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04 男子高校生と化物の恋バナ

 
 理由もなく腹が立つ。気が付いたら、膝が貧乏揺すりをしている。苛々した目で辺りを見渡しては、舌打ちを漏らしそうになる。真っ白なノートを滅茶苦茶に塗り潰したくなる衝動に駆られる。双子の母親に会ってから三日経とうとしているのに、歯噛みしたくなるような怒りが消えない。
 
 いつもはへらへらと笑っては、人様を笑わせるために軽薄な言葉ばかりを吐く俺がここ数日噴火直前の火山のように苛立っているのを見て、クラスメイトは誰も近付いて来なくなった。いつもなら周りから疎外されるのが怖くて堪らないのに、今だけは誰とも馴れ合いたくない。
 
 昼休憩時間を持て余して、携帯を開く。ロック画面に映ったアイドルの写真を見て、思わず携帯を壁に叩きつけそうになった。アイドルのぱっちりと大きな目を見るだけで、今は叩き潰したくなる。自分でも信じられないほど凶暴な感情を堪えながら、噛み締めた歯の間から長く息を吐き出した。
 
 
「メーグー、お前顔やっばい」
 
 
 苛々と机の表面を眺めていたら、いつの間にか目の前の席にタケルが座っていた。遠巻きになるクラスメイトに構わず、変わらず俺に話しかけてくるのはタケルぐらいのものだ。タケルはドラ焼きをむしゃむしゃと食いながら、片手に持っていたメロンパンを机の上に放り投げた。
 
 
「ほら、これ食っとけ」
「いらねぇし」
「んなこと言わずに食えよ。お前、昨日の昼も食ってなかったじゃん」
 
 
 昨日も見てたのかよ、と毒づきたくなる。タケルなりの気遣いだとは解りながらも、今はその優しさすら疎ましかった。
 
 目の前に置かれたメロンパンを雑な手付きで机の端にどける。今はタケルのにやけた面を見るのも嫌で、机の上に突っ伏した。頭上からビニールを開けるバリッという音が聞こえて、その直後煎餅を齧る音が聞こえた。タケルは和菓子が好きなのか、しょっちゅう煎餅ばかり齧っている。
 
 
「そんな凹んでねぇで、少しは俺に相談ってものでもしてみろよー」
 
 
 緊張感の欠片もない声音で、そんなことを言う。たぶん話を深刻にしないように、わざとそんな口調で言っているんだろう。タケルは、人の心を読むのが上手い。
 
 
「相談、したくねぇ」
「じゃあ、一生キラウエア火山のまんま?」
 
 
 茶化すような声音にカッとなって、顔を勢いよく上げる。怒鳴ろうとした瞬間、大きく開いた口へとメロンパンが突っ込まれた。むごむごとメロンパンに怒鳴り声を吸われながら、タケルを睨み付ける。
 
 
「腹減ってるから苛々が消えねぇんだよー。飯食って、ちょい落ち着け。な?」
 
 
 宥めるようなタケルの言葉に、俺は少しだけ視線を落とした。なんだか自分が頑是のいかない子供に戻ったような感覚だった。自分が酷く情けない。仕方なく、黙々とメロンパンを齧る。
 
 メロンパンを半分ほど食べて、ようやく口を開いた。
 
 
「……あの双子の母親に会ったんだけど……」
 
 
 煎餅を齧りつつタケルが、ん、と視線を向けてくる。
 
 
「俺は、双子の父親じゃない、違う人だって言うんだよ……」
「はぁ」
 
 
 俺の言ってる意味が全く解らないといった様子で、タケルが首を傾げる。
 
 
「それで、帰ってください、とか。ずっとお元気で、とか言って。なんか、それっておかしくねぇ? って、ずっともやもやしてて……」
 
 
 タケルの頭がとうとう九十度近い角度まで倒された。訝しげな目で俺を凝視して、タケルが言う。
 
 
「え、ちょっと意味がわかんねぇんだけど。そもそも、双子の父親じゃないってお前が自分で言ってたじゃん」
「そう、だけど……でも、何でそれを他の人から、しかも母親から言われなきゃなんねぇんだって、すげぇ腹が立って」
「いやいや、それでお前が腹が立つ理由がわかんねーよ。母親にしてみりゃ、いきなり我が子が知らない人連れてきて父親ですってアホ言い出したから、父親じゃないから帰って下さいって言うのは当たり前だろう」
 
 
 口の周りに煎餅のカスを付けたまま、タケルが呆れたように呟く。その正論に、一気に胸の奥が詰まるのを感じた。
 
 タケルの言うとおりだ。あの母親の対応におかしいところはない。それなのに、なぜ自分がこんなにも苛立っているのか理由が解らない。解らないからこそ、余計に苛立ちが募る。
 
 押し黙った俺を見て、タケルが疑るような眼差しを向けてくる。
 
 
「……お前さぁ、まさかあの双子の母親に一目惚れしたとかねぇよな」
 
 
 不意に、全身が硬直した。唇を半開きにしたまま微動だにしない俺を見て、タケルが嘘だろと言わんばかりに額を押さえる。呻くように、マジでぇー、と言うタケルに、掠れた声を返す。
 
 
「んなわけねぇじゃん。つか、俺、あの母親の顔も見てねぇし」
 
 
 そうだ、ただ襖越しに会話しただけで一目惚れも何もあったものじゃない。そもそも、あの母親は“おかしかった”。錆びた声も、這いずるような音も、その会話の内容も全て異常で、おぞましかった。そんな相手に対して恋心を抱くなんて有り得ない。自分はただ、すげない反応を返されたことに腹を立てているだけだ。そう言い聞かせるのに、腹の底のもやもやは大きくなっていくばかりだ。
 
 
「それに、もしかしたら…」
 
 
 言葉が曖昧に途切れた。促すように、タケルが俺を凝視してくる。
 
 
「もしかしたら?」
「……もしかしたら、本当に化け物――」
 
 
 言い掛けた言葉は、ガタンと大きく揺れた机の音で遮られた。驚いて視線を向けると、机の横にオウジが立っていた。どうやらオウジに机の脚を蹴り飛ばされたらしい。オウジがにやにやと笑いながら、俺を見下ろしている。
 
 
「メグルくーん、何の話してんのぉー?」
 
 
 ねっとりと絡み付くオウジの声に、いつもの癖でつい迎合の笑みを浮かべそうになる。咄嗟に俯くと、代わりのようにタケルが答えた。
 
 
「別に、大した話してねぇよー」
「はぁ? お前に聞いてねぇし。メグルに聞いてんだけど」
 
 
 吐き捨てるように呟いて、オウジがまた机の脚を蹴る。揺れる机を押さえながら、俺は曖昧に口角を吊り上げた。
 
 
「本当に、つまんねぇ話だからさ」
 
 
 言い訳するように言う自分が情けない。先ほどまでの強気な苛立ちはナリを潜めて、いつも通りの他人にへつらう自分が出てくる。
 
 オウジがぐっと上半身を折って、俺の顔を覗き込んでくる。その距離感に、一瞬息を呑んだ。
 
 
「本当に? なんか化け物って聞こえた気がしたんだけどなぁ」
 
 
 俺の空耳かなぁー、なんて皮肉げに続ける。
 
 
「た、確かに化け物とは言ったけど…」
「メグルさぁ、マジであの双子の母親とかに会いに行ったわけ?」
 
 
 一瞬、身体が強張った。硬直した俺を見て、オウジがにやーっと笑みを深める。
 
 
「へぇ、そうなんだ。そうなんだろ? 会ったんだろ? どうだった化け物の母親は? もしかして、メグルくんは化け物とヤッちゃったりしたのぉ?」
 
 
 畳み掛けるようなオウジの言葉に、唇がかすかに震えた。オウジは確かにいつも俺を小馬鹿にするけれども、こんな風に粘着質に責めてくることは今までなかった。まるで浮気を疑うヒステリー女のようだ。
 
 
「な、何で、そんなこと聞くんだ」
 
 
 どもりながら問い掛けると、オウジは緩く肩を竦めた。
 
 
「別にィ」
 
 
 先ほどまでの執拗な言葉が何だったのかと思うほど、呆気なくオウジは踵を返した。だが、教室を出る直前、かすかに見えたオウジの顔は全くの無表情だった。まるでマネキンのようだ。
 
 オウジの姿が見えなくなってから、タケルがぼやくように呟く。
 
 
「あいつも、しつこい奴だなー」
 
 
 タケルが最後の煎餅を咥えたところで、昼休憩終了のチャイムが鳴った。慌てて立ち上がったタケルが言い残していく。
 
 
「もやもやしてんなら、もっかい会いに行けば?」
「は?」
「お前は、相手から一方的に色々言われたから腹立ってんだろ。ちゃんと自分の言いたいこと言えば、すっきりするって」
 
 
 ちゃんとキラウエア火山を鎮火させろよ、とタケルがいい加減に手を振って、教室から出て行く。食べ掛けのメロンパンを見つめて、俺は重たい溜息を吐いた。
 
 

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Published in 先生と化物のものがたり

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