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01 お前は女の子より可愛い顔してるから大丈夫

 
 人形のように愛らしい少女を見つめながら、この世の不幸について考える。
 
 
 今どき珍しい背中まで伸びたストレートの黒髪、黒目がちなぱっちりとした二重の瞳、小さな唇はグロスも塗られていないのに艶々なピンク色をしている。どこか呆然とした表情を浮かべた少女は、男達が思い描く慎ましやかな大和撫子をそっくりそのまま映し出したような姿をしていた。真新しいセーラー服ですら、少女の純潔さを現しているようにも見える。
 
 たぶん、こんな少女が街中を歩いていたら、目の色を変えた男達に三十分ごとにナンパされるんじゃないだろうかと篠原陽太は虚ろな思考で考えた。考えた瞬間、視線の先の少女がハハッと短い笑い声をあげた。顔立ちの愛らしさに似合わない、乾いた笑い声だ。苦々しそうに歪んだ眼差しが陽太をじっと見つめている。
 
 
「どうするよ、すげぇ似合ってんじゃん」
 
 
 鏡の中の少女が皮肉げに吐き捨てる。その粗暴な声には聞き覚えがある。というか、生まれてからずっと聞いてきた自分の声なのだから聞き覚えがある所ではない。清楚な美少女に見事変身してしまった自分自身の姿に、陽太は脱力するような絶望感に襲われた。
 
 
「ビリー・ザ・ブートキャンプ続けてれば良かった…」
 
 
 独り言が空しい。一年前に双子の妹の月乃がダイエット目的に買ってきたDVD。マッチョになれるから陽太も一緒にやろうよと誘われたものの、元々の飽き性のせいか陽太は一週間も経たずにビリー教室を退会してしまった。今でも続けていれば、この薄い身体もムッキムキになっていたかもしれないのに。そうしていれば、まさか妹の身代わりになってくれと親から懇願される羽目にもならなかっただろう。
 
 
「何が『お前は女の子より可愛い顔してるから大丈夫』だよ、あのバカ親…」
 
 
 拭い切れない呪詛が溢れてくる。思い出すと、今でも腸が煮え繰り返りそうになる。美少女が映る鏡を叩き割りたくなる衝動を必死に堪えながら、陽太は深く深く溜息を吐き出した。
 
 
 そもそもの原因は婚約直前に逃げ出した月乃か。それとも借金のかたに自分の子供を人身御供にしたバカ親か。何にしても、男なのに女装して、知らない男の元へと嫁ぎにいく自分は最低最悪に不幸だった。
 
 
 
 
 
 発端は、いつだって他愛のない事から始まる。年がら年中頭の中が春な両親が友人の借金の保証人になった。それは陽太と月乃がまだ三歳の頃だ。今でも陽太は後悔している。せめて後二年後だったら、何がなんでも自分が保証人になるのだけは阻止したのに、と。
 
 勿論、あんぽんたんな両親は、きっちりと友人に逃げられた挙げ句、莫大な借金を押し付けられた。その瞬間から、それまでは祖父の財産で割と裕福な暮らしをしていた陽太達の生活は一変した。六畳一間のアパートに親子四人で暮らし、昼夜問わず借金取りに玄関を叩かれる毎日。流石にこれには脳天気な両親も参ったのか、とうとう知り合いに助けを求めた。それがこれから陽太が嫁ぐ『美濃家』である。
 
 
 美濃は、先祖代々続く剣道家の家系だ。その由緒正しいお家と、どうしてあんぽんたんな両親が知り合いだったのか。それは母方の祖父がやっていた剣術道場が理由だった。
 
 祖父は、暢気な両親とは似ても似つかない、厳格を絵に描いたような人だったらしい。一代で独自の剣術を編み出し、ひたすら実戦のみに特化した剣技で全国へと『蒼流剣』の名を知らしめた。絶世期の篠原道場の門下生だったのが、美濃家現当主の美濃昭範だ。
 
 
 なぜ美濃家の当主が他派である篠原道場の門下生となったのか。それには、若かりし頃の甘酸っぱい恋心というやつが関係する。何と高校生の頃の美濃昭範は、陽太の母親である篠原麗子に一目惚れというものをしたらしいのだ。美濃昭範は親族の反対を押しのけ、篠原道場の門戸を叩いた。だが、その頃には母麗子には既に父聡史という恋人がいたし、生来の鈍感さから美濃昭範の初々しい恋心に気付くことすらなかった。その結果、あえなく美濃昭範の初恋は敗れ去ったのだ。
 
 
 さて、莫大な借金を抱えた母親の脳裏によぎったのは、今は由緒正しき美濃家を継いだ過去の門下生の姿だった。そうして、元門下生の家へと借金の申し入れに行った両親へと出された交換条件は驚きのものだった。
 
 
 『そちらの娘が十六歳になったら、うちの跡継ぎの嫁として頂きたい』
 
 
 それを聞いた時、両親はお互いの頬をつねり合ったという。間違って漫画か小説の世界へ迷い込んだのかと思ったらしい。美濃昭範の交換条件はそれくらい古臭い、『政略結婚』という奴だった。
 
 
 美濃昭範の思惑は二つあったらしい。まず一つ目は、過去一世風靡した『篠原道場』のネームバリューを美濃家に吸収すること。実際、既に道場は潰れているものの、祖父の名は未だ世界的にも有名だった。
 
 もう一つは、美濃昭範の初恋の亡霊というやつである。初恋の人の子供と自分の子供をくっつけることで亡霊を成仏させようとしたのだ。何ともロマンチックで阿呆らしい計画だ。
 
 
 それ以上に阿呆な陽太の両親は、娘一人嫁にするだけで利子なしで借金できるなんて超ラッキー、とばかりにその条件をほいほい飲んだ。救いようのないバカである。結果、三歳にして月乃の嫁ぎ先は決まった。
 
 

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Published in きみすき

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