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07 トイレ *暴力描写有

 
 トイレの個室を出た瞬間、肩を突き飛ばされた。背骨を個室のドアへとしたたかに打ち付けて、痛みに顔を顰める。
 
 田丸へと視線を向ければ、見知らぬ男に胸倉を掴まれている細い身体が見えた。猫背気味な背がぐんと反り返っていて、不自然な曲線を描いている。まだ二十歳を過ぎたばかりであろう青臭い若者が三人、田丸をぐるりと取り囲んでいた。男達は皆一様に、にたにたと悪趣味な笑みを顔面に貼り付けている。
 
 
「どこの盛った犬が女連れ込んでるかと思ったら、しっょぼいオッサンじゃねぇか」
 
 
 長髪の男がそう言うと、それに呼応するように二人の男がゲラゲラと喧しい笑い声を立てた。それに対して、田丸は何処か面倒臭そうに視線を宙へと投げている。胸倉を掴まれたまま、だらりと身体から力を抜き切っている様子は、緊迫感を一切感じさせなかった。
 
 
「オッサン、援交でもしてんのか? それとも、フーゾクのドウキン出勤ってやつぅ?」
「同伴出勤だろうが、馬ァ鹿」
 
 
 男の言い間違いに対して、不意に田丸が嗤い混じりに吐き捨てた。歪んだ唇の端に、低俗なものを侮蔑する色が露骨に滲んでいる。ひくり、と長髪の男の頬が引き攣る。
 
 そうして、気付いた瞬間、田丸の身体が壁へと叩き付けられていた。長髪の男の拳が田丸の左頬へとぶち当たって、尖った頬骨がガギンと奇妙な音を立てるのを、ヒナコは聞いた。その光景に、短く悲鳴をあげる。
 
 
「田丸さん!」
 
 
 田丸へと駆け寄ろうとすると、長髪の男が下卑た笑みを浮かべたままヒナコの身体を扉へと押さえつけた。
 
 
「オマル? っつうの、このオッサン。なぁ、オマルオッサンなんか放っておいて、次はオレらと一緒にトイレにしけこもうや」
 
 
 品性の欠片も感じられない下品な台詞だと思った。漫画の悪役の真似でもしているつもりだろうか。頭では、阿呆らしいとせせら笑っているのに、身体は恐怖にガチガチに強張って動かなかった。
 
 
「なぁ、こんなオッサン相手にしても面白くないだろ。“アレ”もさ、ふにゃふにゃで姉ちゃんもヨくなれないだろ? オレらならさガッチガチのチョデカだから、チョー気持ちヨいよー」
 
 
 ヒヒッ、とタイミングを合わせたように三人が笑う。まるで、仮面ライダーのショッカーのような滑稽な笑い声だ。その滑稽さに、いっそ哀れみすら覚える。
 
 ヒナコは、弱々しく首を左右に振った。そうして、咽喉をこくりと上下に動かした瞬間、長髪の男の眼差しが変わった。
 
 
「は、ぁん? こいつ喉仏あるくね?」
 
 
 言葉が不意に突き刺さった。咄嗟に、掌で咽喉を覆い隠そうとした瞬間、両腕を左右の男に取り押さえられた。ヒナコの咽喉を見詰める三人の男の顔が露骨に歪んでいく。
 
 
「うえっ、オっカマじゃねぇか」
「チョーキメェし」
「触っちまったよ。ゲぇー、カマ菌が移るぅー」
 
 
 容赦のない悪意の棘が次々と心臓に刺し込まれる。嘲笑と嫌悪の眼差しで、じろじろと全身を撫で回されて、皮膚が総毛立つ。そうして、無遠慮な手に胸を掴まれて、ヒナコは悲鳴をあげそうになった。
 
 
「すっげ、マジほんものみてぇな感触だし。チョーやわらけぇ」
「マジィ? でも、こいつチンコついてんじゃねぇ?」
「おっぱいつくってんだから、チンコも取ってんじゃねぇ? なぁ、取ってんだろ? 取ってんだったら、オレらで相手してやってもいいしさぁ」
 
 
 遠慮なく胸を揉みしだかれる。ぐにゃりと体内で何かが押し潰される感触に、酷い疼痛が走る。痛みに眼球が潤んで、コメカミの血管がどくどくと濁った血を巡らせて、意識が朦朧とし始める。
 
 男達が「カマちゃん、チンチン取ってるぅー?」と揶揄するように何度も繰り返す。その言葉に、心がへし折られて、バラバラに砕け散る。
 
 耐え切れず涙が溢れそうになった瞬間、ヒナコの顔を覗き込んでいた長髪の男の顔面がぶちゃんと崩れた。細い拳がめり込んで、男の頬肉が潰れて唇の端から涎が飛び散るのが、まるでスローモーションのように見えた。男の身体が、まるで糸の切れた人形のようにトイレの床を転がる。床の上で、だらしなく仰臥した男がパチパチと不思議そうに瞬きをする。まだ自分に起こった事を把握出来ていないようだった。
 
 視線を前方へと戻した時には、微かに左頬を赤く染めた田丸が残った二人の後頭部を鷲掴んで、トイレの壁へと額を叩き付けているのが見えた。
 
 
「俺は、俺の女を侮辱されるのは堪えられない」
 
 
 田丸が短く囁く。誰に対する台詞かも判らない、ほんの小さな声だった。しかし、ヒナコの耳には確かにそう届いた。
 
 

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Published in 朱色のワタシ

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