Skip to content →

11 選択を迫られる *R-15

 
 結局、それから夕方まで白のBMW探しを続けたが、見つかることはなかった。九月になると、もう日が沈むのも早い。直ぐに辺りが真っ暗闇に包まれて、見えなくなる。一日中車を運転したせいか、兄貴が頻りに目頭をもんでいる。窓枠に顎を乗せて、俺は気だるさにぐったりと身体の力を抜いた。何故だか、胃袋の辺りがずっともやもやしている。
 
 深々と溜息を吐き出すと、隣から兄貴が声を掛けてきた。
 
 
「二郎、帰るか?」
「白のBMW見つかるまで帰らん」
 
 
 駄々を捏ねた言葉に、兄貴が呆れたように首を左右に振る。たったそれだけの仕草にも、俺の心は容易く傷付く。心が豆腐にでもなってしまったみたいだ。違う、俺の心はずっと豆腐だった。潰されたくないから、豆腐は周りの人間を殴るんだ。俺は暴力で武装した豆腐だ。
 
 
「見付からんもんはしゃあないやろうが。もしかしたら、この町の人間やないかもしれん」
「やったら、他の町に行って探す」
「阿呆言うな。興信所にでも何でも頼んで探させた方がよっぽど効率的や」
「効率の問題やない! 気持ちの問題や!」
 
 
 兄貴の冷静な口調に、唐突に脳味噌が沸騰した。奥歯をギリギリと噛み締めながら、兄貴を睨み付ける。
 
 
「俺は、姫子のことを他人任せにするつもりなんかない。俺の姫子や。俺の姫子やったんや」
「知っとる」
「知っとらん! 兄貴は何も解っとらん!」
「落ち着けや二郎」
「姫子殺した奴が見つかるまで、俺は帰らん! 姫子みたいに足ぶち切って、頭に棒刺したる! 俺の姫子返すまで、絶対に殺した奴のこと許したらん!」
 
 
 無茶苦茶なことを言ってる自覚はあるのに、言葉が抑えられない。肩で息をして、唾で濡れた唇を手の甲で拭う。兄貴はいつもと変わらない冷めた眼差しで、俺を見ていた。その眼差しに、段々心が凍えて行く。兄貴は黙ったまま、車を薄暗い路肩に止めると、煙草を口に咥えて火をつけた。暗闇に紫煙が浮かび上がる。煙草の臭いが満ちる車内に、沈黙が流れる。兄貴は怒るわけでも宥めるわけでもなく、俺の存在を無視するかのように暗闇をじっと見つめている。
 
 
「―――俺は人の痛みが解らんのんやない」
 
 
 震える唇が言い訳じみた台詞を紡いだ。情けないことに、俺は、あの小さな女の子に言われた言葉をまだ気にしているのだ。異常者だと言われた。俺は異常者なんだろうか。そんな自問自答がぐるぐると回り続けて、胃もたれに近い状態にまで陥っている。
 
 兄貴は、酷く淡々とした声で返した。
 
 
「そうか」
「俺は異常者やない」
「そうか」
「俺は、悪うない」
「そうか」
「何で、兄貴何も言ってくれんのんや」
 
 
 暗闇の中、その言葉の頼りなさに語尾が震えた。つれない兄貴の返事に、俺は泣き出しそうになる。
 
 
「俺も、よう解らんくなってきた」
「何がや」
「誰が悪いか」
 
 
 俺は面食らった。兄貴が俺を否定してくるとは思ってもいなかったからだ。兄貴は、俺が本当に傷付いているときは、絶対に受け止めてくれる。そう信じていたからこそ、この一言は俺を驚かせた。
 
 
「兄貴は、俺が悪い言うんか」
「そうは言うとらん。やけど、俺は御前が悪くないとは思わん。町の連中が悪くないとも思わん」
「そんな言い方、ずるい」
「そうやな。だけどな、二郎。俺は御前が思っとるより、ずっと町の連中が憎らしい。御前が埋められた時からずっと、御前以上にこの町を憎んできたつもりや。やけえ、御前より俺の方がずっと性質が悪い。俺は、御前に人の殴り方は教えても、人の許し方は教えてこんかった」
「許し方なんか知らんでええ」
「それが俺の間違いや」
 
 
 兄貴が大きく紫煙を吐き出す。紫煙の流れを目で追いかけながら、俺は兄貴の言葉の意味を考える。
 
 
「俺は、兄貴が間違っとる思うたことは一度もない」
「そうやな、御前は俺を信用してくれとる。俺はその信用の上に胡坐をかいて、御前を甘やかしてきた」
「今更ッ! 今更何でそんなこと言うんや!」
 
 
 焦燥が胃の腑を焼く。ダッシュボードを殴りつけて、俺はいきり立った。喚き声をあげて、奥歯を噛み締める。兄貴は煙草を灰皿に押し付けると、俺へと向き直った。真正面から見る兄貴の目は、澱んだ泥の色をしていた。俺は兄貴のこんな目を知らない。
 
 
「いつまでも俺らが慰めてやることはできん。家族やからって無条件で優しくしてやれんのも限界がある。俺やミツルが一生御前の傍ついとるわけにもいかんのんやで」
「兄貴、俺を見捨てるんか。見合いの女と結婚して、ミツルもあの女と付き合って、俺のこと放り出すんか」
 
 
 予期せず涙声になった。思い浮かんだのは、洗濯機の上に置いた見合い写真のことだ。そうして、今日の朝、家にやってきたミツルのクラスメイト。俺の知らないところで、兄貴やミツルが他人のものになっていく。それが俺には酷く寂しくて、苦しくてたまらなかった。兄貴が力なく首を左右に振る。
 
 
「見合いのことは関係ない」
「関係ないことないやろ。兄貴、あの女と結婚するんやろ。あの下手に純粋ぶった、頭にピンクのお花なんかつけやがって自分の年齢も解っちゃいねぇ腐れ女」
 
 
 嫉妬心にも似た苛立ちが込み上げて来る。罵詈雑言を吐き捨てた瞬間、兄貴の顔が歪んだ。まるで泣き出しそうにも見える顔だった。不意に後頭部を掴まれて、額をダッシュボードに思いっきり叩き付けられる。頭蓋骨を突き抜けるような痛みに、咽喉から鈍い悲鳴があがった。
 
 
「っ、ダッ…!」
 
 
「何しやがる」と言い終わる前に第二の衝撃がやってきた。それは痛みを伴わない衝撃だった。
 
 兄貴が俺の口を貪っていた。口の中に舌を突っ込まれて、滅茶苦茶に掻き回される。普段取り澄ましている兄貴からは想像も付かないほどの、激しいキスだった。逃げ惑う舌が無理矢理絡め取られて、呻き声すら呑み込まれる。煙草の苦味が残った唾液がねちゃねちゃと粘着いた音を立てて、鼓膜を侵す。胸倉を掴まれて、身体を引き寄せられる。気付いたら、尻が兄貴の膝に乗り上げて、舌の裏の血管を弄くられていた。強く吸われて、舌がぢんぢんと痺れる。生温い唾液が呑み込み切れずに、口角から零れて、兄貴のシャツにシミをつくる。喰らい尽くすという表現がピッタリと当て嵌まるようなキスだった。
 
 兄貴の掌が切羽詰まったように俺のシャツをたくし上げる。制止する間もなく、兄貴の指先が胸の尖りを摘んで、ぎゅうとひねり上げた。神経を直接捻るような痛みに、俺は兄貴の胸を叩いた。
 
 
「いっ、だァ…! 兄貴、痛いッ!」
「黙れ二郎、喋ったら咽喉噛み千切るで」
 
 
 兄貴の声は、皮膚を凍えさせるような冷徹さを孕んで、俺の鼓膜に響いた。咄嗟に息を呑み込む。胸から伝わってくる痛みと恐怖が俺の脳味噌を思考停止にさせる。
 
 兄貴は、俺の手首を握り締めると、たくし上げたシャツを無理矢理その手に握らさせた。
 
 
「離すな」
 
 
 簡潔な物言いに、逆らうことも忘れて頷きを返す。すると、唾液でべたべたになった唇に吃驚するぐらい優しいキスが落とされた。下唇を何度も柔らかく食まれて、たまらず呼気が震える。その間も、兄貴の掌が俺の胸やら腹を這い回る。兄貴の掌は冷たくて、その指先にへそ周辺をなぞるように弄られると、腹筋がぶるぶると痙攣した。腹の底から熱がこみ上げて来る。その熱が思考を奪い取る。どうして兄貴にこんな事をされているのか、そんな事すら考えられなくなる。
 
 
「や、や…」
 
 
 拒絶なのか強請っているのか解らない声が溢れ出す。仰け反った咽喉がざらりとした舌腹に舐め上げられて、浮き上がった喉仏が隠微に上下した。たくし上げたシャツを持つ手に力が篭らなくなる。その手が下がり始めるのを見ると、兄貴が叱りつけるように胸の尖りに噛み付いてきた。舌先で米粒のような先端を舐めながら、上下の歯でギリギリと噛み締める。くすぐったさと鋭い痛みに、眼球が馬鹿みたいに潤むのを感じた。
 
 
「イ゛、…ぁ…!」
「痛いか二郎」
 
 
 問い掛けられる言葉に、弱々しく頷きを返す。すると、途端ぢんぢんと痺れるような痛みを発する尖りを、宥めるように優しく舐められた。それに安堵して、深く息を吐き出す。温かい唾液が滲み込んで、俺は馬鹿みたいに安心感に包まれる。それは母親の胎内での微睡みにも似ていた。だけど、その微睡みは直ぐさま奪われる。
 
 カチャカチャと下半身の方で響く金属音に視線を落とすと、兄貴が俺のズボンのジッパーを下ろしていた。ギョっとして、咄嗟に兄貴を凝視する。
 
 
「あ、にき、何するんや」
「黙れ言うたのに、御前の脳味噌はどんだけ鳥頭なんや」
 
 
 兄貴が呆れ果てたように溜息をつく。その姿に、俺は間違ってるのは自分の方なんじゃないかという危惧を抱いた。不安がこみ上げて来る。
 
 
「だって、こんなん変やないか」
「やったら、俺が変なんは前からや。俺だけやないミツルも」
「何で、ミツルまで」
「アイツ、御前にキスしたやろう」
 
 
 ギクリと身体が強張る。思い出したのは、ミツルの舌が咥内に入った時の感触だ。未だかつてない程、至近距離で見たミツルの顔。馬鹿みたいに長い睫毛に、大きな瞳、だけどその目が映す色は俺の知らないものだった。今の兄貴と同じ目の色。
 
 
「なんで」
「ミツルは俺と分け合うつもりはない言うとったが、俺はミツルと分けてもええ思うとる。やけど、御前が俺の知らんところでミツルに唾付けられたのは我慢できん」
「兄貴、何言うとるか解らん」
「御前は、いつまで解らんフリをするつもりや」
 
 
 苦々しい口調で吐き捨てて、兄貴は腹いせのように緩く勃ちあがった俺の股間を鷲掴んだ。ボクサーパンツ越しに掴まれた感触に、腰がびくりと跳ねる。咽喉から嬌声じみた叫び声が短く零れた。
 
 
「ぅ、アッ!」
 
 
 ゆるゆると先端から根元まで沿うように撫でられて、息があがる。上手く空気が吸い込めなくて酸素不足になったのか、急性の目眩にぐらりと視界が揺れる。半勃ちだった股間がみるみる膨らんで行く。ボクサーパンツの黒い布に先走りが滲み込んで、その黒をより色濃くさせる。治まり切らなくなった性器の先端がボクサーパンツから飛び出して、てらてらとした鈴口が暗闇に浮かび上がる。それは酷く卑猥な光景だった。兄貴が人差し指の爪で、ぷくりと凹んだ鈴口をぐりぐりと押し込むように弄くる。まるで電流のように尿道を走った快感に、俺は兄貴の膝の上で大きく跳ねた。
 
 
「ひっ、ア゛ぁ…!」
 
 
 咄嗟に両手で口を押さえる。自分でも信じられないくらい甘ったるい悲鳴だった。困惑と羞恥を滲ませる俺の目を見据えて、兄貴がうっそりと目を細める。そうして、兄貴は俺の腰をぐいと自分へと引き寄せた。途端、ズボン越しの陰嚢に、ゴリと固い感触が触れて、俺は泣き出しそうになった。兄貴のが勃っていた。その感触に、俺は何だか酷い裏切りを感じてしまったのだ。何で勃っちゃうんだよ、と思わずなじりそうになる。兄弟なのに。俺の兄貴なのに。だけど、自分も勃っている今、そんな事言えるわけがない。
 
 
「二郎、俺の出せ」
 
 
 兄貴の目が暗闇に光る。俺の知らない目だ。嫌だと言えるものなら言いたい。だけど言えない。俺は俺の知らない兄貴が怖くてたまらない。兄貴のズボンのジッパーを下ろす指先が震える。布越しでも、兄貴のそれが形を変えているのが判る。
 
 
「触れ」
 
 
 酷いと思った。俺が逆らえないのを知っていて、悔しがるのが解っていて、兄貴はわざとこんな命令するような言い方をしてるんだ。そう解っているのに、逆らえない自分が一番嫌だ。躊躇うように布越しに触れる俺に焦れたのか、兄貴は俺と自分のボクサーパンツをずり下げて、性器を露にした。
 
 
「ゃ、う」
 
 
 いきなり露出された性器が外気に驚いて、ぶるりと震える。背中に回された手で尻を掴まれて、更に密着するように引き寄せられる。剥き出しの性器同士がこすれ合って、その固さと熱にヒッと咽喉が息を零した。性器越しに、兄貴の性器が脈打っているのが伝わってくる。浮かび上がった血管が擦れて、更にその輪郭をはっきりさせる。ぬるりと滑る感触は、どちらの先走りだろうか。どちらとものだろうか。解らず、兄貴の肩にしがみついた。それを契機にして、兄貴が掴んだ尻ごと俺の身体を上下に揺さぶり始める。性器同士がゴリゴリと摩擦されて、下腹からこみ上げて来る快感に内太腿が跳ねた。
 
 
「ゃ、ぅあ゛ァア…!」
 
 
 兄貴の張り出した雁首が、俺の陰茎を下から上へとなぞり上げる。時々、兄貴が先走りをたらたらと零す鈴口同士を擦り合わせて、膨らんだ陰嚢がキュウと収縮するのを感じた。兄貴の掌が鷲掴んだ俺の尻をむぎゅむぎゅと握り潰しては、時々その狭間の穴を指先で押し潰すように刺激してくる。その度に、狭い車内で制御出来ない両足が跳ねて暴れる。流石にドアを蹴り飛ばすのに苛立ったのか、兄貴が俺の膝裏に手を差し込んできた。まるで女のように片足を大きく押し広げられながら、いきり立った股間を強引に擦り付けられる。先走りで濡れそぼった性器が擦れる度にぬちゃくちゃと音を立てて、その音にすら震えるような快感を覚えた。
 
 
「あに、きっ、くるしっ…!」
 
 
 過ぎた快感が苦痛にまで感じてくる。乱れた呼吸が喘ぐように酸素を欲しがる。兄貴が俺の胸に唇を埋めて、呻くように囁いた。
 
 
「俺はずっと苦しい」
 
 
 その意味を聞くことは出来なかった。身体を揺さぶる動きが激しさを増す。車がギシギシと揺れて、丸っきりカーセックスのようだと思うと、こめかみの辺りがぢんと痺れた。下半身に血が集中して、熱くなった性器が痙攣しながら擦り付けられる感覚がたまらなくなる。熱っせられた尿道から何かがこみ上げて来る感触がある。
 
 
「あ、にき、兄貴ッ、で、そうっ…!」
「出せ」
 
 
 荒い息混じりに耳元に囁かれる。その切羽詰まった雄の声に、性器が連動するように震える。兄貴は間違いなく俺に欲情してる。俺の身体に。そう思った瞬間、涙がこみ上げてきた。眼球が押し上げる勢いで涙が溢れ出す。
 
 嫌だ嫌だ嫌だ、俺は兄貴と兄弟でいたいんだ。こんな風になりたくないんだ。
 
 それを言葉にする事は出来なかった。兄貴が俺の涙を見て、まるで言葉を遮るように唇に噛み付いてきた。唇を貪られて、喘ぎ声まで一緒に呑み込まれる。上も下もぐちゃぐちゃで、こすれ合う性器の感触で頭がいっぱいになる。兄貴の掌が性器を二本ごと包み込んで、そのままラストスパートを掛けるように無茶苦茶に擦り上げてきた。一気に膨れ上がった快感に、塞がれた唇が悲鳴を零す。
 
 
「ん、ぅン゛、んー!!」
 
 
 限界まで張り詰めていた性器が一気に膨張して、破裂するような感覚。尿道を熱い液体が駆け上っていく感覚まで鮮明で、まるで噴水のように鈴口から精液が飛び出して行く。身体の筋肉が硬直して、尻の穴がきゅうと締まる。兄貴の掌が俺の精液を受け止めて、白く濁る。よく見たら、兄貴の性器もビクビクと痙攣して精液を吐き出していた。浮き上がった血管が膨れ上がって、それから全て吐き出し終わって赤黒い性器にゆっくりと埋没していく。その光景に、ぞくぞくと首筋の後ろが震えた。高揚感と脱力感に全身が支配されて、荒い息に背骨が上下した。こめかみの血管が破裂しそうなぐらい脈打っている。車内に満ちた青臭い臭いに、鼻孔の奥がくすぐられる。
 
 そうして、白濁で濡れた手をティッシュで拭って、俺と自分の身なりを整えてから、兄貴が濡れた俺の唇に、ちゅっと触れるだけのキスを落としてきた。そのキスに、俺はまたぶわっと涙が溢れて来るのを感じた。何で、何で、
 
 
「何で、キスするんや…」
 
 
 嘆くような俺の口調に、兄貴がそっと諭すように呟く。
 
 
「二郎、この世の中で変わらんもんはないんやで」
「何言うとるかわからん」
「それは、御前が解ろうとしとらんけぇや。御前、解りたくないんやろ。人の痛みも、町の人間のことも、俺とミツルの気持ちも、自分の気持ちすら、解りとうないんやろう」
 
 
 兄貴の声は穏やかで、まるでそれが真実だと告げているようにも聞こえた。俺は、わけもわからず首を左右に振った。兄貴が溜息をつく。
 
 
「いつまでも知らんフリするつもりか。俺もミツルも、今はせんでも、いつかは結婚するんやで」
「何でや! 何で結婚するんや!」
 
 
 咽喉から素っ頓狂な叫び声が零れた。顔がくしゃくしゃに歪んだのが自分でも解る。まるで迷子になった子供みたいな自分が嫌で仕方ないのに。
 
 
「今のままでええやないか! ずっとこのままで! 何で結婚せんにゃあかん!」
「解らんフリし続ける奴を、俺らは指銜えてずっと待ち続けんにゃあかんのか。我侭も大概にせぇや二郎」
 
 
 撥ね付けるように兄貴は言った。それから息を呑む俺の胸を拳でどんと叩くと、まるで引導を渡すように吐き捨てた。
 
 
「俺らに結婚して欲しゅうないなら、選べ二郎。姫子はもうおらん。俺らしかおらんのなら、選べ」
 
 
 残酷な言葉だった。俺は、逃げ出したくなった。実際、尻尾を巻いて逃げ出した。両手で両耳を塞いで、運転席から飛び降りて闇の中を必死で駆けた。背後で兄貴が何かを叫んでいたけれども、何も聞きたくなかった。ワーワー、と阿呆のように叫び声をあげて走る。まるで狂人。丸っきり狂気の沙汰。
 
 
 俺は現実を見たくない。俺は、兄貴に突き付けられたものが怖い。解っているのに、解らないフリをしているなんて言われたくない。人の痛みも、町の人間のことも、兄貴とミツルの気持ちも、それが解ってしまえば、今までの俺が壊れてしまう。折角作り上げた凶暴三兄弟という塔がバラバラに崩れて、俺は独りぼっちになってしまう。崩れた城壁の跡には、小さな子供が一人、深い穴の中で蹲っているだけなのだ。
 
 凶暴三兄弟という名前を疎みながら、一番固執しているのは紛れもない俺自身だ。
 
 

backtopnext

Published in 凶暴三兄弟

Top