囁く。その掌は、健一の下腹をねっとりと撫でさすっている。健一の腹を見下ろす虚ろな眼差しには、既に正気がない。焦点の合わない瞳は、まるで底無し沼のように真っ黒だった。
 
 その仄暗い瞳をぼんやりと見上げながら、健一はどこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくる事に気付いた。まるで生まれたばかりの赤ん坊を腕に抱いているかのような、生々しい幻聴。
 
 
 ――おぎゃあ、おぎゃあ…!
 
 
 生まれるのが待ち遠しいと言わんばかりの生命力に溢れた声、その声は健一には怪物の咆哮のように思えた。最初は遠かった泣き声が次第に近付いてくる。そうして、その声は、最終的に健一の腹へとするりと潜り込んだ。
 
 自身の下腹から響く赤ん坊の泣き声、それを感じた瞬間、目の前が真っ暗になった。
 
 
「ねぇ、赤ちゃんの名前はどうする?」
 
 
 笑い声を含んだ吾妻の声に、健一は喘ぐように掠れた呼吸を繰り返した。
 
 
――頭がおかしくなる……
 
 

backtopnext

Published in catch3

Top