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龍は愚かな恋をする 9

 
 鳴久先輩はすぐに見つかった。病院の裏手、海が見える丘の上で、大きな身体を縮めて泣いている姿が見えた。その傍らに、黄金色に輝く龍玉が無造作に転がっている。
 
 雑草の上から龍玉を拾い上げて、鳴久先輩に近付く。
 
 
「先輩、落としものですよ」
「…そんなん、いらないよ…」
 
 
 ぐずぐずと泣きながら、鳴久先輩がそう吐き捨てる。
 
 
「そう言わないで下さい。先輩にとって大事なものでしょう」
「そんなの全然大事じゃないよ。先生を助けられなかった」
 
 
 跳ね付けるように言い放って、鳴久先輩は短い両腕で額を抱えるようにして蹲った。その傍らに近付いて、隣に腰を下ろす。
 
 暫く沈黙が続いた。風が通り抜ける音と鳴久先輩の泣き声だけが小さく聞こえてくる。高く昇った朝日が水平線をキラキラと輝かせているのが見えた。
 
 手持ちぶさたに、足下に咲いていた名前も知らない白い花を指先で千切る。不器用に花同士を編み上げていると、鳴久先輩の声が聞こえた。
 
 
「シロくん、先生は死んじゃうんだね」
「はい」
 
 
 金色の目がボクをじっと見つめている。涙を流したわけでもないのに、微かに目の縁が赤い。悲しげな声で鳴久先輩が問い掛ける。
 
 
「シロくんも、いつか死んじゃうの?」
「はい、死にます」
 
 
 それは絶対に変えられない運命だ。実徳先生は死ぬ。ボクもいつか死ぬ。
 
 
「先輩も、いつかは死んじゃいます」
 
 
 そう告げると、鳴久先輩は「そっか」と呟いて、どうしてだかほっとしたように息を漏らした。
 
 
「俺、もう誰かを好きになるのイヤだな。誰も好きになりたくないな」
 
 
 訥々と呟いて、鳴久先輩はまた目尻からぽろりと真珠を一粒零した。転がり落ちた真珠を指先で摘んで、緩く陽の光に透かす。チカチカと星みたいに煌めく真珠は美しかった。
 
 ボクは小さく息を吐き出して、呟いた。
 
 
「それは、すこし残念です」
「残念?」
「恋をしてる先輩は可愛かったから」
 
 
 口説き文句のようなボクの台詞に、鳴久先輩がぱちぱちと大きく瞬く。だが、結局は冗談だとでも思ったのか、口元に泣き笑いような笑みを浮かべた。
 
 
「シロくんは、やさしいね」
 
 
 そうですよ。貴方が恋をしているあのお爺さんよりも、ボクの方がよっぽど純粋な気持ちで貴方を好いているんだ。だけど、今は言わないであげる。今はまだ、貴方が傷付くだろうから。
 
 雑に編んだ割には様になった花輪を、鳴久先輩の角に掛ける。鳴久先輩は額にかかる花輪を上目遣いに眺めて、へにゃりと口元を緩めた。
 
 
「花嫁さんみたい」
 
 
 その時、ボクは生まれて初めて神様に祈った。
 
 神様どうかボクにこの龍を下さい。他のものは全部諦めます。これから先、何もいりません。だから、諦めきれない唯一のものだけボクの手に残してください。
 
 長い鼻をそっと掌で撫でると、鳴久先輩はぐすと鼻を鳴らした。
 
 
***
 
 
 実徳先生は、未だ病室で自分の死期を待っている。
 
 鳴久先輩は、こっぴどく振られたことも忘れて、相変わらず「先生、先生」と馬鹿の一つ覚えのように甘え続けている。
 
 そんな二人を見て、ボクは『愚かな二人だ』と独りごちる。自らの命を投げ捨てて片想いを成就させようとする、両想いの人間と龍を。悲しいくらい愚かだと哀れむ。
 
 そうして、ボクはじっと待ち続ける。祖父が息絶える瞬間を。ボクの恋が成就する瞬間を。
 
 そんなボクが一番愚かなのかもしれないと、そっと目を閉じて思う。
 
 

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Published in 鳴久先輩の恋

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