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20 残虐 *残酷描写有

 
 山道のため馬には乗れなかった。足音を極力立てないよう気を付けながら、傾斜のある道を駆け上っていく。こめかみの下で血管がどくどくと脈打つのを感じながら、荒くなる呼吸を必死で堪える。
 
 獣のように駆け続けるユーティの後ろを、ボラドとイギーが必死に追っているのが判った。二人との距離は、既に数十メートル以上離れている。だが、二人を待ってやろうという気持ちは欠片も湧いて来なかった。一秒でも早くカヤを助け出したい。その思いしかなかった。
 
 
 廃屋の前に辿り着いた頃には、全身が汗と雨で濡れそぼっていた。
 
  数十メートルほど離れた樹木の後ろに隠れたまま、廃屋の様子を窺う。壊れた窓から薄っすらとランプの灯りが覗いているのが見えた。扉の外には、見張りらしき男が一人立っている。
 
 
「あれか」
「どうするユーティ」
 
 
 追い付いたボラドとイギーが傍らの木の裏に隠れたまま、小声で話し掛けてくる。二人へと横目で視線を流してから、ユーティは傍らに落ちていた掌大の石を拾い上げた。それを廃屋へと向かって無造作に投げつける。ユーティの行動に、ボラドとイギーが目を剥く。
 
 石は、丁度見張りの男から数メートル離れた位置へと落ちた。見張りの男が身体を強張らせて、恐る恐るといった様子で石へと近付いて行く。ユーティ達へと背を向けている格好だ。
 
 
「二人はここで、中から出てきた奴らを射ってくれ」
 
 
 そう言い残して、ユーティは一気に駆け出した。風のように駆け抜けて、見張りの男との距離を一瞬で縮めていく。見張りの男が近付いてくる気配に気付いて振り返った時には、もう遅かった。
 
 腰から引き抜いた短刀で、目の前の首を真一文字に掻き切る。噴水のように噴き出した血潮が廃屋の窓硝子にビシャッと水音を立てて飛び散るのが見えた。断末魔の一つも上げずに死にゆく男を地面へと蹴り倒す。それと同時に、廃屋の中から三人の男が飛び出して来た。
 
 
「誰だ貴様!」
 
 
 その叫び声が男の最期の声になった。扉から出るなり、兄二人が放った矢によって二人の男が絶命した。矢は真っ直ぐ頭部や胸部を射抜いている。
 
 一人生き残った男へと、ユーティは地面を蹴って駆け寄った。この髭面の男には見覚えがある。確かカヤの輿入れの際、ギバとヤッソと一緒に居た男だ。
 
 髭面の男が長刀を斜めに振り下ろす。その切っ先の軌道を、ユーティは上半身を折り曲げて避けた。握り締めていた短刀を、目の前にあった男の左太股へと突き刺す。
 
 
「ギャ、ィアァぁアァッ!」
 
 
 甲高い絶叫が煩わしいと思った。地面へと仰向けに倒れた髭面の男の手から長剣を遠くへと蹴り飛ばしながら、ユーティは短く呟いた。
 
 
「五月蠅い、黙れ」
 
 
 吐き捨てながら、今度は男の右太股へと短刀を振り下ろす。切っ先がずぶずぶと肉へと埋まっていく感触を柄越しに感じながら、男の悲鳴を聞く。
 
 開かれた扉から廃屋の中へと素早く視線を向けると、部屋の端で震えるヨヨの姿が見えた。まるで化物でも見たかのように目を見開いて、ユーティを凝視している。怯えた様子ではあるが、怪我はしていないようだ。
 
 近付いてきたボラドとイギーが地面の上で悶え苦しむ男を見て、目を見開いている。
 
 
「ユーティ、お前…」
 
 
 人が変わったようなユーティの残虐さに、ボラドが言葉を詰まらせる。ボラドへと視線を向けて、ユーティは淡々と声を上げた。
 
 
「ボラドは、ヨヨを保護してくれ。イギーは周囲に敵がいないか確認を。あまりにも敵が少なすぎる」
 
 
 ユーティの言葉に、ボラドとイギーが慌てたように動き出す。ユーティは地面で藻掻く男へと、ゆっくりと視線を落とした。
 
 
「ここにはお前達だけか?」
 
 
 問い掛けても、男は呻き声をあげて悶えるばかりで答えようとはしない。血を滴らせる短刀を振り上げて、覚えの悪い子供に教えるような口調で囁く。
 
 
「答えなければ、お前の指を一本ずつ削いでいく。指が終わったら鼻を、その次は耳を、腕を、足を、何処まで耐えられるか見物だな」
 
 
 恐怖に見開かれた髭面の男の目を、ユーティはぐっと覗き込んだ。男の黒々とした瞳に、何処か壊れたような表情をした自分の顔が見えた。
 
 
「嗚呼、それとも全身を切り裂いて木に括り付けるのも良いかもしれないな。禿鷹達が喜んでお前の肉を食い散らかすだろう。生きたまま食われるのも一興だ。なぁ、そうだろう?」
 
 
 ぐにゃりと唇が歪む。狂ったように微笑むユーティを凝視して、髭面の男がぶるぶると震え出す。その髪を鷲掴んで、眼球へと短刀の切っ先を突き付ける。
 
 
「その前に目玉を抉り出してやろうか。暗闇の中で、自分が少しずつ食われていく音を聞くといい」
 
 
 切っ先が徐々に男の眼球へと近付いていく。だが、切っ先が埋まる直前、髭面の男は耐え切れないように悲鳴じみた声を上げた。
 
 
「こっ…ここには俺達だけだ…ッ!」
「では、他の奴らは何処に行った」
「村だッ…! カヤの処刑を見物してから村を襲撃すると言って出て行った…!」
 
 
 その言葉を聞くなり、ユーティは握り締めた短刀の柄を髭面の男のコメカミへと叩き付けた。血をだくだくと流したまま気絶した男を放り出して、ボラドとイギーへと言い放つ。
 
 
「イギー、弓を貸してくれ」
 
 
 唐突なユーティの言葉に戸惑いながらも、イギーは担いでいた弓矢を差し出して来た。弓矢を受け取って、肩へと担ぐ。
 
 
「ボラドは、ヨヨを叔父さんのところへと連れて行って欲しい。イギーは父さんにこの事を伝えて、可能な限り村人に武装を促してくれ。処刑を見物すると言っていたのなら、アジム族は広場の近くに潜伏している筈だ。おそらくは…広場の裏山だと思う。人数を集めて、背後からアジムを叩いてくれ。俺はカヤの処刑を止める」
 
 
 淡々と言い放つユーティの姿に、イギーが動揺したように唇を大きく開く。
 
 
「ユーティ、一人で行くのは危険だ! 殺されるぞ!」
「それがどうした」
 
 
 あまりにも現実味のないユーティの淡白な返答に、一瞬虚を突かれたかのようにイギーが唇を半開きにする。その呆然とした表情を見据えたまま、ユーティは静かに呟いた。
 
 
「カヤが死んだら、俺も死ぬ。カヤは、俺の命だ」
 
 
 当たり前のように、その言葉は唇から零れ出した。
 
 カヤは、ユーティの命だった。いつの間にかユーティの心臓の奥へと潜り込んで、鼓動を刻んでいた。もう失うことは出来ない。失えば、ユーティの魂は死んでしまう。
 
 
「二人とも悪いが後のことは宜しく頼む。イェフィムを守ってくれ」
 
 
 そう言い残して、ユーティは再び駆け出した。
 
 

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Published in 花嫁のカヤ

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