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14 本当じゃないから

 
 ごめんなさい、嘘です。空介とだけ仲良くしたいとか嘘です。全人類みんなと仲良くしたいです。今この瞬間心からそう思います、激マジで。
 
 これぞ憧れの壁ドンとやらを現在進行形で体感中です。だが、陽太の身体を壁に押し付けて、壁ドンをしているのは紛れもない女子だ。
 
 緩くパーマをかけた茶髪を肩のラインで切った女の子が陽太を間近で睨み付けている。ややキツい顔をしているが、今時のそれなりに可愛い部類の女の子だ。正直、ちょっと化粧が濃すぎる気がしなくもないが。
 
 この子の名前は何だっただろうか。朝、空介と同じクラスに入ってから怒濤のような時間を過ごしていたから覚えていない。
 
 転校生として担任に紹介された時に、男子達から「美少女キタァアァー!」と悲鳴を上げられて半笑いになったのは覚えている。その後は四方八方から矢継ぎ早に質問が投げ掛けられた。
 
 
「彼氏いるの!? 好みのタイプは!?」
「付き合いたいんだけど! マジ付き合いたいんだけど!」
「好きな動物は? 食べ物は? 好きな部位はぁ!?」
 
 
 好きな部位って何だ、部位って。あえて言うなら、尻かな。まるまるプリプリした尻を見ちゃうと、うっかり下半身滾っちゃうなエヘヘ★ とか答えてやろうかと思うくらい、休憩時間中は質問責めにあっていた。
 
 気付けば、いつのまにやら昼休憩の時間だ。周りからの熱視線が気になって、落ち着いて授業を受けることすら出来なかった。
 
 昼休憩になった瞬間、斜め前に座っていた女の子に腕を掴まれて、無理矢理体育館の裏まで連れてこられた。そうして、今こうやって壁ドンを食らう羽目になっている。
 
 女の子はチッとこれ見よがしに舌打ちをすると、ぐいっと顔を寄せて来た。首筋から甘い花の香りがする。
 
 
「あんたさぁ、グースケとどういう関係?」
「ぐ、グースケ?」
「グースケはグースケよ。美濃空介」
 
 
 あぁ、空介だからグースケ、なるほどー。と一人納得していれば、再び舌打ちが零された。
 
 
「で、どういう関係? 今日一緒に登校してきたでしょ」
「あ、あの…いまお家にお世話になっていて…」
「はぁ!?」
 
 
 まるで喝でも入れるような声に、びくっと肩が震える。
 
 
「それってグースケとひとつ屋根の下で暮らしてるってこと?」
 
 
 ひとつ屋根の下っていう言葉をよく知ってたな。それって古い言葉っていうか、ほぼ死語な気がするけど。
 
 
「ええと、はい、そうです…」
「はぁぁ!?」
 
 
 本日二度目の喝入りましたー! 何なんすか、もしかして今俺の前にいるのは女子高生の皮をかぶったカミナリ親父とかなんすか。
 
 女の子は、これ見よがしに不機嫌な顔をぐいっと寄せてきた。小さな眉間に深々と皺が刻まれている。
 
 
「あんた、もしかしてグースケのこと狙ってるんじゃないでしょうね」
「え…いや、その…」
 
 
 はい、その通りです! おもっくそ尻を堀り尽くしてやろうと狙っております! 尻だけでなく、穴という穴をガバンガバンにしてやりたいと思っております! と、思わず片手を挙手しながら叫びそうになるのを堪える。
 
 言いよどむ陽太の姿を見て、女の子が顔を不愉快そうに歪める。
 
 
「マジで狙ってるんだとしたら、アタシ、あんたのこと全力で潰すから」
 
 
 潰すとか、昭和のヤンキー漫画の台詞だよ。何なのこの子、女番長か何かなの?
 
 
「あのぅ…えーっと、あなたは空介君とどういったご関係で…」
 
 
 取り敢えず疑問点を一つずつ解決しようと恐る恐る問い掛ける。まさかの彼女だったりしたら、この場で膝をついて泣き咽ぶ自信がある。
 
 女の子はツンと顎を上げると、自信満々な声で答えた。
 
 
「幼なじみよ」
「え?」
「小学校からの幼なじみだっつってんの」
 
 
 あまりにも自信満々だったから、最初は聞き間違いかと思った。だが、耳をそばだてても、聞こえてくる単語は同じだ。
 
 
「…ただの幼なじみですか?」
「ただの、って何よ! 私とグースケは小学一年のときからずっと同じクラスの親友なんだからね!」
 
 
 キィキィと女の子がヒステリックに叫ぶ。
 
 え、何、もしかして幼なじみって彼女以上に重要なポジションだったりしたかな? 生き別れの兄弟とか、前世に約束した夫婦とかそれぐらいの最強キャラだったりしたかな?
 
 というか、この子が空介の言っていた性格がサバサバした女子? サバサバどころか、初っぱなから結構陰湿なことしてますけど…。
 
 はてなマークを浮かべて首を傾げてると、女の子がまた壁へとドンッと手を付いてきた。人生二度目の壁ドンだ。
 
 
「とにかく、グースケの必要以上に近付かないで。あんたなんかにグースケのことが解るわけないんだから」
 
 
 不意に、心臓に拳を叩き込まれたような気がした。あんたなんかに解るわけない。何だよそれ。
 
 
「…私には解らないですか?」
「わかりっこない。グースケは脳天気そうに見えて、今までたくさん辛い思いもしてるんだからね。お母さんが事故で亡くなったり、目が片方見えなくなったり…。あんた、何にも知らないのに、どうやってグースケのこと助けてあげられんの。グースケのこと何にも知らない馬鹿女があいつの見た目だけで寄っていくのって本当にムカつく。だから――」
「あのさ、それ自分で言ってて恥ずかしくならない?」
 
 
 気が付いたら、唇が動いていた。女の子を瞬きもせずに見据えたまま、唇だけ機械になったかのように勝手に言葉を綴っていく。
 
 
「なら、何なんですか。あなたは空介くんのこと全部知ってるって言うんですか? 他人のことを全部知ってるって、あなたは全知全能の神様にでもなったつもりなんですか? ていうか、何も知らない奴が近付くな、って会ったばかりで何も知らないのは当然じゃないですか。だから、知りたいって思うし、仲良くなりたいと思う。それすらも駄目だって言うなら、逆にあなたが空介くんを孤立させようとしてるようにしか聞こえないです。あなた、空介くんを独りぼっちにさせたいんですか? それこそただのイジメですよね。てゆーか、空介くんのことが好きだから近付くな、って脅す方がまだ潔いっすわ」
 
 
 ぺらぺらと唇が滑らかに言葉を吐き出す。あ、女の子に酷いこと言っちゃったヤベェ、と思った瞬間には遅く、女の子の顔が見る見るうちに赤黒く染まっていく。あ、赤鬼だ。
 
 
「あたしがグースケを好きだとか、いま関係ないしっ!」
「いや、関係ありますよ。こうやって呼び出されて、訳のわからないイチャモンつけられてマジ迷惑ですし」
 
 
 やばいやばい、口が止まらない。
 
 
「好きなら好きって、本人に言えばいいじゃないですか。こんなところでライバルに脅しかけるよりも、そっちの方がずっと単純です」
 
 
 陽太のように言えない事情があるわけでもない。むしろ陽太のほうが妬ましいぐらいだ。幼なじみで女の子で、彼女は何の迷いもなく空介と結ばれる事ができる。だけど、陽太にはそれは出来ない。
 
 淡々と告げた陽太の言葉に、女の子は真っ赤な顔をくしゃくしゃに歪めた。
 
 
「うるさいっ! あんたみたいな、男にチヤホヤされてヘラヘラ笑ってる女にそんなこと言われたくないっ!」
 
 
 悲鳴じみた涙声に、一瞬脳味噌がカッと熱くなるのを感じた。こっちだってヘラヘラ笑いたくて笑ってるわけじゃない。笑うしか方法がないから必死に笑っているのだ。こんなのは俺じゃないと叫びたいのに、叫ぶことすら許されないから。
 
 奥歯を軋むほど食い締めて、女の子を睨み付ける。陽太の形相に驚いたよか、女の子が僅かに息を飲んで後ずさった。
 
 
「なに、何なのよ…」
 
 
 怯えたような女の子の声に、返事を返すことすら出来ない。溢れ出しそうな怒号を必死で咽喉の奥に押し止める。ガギッと奥歯が音を鳴らすのが聞こえた。女の子がヒッと咽喉の奥で悲鳴を漏らす。これ以上、この場にいたら自分が何をするか解らなかった。元々、自分が短気で好戦的な自覚はある。
 
 女の子の横をすり抜けて歩き出そうとした瞬間、女の子は陽太が近付いてくると勘違いしたのか、両手で肩をドンっと突き飛ばしてきた。歩き出そうとしていた身体がバランスを取れずに、不格好に壁へとぶつかる。その瞬間、ビリッと布が破ける音が聞こえた。
 
 
「あ…」
 
 
 小さく声を上げたのは女の子の方だった。視線を下ろすと、制服スカートの右太股あたりが縦に大きく裂けているのが見えた。どうやら壁に伝っていた雨どいから飛び出していた釘が引っかかって破けたらしい。
 
 
「え、ぅあ、やばっ…!」
 
 
 破れたスカートの隙間から覗きみえるボクサーパンツを隠そうと、両手で裂けた部分を押さえる。
 
 
「ち、ちがっ……あ、あんたが悪いんだからねっ!」
 
 
 わたわたと慌てる陽太に対して、女の子は捨て台詞を吐いて逃げ去っていった。あぁ、やっぱり典型的ないじめっ子だ…。
 
 
「え、えぇー…これどうすんのさ…」
 
 
 両手でスカートを握り締めたまま、思いっきり途方に暮れる。転校初日だから替えの服なんてないし、そもそも歩いたら思いっきりボクサーパンツ見えちゃうし…。
 
『ビックリ仰天! 転校してきた美少女はまさかの男装趣味!?』みたいに学校新聞にスッぱ抜かれちゃうよ。もっと酷けりゃ『女装してきた転校生 異常性癖から垣間見える現代教育の闇』みたいなシリアスな方向に向かう可能性すらある。
 
 もう最悪な想像しか浮かばない。ずるずると壁を背にして座り込んで、両膝に額をくっつける。
 
 
「…ぁー…水玉の下着はいときゃ良かった…」
 
 
 両親が用意した水玉のブラジャー&パンティー。でも、あれ着たら、マジで玉も竿もボロンボロンはみ出すし、ボクサーパンツ見られるよりももっと最悪な事になってる可能性の方が高い。結局どっちにしても結果はクソだ。
 
 はぁああ、と溜息を大きく吐き出すのと同時に、昼休憩終了のチャイムが鳴るのが聞こえた。くそ、空介の作った弁当食いそこねた。というか、この格好じゃ後の授業も出れないし、夜になるまで待ってコソコソ家に戻るしかない。
 
 
「転校初日で授業サボりとか超印象悪ぃー…。月乃の名前で留年するとか笑えんし…陽太ならともかく…」
 
 
 根が真面目な分、そんな事を考えるだけで胃が痛い。自分の名前に泥を塗るのならまだ良い。だが、月乃に悪い経歴を与えると思うと、それだけで酷い罪悪感がわき上がってきた。そもそも月乃はどこに行ったのか。元気でいるんだろうか。
 
 キリキリと痛み始めた胃を掌でさすっていると、不意に頭上から声が落ちてきた。
 
 
「月乃さん」
 
 
 不意に名前を呼ばれたことに全身がビクッと跳ねた。慌てて顔を上げると、上半身を折り曲げるようにして陽太を覗き込んでいる空介と目が合った。空介がニッと歯を見せて笑う。
 
 
「どうしたの? もう授業始まってるよ?」
「え、あ、空介くんこそ、どうしてここに?」
「月乃さんがいないから探しに来たんだよ。昼ご飯も食べてないし、一緒に出てったのに早苗だけ戻ってくるし。そんで早苗に聞いたら、月乃さんは一人でどっか行っちゃったから私は知らないとかって怒り出すしさ」
 
 
 どうやら先ほどの女の子は早苗というらしい。空介が僅かに肩を竦めて、言葉を続ける。
 
 
「早苗に何か言われた?」
「…ん、んー、特に何も…」
 
 
 別に早苗をかばうつもりはなかった。ただ、正直に話せば、もっとややこしくなりそうな気がして、黙っておく方がマシだと判断しただけだ。
 
 視線を逸らす陽太をじっと見つめたまま、空介は暫く黙り込んだ。まるで真相を探るような沈黙に居心地の悪さを覚える。
 
 膝頭を擦り合わせるようにもぞつかせていると、不意に頭に触れる掌を感じた。空介がぽんぽんと宥めるように陽太の頭を撫でている。見上げると、空介は何も言わずにふにゃりと頬を緩めて笑った。胸の奥にわだかまっていた澱みを柔らかく解きほぐしていくような笑みだ。
 
 
「いつでもいいから」
「え?」
「今じゃなくても、いつでもいい。何か本当に困ったことがあったら、俺が味方だってことを思い出して」
 
 
 昨日聞いた言葉だ。『味方』と呟かれた言葉に、鼻の奥がつんとするのを感じた。
 
 そして、同時に何故だろうとも思った。どうして空介は当たり前のように、そんな優しいことが言えるのだろう。
 
 
「…うん、ありがとう」
「いいえー。てか、そのスカートどうしたの?」
 
 
 側面が縦に裂けたスカートを指さされて、慌てて両手で破けた部分を覆い隠す。まさかボクサーパンツ見られてねぇだろうな…。
 
 
「こっ、転んで、釘に引っかかったの」
 
 
 上擦る声で答えると、空介はふぅんと曖昧な相槌を零した。だが、次の瞬間の空介の行動に、陽太は目を剥いた。空介はズボンに手を掛けると、ベルトを外して一息にズボンを膝下まで引き下ろしたのだ。
 
 
「え、ええっ!」
 
 
 驚いた声を上げつつも、目は完全に下着に釘付けだった。
 
 てか、やべー。下着はトランクス派なんだ。蒸れるのが嫌なタイプかな。つか、猫ちゃん柄の黄色のトランクスとか超絶可愛い。今すぐそのトランクスを引ん剥いて、本物のネコにしてやろうか。
 
 垂れそうなヨダレを抑えるために両手で口元を覆う。そんな月乃の様子がドン引きしているように見えたのか、空介は少しだけ照れたように俯いた。
 
 
「いつもはこんなパンツじゃないんだよ。これは浅海兄ちゃんが買ってきてくれて…」
 
 
 浅海、おい浅海、お前の趣味どうなってんだ。ちょいロリっつうかショタ趣味あるだろ。弟に可愛い下着買い与えるとか比類なき変態じゃねぇか。まじグッジョブ。
 
 にやにやが止まらず、口元を押さえたまま肩を小刻みに震わせていると、膝頭にふわりと脱ぎたてのズボンがかけられた。
 
 
「サイズ違うと思うけど、これ履いて」
「え、空介くんは…」
「俺は男だから別にパンツ一丁でも平気。教室戻ったらジャージもあるからさ」
「でも…」
「いいからいいから。早く履いて。そんでそのスカート頂戴。縫ってくるからさ」
 
 
 裁縫まで出来るんかい。まじで嫁要素強すぎだろ、この子。今すぐにでも結婚したい。そして、初夜を迎えたい。
 
 促されて、躊躇いながらも空介のズボンを履く。ふんわりと柔らかい体温が布を通して伝わってくる。ベルトまで締め終わると、破れたスカートを脱いで空介へと手渡した。
 
 
「ん、じゃあ、すぐに戻ってくるね」
 
 
 スカートを受け取ると、空介は軽やかな足取りで走り出した。その背へと慌てて声をかける。
 
 
「あの…!」
「ん?」
「あの…なんで、こんなに優しくしてくれるの?」
 
 
 口に出した瞬間、その質問が酷く傲慢に思えた。不意に込み上げた羞恥心に思わず俯く。だから、その時の空介の表情は解らなかった。
 
 
「本当じゃないから」
 
 
 え、と顔を上げた時には、もう空介は背を向けていた。パンツ一丁で遠ざかっていく背中を見つめる。本当じゃない、という言葉の意味が解らず、陽太はしばらく空介が去って行った方をぼんやりと眺めた。
 
 

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Published in きみすき

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