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08 俺、恋しちゃった! 恋しちゃったかんね!

 
 不意に込み上げてきた安堵から床にへたり込んでいると、不思議そうな顔をした空介が近付いてきた。陽太の前にしゃがみ込んで、かくりと首を傾げる。
 
 
「あれ、何で月乃さん剣道着着てんの?」
 
 
 その間の抜けた質問に、余計に身体から力が抜けていく。どう答えていいものか解らず黙っていると、浅海がのんびりとした声をあげた。
 
 
「一度あの篠原先生の孫と手合わせしたいと思ってな。軽く一試合お願いしたんだ」
 
 
 よくもまぁいけしゃあしゃあと嘘を吐きやがって。手加減なしに打ち込んできた上に、負けたら結婚だとか無茶な事を言っていたくせに。
 
 込み上げてきた苛立ちに、横目で浅海を睨み付ける。だが、浅海は陽太の怒りなど気に掛ける様子もなく、空介を和やかな眼差しで見つめている。それに対して、空介は眉間に皺を寄せて浅海を見返した。
 
 
「兄ちゃん、女の人相手に無茶すんなよ。怪我したらどうすんだよ」
「そんなのは、くぅが気にすることじゃない」
「気にするよ。将来のお義姉さんなんだからさ」
 
 
 お義姉さん、という言葉にちくりと心臓が針でつつかれたように痛むのを感じた。咄嗟に左胸を掌で押さえると、空介が心配そうに覗き込んでくる。
 
 
「大丈夫? どこか痛いとこない?」
 
 
 問いかけてくる声に、上手く答える事ができない。首を左右に緩く振ると、空介の表情は更に曇った。その横から浅海が口を挟んでくる。
 
 
「それより夕飯なんだろう? 俺がこいつ連れて行くから、くぅは先に行ってろ。腹減ってるだろ?」
 
 
 その一言に、ビクンと身体が大きく跳ねる。
 
 ちょ…この人、絶対まだ戦うつもりだろ! どんだけ人を逃がさないつもりなんだよ! 絶対にこいつの前世は噛みついたら離れない蛇とかだろ!
 
 
「そりゃ、お腹はすいてるけどさぁ…」
 
 
 空介が歯切れ悪く呟いて、唇を曖昧にもごつかせる。
 
 ここで空介に置いて行かれたら、陽太は強制的に浅海とステゴロ対決をさせられる羽目になる。そうなれば、体力的に限界を迎えている陽太は、間違いなくボコボコにされた挙げ句、浅海に負けてしまう。負ければ結婚だ。何という地獄。
 
 咄嗟に指先を伸ばして、空介の服の袖を掴む。そうして、陽太は面越しに縋り付くように空介を見つめた。
 
 
 『 た す け て 』
 
 
 声に出さぬまま唇だけ動かす。空介が一瞬驚いたように目を大きく見開く。
 
 そうして、次の瞬間、不意に身体から重力が消えた。身体がふわりと空中へと浮かび上がる。気づけば、陽太の小さな身体は空介の肩に力強く担がれていた。
 
 
「うわっ!」
「ごめん、兄ちゃん。やっぱり俺が月乃さん連れて行くからっ」
 
 
 陽太の叫び声と、空介の声はほとんど同時だった。陽太の身体を担いだまま、空介が風のような早さで道場から飛び出す。背後から「空介っ!」と叫ぶ浅海の声が聞こえたが、空介は立ち止まらなかった。
 
 
 
 
 
 空介は、陽太の体重などものともせず、風のように駆け抜けた。
 
 道場から離れた庭の片隅に着たところで、ようやく腕から下ろされた。近くの縁側へと座らされて、頭に被っていた面をすぽっと引き抜かれる。眼前から遮蔽物がなくなった事に、ようやくほっと息が付けた。
 
 陽太が安堵の息を漏らしている間も、空介は甲斐甲斐しい仕草で陽太の身体につけられた防具を取り外していく。見た目に似合わぬ繊細な手付きだった。
 
 庭先に膝をついて、陽太の手に着けられた篭手を外していた空介がふっと視線をあげる。
 
 
「ごめんね」
 
 
 まるで幼稚園児のような拙い口調で漏らされる謝罪の言葉に、陽太は困惑した。ぱちりと数度瞬くと、空介がもう一度苦しげな声で「ごめん」と囁く。
 
 
「浅海兄ちゃんが何か酷いことしたんだろ?」
 
 
 陽太の口角にこびり付いた唾液の跡を親指の腹でそっと拭いながら、空介が後悔に満ちた声で呟く。陽太は、その的を得た言葉に一瞬こくりと咽喉を鳴らした。
 
 
「いえ…そんな事は、ないです…」
「いいよ、嘘付かなくて。ごめん。本当に、ごめんなさい。兄ちゃんと二人にするべきじゃなかった」
 
 
 繰り返して、空介が泣き出しそうに顔を歪める。酷く悲しげな表情だ。
 
 
「あの…もしかして、こういう事ってよくあるんですか?」
 
 
 微かにもたげてきた不安に、躊躇いがちに問い掛ける。空介は一瞬戸惑ったように視線を左右に巡らせた後、酷く弱々しい仕草でこくんと頷いた。
 
 
「よく、って訳じゃないけど…。道場の中、女の門下生がいないだろ?」
 
 
 ぽつりと漏らされた言葉に、頭の中で先ほどの道場の様子を思い浮かべる。確かに門下生の数は多かったが、その中に女性らしき姿は見当たらなかったように思える。
 
 
「そういえば、確かにいなかったですね」
「浅海兄ちゃんが追い出したんだ」
「はぁ!?」
 
 
 衝撃的な事実に、声が抑えられなかった。唖然として唇を半開きにしていると、空介が視線を落としてぽつぽつとやり切れなさそうに言葉を続けた。
 
 
「浅海兄ちゃん、すげぇ女嫌いで、師範代になってから女の門下生に滅茶苦茶厳しく当たってさ。女の人でも男とまったく同じ鍛錬メニュー組んだり、普通に体罰したり…そのせいで一度女の門下生が全員辞めそうになる事件が起こったんだ。結局親父が説得して辞めるまではいかなかったんだけど、兄ちゃんと同じ道場には一緒に居られないって言って、今はこの家から少し離れたもう一つの道場で女の門下生だけ教えてる」
「そ、それは相当な女嫌いで…」
「でも、最近は落ち着いてたし、婚約者の月乃さんなら大丈夫かなって思ったんだけど、俺がバカだった。本当にごめん」
 
 
 額を押さえて項垂れる空介を慰めたくて、引き攣りそうになる頬に無理矢理笑みを浮かべて、空元気じみた声をあげる。
 
 
「あの、空介さんが謝らなくていいですから。私は大丈夫ですよ。ちょっと驚いただけで、身体も見た目より頑丈だしっ」
 
 
 両腕を持ち上げてマッスルパワーじみたポーズをすると、しょぼくれていた空介の顔に少しだけ笑みが滲んだ。少し泣き出しそうな、へにゃっとした笑顔。
 
 
「月乃さんは、優しいなぁ」
 
 
 何の誇張も裏もない、素直な一言にじんわりと心が解れていくのを感じる。浅海と対峙していた時は緊張と恐怖で心臓がガチガチに凍り付いていたが、空介の傍にいるとまるで温かい日光に照らされているような心地よさを感じる事が出来た。
 
 空介は月乃の前にしゃがみ込んだまま、少しだけ言い辛そうに言葉を続けた。
 
 
「あのさ…俺がこんな事言える立場じゃないって解ってるんだけど、…お願いだから、浅海兄ちゃんのこと嫌わないであげてな。兄ちゃん、本当はすげぇ優しいんだ」
「へ、へぇ…優シインデスカ」
 
 
 頬がひくひくと引き攣って、声がロボットのようになってしまう。
 
 あんな暴君が優しいんだとしたら、この世の中にいる大半の犯罪者は善人っつう考えにはならないか?
 
 強張った陽太の表情を見て、慌てたように空介が付け加える。
 
 
「本当だよ。兄ちゃんは優しい。それに、浅海兄ちゃんが女嫌いになっちゃったのって俺のせいだから」
「え」
 
 
 その一言にまじまじと空介を見つめる。浅海が女嫌いになった原因が空介というのは一体どういう事か。だが、空介は陽太の困惑など気付いていない様子で、思い詰めたようにじっと俯いていた。
 
 
「俺は、兄ちゃんのこと大好きだから、月乃さんにも好きになってもらえたら、すごくうれしい」
 
 
 無茶なお願いだけど。と寂しそうに呟かれる空介の言葉に、再びちくんと心臓が小さく痛むのを陽太は感じた。
 
 
 でも、俺は誰とも結婚する気なんてなくて、ただ一年間あんたらを騙し続けるつもりで……それから、俺は浅海じゃなくて君の方がずっと可愛くて――好きになっちゃいそうなんだよ。
 
 
 その気持ちを口にする事は出来なかった。込み上げてきた切なさに、うなだれた空介の頭を慰めるようによしよしと撫でる。空介は一瞬驚いたように目を丸くして、その後少しだけ嬉しそうにふにゃりと笑った。
 
 
 
 
 
 尊属殺人は重罪、1995年の法改定までは死刑もしくは無期懲役が科せられていた。例え罰せられなくても、親を殺すというのは人間的にも道徳的にも許されることではない。それがどれだけ最悪な親だとしても。
 
 
 そう頭の中で何回も繰り返さなくては、今にも目の前で馬鹿騒ぎをする脳味噌空っぽな親をぶっ殺しかねなかった。ワイン瓶を両手にうひゃひゃひゃひゃひゃと笑いながら「るねっさーんす」等と一発芸人のネタをやっている両親の姿を、陽太は両手をわなわなと震わせながら凝視した。
 
 陽太の姿に気付いた母麗子がきゃぴきゃぴとはしゃいだ声をあげる。
 
 
「あれぇ、陽…じゃなくて月乃ちゃんじゃなーい! 元気ぃ? ハッピー? スゥイートライフ、イェーイ!」
 
 意味不明な叫び声をあげながら、ワイン瓶を打ち合わせてラッパ飲みする。
 
 脳味噌がこの馬鹿親の言葉に対して拒絶反応を起こしているのが解る。酒のせいで人間どころかアメーバ以下の知能すらなくなった両親に対して、既に意志疎通が出来るとは思えなかった。
 
 
 部屋の上座には、両親の奇行を見て困ったように微笑む美濃昭範の姿があった。彼の手元にも日本酒の猪口が握られている。どうやら、酒を片手に両親と昔話でも咲かせようとしたらしい。だが、陽太の阿呆親は限度と遠慮を知らず、欲望のままに酒を飲み散らかしたのだろう。部屋中に転がっている大量のワイン瓶を見れば、それぐらいの事は容易く想像できた。
 
 
 自分達の息子をこんな虎の縄張りに放り込んでおきながら、手前らは良い気分で酒をかっ食らって、良い身分だよなぁ。こんの馬鹿親共が。
 
 
 陽太は額を掌で押さえて、何とか這い上がってくる怒りを堪えようとした。
 
 
「すいません、直ぐに家に帰らせますんで」
 
 
 ともすれば怒りに震えそうになる声で、必死に弁解の言葉を零す。申し訳なさに頭を下げる陽太を見て、美濃昭範が苦笑を深める。
 
 
「いいや、私がお酒を勧めすぎたのが悪かった。お二人とも飲みっぷりが良いもので、ついつい止めるのを忘れてしまってね」
 
 
 今はそんな優しいフォローの言葉すらも苦しい。赤ワインと白ワインを交互に飲みながら、前後不覚になった父がふらふらと陽太に近付いてくる。
 
 
「なぁ、陽…じゃなくて月乃ぉ、素敵な旦那様は見つかったかぁ? 女の幸せはなぁ、素敵な旦那様を見つけて、ごろにゃんにゃんごろーりすることなんだぞぉ。なぁ、ハニィ?」
「あはん、流石ダーリン、その通りだっちゃ!」
 
 
 母麗子が懐かしき雷娘の語尾を真似た挙げ句に、ぐっと親指を立てる。その姿を見て、陽太はくらりと目眩を起こすのを感じた。
 
 
 か、神様お願いだから今すぐここにメテオを落としてくれ。
 
 
 これが自分の親かと思うと、恥ずかしさのあまりこの場で舌を噛み切りたくなってくる。ふらりと揺らぐ陽太の身体を、慌てたように背後から空介が支えてくれる。肩に触れる温かい掌の感触に、陽太は一瞬泣きそうになった。だが、そんな感傷もすぐさま馬鹿親の声にかき消される。
 
 
「あー、もう親の前でラブラブイチャイチャしちゃって! 最近の若いものの風紀は乱れておぉる!」
「おまえらチューしろよー! はい、チューぅ! チューぅ!」
 
 
 囃し立てるように両手を打ち鳴らして、両親が口々に叫び出す。その下品極まりないチューコールに、陽太の堪忍袋の緒は完全にぶち切れた。
 
 ドンッと床を踏み鳴らす音が鈍く響いた。その音に、はしゃいでいた両親の声がピタリと止まる。陽太は部屋の畳を踏み抜きそうな勢いで踏みしめて、ぎりぎりと奥歯を食い縛って両親を睨みつけた。
 
 
「二人とも、言い残すことはない?」
「え、あー……ごめんなちゃい、えへっ」
 
 
 人差し指を頬に押し当てて、えへっと小首を傾げる両親に対して、陽太は壮絶なまでの満面の笑みを返した。今更謝ったところで許されると思ってんのか糞馬鹿が。
 
 
「うん、解った。じゃあ、とっととくたばりやがれ」
 
 
 もう言葉遣いに気を止める余裕なんかなかった。足元に転がるワイン瓶を拾い上げると、陽太はそれを思いっきり振り上げた。途端、両親の絶叫が響き渡る。
 
 
「に゛ゃー! 家庭内暴力ー!」
 
 
 暴力奮ってるのはどっちだよ。お前ら馬鹿親のせいで、こっちは一年間ひたすら地獄で耐久レースの刑だ。いっそ、ここで馬鹿親を殺してお縄につく方がよっぽど楽なんじゃないかとすら思えてくる。
 
 それなのに、振り上げた腕が下ろせなかった。背後から必死の形相で空介が陽太の腕を取り押さえている。
 
 
「ちょ、お、落ち着いて、月乃さんっ! お父さんとお母さんだよ!」
「親だから、許せないんだよ!」
 
 
 肩越しに振り返って、噛み付くように叫ぶ陽太に、ハッとしたように空介が息を呑む。だが、見る見るうちにその表情は悲しげに歪んでいった。
 
 
「でも…家族だよ」
 
 
 そんな言葉を泣き出しそうに繰り返す。空介の意気消沈した様子に、陽太の腕からも力が抜けていった。半ば食い入るように空介の顔を見つめる。ふにゃふにゃと笑う空介の中にある、どうしようもない寂しさをその瞬間垣間みた気がした。
 
 
 どうして、と呟き掛けた唇は、だが言葉を発する事がなかった。それよりも先に何とも野太い声が高らかに響き渡ったからだ。
 
 
「マーーーーベラス!! 流石、篠原先生のお孫さんだ! 私が見込んだとおりの女性だ君は!」
 
 
 なぜだか美濃昭範が高揚に頬を赤く染めて、訳の分からない事を叫んでいる。美濃昭範はずかずかと近付いてくると、陽太の肩をがっしりと真正面から掴んだ。その勢いに、陽太はワイン瓶を振り上げたまま唖然とした。
 
 
「最初はこんな細くて可憐な見た目のお嬢さんが来て、どうかと思っていたんだがね。今見て、自分の人を見る目のなさに愕然としたよ! 侮辱に対しては、実の親でも殴り殺そうとする誇り高さ! 傍若無人では世界ナンバーワンな麗子さんを圧倒する気迫気概! 実に素晴らしい! 美濃家の嫁として申し分ない逸材だよ月乃さんはっ!」
 
 
 え、ちょっと待って、おじさんどうしたの? 貴方ってこの家で唯一良識のある大人キャラじゃなかったの? 何マーベラスとか叫んでんの? 可笑しくない?
 
 
 息を荒くする美濃昭範を見て、陽太は思わずずりずりと後ずさりをした。だが、興奮冷めやらぬ美濃昭範は今度はへたり込む両親へと向かって熱烈な弁舌を繰り広げる。
 
 
「本当に、お二人は素晴らしい娘さんを育てられた…! 心から感服いたします…!」
「えー、マジっすかー!」
「やったね、月乃ちゃん! お父さんとお母さん誉められてるっ!」
「喜んでんじゃない、ばかおやーーー!!!」
 
 
 再びきゃっきゃっと歓声を上げ始める両親に対して、渾身の力で叫ぶ。途端、しゅんと項垂れる様子を見ていると、何だか本当に頭の悪い犬を相手にしているような気分になってくる。
 
 だが、もう既に殴り殺すだけの怒りはなく、半ばどうにでもなれという自棄っぱちな気分になっていた。ワイン瓶を落として、はぁーっと長い溜息をつく。
 
 
「だ、大丈夫、月乃さん? 気持ち落ち着いた? いっしょに深呼吸する?」
 
 
 おろおろと慌てる空介の声が聞こえてくる。不安げに強張った空介の顔を見ていると、何だか切なくなってきた。今この場で陽太のことを本気で心配してくれているのは、つい数時間前に会ったばかりの心優しいこの子だけなのだ。
 
 狼狽する空介を落ち着かせたくて、陽太は引き攣りながらも笑みを浮かべた。
 
 
「はい、すいません。ちょっと動揺してしまって…」
 
 
 動揺程度の言葉であの惨事を誤魔化せる気はしなかったが、何も言わないよりかはマシだろう。にこりと微笑む陽太を見て、ほっとしたように空介が身体から力を抜く。
 
 その陽太と空介の遣り取りを見ていた、両親がまるで女子高生のような口調で呟き始める。
 
 
「えー、あの二人いい雰囲気じゃない?」
「そういえば、陽…じゃなくて、月乃の好みは空介君みたいなタイプだったよなぁ」
「やばーい、ストライクドンピシャ?」
「ひゅーひゅー、付き合っちゃいなよご両人ー」
 
 
 影からぼそぼそと囁かれる言葉に、再びコメカミがひくひくと痙攣し始める。そうして、反省という言葉を知らない両親は、懲りもせず同じことを繰り返すのだ。
 
 
「今週の新婚さんいらっしゃいのゲストはぁ、美濃空介さんと月乃さんでぇーす!」
「イエーイ、ベストカップル賞総舐めー! ベストジーニスト賞ー! ラブ&ピースは世界を救うー!」
「お前らもう帰れーーーーーー!!!!!!」
「ちょっと全員聞いて聞いて聞いてー! 俺、昨日ピンドン頼んで貰っちったよー!」
 
 
 陽太の二度目の大爆発と、背後の障子が勢いよく開かれたのは同時だった。
 
 振り返ったそこにはドンペリピンクの瓶を片手にぶら下げた茶髪の男が立っていた。後ろ髪が長く、口元はつんと尖ったアヒル口で、いかにも軽薄そうな見た目をしている。目元には明らかに伊達であろう大きな黒縁眼鏡をかけていて、身につけている青色のスーツはてかてかと光沢があった。
 
 満面の笑みを浮かべていた男が陽太の姿に気付いて、目を丸くする。
 
 
「え、誰よ!? ちょーキュートじゃん! 俺、マジで恋する一秒前なんだけど! ねぇ、誰誰誰!?」
「落ち着け地尋」
 
 
 その名前の聞いた瞬間に、嫌な予感はしていた。ギギッと錆び付いた動作で、視線を美濃昭範へと向ける。美濃昭範は呆れかえった表情で、小さく頷いた。
 
 
「次男の美濃地尋です」
「もう一秒たった! 俺、恋しちゃった! 恋しちゃったかんね!」
 
 
 もう勘弁してくれ、という呻き声は、頭痛のあまり出てこなかった。
 
 

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Published in きみすき

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