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04 デート

 
 田丸の家から出た瞬間に、ヒナコはコンビニへと走った。銘柄もろくに見ずに化粧品を買い漁る。そのままコンビニのトイレに閉じ篭り、化粧水と乳液を顔面へと振り掛け、ありあわせの化粧品で出来る限りのメイクを施した。特に顔全体の印象に関わる目元は念入りにコーティングした。マスカラを三重塗りにして、睫毛を最大限カールさせる。唇だけは最後の最後まで迷って、結局淡くピンクに色付くリップクリームを塗った。
 
 田丸から借りた灰色のセーターとジーンズは紛れもない男物だが、顔だけ切り取れば女に見える。そのことに、ヒナコはひとまず満足した。
 
 
 コンビニのトイレから出た時には、田丸が雑誌コーナーの前でぼんやりと立っていた。麻製の白いシャツを着て、ベージュ色のパンツを履いている姿は、何処か日曜日のお父さんのようにも見える。
 
 その日曜日のお父さんは、気だるそうな仕草で成人向けの雑誌をパラパラを捲っている。少し猫背気味な体躯が妙に愛らしく見えた。近付くと田丸は、手作りの玩具を母親に見せびらかすように雑誌をヒナコの目の前に広げた。
 
 
「この胸、整形だと思うか?」
 
 
 雑誌には、二ページぶち抜きで、水着姿の女が色っぽいポーズで砂浜に寝そべっていた。濡れた眼差しで読者を見詰め、その胸の谷間には白砂が薄く溜まっている。ちらりと視線を落としてから、ヒナコは首を傾げた。
 
 
「どうでしょう。たぶん本物だと思いますけど」
「あんたは胸作ってんのか?」
 
 
 唐突に核心に触れた話に、ヒナコは一瞬肩を揺らした。少しだけ押し黙ってから、こくりと小さく頷く。
 
 
「…作りました」
「ふぅん」
 
 
 まるで子供のような相槌を零して、田丸は持っていた雑誌を棚へと放り出した。聞いておきながら、丸っきり興味がなさそうな仕草に、ヒナコは呆気に取られた。恐る恐る言った自分が馬鹿みたいだ。
 
 田丸は、また新しい雑誌に手を出している。今度は、カップル用のデートスポット雑誌だ。親指と人差し指で摘むようにしてページを捲り、ページを一瞥して直ぐに捲る。それから、不意に視線を上げると、ヒナコをじっと見据えた。
 
 
「デートするか?」
「え?」
「デェト」
 
 
 にやりと田丸の口角が吊り上がる。まるで新しく知った単語を矢鱈と使いたがる子供のように無邪気な様子だ。細い指先で雑誌の紙面を指差しながら、田丸が言う。
 
 
「映画とか、ディズニーランドとか、好きな相手と行きたいスポットだとか書いてある。あんたは俺が好きなんだろう?」
「そうですけど…、デートですか?」
「イヤか?」
 
 
 困惑するヒナコの様子を面白がるように、田丸が咽喉の奥で笑う。幼稚園児が女の子に意地悪するようなその姿が気に食わず、ヒナコはわざと不遜に答えた。
 
 
「いいえ、是非行きましょう。デートに」
 
 
 胸を張って、息荒く答えたヒナコに、一瞬田丸はきょとんと目を瞬かせた。それから、少しだけはにかむように唇を緩めてから、どこに行こうかねぇ、と年寄りのような口調で呟いた。
 
 

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Published in 朱色のワタシ

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