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03 俺のプッチンプリン食べた!?

 
 結果、ここまで至る。
 
 現在陽太はセーラー服を身に纏って、厳つい面をした男の前に正座している。陽太の横には、精一杯着飾った両親が陽太以上の冷汗をかいて座っていた。それは、まるで盆栽を壊した小学生達が雷おじさんに叱られているような光景だった。
 
 
「娘さん、ですか?」
 
 
 顰めっ面をした男がその様相に似合った野太い声をあげる。その声に、父聡史が慌てて返事を返した。
 
 
「はっ、はい、娘の月乃です!」
「ピッチピチの女子高生です!」
 
 
 威圧感と権力に滅法弱い両親が口々に言い放つ。よくこんなのに恋できたなこのオッサンと思いながら、伏しがちな眼差しで美濃家当主である美濃昭範を見やる。美濃昭範は剣道家らしい屈強な身体をしており、何ともしかつめらしい顔立ちをしていた。短く刈られた髪の毛には所々白髪が混じっているが、その肌はつややかで健康的だ。その重々しく厳格なオーラが陽太の祖父にどこか似ていた。
 
 抜け目のなさそうな鋭い眼差しが陽太へと向けられる。陽太は咄嗟に顔を伏せた。
 
 
 この怖そうな人を騙し切れるのか…? もう既に挫けそうなんだけど…。
 
 
 そう心の中で漏らしながら、膝の上でスカートをぎゅうと握り締める。両親は嫌われろと簡単に言うが、このオッサンに本気で嫌われたらぶん殴られそうなんだけど、と酷く心配になった。いろいろと格闘技を習ってはきたけれども、こんな屈強な男に殴り掛かられたら反応できる気がしない。
 
 もぞもぞと不安そうに膝を揺らす陽太を見て、不意に美濃昭範がふっと口元を緩めた。驚いた事に、笑うとそれまでの厳つい雰囲気が一転して柔らかくなった。
 
 
「そんなに緊張しないでくれ。若い女の子に怖がられると、地味に傷付くんだ」
 
 
 見た目らしかぬ穏やかな口調に、陽太は目を剥いた。一瞬ボイスチェンジャーでも使ったのかと疑うほど優しい声音だった。
 
 
「知らない人間ばかりで最初は緊張すると思う。だが、嫁入り修行などと思ってプレッシャーを感じる必要はない。月乃さんは月乃さんの思うように動いてくれて構わない」
 
 
 何とも鷹揚な事を述べて、美濃昭範は陽太へと向かってゆっくりと首肯した。それまで陽太は美濃昭範に対して、初恋をいつまでも引き摺る情けないオッサンと思っているところがあった。だが、今この瞬間に思い直した。
 
 
 何この人、すっげぇできた大人じゃん…。
 
 
 正直両親にこの人の爪の垢を五百杯ぐらい飲ませてやりたい。そうすれば、自分の子供に無茶ぶりをする癖が多少なりとも直るかもしれない。
 
 
「うちには三人息子がいるが、出来ればそのうちの誰かと月乃さんは結婚して貰いたいと思っています。だが、無理はしなくていい。三人のうち誰も結婚相手として認められないのなら、この婚約は破棄しよう」
「えぇええぇ!?」
 
 
 美濃昭範の爆弾発言に、陽太と両親の悲鳴が迸る。目を白黒させる両親を尻目に、陽太は思わず机に身を乗り出して訊ねた。
 
 
「いっ、いいんですか? 破棄しても?」
「勿論。恋愛は自由であるべきだ。ただ、結論を出すのは少なくとも一年後にして欲しい。相手の人となりすら知らずに直ぐに駄目だと決めつけるのは、私は好きではない」
 
 
 付け入る隙のない美濃昭範の頑なな言葉に、陽太はぐっと言葉を飲んだ。本当は今直ぐ『結婚無理! 絶対!』と叫んでしまいたい。だが、そこまで言われて駄々を捏ねるのも大人げない。静々と正座し直しながら、陽太は半ば投げ遣りな気持ちで呟いた。
 
 
「解りました。一年ですね」
 
 
 一年間女装を隠し切るだけ…畜生、貴重な青春がこんな事に…。嘆く気持ちは抑えられないものの、それでも一年の我慢だと思えば耐え切れないものではない。沈痛な面持ちのまま、陽太は『一年の我慢』と頭の中で何度も繰り返した。
 
 
 貴重な青春と嘯いたが、そもそも陽太には青春なんて送れるはずもなかったのだから大した痛手でもない。好きな女子と甘酸っぱい思い出を作ったり、年上の大学生と一夏のアバンチュールを過ごしたり、それらは陽太には無縁の青春だ。
 
 いつも通り、どうせ叶わぬ相手を好きになって、自分の性癖に絶望する事になる。よしんば相手が陽太を好きになってくれたとしても、絶対に《そちらのポジション》についてくれる事はないだろう。今まで奇跡的に両思いになれた相手達も、陽太が《それ》を告げると即座に逃げていってしまった。ベッドから蹴り落とされた挙げ句に、『顔面詐欺』と罵られた事もある。
 
 悲しい思い出が蘇ってきて、微かに眼球が潤む。いつかこんな自分を受け容れてくれる相手が現れるとは到底思えなかった。それなら、妹の身代わりとして過ごす方がよっぽど人生にとって有益なのかもしれない。
 
 
 『一年の我慢』と三百回ぐらい反芻した時、不意に背後の襖がバシンッと大きな音を立てて開いた。
 
 
「親父ッ、俺のプッチンプリン食べた!?」
 
 
 身長が百八十センチはありそうな長身の男が大声をあげている。口が大きく、大雑把な作りの顔立ちをしている。一重の目尻は吊り上がっているが、太めな眉のおかげか何処となく人好きのする顔だ。初対面の印象は、懐っこいゴールデンレトリバーといったところか。
 
 男の出現によって、陽太の鼓動は一気に跳ね上がった。ドクンッと跳ねる自分の心臓の音まで聞こえてきた。自分でも訳がわからないまま、ただ体温が異常に上がっていく。自分の頬を熱くなるのを感じて、陽太は勢いよく俯いた。
 
 
「食べていない」
「嘘つけよ! んな事言って、前も親父が犯人だっただろ! いい加減甘いもん好きなら好きって正直に言えって!」
「食べていないものは、食べていない。甘いものも好きではない」
 
 
 美濃昭範と男との押し問答が続く。美濃昭範が呆れたように溜息をつく。
 
 
「お客様の前で騒ぐな、空介。失礼だろう」
 
 
 その苦言に、ようやく陽太達の存在に気付いたように男が視線を落とす。『くーすけ』と飼い犬につけるような名前で呼ばれた男は、きょとんと目を瞬かせた。
 
 
「あ、すいません。初めまして、美濃空介と言います」
「申します」
「空介、と申します」
 
 
 敬語を指摘されたことに拗ねたのか、意固地な声で言い直す。その様子は、見た目に似合わず酷く子供っぽい。大きめな口が子供のように尖っているのが妙に可愛かった。
 
 あまり見ては駄目だと解りつつも、肩越しに男を見詰めるのを止められない。陽太の視線に気付くと、空介はふにゃっと笑顔を返してきた。
 
 
「こんにちは」
 
 
 目蓋の裏に、一斉に赤いランプが灯る。明らかな危険信号。そっちに歩いていったら崖ですよ、と言われなくても陽太だって解っている。それなのに、高鳴った心臓の鼓動は落ち着く気配を見せなくて、陽太は思わず『勘弁してくれ』と呻きそうになった。
 
 空介と陽太の遣り取りを眺めていた美濃昭範が溜息混じりに言う。
 
 
「こちらは三男の空介です。今年の冬で十六になりますので、月乃さんとは同学年です。なかなか落ち着きのないところもありますが、嫌味な奴ではありませんので仲良くしてやって下さい」
 
 
 そう息子のフォローをしつつ、美濃昭範が空介へと諭すように声をかける。
 
 
「こちらが篠原月乃さんだ」
「へぇ、それって兄ちゃんか俺と結婚する人?」
「そうなるかもしれない人だ。今日から一緒に暮らすことになる」
 
 
 空介が「ふぅん」と子供のような相槌を返す。そうして、不意に陽太へと一歩近付くと、極自然に掌を差し出してきた。ゴツゴツとした大きな掌をしている。差し出された掌に、陽太は酷く狼狽した。
 
 
「え?」
「こんなとこ居てもつまんないだろうし、家の中案内してあげるよ」
 
 
 そう言って笑う表情は、やっぱり人懐っこい犬のようだ。邪気のない笑顔は眩しいくらいで、いっそ目眩すら覚える。くらりと身体が揺らいだ瞬間、咄嗟に差し出された掌を掴んでしまった。ハッとした瞬間には遅く、力強い手に勢いよく引っ張られていた。
 
 
「よし、楽しくいこうな」
 
 
 意気揚々とそんな事を言われては、手を振り払えなくなってしまう。自分よりも二十センチは背の高い相手に引き摺られるようにしながら、陽太は必死に両親へと視線を送った。両親は両手をガッツポーズの形にして、唇だけでファイト!と繰り返しているようだった。
 
 
 ファイトじゃねぇよ、バカ親。そう叫びそうになるのを堪えながら、陽太は繋がれた温かい掌から必死に意識を逸らした。
 
 

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Published in きみすき

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