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09 かわいい、お尻、が、三度のご飯より…だいすき、デス…

 
「ねぇねぇ、つっきーの好きな食べ物って何ィ? やっぱ女の子はスウィーツだよねぇ。ケーキとかパルフェとかストロヴェリーとかァ? ちなみに俺の好物はね、ハンバー“グーー!”」
 
 
 グーのところだけ矢鱈と力を込めて主張される。返事もしていないし、更に聞いてもいないのに、語尾が上がり調子な声が先ほどからずっと聞こえてくる。身体が密着しそうなほど近い距離を広げようと、椅子を横へずらしてもその分だけ距離を詰められる。今では地尋の顔は、陽太の右耳にくっ付きそうなほどだ。
 
 
 折角、目の前には見るも豪華な夕食が並んでいるというのに、まったく食欲が湧いてこない。申し訳程度に箸を動かしてちまちまと料理を口に運ぶものの、味わうだけの余裕なんざ欠片もあるはずがなかった。夕飯が始まるなり、ずっとこんな風に鬱陶しく絡まれていれば当然だ。
 
 そうして、息子を諌めてくれる父親の存在も今はここになかった。料理が準備されるなり、美濃昭範は「私はいつも妻と二人で食事を取るので、月乃さんは三人と一緒に食事をして貰えばいい。若者だけの方が気も楽だろう」などと要らぬ気を使って、別室へと引っ込んでしまったのだ。それこそ本当のお節介だと気付きもせず。
 
 
 抵抗しない陽太の様子に調子に乗ったのか、更に地尋が唇を耳へと近付けてくる。喋る度に、生ぬるい息が耳朶に吹きかかって気持ち悪いことこの上ない。
 
 
「そんでぇ、マジな話なんだけど、つっきーの好みのタイプはどんなの? 芸能人的に言うと、妻夫木とか? 今人気の向井理とか? それとも、いっそジャニーズ系の可愛い顔だったりするゥ? ちなみにィ、ちなみに俺の好みは……つっきーでぇーす!」
 
 
 『そのつっきーは、女装した男どぇーす!』と言い返せたらどれだけ良いことか。
 
 
 あまりにも阿呆丸出しな言葉の数々に、軽く頭痛を覚え始める。初対面から三十分も経っていないというのに、この馴れ馴れしさは一体何なんだろう。食卓につくなり、地尋は陽太の隣を陣取って、食事もそっちのけで『恋しちゃった』という宣言そのままに口説き続けている。
 
 
 折角、ウザい親を追い返したのに、今度はウザい男に迫られるとか悪夢の二段構えかよ…。
 
 
 そもそも両親を帰すのだって、相当な苦労を要したのだ。まだ飲み足りなーいと叫ぶ母親を怒鳴り付け、家庭内暴力はんたーいと喚く父親を庭に蹴り出し、空介に散々不安げな表情をさせた挙げ句にこの家から追い出したのだ。本来ならば、この家に置いてきぼりにされる陽太の方が寂しいだとか帰りたいだとか駄々をこねる立場だというのに、それが両親を追い出す立場になるなんて本末転倒にも程がある。
 
 
 それでも、残ったのがチャラ男だけならまだ我慢できた。ほんわりと湯気を立てる鯛の身を箸先でいい加減にほぐしながら、視線をちらと斜め前へと向ける。途端、サバンナで獲物を狙う肉食獣のような鋭い眼光が陽太に突き刺さった。浅海が握り締めた箸をみしみしと軋ませながら、陽太を射殺すように睨み付けている。
 
 
「汚ぇ食い方してんじゃねぇよ。まともに魚もほぐせねぇのか手前は」
 
 
 鯛の身がぐちゃぐちゃに散らばった陽太の皿を見下して、浅海が不愉快そうに頬を引き攣らせる。浅海がほぐした鯛は身と骨が綺麗に分離されていて、皿も汚れていない。その正論な嫌味に、陽太は言い返す言葉もなく無言で俯いた。
 
 
 ウザい次男に絡まれてる上に、姑じみた長男からはねちねちと嫌味を言われるとか、マジで生き地獄だし…。
 
 
 そのまま所在なく俯いていると、手元から皿がすっと取り上げられた。陽太の皿を引き寄せた空介が見た目に似合わぬ丁寧な箸使いで、残った魚を綺麗にほぐしてくれている。驚きに目を見張ると、真向かいに座った空介がへにゃりと笑った。
 
 
「俺、魚ほぐすの得意なんだ。だから、俺にやらせてくれる?」
「くぅ、馬鹿女を甘やかすな」
 
 
 空介のフォローに対して、即座に浅海からの叱責が飛ぶ。だが、それに対して空介はキッと目を吊り上げた。
 
 
「兄ちゃん、嫌い」
「は、ぁ?」
 
 
 唐突な空介の一言に、狼狽したように浅海が声を上擦らせる。
 
 
「月乃さんに酷いことばっか言う兄ちゃんは嫌いだ。大嫌い」
「おい、何言ってんだ、くぅ」
 
 
 冷血な男らしくない焦った声音が浅海の動揺を如実に現していた。
 
 
「今度月乃さんに意地悪したら、兄ちゃんとは絶交するからな」
「なぁ、くぅ…」
「俺、本気だからな。本当に兄ちゃんのこと嫌いになる。だから、ちゃんと月乃さんに優しくして。兄ちゃんのお嫁さんになるかもしんねぇ人なんだから」
 
 
 弟からの唐突に突き付けられた宣言に、浅海の表情がくしゃりと歪んでいく。弟から嫌われるのを心底恐れている表情だ。その表情は悲しげにも見えた。
 
 綺麗に魚がほぐされた皿を陽太の手元へと戻すと、空介は「ごめんな」と小さく呟いて、困ったように微笑んだ。その笑顔に、胸の奥でじわりと安堵が広がる。
 
 
「あ、ありがと…」
「まーた、空介は自分だけイイコぶってさァ」
 
 
 お礼の言葉を告げる前に、隣から皮肉じみた声が聞こえた。食卓に片肘をついた地尋が白けた眼差しで空介を見ている。地尋の一言に、それまで浅海に強気に出ていた空介が途端へなりと眉尻を下げる。
 
 
「俺、そんなつもりじゃないよ」
「そんなつもりもへったくれもねぇよ。昔っからお前のそういうとこ変わんねぇよなァ。一人だけ俺は素直なイイコです。優しいです。不真面目な兄達とはぜぇんぜん違います。って顔して、いっつも最後には一番良いとこ取っていくんだよ」
 
 
 先ほどまでは軽薄だった地尋の口調が明確な悪意に捻れていく。空介を見る地尋の眼差しは、可愛い弟を見るとは思えないほど冷たく凍えていた。容赦のない地尋の言葉に、空介の顔が泣き出しそうに崩れる。
 
 
「地尋兄ちゃん、ごめん」
「ごめんって何がァ? お前って何で謝ってるのかも解ってないくせに、とりあえずごめんって言っておけばいいと思ってるだろォ。俺、そういうの超腹立つんですけどー」
 
 
 けらけらと笑い声混じりに弟を詰る地尋は酷く楽しそうだ。それに反比例するように、空介の顔は悲しげに歪んでいく。その空気を断ち切ったのは、バキンという箸が折れる鈍い音だった。浅海が手の中の箸を真っ二つにへし折って、地尋を真っ直ぐ睨みつけている。その眼差しに、途端地尋の顔がサァッと青ざめていく。
 
 
「おい、地尋」
「…は、はぁい? 何でしょうか浅海お兄様」
「何でしょうかじゃねぇよ。調子に乗るのも大概にしやがれ、この下半身ど腐れヤリ●ン野郎が。チ●ポだけじゃなくて、とうとう脳味噌まで腐ってきたのか? 何度も言ってるよなァ? くぅ、苛めたらぶっ殺すってよォ」
 
 
 食事中だから放送禁止用語を抑えようとかいう配慮は一切ないらしい。遠慮なく吐き散らかされる暴言の数々に、陽太は再び軽い目眩を覚えた。
 
 
「え、えぇー、だって空介がさァー…」
「あ゛ぁ? まだ言いたいことあんのか? 何なら今直ぐ何にも言えねぇ身体にしてやろうか?」
 
 
 浅海の手の中で折れた箸が軋んだ音を立てて、細かな木くずを机の上へとパラパラと零していく。
 
 
 こ…こいつ、やっぱり前世はスーパーサイヤ人とかだろう…。実際、フリーザ並みの戦闘力があんじゃねぇのか…?
 
 半ば現実逃避し始めた脳裏に『私の戦闘力は五十三万です』とドヤ顔でいう宇宙人の姿が過ぎる。
 
 
 何だか目の前で繰り広げられる兄弟喧嘩に、頭がくらくらしてきた。何、この完全アウェイ。というか、俺完全に空気じゃん。なら、せめて俺のいないところで喧嘩してよ。何で初日から、こんなディープな兄弟喧嘩に巻き込まれなくちゃなんないわけ? 理不尽過ぎない? 朦朧とする意識の中、不平不満ばかりがぐるぐると頭の中を回る。
 
 
 憤怒する浅海の姿に、空介が戸惑った様子で小さく声を漏らす。
 
 
「浅海兄ちゃん、怒んなくていいよ。俺が悪いんだから」
「だーかーらー、そうやってお前がイイコぶるのがムカつくんだっつってんだろうが!」
「黙ってろ、地尋! タマ潰すぞ糞がッ!」
「はい! マジすんませんでした、お兄様ァ!!」
「だから、浅海兄ちゃん、怒んないでってばっ!」
 
 
 これ何? 何なの? じゃんけん兄弟? 浅海は地尋に強くて空介に弱くて、空介は浅海に強くて地尋に弱くて、地尋は空介に強くて浅海に弱くてぇえええぇえ……
 
 
「もーーー、頭がぐるぐるするーーー!!!」
 
 
 とうとう頭のネジが吹っ飛んだ。両手で頭を抱えて、陽太は椅子から立ち上がって腹の底から叫んだ。途端、ぎゃあぎゃあと喚いていた兄弟達の声がピタリと止まる。その驚きに見開かれた三組の目を見据えて、陽太は大声で喚き散らした。
 
 
「いー加減にしろよ、この馬鹿三兄弟! お前ら思い遣りって言葉を知らないのか!? 長男は人のこと見たらクソビッチとか言うし、次男はやたら距離近くてウザいし、三男は三男で尻がチョー性的だし、もーマジでこの兄弟イヤッ!! 少しは人のことを思い遣れってんだよーー!! 思い遣りis大事って一般常識を知らないのかお前らはさーーー!! 人間の基本でしょうがよーー!!」
 
 
 崩壊したダムから濁流が溢れ出るように、たまりにたまった鬱憤が勢い良く溢れ出す。自棄になったように、ドンドンと両足で地団駄を踏んで、うー、とも、あー、ともつかない唸り声を咽喉の奥から漏らす。
 
 だが、その狂乱も、空介の空気が抜けるような声に一気で正気にかえった。
 
 
「…へ、…ぁ? 尻が、ちょー、せーてき?」
 
 
 ――あ、やばい、やっちまった。
 
 
 サァッと自分の血の気が引いていく音が聞こえた。取り繕う言葉が中々思い付かず、唇がはくはくと無意味に開閉を繰り返す。きょとんと不思議そうに向けられる空介の純粋な眼差しが、重いボディブローのように鳩尾に食い込んで息が止まりそうだ。
 
 長い沈黙を破るように、ぽつんと地尋が呟く。
 
 
「もしかして…つっきーって尻フェチ?」
 
 
 決定的な一言に、もう誤魔化す事も出来なくなった。ごくりと咥内に溜まった唾液を飲み込んで、酷く緩慢な動作で頷く。
 
 
「かわいい、お尻、が、三度のご飯より…だいすき、デス…」
 
 
 ぎぁあああああ、何正直に言ってんだ俺のクソボケナスカスアホがあああぁああ!!! 終わったぁああああああ!!! 全部終わったあぁああああ!!! これ完全に詰んだだろぉおおお!!! 百パーセントどころか百二十パーセントアウトだろおおぉおおお!!! 絶対、ホモの変態女装野郎ってバレたぁあああぁああぁっ!!!
 
 
「え、月乃さん、俺の尻が好きってこと?」
 
 
 無邪気に問い掛けてくる空介の声がまるで死刑執行人の声に聞こえてくる。つぅか、やめてよ、そういう質問。流石にガチホモの俺でも泣けてくるよ。今空介がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、力なく俯いたまま、ぼそぼそと陽太は小声で呟いた。
 
 
「は、はい…ほんと、すいません…」
「なぁんだ、嫌われてないならよかったー」
 
 
 自白する犯人のような心境でようやく絞り出した声に、何とも暢気な声が被さる。その脳天気な声音に、陽太は信じられない思いで俯いていた顔をあげた。そこには、何とも嬉しそうに笑う空介の顔があった。へにゃりと緩んだ笑顔に、目が奪われる。
 
 
「え、……あ、あの、嫌じゃないの…?」
「嫌なわけないじゃん。尻でも、俺のこと好きって言ってくれるなら嬉しいよ」
 
 
 ま、マジ天使かこの子…。癒しと安らぎの尻天使か…。
 
 
 半ば信仰めいた敬愛の眼差しで空介を見つめていると、顔を不愉快そうに歪めた浅海が陽太の視線から隠すように空介の肩を横から抱き締めた。明らかに敵意の篭った視線で、陽太を睨み付けてくる。
 
 
「くぅをいかがわしい目で見てんじゃねぇよ、クソビッチが…。マジで一回ぶっ殺されねぇと解んねぇみたいだな」
「だから、兄ちゃん、そういう酷いこと言うなって」
「ねぇねぇ、つっきー、俺の尻の方が可愛いよー!」
 
 
 空介と浅海の遣り取りを遮るように、地尋が尻を突き出して叫ぶ。そうして、次の瞬間、開かれた襖から宝塚顔負けに両手を大きく広げた美濃昭範が現れ、声高らかに叫んだ。
 
 
「ファンタスティッッッーーークッ!!!」
 
 
――何だこのカオス。
 
 

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Published in きみすき

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