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7 役割と役目

 
 それから七日間、カヤは部屋に閉じ篭もった。
 
 最初の数日間は、部屋の前に置いた食事にすら手をつけなかった。部屋に押し入ったユーティが口元へと料理を近付けると、最初はむずがる子供のように首を左右に振った。それでも無理矢理唇に押し付けると、しぶしぶといった様子で食べる始末だった。
 
 絶望に浸ったカヤを放っておけず、自分の仕事を終えた後はずっとカヤに付き添った。カヤがまた自殺未遂しないよう、眠る時には手を繋いだ。最初は振り払われたが、何度も繰り返す内に諦めたようにカヤは身体から力を抜いた。
 
 部屋の外では、相変わらず不安げな家族の眼差しが向けられた。ボラドやイギーは「本当に大丈夫なのか?」と何度もユーティに訊ねてきたし、エマに至っては「家事も手伝わない花嫁なんて!」と姑のように怒り狂った。
 
 あの結婚式の一件で、ユーティの花嫁が男であることも村の人達にはバレてしまった。ミド家がわざわざ説明しなくとも、イェフィムを侮辱するために男の花嫁が送られてきた事に気付いているのか、カヤに対する評価は厳しい。外へと出る度に、ユーティには同情と労りの言葉が向けられた。
 
 
「ユーティも気の毒に。イェフィムのためにあんな厄介者を背負い込んで」
「ほとぼりが冷めたら、今度はちゃんとしたお嫁さんを貰いなさいね」
「俺の娘を第二夫人にやろうか?」
 
 
 そんな言葉が次々と投げ掛けられて、その度にユーティは曖昧な笑顔で誤魔化した。下手に否定すれば、逆にカヤの立場を悪くしかねないからだ。
 
 
 
 
 
 ある夜、カヤの啜り泣く声が夢うつつに聞こえた。閉じていた目蓋を開くと、カヤがシーツに額を埋めるようにして泣いているのが見えた。
 
 
「かなしいのか…?」
 
 
 意識が半分眠ったまま問い掛ける。震える背を緩く撫でると、カヤは駄々をこねるように小さく首を振った。その涙を止めたいのに、ユーティにはどうすればカヤの悲しみを拭うことが出来るのか解らなかった。
 
 
「…ごめんな…」
 
 
 小さく囁きかけると、俯いていたカヤの顔がゆっくりと上げられた。水の膜が張って、ゆらゆらと揺らめく琥珀色の瞳を見つめる。
 
 
「…どうして、お前が謝る…」
 
 
 掠れた声に切なさが募った。
 
 
「君は死にたいのに、死なせてやれないから…」
 
 
 カヤにとって今の状況は酷く耐え難いだろう。飼い殺しされるように生を長引かされるなんて、まるで地獄だ。そんな地獄にカヤを引き留めたのはユーティ自身だった。
 
 
「…何故、俺を生かそうとする」
 
 
 涙で濡れた瞳がじっとユーティを見つめる。微か不思議そうにも見える、あどけない眼差しだ。
 
 
「…俺もさみしいから」
「さみしい?」
「俺と家族とは血が繋がっていない」
 
 
 想像していたよりも呆気なく、言葉は唇から零れた。胸の奥に空いた穴から空っぽな音が漏れ出たような感覚だった。
 
 
「捨て子なんだ。十八年前にミド家の前に置き去りにされていた」
 
 
 この事は父と母以外は誰も知らない秘密だった。ユーティだって、叔父のバハルがうっかり口を滑らさなければ一生知らなかった事実だ。
 
 
『お前は兄さん達と違ってこの家の子供じゃないんだから、その分しっかり恩返ししなきゃなんねぇぞ』
 
 
 酔っぱらって舌ったらずになった叔父の声。その言葉を聞いた瞬間、血の気が一気に足下まで落ちるのを感じた。頭の中は真っ白で、ただ強張った父と母の顔だけが視界に映っていた。まだユーティが十にもならない頃だった。
 
 
「自分がこの家の者じゃないと解った日から、何のために自分はここに居るんだろうと、ずっと考えてきた。何が出来るんだろうと」
 
 
 独りごちるように呟く。すると、間近にカヤの顔が寄せられた。琥珀色の瞳が至近距離でユーティを睨み付けている。
 
 
「…その出来ることが、俺の夫になることか?」
 
 
 棘のある声だ。
 
 
「足の弱い厄種を引き受けて、それで役に立ったと、自分の役目は果たしたとでも思ってるのか? 結局お前は、俺を自分の自己満足の道具に使ってるだけじゃないか」
 
 
 噛み付くようなカヤの声を、ユーティは静かに受け入れた。
 
 カヤが怒るのも当然だ。当初花嫁を貰うと宣言した時は、確かにそういう気持ちがなかったといえば嘘になる。ユーティは自分自身のためにカヤを娶ると決めたと言っても過言ではない。だが、今は――
 
 
「初めは…確かにそう思っていた。君を引き受けるのが俺がここに居る意味なんだと。これが今まで育ててもらった恩返しになるんだと」
 
 
 淡々と言葉を零すと、カヤの瞳に憎悪の炎が滲んだ。尖った眦から一筋涙が零れるのが見える。その透明な液体の流れを眺めながら、ユーティは囁いた。
 
 
「…でも、今は違う。君を妻にすることが俺の役割じゃない。君を、幸せにするのが俺の役目なんだと、そう思う」
 
 
 そう呟いた瞬間、カヤの目が大きく開かれた。
 
 
「男同士だから本当の夫婦になることは出来ないかもしれない。だけど、家族として、友人として、きっと互いを支え合う事は出来る…。理解して慈しみ合うことも、いつか出来るんだ」
 
 
 驚きと困惑に満ちた瞳を見つめながら、涙の跡をそっと指先で拭う。指先に濡れた感触。
 
 
「だから…どうか俺と一緒に生きて欲しい」
 
 
 そう囁いた瞬間、再びカヤの瞳から涙が溢れ出した。拭う端から頬が濡れていく。
 
 
「カヤ、泣くな。大丈夫だ、全部きっと大丈夫になるから」
 
 
 言い聞かせる言葉は綺麗事でしかないのかもしれない。慰めにもならない、上っ面だけの言葉なのかもしれない。だけど、ユーティはそう繰り返すしかなかった。この悲しい塊を、どうすれば癒せるのか解らなかった。
 カヤの背をそっと引き寄せる。胸元に抱き締めると、カヤの身体が小さく震えた。
 
 

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Published in 花嫁のカヤ

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