Skip to content →

02 男子高校生と化物の恋バナ

 
 携帯のサーチバーに『ベヒモス』と入力して検索。画面に現れたカバのようなゾウのような怪物の画像を流し見する。画像を消して、ウィキペディアを開く。文章をこれまた流し読みする。
 
 
『神が天地創造の五日目に造りだした存在』
『レヴィアタンが最強の生物と記されるのに対し、ベヒモスは神の傑作と記され、完璧な獣とされる』
『世界の終末には、ベヒモスとレヴィアタンは四つに組んで死ぬまで戦わさせられ、残った体は終末を生き残った「選ばれし者」の食べ物となる』
 
 
 ふぅんと一人鼻で呟いて、携帯のホームボタンを押す。待ち受け画面にしている、アイドルグループの女の子がウィンクしている写真と目が合う。整形しているなんて噂もたっているけれども、目がくりっとしていて可愛い子だ。
 
 
「メグ、帰んねぇのー?」
 
 
 別のクラスからやってきたタケルが前の椅子にどかっと腰を下ろしてくる。躊躇なく携帯の画面をのぞき込んでくる無遠慮さが逆に心地よい。俺にとって唯一といっていい、気心知れた友達だ。
 
 
「まだ、そのアイドル待ち受けにしてんのかよー」
「いいだろ、好きなんだよ」
「目がでかすぎて怖くね? 昔の少女漫画のキャラみてぇに、顔面の半分が目玉でできてんじゃねぇか」
 
 
 自分で言っておきながら、ぶはっと大きく噴き出す。タケルは悪い奴ではないが、正直笑いどころが全く解らない。げらげらと大口開けて笑うと、舌に刺さった銀色のピアスがちかちかと蛍光灯に反射するのが見えた。
 
 
「お前の好みって、めっちゃ解りやすいよなー。目ぇでかくて舌ったらずな、ちょいバカ系? 橋本もそんな感じじゃん」
「うっせ。マーヤちゃんのことバカにすんじゃねぇよ」
「橋本じゃなくて、お前の浅はかな好みをバカにしてんだよ」
 
 
 タケルが爪先で軽く俺の脛を蹴ってくる。わずかな振動。
 
 
「なぁ、勿体ねぇよ」
「何がだよ」
「お前さ、別に今いるグループが好きなわけじゃないだろ」
 
 
 何気ない口調で核心を突いてきたことに驚く。タケルがにやにやと笑いながら、俺の顔を覗き込んでくる。
 
 
「イケイケチャラチャラなグループに属したいわけでもねぇし、オウジのことも苦手だし、かわいい~とウザ~いしか叫ばない女たちも別次元の生き物みたいで怖ぇくせに、何でお前あのグループにいんの?」
 
 
 次々と図星をさされて、ぐっと咽喉が詰まるのを感じた。実際、自分が“らしくない”グループに属していることは自覚している。だが、その理由を聞かれれば、明確な理由はない。ただ、何となく恐ろしいだけだ。誰からも疎外されて、一人きりになってしまうのが。
 
 微かに強張る唇を動かして、逆にタケルへと問い掛ける。
 
 
「そういうお前だって」
「俺はお前がいるから一緒について回ってるだけだよ。別にあいつらのこと好きでも嫌いでもねぇもん」
 
 
 淡泊すぎていっそ冷酷さすら感じるタケルの言葉に、僅かに眉根を顰める。への字に曲げられた俺の唇を眺めてから、タケルはちらと視線を斜め上に向けた。
 
 
「俺は、こないだ会ったあの二人の方が好きだな」
「あの二人?」
「自称お前の子どもな双子」
 
 
 何気ないタケルの言葉に、ふわりと脳裏にあの双子の顔が過ぎった。俺を見据える四つの目玉。その奥にちらちらと垣間見える親愛ともつかない情。そして、僅かな心細さ。
 
 
「お前、ガキが趣味かよ」
「ちげーよ、俺は一途な子が好きなの。可愛いじゃん、お前のこと父さま父さまって必死に呼んでさ」
「父さまじゃねぇけどな」
 
 
 へっと憎たらしい笑いを向けると、タケルは一瞬きゅっと目を細めた。まるで針の穴に糸でも通すような目をして、俺をじっと見つめる。
 
 
「な、何だよ」
「お前さ、たまには人の言うことを信用しろよ」
 
 
 思わず、はぁ? と怪訝な声が漏れた。いきなり知らない双子に父親と言われて、それを信用する方がどうかしてるだろう、と正直思う。俺のそんな気持ちが伝わったのか、タケルは小さく首を左右に振った。
 
 
「別にあの双子の言ってることを信用しろっつってんじゃなくて、一生懸命さを信用しろっつってんの」
「どういう意味かさっぱり解んねぇし」
「見た目やら言葉じゃなくて、その心を見なくてはならないって意味」
 
 
 嘯くようにタケルが言う。タケルはその砕けた口調も喋ってる内容も支離滅裂なくせに、頭だけは馬鹿みたいに良いのだ。入学から今までずっと、タケルは学年上位の成績をキープし続けている。天才は馬鹿と紙一重というやつだと俺は信じている。
 
 タケルはそれまでの言葉を有耶無耶にするようにニヤッと笑うと、勢いよく椅子から立ち上がった。
 
 
「やっぱ先帰んわ。あれ、何とかしろよ」
 
 
 あれ、とタケルが窓の外を指さす。その指の先を見て、思わずゲッと声が漏れた。校門の前で、あの双子が立っているのが見えた。その四つの目玉は、間違いなく俺を見つめている。
 
 
「…裏門から帰る…」
 
 
 頭を抱えて呟くと、タケルがまたげらげらと笑った。
 
 
「誠実さが足りなぁーい」
 
 
 容赦ない指摘に、俺は更に頭を深く抱えた。
 
 
 
 
 
 
 
 しぶしぶ校門へと向かうと、即座に双子が駆け寄ってきた。
 
 
「「父さま」」
 
 
 相変わらずな呼び方に、言いようのない不快感が爪先から這いのぼってくる。歩き続けたまま、唸るように言い放つ。
 
 
「だから、父さまじゃねぇっての。つか、何でここにいんだよ。お前ら、完全にストーカーじゃん」
 
 
 侮蔑を込めて吐き捨てると、双子はちらりと顔を見合わせた。片方が口を開く。
 
 
「すいません、貴方の制服から学校を調べました。ですが、ストーカーのつもりはありません。僕ら、ただ貴方に母さまに会って欲しいだけです」
「どうか一度だけでも母さまにお会い下さい。僕ら、それ以外に望みはありません」
「何だっけ、キリストより長生きの怪物母ちゃんだっけ? てかさぁ、そんな怪物に会ってどうすんだよ。俺にキスでもしろってか?」
 
 
 掻き口説くような双子の言葉に、思わず失笑が漏れた。だが、自分がそんな嫌な笑い方をしたことに酷く気分が悪くなった。子供相手にこんな言い方するなんて最低な奴だ。解っているのに、どうしてだか止められない。下唇を鈍く噛む。
 
 双子は緩く首を左右に振った。
 
 
「キスはしなくていいです。昨日の僕ら、間違ってた」
「貴方は、母さまを愛さなくてもいい」
 
 
 昨日とは打って変わった双子の言葉に、俺は驚いた眼差しを向けた。双子が続ける。
 
 
「ただ、貴方に母さまに元気になるように言って欲しいのです。母さまは父さまが死んでから、ずっと悲しみの中にいます。ですが、父さまが生まれ変わって健やかに今世を過ごされていると知れば、母さまの悲しみも少しは晴れると思うのです」
「ですから、一度だけでいいから母さまに会って下さい。そうしたら、僕ら、二度と貴方の前には現れません」
 
 
 畳みかけるように言葉を連ねる双子たちの姿に、ふと先程のタケルの言葉を思い出した。一生懸命さを信用しろ、と。
 
 
「……一回会うだけでいいんだな」
「はい、勿論です」
「金を請求してきたり、変な壷売りつけたり、美人局だったりしねぇだろうな」
「絶対にそんな事はしないと、僕らお約束します」
 
 
 それでも疑いの言葉を漏らす俺に対して、双子は相変わらず実直を絵に描いたような返答を返してきた。じっとりと双子を見据えた後、俺は溜息混じりに呟いた。
 
 
「お前らの母ちゃん、どこに居るんだ」
 
 

backtopnext

Published in 先生と化物のものがたり

Top