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04 くそったれ暴力 *暴力表現有

 
 暴力とは熱病だ。
 
 身体全体を熱が支配して、魘されるように腕や足が勝手に動く。頭は朦朧として、何処からが善悪か、セーフかアウトか、自分か他人か、区別を付かなくさせる。残忍な事を残忍だと思えなくさせる。暴力のリミットを外すのは酷く簡単で、外した瞬間は、自分がまるで暴力の権化のようにも感じる。俺は暴力、俺は暴力、俺は暴力、
 
 
「俺は、暴力!!」
 
 
 喉から引き連れた叫びをあげて、振り上げた右拳を地面に倒れた男の左頬に叩き付ける。ゴギッ、と嫌な音が聞こえて、固い頬骨が砕けるのを、拳に巻き付けた時計越しに感じた。その感触に、一瞬、皮膚がぶわっと粟立って震えた。男がぎゃぎいいぃ、と奇妙な悲鳴をあげて地面をのたうち回っているのを視界の端に収めながら、盤面にヒビの入った時計を、あーあ、と眺める。
 
 
「三百万のロレックスが台無しにしよって、御前弁償せぇや弁償」
 
 
 砂埃立て機と化した転がる男を、つま先でとめて、その腹を振り上げた右足で「せぇーの」と掛け声をあげて蹴り上げる。内蔵がぐちゃりと潰れる感触があって、男の口からまるで噛み潰したトマトのような血反吐がごぼりと吐き出された。地面に吐き散らかされる赤を眺めて、頬が痙攣するように笑みを刻む。
 
 
「ミツル、アンデルセン用意せぇや。ナポリタン食えるで」
「それ言うたら、アルデンテやろうが阿呆」
 
 
 ふとっちょ男の顔面に、飛び蹴りを食らわせながら、ミツルが酷く冷静な声で返してくる。そのギャップもまた面白くて、俺はギャギャギャと狂った鳥みたいな声をあげて笑った。コンクリートの壁にへばりついている男が怯えた眼差しで、俺を凝視している。男を見据えて、唇を引き裂くように哂えば、男の膝がカクリと折れて、ずるずるとへたり込んでしまった。そいつからしてみたら、今の俺は悪魔みたく見えるんだろうかと夢想してみる。俺は暴力、俺は悪魔、どちらにしても所詮は悪だ!
 
 
 へたり込んだ男の左コメカミを、つま先で横なぎに蹴り飛ばす。男は、まるでネジの切れた人形のように抵抗すらしない。男の黒目がぎゅるんぎゅるんとスロットのように回って、最終的に剥かれた白目に呆気なさを感じる。抵抗を止めた人間なんて、ホイホイに捕まったゴキブリ並みに無価値だ。
 
 
 殴ることの無常さに浸っていると、背後から「ヴわああぁぁぁ」なんて惨めったらしい声を上げながら、鶏冠のように髪の毛を逆立てた男が突進してきた。金色に染められた鶏冠が真っ黒な眉毛とどうにも不釣合いで、俺はその不細工さに哀れみすら感じりもした。一応。だけど、悪に立ち向かってくる姿勢はオーケィだベイビー。高揚が頭蓋骨の内側で弾ける。まるで無数の風船が破裂するような感覚だと思った。パァンパァン、風船が割れる音と銃弾が放たれる音に違いは? 然程大差はない。俺の脳髄はカーニバル、ファンファーレ、そしてゴッドファーザー!
 
 
「ハッハァ!」
 
 
 咽喉から一息に哂い声が溢れ出した。右足踵を重心に、身体をぐるりと反転させる。鶏冠頭と向かい合う形になれば、射程距離内に入る直前、一気に上半身を屈めた。ちょうど男の構えられた両腕の下に潜り込むような形。罅割れたロレックスをぎゅっと握り締め、すーっと大きく息を吸い込んで、一気に拳を振り上げて叫んだ。
 
 
「しょーりゅーけーん!!」
 
 
 スト?の必殺技、あれスト?だったっけ? まぁどっちでもいいや。真下から突き上げるようにして振り上げた拳は、鶏冠頭の下顎にクリティカルヒットした。鶏冠頭の顎がゴキリと音を立てるのが聞こえて、両鼻から鼻血をぶっと噴き上げながら倒れるのが見えた。ついでにロレックスの盤面がとうとう割れた。中の秒針が二本とも外れて、どこぞへ吹っ飛んでいってしまう。本当ならふざけんじゃねぇといきり立ってるとこだけど、今の俺はとてつもなく爽快な気分だった。
 
 
「アイ、ウィン! ハッハッハァ!」
 
 
 ポーズ付きで勝利を宣言してみる。腰に両手を当てて、高笑いを上げるとなお楽しかった。人を殴ってこんなに愉快に笑えるなんて、やっぱり俺は暴力の権化としか思えない。ミツルが残った最後の一人を殴り倒して、眉を顰めて俺を見る。
 
 
「阿呆か二郎。何スト?ごっこしとんや」
「いやぁ、俺今なら波動拳も出せそうな気ぃするわ」
「出してみぃや、ボケ。つぅか、誰のせいでこんな喧嘩しとんか解っとるんか」
「ミー?」
「死ね」
 
 
 辛辣なミツルの言葉を聞き流しながら、左右を見渡す。ざっと七人の白の詰襟がそれぞれの体勢で倒れている。校舎の壁に寄りかかったり、木に抱き付いたり、地面に突っ伏したり、二人折り重なったり、まあいろいろ。
 
 
 それにしても、どうして不良っていうのは校舎裏が好きなんだろうかと言うことについて、俺は至極真っ当に考えたりもする。場所にバリエーションを持たせる気がないのだろうか。自分達には、こんな薄暗い場所がお似合いだとでも思い込んでいるのだろうか。だから、こんな風に簡単に居場所を特定されて、こんな風に俺に痛めつけられたりするんじゃないだろうかねぇ。
 
 
 そんな事をひしひしと考えながら、最後にアッパーを食らわせた鶏冠頭へと近付いていく。比較的一番ダメージが少ないし、比較的一番意識がハッキリしてそうな気がする。地面を転がりながら、ヴぅ、ぐぶぅ、と豚のように喚いている男をつま先で転がして、仰向けにしてやる。男の目が強く怯えを宿しながらも、俺を睨み付けてきた。
 
 
「なぁなぁ、落ち着いて、おんこーに話しあおうや」
 
 
 男は、一瞬俺の言った温厚の意味が解らなかったらしい。一瞬眉を顰めて、それから鼻血にまみれた唇をぐっと引き結んだ。
 
 
「いぎなり゛、殴り、ががってきて、何言っで、やがる」
「そっちこそ何言うとんや。俺は初めに『御前らに聞きたいことあるんやけど、俺んちの周りうろついとる、ガキみてぇな顔した池森生知らん? 俺の堪忍袋が切れる前に教えぇや、はいワン・ツー・スリー』ってちゃんと言ったやろ?」
「スリー、で、殴りかがっどだら、意味ない゛だろ、うが」
「そんなん、御前らが喋るのが遅いんが悪いんやろうが」
「無茶苦茶、言う゛な」
 
 
 埒の明かない会話に、段々苛々してくる。つま先で足踏みしながら、両腕を組んで鶏冠頭を見下ろす。
 
 
「で、知っとるんか。知らんのんか」
「ぞんな゛、情報でわがるかヴォケえ」
 
 
 ぷちん、俺は俺の堪忍袋の尾が切れる音をはっきりと聞いた。その音と同時に、ぐちゃん、と果実が潰れるような音も一緒に聞こえた。鶏冠頭の鼻面に、スニーカーの踵が叩き下ろされていた。鶏冠頭の鼻がポッキリと右側に折れているのが見える。一呼吸遅れて、鶏冠頭の汚物じみた悲鳴が聞こえてきた。
 
 
「ゲ、ゲぎぃいいア、ア゛あぁぁ゛!!」
「鼻折られた程度で、ぎゃんぎゃん喚いてんじゃねぇよ」
 
 
 吐き捨てながら、その劈くような悲鳴に顔を顰める。足元からゴルフボールぐらいの石ころを拾い上げて、地面で暴れ狂う鶏冠頭の奥歯辺りをめがけて突っ込む。奥歯に噛ませた石ころは、案外具合が良かった。途端、鶏冠頭はきょとんとした目で俺をじっと眺めた。どうして口が閉じれなくなったのか不思議だと言わんばかりの眼差しだった。
 
 
「はい、デンティストターイム」
 
 
 バルタン星人のように両手をピースの形にしながら、間延びした声で宣言してみる。鶏冠頭は相変わらず現状把握出来ていない表情で、俺を見上げていた。
 
 
「これはクイズ形式でーす。無条件で全員参加でーす。俺の質問はたった一つでーす。答えられなかったら、こいつの歯が一本ずつ消えてなくなりまーす。レッツ・イリュージョン!」
 
 
 唐突に始まった戯言のようなゲームに、鶏冠頭が目を丸くしている。ミツルは、これから起こることを理解しているのか、何とも不愉快そうな面をしていた。
 
 
「はい、じゃあ、そこの金髪くん! 俺のうちの周りをうろついてたガキみてぇな顔した池森生とは誰でしょーか!?」
 
 
 地面に突っ伏すようにして倒れていた金髪頭を、指差してクイズを出してみる。ミツルが金髪のこめかみをつま先で軽く突付いて、無理やり覚醒を促す。金髪は、俺の質問を理解していないのか、そもそもゲーム自体が始まっていることに気付いていなかったのか、うろたえるように左右を見渡したまま口篭った。
 
 
「ブッブー、時間切れでーす。ペナルティ、いっぽんめー」
 
 
 開きっぱなしの鶏冠頭の口に、手を突っ込む。涎がべとりと手に付くのは何とも不愉快だったけど、何とか我慢した。俺って我慢づよーい。人差し指と親指で、左上の前歯をぐっと掴む。しっかり掴めたと思ったら、そのまま一気に手前側に引っ張った。
 
 
「が、ががっがががががががががっ!!!」
 
 
 聞きようによっては工事ドリルのような音が鶏冠頭の咽喉から迸る。痛みを訴えたいのに、口が開ききっているからまともに叫ぶことすら出来ないんだろう。悲鳴すらあげられない痛みは、ひたすら体内に蓄積されていくだけで発散されることはない。見開かれた鶏冠頭の眼球から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出している。その涙から目を逸らして、ぐりぐりと歯を上下左右に無茶苦茶に動かす。歯肉と深く繋がった歯は、思いっきり揺さぶるとギチギチと軋むようにぐらついた。歯茎と歯との間にできた隙間から、じわりと血が滲み出ているのが見えた。しかし、歯が抜けることはない。
 
 
「みつるぅー、抜けんー」
「頑張れや」
「頑張っとるわ」
「じゃあ、もっと頑張れや」
「役に立たん意見やのー」
「手で抜けんのんなら、ナイフでも使って抉り取れや」
 
 
 可愛い面して、俺以上に残虐な事を言うから怖い。ミツルが地面に転がった不良の手元近くにある飛び出しナイフを拾い上げて、俺へと放り投げる。それを片手で受け取って、刃を飛び出させると、それまで絶え間なく続いていた鶏冠頭の悲鳴が止まった。顎まで涎でびちゃびちゃに濡らしたまま、ナイフの刃を凝視している。
 
 
「ちょお痛いかもしれんが、我慢しぃや。ほんのちょっと口ん中が抉れるだけや。ほんのちょーびっと」
 
 
 見せつけるようににっこりと笑えば、鶏冠頭の咽喉仏がひくりと上下した。鶏冠頭は、殆ど放心状態に陥っている。尖った刃先を開ききった咥内へと差し込んで、上側の歯茎へとゆっくりと突き立てる。血がピュッと噴き出して、手の甲を濡らす。そのまま歯茎と歯を断絶させようと刃先をぐりりと捻ると、歯肉にぽっかりとしたクレバスが開いた。開いた傷口から覗く肉は、歯茎よりもよっぽど鮮やかなピンク色だ。そのピンク色に一瞬見蕩れていれば、不意に鶏冠頭がカッと目を見開いて暴れだした。駄々っ子のように四肢をばたつかせる。
 
 
「がぎ、ぎぎいいいいいいい゛いぃぃい゛いい」
「あーもー暴れんなや。歯だけやのうて鼻までなくなるで」
 
 
 そう諭しても、鶏冠頭は恐慌状態のまま暴れ続けた。だからって、口からナイフを引き抜いてやるほど俺はお人よしでもない。ぷつり、と刃が鶏冠頭の口角を滑るのが見えた。頬肉が内側からビリビリと切り裂かれていく。それは殆ど一瞬のことで、気付いた時には鶏冠頭が口裂け女になっていた。いや、口裂け男? 片方だけだから、半口裂け男? 半分ほど千切れた頬肉から、ぼたぼたぼたっと血が落ちる。それを見て、鶏冠頭が唖然と動きをとめた。自分の頬に掌を当てて、パックリと裂かれた傷口を人差し指で弄くって確かめている。
 
 
「あーあ、口裂け男になってもうた」
 
 
 ぽつりと零す。数秒の沈黙の後、堰を切ったように鶏冠頭がほろほろと涙を零し始めた。きっと消えることのないその傷は、一生鶏冠頭の人生について回る。大学受験でも、就職活動でも、女と寝るときも、子供が生まれたときも、死ぬときまで、鶏冠頭から離れることはないだろう。ある意味、一生の呪いを今このとき刻まれたわけだ。大量の血が鶏冠頭の頬から流れ出ている。きっとこのまま放っておけば失血死ぐらいするのかもしれない。だが、鶏冠頭は死の恐怖よりも悲しみの方が勝っているのか、止血すらせず、ひたすらすすり泣いている。高校生にもなった男が子供のようにぽろぽろと泣いている姿は、ある種滑稽だった。
 
 
 悲しげなその姿に、俺は罪悪感を感じ、ない。俺は、この町の人間に一切の同情を抱かない。子供を授かったばかりの妊婦の腹を蹴り飛ばそうが、幸せな家族の生活をずたずたに引き裂こうが、俺は何とも思わない。善意も悪意も踏み躙って生きていくと決めている。何故なら、この町の人間は、俺の敵だからだ。俺は俺の敵に対して、一切の感情移入をしない。だから、目の前の鶏冠頭の人生がめちゃくちゃになろうが、そんな事は俺には関係ない。どーでもいい。
 
 
 一度兄貴に言われたことがある。御前の暴力には、理由がない。根拠がない。理屈がない。って。でも、暴力に理由なんか必要なのかって俺は思う。どうして、誰かを殴るのに、いちいち理由を付けなくてはならないのだろうか。どんな理由をつけたって、どんな言い訳したって、所詮暴力は暴力じゃないか。残るのは痛めつけられたって結果だけだ。そこにいちいち理由を添える必要性を俺は感じない。俺は、殴りたいから殴る。この町の人間が大嫌いで大嫌いで、この町ごと爆弾で吹っ飛べばいいって思うくらい嫌いだから殴る。殴る相手に、個々の個性は存在しない。俺はこの町の人間一人一人が、この俺の大嫌いな町を形作っているパズルのピースにしか思えない。そのピースを殴り飛ばすのに、嫌いっていう感情以外何が必要なんだろうか。
 
 
 泣きじゃくる鶏冠頭の髪の毛を鷲掴んで、再び咥内にナイフの切っ先を突っ込もうとしたとき、背後から悲鳴じみた叫び声が聞こえた。
 
 
「もう、やめてぇや!」
 
 
 体躯の小さいチビ男が地面を這いずりながら、今にも泣き出しそうな顔で俺を見詰めていた。鶏冠頭の仲間、つまり俺の敵。敵の言葉には普段耳を貸さない俺だけれども、その切羽詰った様子に少しだけ興味を惹かれた。掌の中でナイフを転がしながら、チビ男へと首を傾げる。
 
 
「何やぁ?」
「頼むけぇ、お願いやけぇ、もうカッちゃんイジメんのやめてぇや。こんなん酷すぎる」
「じゃあ、御前こいつの、カッちゃんの代わりになったれや。御前でこのゲームやったってええんやけぇの」
 
 
 途端、チビ男は息を呑んで黙り込んだ。その様子を、俺はせせら笑う。結局自己保身に走るぐらいなら、始めっから言うなっつーの。唇の端を歪めていると、チビ男が早口で喋り始めた。
 
 
「あ、あんたの言うとった奴、もっとヒントくれたら解るかもしれん。俺、校内にようけ知り合いおるし、解ったら、もうええんやろ? 帰ってくれるんやろう?」
「うん、帰っよ」
「俺、俺、がんばって答えるけぇ、カッちゃん放したって。このままやと、カッちゃん死んでまう」
 
 
 血を垂れ流し放題な鶏冠頭ことカッちゃんの顔色は、既に真っ青になっていた。身体から力が抜けて、だらりと壁に凭れ掛かっている。その姿を苦笑半分で眺めて、それからチビ男へと視線を戻した。
 
 
「ええよ。でも、ちゃんと答えられんかったら、御前ら全員皆殺しな」
 
 
 笑顔で告げた瞬間、周りの男達の身体がびくりと跳ねるのが見えた。唯一ミツルだけが校舎の壁に凭れたまま、溜息を吐いている。カッちゃんから手を放せば、途端倒れていた男達がカッちゃんを取り囲むように動き出した。肩を揺さぶりながら、「カッちゃん、しっかりしぃ。死んだらあかん」と泣き出しそうに声を掛けている。友情麗しき男達の命を背負って、チビ男が緊張の面持ちで俺を見上げる。
 
 
「ガキみたいな顔以外、な、何かないんですか。髪の色とか、もっと詳しい顔立ちとか」
「どうやったっけぇ。髪の色は、黒やった。顔は、何か可愛い感じの、あれ、あれ、ジャニーズみたいな、女と区別つかねぇ感じ。ミツルほどやないけどなぁ」
「うっせぇ二郎、ぶっ殺すぞ」
 
 
 顔立ちのことを言われるのをミツルは酷く嫌っている。眉間に深く皺を刻んで、ミツルは俺を睨み付けた。
 
 
「そんで、気弱そーな感じ。俺が怒鳴ったら、すぐに逃げよったし」
「か、かわいくて、気弱な感じ。そ、それから」
「あ゛ー、他なんかあったっけ?」
「カバン」
 
 
 ミツルへと投げかければ、酷くそっけない声が返ってきた。
 
 
「カバンん?」
「カバンに、く~たんの人形がついとった。限定品のピンクの奴」
 
 
 く~たんは、最近女子高生に人気のクマ型キャラクターだ。目がきゅるんきゅるんな黄色いクマがウサギやネコの気ぐるみを着ているのが特徴で、俺にしてみれば食った獲物の毛皮を着ている悪趣味なキャラクターとしか思えないのだが。その無邪気さが女共の琴線を刺激しているのか、く~たんグッズは好調に売り上げを伸ばしている。それにしても、あの一瞬でミツルはカバンについてる人形まで把握していたのかと思うと、自分の弟ながら天晴れと思う。しかしながら、顔がそこそこ可愛いと言っても男がく~たんグッズを持っているのは、正直気味が悪い。女でも、ぶってんじゃねぇよ、と張り倒したくなるのに、男だと、手前タマついてんのかよ、と股間を蹴り上げたくなってしまう。
 
 
 一頻り嫌悪に身体を震わせていると、チビ男がぽかんとした顔で「ああ」と声を上げた。
 
 
「そんなら、それユキちゃんやわ。く~たんの限定グッズ当たって言うて、前喜んどったけぇ間違いないわ」
「あのさぁ、そのカッちゃんとかユキちゃんとか、御前ら恥ずかしくねぇの?」
「…な、何がですか」
「何男同士でちゃん付けとかしとるんか、俺には全く理解できん。しょーじきキモい。まじキモい。弱いもんが集まって、べたべたべたべたしよって、お互いをちゃん付けとかうざったいにも程がある。俺やったら恥ずかしくて、舌噛み切って死ぬわ」
 
 
 つらつらと吐き出してやれば、チビ男の顔が固まるのが見えた。そうして、悔しそうに下唇をギリリと噛み締めて、俺を睨み付けた。
 
 
「…あんたには、わからん」
「あ゛ぁ?」
「友達おらんあんたには、一生わからん。この町でひとりぼっちの、『―――』なんかに」
 
 
 咄嗟に足が動きそうになった。爪先でチビ男の顎先を蹴り飛ばそうとしたが、その足はミツルの手によってとめられた。太腿を掴むミツルの手を眺めて、発露出来なかった衝動が体内で滅茶苦茶に暴れ狂うのを感じた。
 
 
「何でとめるんや」
「御前、殺してまうで」
 
 
 ミツルの言葉に、チビ男が怯えたように身体を縮こませるのが見えた。俺から距離を取るように後ずさっている。俺は、チビ男との距離を目で測りながら、どうやってこのチビを痛めつけてやろうか頭の中で想像を巡らせる。ナイフで指全部もいで、ドラえもんにしてやろうか。それとも、鼻と耳を削いで、付け替えてやろうか。だけど、そんな愉しい想像はすぐに空中に霧散してしまう。俺は、傷付いてた。
 
 
「そんで、ユキちゃん言うんはどこにおるんや」
 
 
 平静なミツルの声に、チビ男が怯えながらに答えている。俺は、じくじくと痛む心臓辺りを右手で押さえながら、浅い呼吸を繰り返す。動悸が激しい。こめかみがドクドクと暴れるように脈打っているのを感じる。気付いたら、血の跡を残して不良共は全員消えていた。ミツルが追い払ったのだろうか。ミツルがじっと俺の顔を見上げていた。
 
 
「二郎、やりすぎや。やけど、あいつら最後にろくでもない事吐いたけぇ、これでお互い様や」
「―――何が言いたいんや」
「御前がそない顔する必要ない」
 
 
 軽い手付きで頬を叩かれる。俺は、自分が酷く情けない顔をしてる事にはじめて気付いた。気付いた瞬間、堪らなくなった。そうして、チビ男に言われた言葉が矢になって俺の心臓に突き刺さってくるのを感じた。
 
 
 『ひとりぼっちの、【ミミズ】なんかに』
 
 
 チビ男は、俺のことをミミズだと言った。それは慣れ親しんだ俺の侮蔑の名だ。俺が六歳の時に、町の連中から俺に与えられた蔑称。その名前で呼ばれる度に、俺の心臓は杭でも刺されたかのように痛む。地獄の釜が蓋をあけて、真っ暗な記憶の中へと俺を引き摺り込む。
 
 
「あいつら、俺のこと馬鹿にしとんのや。俺のことビビっとるフリしながら、腹ん中ではずっとずっとミミズ思うて馬鹿にしとったんや。嘲って、影で笑っとったんや。全員ぶっ殺したやる、絶対、絶対絶対」
「落ち着けや二郎」
「あない名前付けられたん、全部あいつらのせいやないか。全部全部、この町の連中が悪いんやないか。俺のせいやない。何で、何で俺があないクソみたいな名前で呼ばれんにゃあかん。何で、何でや、何で」
「そうやな、それは御前のせいやない。頭可笑しい阿呆共が御前を土ん中埋めたんが悪い」
 
 
 土の中、という言葉に、一瞬目の前が真っ暗になる。頭の上から掛けられた土の感触を、俺は今でも忘れられない。
 
 

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Published in 凶暴三兄弟

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