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09 瞳さんの人生訓

 
 朝起きると、頭と腰に、四本の腕が絡まっていた。ぎゅうぎゅうと押し潰されているのが息苦しくて我慢ならない。犬のような唸り声を上げながら身じろぐと、四本の腕が微かに緩められた。
 
 顔を上げると、兄貴の淡白な寝顔が見える。兄貴の両腕は、俺の頭を宝物みたいに抱えていて、何だか照れくさい。色気はないが端正な顔立ちだと思う。物に例えるなら精密機械。心臓は金属製。頭はスーパーコンピューター。兄貴だったら目からレーザービームを出しても、俺は驚かない自信がある。
 
 肩越しにちらりと背中の方に視線を向ければ、今度はミツルの寝顔が見えた。女の子みたいに細い腕が俺の腰を抱き締めている。何こいつ、俺のことぬいぐるみとでも思ってんのか。ミツルがぬいぐるみを抱き締めて寝ている姿なんて、はまりすぎてて笑えない。ロリコン野郎が泣いて悦びそうな光景になりそうだ。
 
 で、何で俺は、前と後ろを自分の兄弟に囲まれているわけなんですかね。此処俺のベッドじゃね? 寝ぼけ? それとも、アレですか? 夢遊病ですか? 良い歳した男兄弟が三人仲良く同じベッドでイチャイチャおねんねとかキモ過ぎる。しかも、近隣に名を轟かせる凶暴三兄弟が。
 
 俺はぐにゃぐにゃとタコみたく身体を動かして、前門の虎 後門の狼から抜け出すことに成功。虎と狼はまだ眠りこけていて起きる気配がない。
 
 朝日が射し込んでくる窓の方から、バタバタと何かがはためく音が聞こえる。窓を開いて、二階の窓から庭を見下ろすと、ピンクのエプロンを身に付けた瞳さんが洗濯物を干しているところだった。
 
 
「瞳さん、おっはー」
「おっはー、じろたん。良い天気だねー」
 
 
 瞳さんが俺のパンツを洗濯バサミでとめながら、二階の俺を見上げて、へらっと笑う。真っ白なシーツが風にはためいている。
 
 
「ハジメくんとみったんは起きたー? あと、その部屋のシーツだけなんだけどー」
「まだ起きとらんけぇ、ここのシーツはええよ。俺が今度洗っとく」
「そう、ならよろしくー」
 
 
 瞳さん独特の鼻がかった間延びした声が俺はすきだ。何だか時間が緩やかになって、世界中の花がパァっと開いたような感覚に襲われる。こういうところが親父も好きだったんだろうと、俺は今になって親父が瞳さんを愛人にした理由を理解したりする。理解したからってどういうわけでもないけど。
 
 
「みんな、仲良いよねー。いっしょのお布団で寝てるんだもん、あたしビックリしたー」
 
 
 俺は思わずズッコケそうになる。同じベッドで男兄弟がくんずれほんずれになって寝てるのを見られたのか、嘘、マジで、超はずかしー。
 
 
「仲良うないわ。なんか起きたら、こいつらが勝手に入っとったんやもん。夢遊病と違うんか」
「むゆーびょー? あたし、バカだからわかんないやー」
 
 
 あははと笑いながら、自分のことを馬鹿だとあっさり言い切ってしまう瞳さんに、俺は和まされる。何だろうコレ。動物園のふれあいコーナーで、ふわっふわなモルモットに膝に乗せてるときのような気分。窓枠に肘を付いたまま、俺はへらへらと締まりなく笑う。
 
 
「うーん。でも、きっと、ハジメくんもみったんも、じろたんのこと心配してんだよー」
「はぁ、心配?」
「だって、じろたん姫ちゃんのこと大っ好きでベッタベタだったじゃないー。姫ちゃん死んじゃったから、じろたん寂しくないように傍にいるんだよー」
 
 
 瞳さんの指摘に、俺は眉根を寄せる。他愛もなく涙腺が緩みそうになったのは秘密だ。確かに姫子が死んでから、ずっと兄貴かミツルのどっちかが俺の傍に付いている。それがもし俺への気遣いだったんなら、俺はこのままベッドにダイブして兄貴とミツルに頬擦りしてしまいそうだ。
 
 
「じろたん、愛されてるんだよー」
 
 
 最後のとどめの言葉に、俺はうっと呻く。涙腺の膜が破けて、ぼろりと大粒の涙が零れた。空から降ってきた液体に、瞳さんが「あめー?」と間の抜けた声をあげる。俺は、表面張力になっている涙を掌で急いで拭った。
 
 
「うっさいわ、瞳さん何言うとんや」
「だって、大事なことじゃないー。人生に必要なのはね、快楽と愛のみなのよー。それさえあれば、あとはドントウォーリー、ビーハッピー」
 
 
 瞳さんの大好きな人生訓に、俺は少しだけにやっと笑う。瞳さんも、にやっと笑い返してくる。
 
 
「俺、瞳さんのそういうとこ好きやわー」
「あはは、セックスするー?」
「せんよー」
「けちー」
 
 
 そんな事を言いながら、瞳さんは空っぽになった洗濯カゴを抱えて家の中へと戻って行く。その途中、ふと視線を上にあげた。悪戯っぽい眼差しだ。
 
 
「ハジメくんとみったん、もう起きてると思うよー」
「はぁ?」
「おねーさんは、お見通しなのさー」
 
 
 ふふ、と瞳さんが意味深な含み笑いを残していく。ベッドの軋む音に振り向くと、兄貴とミツルが上半身を起こしていた。二人とも、顔面に何とも言えない表情を滲ませている。
 
 
「お前ら起きとったんか?」
「…」
「つぅか、寝たフリしとったんか? なんでや?」
「…」
 
 
 黙ったまんま何も答えやしない。ミツルはバツが悪そうに後ろ頭を掻いている。兄貴は目頭を押さえている。何だこいつら。その時、階下から「朝ごはんですよー」と瞳さんの声が響いてきた。そそくさと兄貴とミツルは、部屋から出て行ってしまう。ほんと、何だこいつら。
 
 

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Published in 凶暴三兄弟

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