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10 無茶ぶりにも程がある!

 
「嗚呼、やはり月乃さんは素晴らしい女性だ! 私でも手の付けられない息子達を堂々と怒鳴りつけるとは! 普段は粛々とした妻であり、時には子供を厳しく叱りつける母親でもある! まさしく美濃家が理想としている良妻賢母そのものだ! しかも、思い遣りを持てだなんて叱責……深い! 深すぎるッ!」
 
 
 いや、思い遣りを持て、とかクッソ浅い言葉だと思いますよおじさん。というか、おじさんのオンとオフの差が激しすぎて、正直その振り切れんばかりのテンションに若者ですらついていけてない状態です。
 
 
 一人でヒートアップしていく美濃昭範を制止する事も出来ず、陽太は唇を半開きにしたまま硬直していた。呆然とする陽太に対して、美濃昭範は拳を握って、力強く演説を続けている。
 
 
「月乃さんには是非ッ、是非とも美濃家に嫁いできて頂きたい! そして、この息子達の性根を叩き直して頂きたいのです!」
「こんなクソアマに叩き直される性根なんかねぇよ」
 
 
 美濃昭範の演説に、横槍を入れるように浅海が吐き捨てる。その一言に、美濃昭範が厳しい眼差しで浅海を睨み据えた。
 
 
「黙らんか馬鹿者! お前はまだその女嫌いを治しとらんのかッ! そうやってお前が意地の悪い姑のように門下生をいびるから、未だに私のところに泣きついてくるもんが絶えんのんだぞ!」
「泣き付くような根性無しは、さっさとやめさせりゃあいい」
「そんな独裁者な考えが通用するか! だから、お前にはいつまで経ってもこの家を任せられんのだ!」
「だから、家なら俺が継ぐって言ってんじゃんかパパーン」
 
 
 剣呑な美濃昭範と浅海との遣り取りに、酷くチャラけた声音が割ってはいる。にたにたと表情を緩めた地尋がまるで横断歩道を渡る小学生のように手をあげていた。それを見た美濃昭範と浅海が目を見開いて、声を揃えて叫ぶ。
 
 
「「お前はさっさとホストをやめろ!」」
 
 
 その怒鳴り声に、地尋が「えぇー」と不服そうな声を漏らす。陽太の真向かいでは、空介が何とも楽しそうに「二人とも息ピッタリだなー」なんてパチパチと暢気に手を叩いていた。空介の脳天気な様子に毒気を抜かれたように、美濃昭範が長々と溜息を吐き出す。
 
 部屋の隅に置いてあった椅子を引っ張って陽太と空介の間に座り込むと、美濃昭範は先ほどとは打って変わった静かな声で語り始めた。
 
 
「…見ての通り、私の息子は未熟者ばかりで…今の状態では、とても美濃家を継がせる事など出来ないと考えております。三人とも剣技の腕は大変優れています。将来的には私を越える逸材ばかりで、力量的には誰が継いでも文句はないほどです。ですが、今の状態で家を継がせたところで、その精神の未熟さからこの歴史ある美濃家に泥を塗るような羽目になるのが解り切っている」
「は、はぁ…」
 
 
 息子に対するものとは思えない容赦ない美濃昭範の言葉に、陽太は冷汗を垂らしながら曖昧な相槌を返した。父親から突きつけられた言葉に対して、三兄弟の反応は三者三様だった。浅海は今にも呪い殺さんばかりの凶悪な眼差しで父親を睨み付け、地尋は相変わらず腹の読めないにやにやとした笑みで父親の言動を窺っている。そして、空介は困ったような曖昧な笑みを滲ませていた。どこか寂しげな笑顔だ。
 
 
「長男の浅海は、今でこそ見た目はそれなりにまともになりましたが、数年前までは暴走族とやらに入っておりまして、その時の癖が未だに抜けておりません。直ぐに手は出るわ、口は悪いわ、正直手が付けられない状態です。その上、強烈な女嫌いで、浅海が家を継げば、うちの道場から女性は排除されてしまいます」
「そもそも、女なんか要らねぇだろうが」
「そんな訳ないだろうが馬鹿者! いつか女の子に刺されてもお父さん知らないからねッ! 泣くのは浅海なんだからねッ!」
 
 
 ちょ、おじさん、また口調から威厳が消えてますよ!とツッコミたいのを必死に堪える。せめて真面目な話をしてる時ぐらい、テンションを一定に保って欲しい。じゃないと、こっちの精神が保たない。
 
 気を取り直した美濃昭範が沈痛な面持ちで話を再開させる。
 
 
「次男の地尋は、二十歳になった途端、ホストのアルバイトを始めて道場にはまったく顔を見せなくなる始末です。鍛錬をサボッて昼も夜も遊び歩くわ、女の子を連れ込むわ、訳のわからん乱痴気騒ぎを起こすわ…」
「ちょっ親父、つっきーの前でそんな事言うなんてイヤン」
「イヤンじゃない! お前は、四年に一回ぐらい真面目にならんか!」
 
 
 それってオリンピックと同じ周期ですね。めっちゃレアじゃないっすかー。高視聴率狙えるっすねー。
 
 
 いい加減頭の中のツッコミが追いつかなくなりそうだ。思考停止状態になりそうなのを、必死でついて行くのも正直限界が近い。
 
 
「それから、三男の空介ですが…」
 
 
 一際重苦しい様子で、美濃昭範が口を開いた。そうして、窺うように空介へとちらりと視線を向ける。父親に見て貰えた事が嬉しかったのか、空介が何とも気の抜けた笑みをふにゃんと浮かべた。父親の苦悩など欠片も解っていないような満面の笑顔だ。その無邪気な笑顔に、美濃昭範が押し黙る。
 
 ぽく・ぽく・ちーん、と木魚の音が聞こえてきそうな奇妙な沈黙が流れた後、美濃昭範がぽつりと呟いた。
 
 
「まぁ…空介は頑張ってるな!」
 
 
 いや、ちょっと貴方、今絶対言いたいこと飲み込んだでしょ! 絶対、三男は一番頭がぱっぱらぱーとかそういう事言おうとしてたでしょ! 馬鹿な子が可愛いからって、甘やかしたでしょ!
 
 
 陽太の心の叫びそのままに、美濃昭範がまるで孫でも可愛がるかのように目を細めて、よしよしと空介の頭を撫でている。父親に撫でられた空介は、何とも嬉しそうに頬を緩めて呟いた。
 
 
「やった、誉められたー」
「それ、絶対誉められてないからー!」
 
 
 とうとうツッコミが口から溢れてしまった。唐突に声をあげた陽太に、驚いたように空介が目をぱちぱちと瞬かせている。その眼差しにハッと我に返って、誤魔化すように速攻で笑顔を浮かべる。
 
 
「すいません、ちょっと気持ちが高ぶってしまって…。どうぞ、お話の続きを」
 
 
 口元を押さえながら静々と告げると、美濃昭範が気を取り直したように言葉を続けた。
 
 
「ですから、現状では三人のうち誰にも家を任せられない状態なのです。このままでは先祖代々続いてきた美濃家を潰してしまう…私は大変悩みました。悩みという言葉だけでは表現し切れません。苦悩しました。懊悩しました。胃がねじ切れるんばかりに悶絶しました! 時には畳を掻き毟り、真冬に冷水を浴び、素振り一万本の苦行を成し得て…そうして、ようやく答えに行き着いたのです!」
「は…はぁ…その心とは?」
 
 
 またテンションがメーターを振り切り始めた美濃昭範へと、なぞかけの合いの手のように声を掛けてみる。
 
 
「つまりっ! 嫁に息子を鍛え直して貰えばいいとッ!」
「へ……、はぁぁあああーーー!!??」
「ついでに、嫁に誰に跡を継がせるか選んで貰ったら尚良し的な!」
「的なって、ちょ、ぉま…!」
「なので、月乃さん、後のことは宜しくお願いします!」
「む、無茶ぶりにも程がある!」
 
 
 思わず、両手で頭抱えて悲鳴をあげていた。叫ぶ陽太を見て、空介が「月乃さんは元気だなー」と状況にそぐわぬほんわかした声をあげる。嗚呼、もう貴方は超可愛いけどたまには空気読んで発言して、と思いつつも、両手を机に置いて、粛々とした声音で語り始める。
 
 
「い、いや、よく考えて下さい美濃さん。そんな歴史ある家を継ぐ人間を、見知らぬ他人にいきなり選ばせてどうするんですか。美濃さんがちゃんと息子を更正させた上で、きちんと跡継ぎを決めるのが筋ってものじゃないですか?」
「勿論、私も初めはそう考えた。だが、私が怒鳴ろうが説教しようが放置しようが、何も変わらずに何年も過ぎた。正直私もどうしたら良いのか検討も付かないんだ」
 
 
 初めて美濃昭範が困り果てたような声を漏らす。その剛胆な見た目に似つかわしくない弱々しい声音に、陽太は一瞬言葉を失った。父親の長年の苦悩がその一瞬で伝わってきたような気がしたからだ。
 
 
「だからといって、私にそんな難しい事を選べと言われても…」
「私は、篠原先生のお孫さんである月乃さんにならすべてを委ねてもいいと思っています。篠原先生は本当に素晴らしいお方だった。あの破天荒、傍若無人、荒唐無稽、弱肉強食な麗子さんを犯罪者にせず一人前に育て上げられたのだから」
 
 
 いや、確かに犯罪者には奇跡的になってないけど、未だに母麗子は一人前じゃないと思いますよ。父聡史とあわせても八十分の一人前ぐらいですよ…。
 
 
 そうツッコミたいが、苦しげな美濃昭範の表情に唇が強張ったまま動かなくなる。ようやく解った。美濃昭範が何故篠原家の娘を、息子の嫁に欲しがったのか。美濃昭範は自身の初恋の面影を追ったのではなく、自分の恩師である陽太の祖父の影を追っていたのだ。
 
 
「時折、ふと思い出すのです。馬鹿と血の気が多い奴に竹刀は保たせられない、という篠原先生の言葉を。息子達が荒れ放題になった時に、十年以上も前に結んだ婚約の事を思い出しました。もしかしたら、篠原先生の血を引く貴方なら何とかしてくれるんじゃないかと思ってしまって…」
 
 
 向けられる視線が苦しい。期待に息が詰まる。硬直する陽太を見つめて、美濃昭範が深々と頭を下げた。
 
 
「月乃さんには本当に迷惑な事をお願いしている解っています。ですから、もし月乃さんがこの三人のうち誰も選べないようであれば、はっきりと言って頂ければと思います。その時は、この美濃家は私の代で潰す覚悟です」
 
 
 何十歳も年下の相手に対して、心の底から懇願している声音だった。美濃昭範の沈痛な覚悟に、陽太は返す言葉もなく押し黙った。
 
 
 頭を下げる父親を、空介が表情もなく見つめていた。その顔は、紙のように真っ白だった。
 
 

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Published in きみすき

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