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4 観世音菩薩様

 
 真砂さんの背中には、観世音菩薩様が住んでいる。
 
 それを解り易い文章に直すと『真砂さんの背中には観世音菩薩の刺青が彫られている』になり、極限まで簡約化すれば『真砂さんはヤクザだ』という文章になる。
 
 
「…あ、アぁ…! んー!」
 
 
 観世音菩薩様がおわす背へときつくしがみつきながら、激しい突き上げを下唇を噛んで堪える。眼球に薄らと涙が滲んで、目の前の光景がぼやける。真砂さんのマラの円周には大粒の真珠が五〜六個埋められていて、律動の度に内臓を火掻き棒で抉られるような痛みが走る。真砂さんは決して『このブツ入りが女を善がらせんだよ』なんて自己満足な勘違いはしていない。むしろ、真砂さんは相手に痛みを与えるという明確な意思を持って、自分のマラに真珠を埋め込んでいる。真砂さんは真性のサディストだ。
 
 背中にしがみつく腕は振りほどかれ、頭上でまとめて固定される。もう片手で膝裏を抱え上げられて突き上げられると、まるで俎板に打ち付けられた魚のように背骨がビクビクと跳ねた。
 
 
「ヴー、…ぅグっ…ぃ、ぎぁ…!」
 
 
 太い棒で内臓をぐちゃぐちゃに蹂躙されて、断末魔のような悲鳴が溢れる。それを聞いて、喜一に覆い被さる男は愉しそうに笑みを浮かべた。狐のように目を細めて、頬には笑窪まで浮かべている。
 
 
「痛いか?」
 
 
 問い掛ける声は、まるで蕩けるように甘かった。セックスの時ぐらいしか、真砂さんはこんな優しい声をあげない。
 
 
「…ぃ、だい、です…」
 
 
 ガラガラになった声で答える。すると、まるで小さな子を慰めるようによしよしと頭を撫でられた。優しい指先の感触に、甘えるように鼻を鳴らす。だが、次の瞬間には、頭を撫でていた手が首に絡められていた。圧迫された咽喉がグゥと苦しげな音を漏らす。
 
 
「ガッ…ぐ、……ヴぅ…!」
 
 
 まともな悲鳴も出せない。目を見開き、酸欠になった金魚のように唇をパクパクと上下に動かす。絞められ続けていると、澱んだ血が段々と頭部に溜まって行くのが判る。止まった血流が脳天で暴れ回り、喜一の顔面を真っ赤に膨れさせて行く。酸素を求めるように、根元が膨れた舌が外へと突き出される。たぶん、喜一は今最悪に醜悪な顔をしている。そんな喜一を見下ろして、男は酷く和んだ表情を浮かべている。まるで縁側で子猫でも眺めているような優しげな眼差しだ。
 
 酸素が遮断された間も、股の間で真砂さんは好き勝手に動いていた。ゴリゴリと内臓が擦られる音が体内で響いている。痛みと苦しみと僅かな快楽が脳内で融解して、喜一の四肢をビクビクと痙攣させる。目の前の光景が白んできて、そろそろ限界が近いことを教えてくれる。
 
 唇から泡を噴きかけたところで、ようやく首から手が外れた。体内からも性器が勢いよく引き抜かれる。性器を覆っていたゴムを手早く外すと、そのまま真砂さんは喜一の顔の前で性器を擦り始めた。数秒後に、鈴口から白い液体が迸る。顔にぶちまけられる生温かい液体を、喜一は朦朧とした意識の中感じた。青臭い臭いが鼻腔の奥いっぱいに広がる。
 
 塞き止められていた酸素が急激に入ってきて、喜一はザーメンまみれのまま噎せ返った。
 
 
「ぅェ、…ぇげ、ッ…!」
 
 
 殆ど嘔吐に近い声が漏れる。頭部を中心に血がどくどくと急速に巡り始めて目の前の光景がぐにゃりと歪む。ベッドの上で悶えながら、喜一はかひゅかひゅと咽喉を鳴らした。真砂さんは、悶絶する喜一に目を止めることもなく既に自身の後始末に入っている。
 
 喜一の呼吸が落ち着いた時には、真砂さんはスーツを身に付けてベッドに腰を下ろしていた。汗で乱れた髪の毛を片手で撫で付けながら、シガレットケースから煙草を取り出している。
 
 
「…シャワー…あびて、いかないんすか…?」
 
 
 まだ感覚が鈍い身体をゆっくりと起こしながら、サイドテーブルに置かれているライターを手に取る。火を近付けると、真砂さんは当たり前のように顔を寄せた。細く尖った顎が淡く照らされる。火のついた煙草を二三度ふかして、紫煙をゆっくりと吐き出す。
 
 
「今日は、女房と食事に行く予定がある」
「だったら、余計にシャワー浴びて行った方がいいんじゃないですか?」
「そうだな」
 
 
 そう応じたものの、真砂さんは動かなかった。もしかしたら、真砂さんはわざと奥さんに気付かせているのかもしれない。わざわざソープで男を買って、衝動を発散している事を。
 
 真砂さんには結婚して七年目になる奥さんがいる。子供はいない。奥さんの妊娠に気付かず、いつも通り拷問じみたセックスをしたあげくに奥さんを流産させたのだと真砂さんは八回目の来店の時に言っていた。それから、真砂さんは奥さんを殴らなくなった。女を殴れなくなった。だから、時折ふらりとやって来ると、男の喜一を買って散々陵辱していく。真砂さんが来ると、喜一の首には二、三日首輪のような赤黒い痣が残る。
 
 真砂さんがティッシュを引き抜いて、喜一へと差し出す。
 
 
「顔を拭け」
「あ、すいません」
 
 
 喜一の顔面には、まだ真砂さんのザーメンがこびり付いたままだった。ティッシュを受け取って、顔を丹念に拭いて行く。拭き終わって顔を上げると、真砂さんの顔が近付いてきた。赤く痣が浮かび始めた首筋に緩く唇を落とされる。頸動脈を下から上へと辿るように舌先で舐められて、ぞくりと背筋が震えた。これが商売抜きなら、真砂さんは喜一の頸動脈を噛み千切っていたかもしれない。真砂さんの舌からは、煙草の匂いが微かに漂った。
 
 
「苦しかったか?」
「はぁ、まぁ」
 
 
 曖昧に言葉を濁す。困ったように頭を掻いて、笑い声混じりに続ける。
 
 
「殺されるかと思いました」
 
 
 言葉の割に暢気な喜一の口調に、真砂さんの表情が微かに緩む。
 
 
「きぃ」
「はい」
 
 
 不意に名前を呼ばれて、ぽかんと真砂さんを見詰める。真砂さんはいつもと変わらない無表情だ。ヤクザらしかぬ整った綺麗な顔立ちをしている。すっと通った鼻筋は彫像のようだ。
 
 
「俺のところに来るか?」
「それって他店への引き抜きってことですかぁ?」
「違う。俺の専属になるかってことだ」
 
 
 一瞬言われた言葉の意味が解らなかった。眉を歪めて、真砂さんを凝視する。
 
 
「専属って俺をですか?」
「ああ」
「でも、真砂さん、奥さんいるじゃないですか」
「女房とは離婚することになった」
 
 
 真砂さんの声音は、淡々としていた。落胆も歓喜もない。酷く事務的な口調だ。
 
 
「何でですか?」
「もう子供は作らないと言ったら、離婚してくれと言われた」
「子供、作らないんですか?」
「二度も自分の子供を殺したくない」
 
 
 そう呟いて、真砂さんは煙草を灰皿へと押し付けた。その横顔から感情は読み取れない。
 
 
「真砂さんは、それでいいんですか?」
「仕方がない。元に戻れないのなら手放すしかない」
 
 
 素っ気なく呟いて、真砂さんは一瞬だけちらりと目線を落とした。その先にはグレーのネクタイが落ちている。それは結婚する前に、奥さんから貰った誕生日プレゼントだ。ひらりと指先で拾い上げて、真砂さんの首へと掛ける。ゆっくりと丁寧にネクタイを結びながら呟く。
 
 
「真砂さんは奥さんのことが好きなんですね」
「そうだな」
「一回幸せを手放すと、同じ幸せは二度と戻ってこないですよ」
 
 
 それを自分が言うのかと、喜一は苦笑いを浮かべた。幸せを手放して、こんなところに行き着いた自分が何を偉そうに。
 
 
「もう少し、奥さんと話した方がいいです」
「もう百回は話した」
「じゃあ、今日で百一回目ですね」
 
 
 へらっと笑って言うと、真砂さんは小さく鼻を鳴らした。
 
 
「お前は、変な奴だな」
「そうですかぁ?」
 
 
 空っとぼけた喜一の返答に、真砂さんが軽く肩を竦める。そうして、真砂さんは喜一を真っ直ぐ見詰めると、こう呟いた。
 
 
「誤解するな。首を絞めれるからお前を専属を誘ったわけじゃない」
 
 
 言い聞かせるように残して、真砂さんが密閉された空間から出て行く。湿ったベッドの上に座り込んだまま、喜一は暫く閉じられたドアをぼんやりと見詰めた。
 
 

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