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01 男子高校生と化物の恋バナ

 
 見知らぬ双子にいきなり「とうさま」と呼ばれるのと、学校で一番可愛い橋本麻耶(マーヤ)が俺と付き合うのと、どちらが現実に起こる可能性が高いのだろうか。確率が高いのは? それは間違いなく後者の方だ。というか、後者の方であって欲しい。あって欲しかった。
 
 それなのに、現実というのはあり得ない可能性の方を引き起こしてしまうのだ。
 
 
 俺はぱちぱちと二度ほど大きく瞬いた。俺の視線の先には、小学生ぐらいの双子が立っている。二人とも俺の腕を掴んで、つい数秒前に「とうさま」などと爆弾発言をかまして下さったばかりだ。
 
 硬直したまま双子を凝視していると、小学生の頃からの悪友タケルが、ぶひゃっ、と噴き出すような笑い声を上げた。
 
 
「ちょ、お前、いつ二人も子ども作ったんだよー」
「やべーじゃーん。こんなでけーガキ、小学の頃にタネ仕込まねーとできねーだろー。あれぇ、でも、メグルくんはドーテーじゃーん」
 
 
 煽るようにオウジまで、ねっとりとした声を上げ出す。オウジは高校に入学してからの付き合いで、まだそれほど仲良くはない。ちょこちょこ女子の前で俺を小馬鹿にするようなことを言うから、正直苦手だ。オウジ(王児)という名前に相応しい、イケてる顔立ちも俺のコンプレックスをぶすぶすと刺激してくる。どうせ俺は周りから『メグル君は何か足りないのよね』と言われる三枚目だよ。
 
 オウジの台詞に、一緒にいた女子三人組がくすくすと笑い出すのが聞こえた。嗚呼、何てこった。マーヤちゃんまで笑ってる。
 
 
「いや、こんなガキ知らねーし」
 
 
 声が上擦りそうになるのを堪えながら、わざとらしいくらいチャラけた声で返す。へへ、と乾いた笑い声をあげる口元が痙攣しそうだ。本当は笑うのが得意じゃないのに、周りに合わせて必死で笑っているのが虚しくなる。
 
 笑いながら、腕を掴む双子の手を離そうとする。腕を上下に雑に振っても、双子は俺の手を掴んだまま離さない。
 
 
「父さま」
「僕らの父さま」
 
 
 まるで頭に擦り込むかのように繰り返される言葉に、背筋がぞわわと震える。
 
 
「ちげーし。何なのお前ら、新手の詐欺かよ」
 
 
 邪険に吐き捨てる。だが、双子は表情も変えずに、じっと俺の顔を見上げるままだ。双子は、怖いぐらい整った顔立ちをしていた。生気のないマネキンのような、決して他者に愛着を湧かせない美しさだ。
 
 
「貴方は僕らの父さまの生まれ変わりです」
「どうか、僕らの母さまに会って下さい。母さまは、ずっと父さまを待っています」
 
 
 気狂いな新興宗教じみた言葉だ。その瞬間、変なものに引っかかってしまったと顔が歪んだ。
 
 
「生まれ変わりとか、何言ってんだ。マジきめぇし」
「貴方は覚えてないし、解らないかもしれない。何度も何度も形を変えて生まれ変わって、頭の中身がその度に入れ替わってるから。僕らの父さまだったことを忘れてしまってるんです」
「何だそれ。輪廻転生かよ」
「リンネテンショーって、なぁに?」
 
 
 マーヤちゃんが不思議そうに首を傾げる。小首を傾げる仕草も可愛いし、何よりも舌ったらずな喋り方が超絶に好みだ。頭の中がからっぽでも、この可愛さで全てが許される。
 
 
「え、えっと、輪廻転生っていうのは仏教の思想で、あの世に還った霊魂が何度も生まれ変わるっていう…」
「あ、わかったぁ。ゾンビのことでしょ?」
 
 
 全然まったく解ってない。けど、可愛いから許す。でれでれと顔をにやつかせていると、双子が顔を見合わせてこそこそと話しているのが聞こえた。
 
 
「すごいな、彼女の脳味噌は。一パーセントも使用されていないぞ」
「頭を振ったらカラカラ音が鳴りそうだ。父さまは女性の好みが変わられたのだろうか」
 
 
 何とも無礼な言葉を平然と言うものだ。呆れた顔で見ていると、双子がじっと見上げてきた。
 
 
「父さま、僕らと一緒に来てください」
「僕らの母さまは、父さまに会いたくて何百年もずっと泣いております。僕ら、母さまが可哀想でしかたないんです」
 
 
 何百年と呟かれた言葉に、また奇妙な気色悪さを感じた。隣でタケルがまた噴き出す。
 
 
「いやいや、おまえらの母ちゃん何歳なんだよ」
「数え切れない。少なくともキリストよりかは長生きだ。旧約聖書のベヒモスは、母さまを見た人間が創った生き物なのだから」
 
 
 笑い声混じりのタケルの言葉に、これまた頓珍漢な返答が返ってきた。
 
 ベヒモスと頭の中で思い浮かべる。確か旧約聖書ではリヴァイアサンと二頭一対を成す怪物のはずだ。
 
 
「ベヒモスって怪物じゃん」
「はい、母さまは怪物です」
「ですが、とても愛らしい怪物です」
 
 
 不気味を通り越して、その盲目的な言葉は狂的にも思えてきた。露骨に不信感をあらわす俺を見て、双子はパチリと同時に瞬いた。
 
 
「会えばわかります」
「貴方は僕らの父さまの生まれ変わりなのだから、きっと母さまを愛してくれるはずです」
「いや、だからさぁ、そもそも俺はお前らの父親の生まれ変わりじゃねぇっつってんじゃん」
 
 
 いい加減苛立ってきた。つっけんどんに返すと、双子はまるで全てを見透かすような眼差しで俺を見つめてきた。
 
 
「いいえ、僕らには解る。貴方の魂は、父さまと同じ形をしている」
 
 
 双子の手がふっと腕から離れる。その二つの掌がとっと軽いタッチで俺の左胸に触れた。どうしてだろう、触れたのは子供の掌のはずなのに、その瞬間べちゃりと心臓に泥を塗りつけられたような感覚が走った。酷くおぞましく、忌むべきものが触れたような。途端、身体の奥底からぞわぞわっと音を立てて、怖気が這い上ってきた。
 
 反射的に双子の手を振り払う。そのまま覚束ない足取りで後ずさり、唇をはくはくと上下に動かした。
 
 
「お、おまえら…何…」
「やだー、メグルくんったらガキんちょにオッパイ触られてカンじちゃってんじゃーん!」
 
 
 俺の狼狽をよそに、オウジがまるでオカマのような甲高い声をあげる。その囃し声に女の子達がキャッキャッと笑い声を漏らすのが聞こえた。発情期の猿のような笑い声がキンキンと鼓膜に響く。いつもなら、この笑い声が聞こえると自分がこの輪に加われているようでほっとするのに、なぜだか今は酷く耳障りだと思った。
 
 咽喉の奥から湧いてきたイヤな唾を飲み込んで、ゆっくりと唇を開く。
 
 
「ほんと、マジで意味わかんねーから、俺に関わんないでくんない?」
 
 
 言い聞かせるように、言葉を区切って吐き捨てる。双子は一瞬横目で互いに目配せした後、物言いたげな上目遣いで俺を見つめてきた。その視線を見なかったフリをして、友人達へと声をかける。
 
 
「ほっといて、早くカラオケいこーぜぇー」
 
 
 遊ぶことしか頭にありませーん、と言わんばかりの間延びした声をあげる。奇妙な双子の登場にも飽きてきていたのか、友人達はだらだらとした足取りでカラオケへと向かい出した。その背へと続く。
 
 肩越しに振り返ると、双子はその場で佇んだまま、じっと俺を見つめていた。
 
 

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Published in 先生と化物のものがたり

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