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15 笑み

 
 身体の始末をした途端、体力と気力の限界を迎えたのか、カヤは糸が切れたように眠ってしまった。熟睡するカヤを背負って、家までの帰路を辿る。家を飛び出た時は、まだ辺りは真っ暗だったのに、今は既に朝日が昇ろうとしている。
 
 家の扉を潜ると、居間の方から父の声が聞こえた。
 
 
「帰ったか」
 
 
 声の方へと足を進めると、居間の小さな椅子に腰掛けた父の姿が見えた。傍らの机に、水の入ったグラスが置かれている。一睡もせずに待っていたのか、父の目は赤く充血していた。
 
 ユーティがカヤを背負っているのを見ると、父は諦めたように溜息を吐き出した。
 
 
「駄目か」
「…うん、駄目だ。離せない」
 
 
 嘆息する父に対して、苦笑が滲んだ声で返す。
 
 背負っていたカヤを長椅子に寝かせてから、父と向かい合うようにして小さな椅子に座る。父はユーティを見据えたまま口を開こうとはしない。沈黙に耐えられず、先にユーティの方が口を開いた。
 
 
「父さん、ごめん」
「何がだ」
「血も繋がっていないくせに、なんて言って。貴方は俺のことをずっと大事に育ててくれたのに、その想いを踏み躙るようなことを言ってしまって――」
 
 
 言葉に詰まる。父はユーティを無言で見つめた後、ゆっくりと唇を開いた。
 
 
「そんなことは気にしていない」
「本当に?」
「血が繋がっていようがいまいが、お前はミド家の三男で、私の息子だ。たとえお前がどう思おうが、私の考えは変わらない」
 
 
 迷いのない父の答えに、鼻の奥がツンと痛むのを感じた。微かに目が潤む予感に、咄嗟に俯く。すると、珍しく父の笑い声が聞こえてきた。
 
 
「私は頑固者だ」
 
 
 不意にそんなことを呟く。そうして、こうも続けた。
 
 
「お前も、私に似て頑固者だ」
 
 
 ハッとして顔を上げる。父は苦笑じみた柔らかな笑みを浮かべていた。
 
 
「仕方がない、家族だからな」
 
 
 その瞬間、胸の奥で固く結ばれていた紐がゆっくりと解けていくのを感じた。雁字搦めになっていた心が解放されて、今この時からこの家族の一員として胸を張ることができるのだと思った。
 
 
「…父さん、有り難う」
「あぁ」
「貴方の息子であることが心から誇らしくて、嬉しい」
「そうか」
 
 
 照れ臭さを隠すためなのか、父の返答は素っ気なかった。わざとらしくユーティから視線を逸らしている。目を細めて笑うと、父はバツが悪そうに頬を人差し指で掻いた。それから、長椅子の上で眠るカヤへと視線を滑らせる。
 
 
「カヤを選ぶと決めたんだな」
「あぁ、カヤと一緒に生きていく。カヤは――」
 
 
 眠るカヤを見つめる。不意に、心臓の奥から甘いような、温かいような、そのくせ微かに仄暗い感情が沸き上がってきた。執着と独占欲の鎖が絡まった、澄み切った純粋な愛情。
 
 口元に無意識に笑みが滲む。
 
 
「俺の妻だ」
 
 
 自分がどんな風に笑っているのか、自分でも解らなかった。優しい笑みなのか、歪んだ笑みなのか。壊れていっているのか、再生しているのか。そのどちらともが同時に起こっているのか。
 
 押し黙った父を見つめ返して、ユーティは緩く首を傾けて言った。
 
 
「父さん、カヤを俺の妻にしてくれて有り難う」
 
 
 父は唇を開かない。カヤは静かに寝息を立てている。
 
 東の小窓から朝日が室内へと淡く射し込んでいた。
 
 

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Published in 花嫁のカヤ

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