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05 男子高校生と化物の恋バナ

 
 三日前に辿ったはずの道のりが全く思い出せず、迷子になって二時間以上。電信柱に貼られていた番地を頼りに双子の家を探し始めたが、もういい加減に挫けそうだった。
 
 頭上を見上げる。既に午後七時を過ぎており、空には煌々とした三日月が浮かんでいた。少ない街灯を求めてふらふらと歩いていると、自分が誘蛾灯に誘われる蛾になったような感覚すら湧いてくる。行く先もわからず暗闇を歩き続ける心細さに、胸が締め付けられた。
 
 
「なんで着かねぇんだよー…」
 
 
 ぼやく声が無意識に零れてくる。
 
 
「足痛ぇし、暗いし、誰もいねぇし…」
 
 
 まるっきり女の子のような愚痴が漏れる。ぐずぐずと鈍い足取りで歩いていると、不意に近くの木がガサッと音を立てて揺れた。肩を震わせて、思わず立ち止まる。びくびくと音の方向を眺めていると、囁くような声が聞こえてきた。
 
 
「どうして、あの方が居るんだろう」
「道に迷われたのかな」
「もしかしたら、母さまに会いに来たのかも」
「まさか。母さまは、あの人は二度と来ないと言っていたよ」
 
 
 聞き覚えのある声だ。耳に届いた双子の声に、俺は咄嗟に声を上げた。
 
 
「い、居るなら出てこいよ!」
 
 
 もつれた声に、僅かな静けさが流れた。だが、暫くすると、木の陰から双子の姿が現れた。双子は、どこか疑るような眼差しで俺を見上げている。
 
 
「どうしていらっしゃるんですか」
「あのさぁ…お前らの母ちゃんのところに、もう一回連れて行ってほしいんだけど」
「母さまは、貴方には二度とお会いになられません」
 
 
 その言葉に、飽くことなく心臓が痛む。だが、同時に苛立ちも込み上げてきた。なぜお前たちにそんなことを言われなくてはならない。俺が言ってることに、どうしてお前たちが逆らうのだと、まるで傲慢な父親のように思った。
 
 
「何でお前らにそんなこと決められなきゃなんねぇんだよ」
 
 
 唸るように呟くと、双子は困ったように顔を見合わせた。激昂する父親に戸惑っている子供のような様子だ。口を閉ざしたままの双子に構わず、続ける。
 
 
「俺が会いたくないって言ってた時は無理矢理会わせて、俺が会いたいって言ったら会わせないとか何なんだよ。お前らの都合が振り回すだけ振り回して、俺の言うことの一つも聞かねぇとか巫山戯んなよ。お前らの方が自分勝手だろうが」
 
 
 一旦言葉にすると、次々なじる言葉が溢れ出してくる。奥歯をギリギリと噛み締める俺を見て、双子は戸惑ったように視線を揺らした。
 
 
「しかし…」
「しかしじゃねぇよ! 俺が父親なんだろうが! 黙って父親の言うことを聞けッ!」
 
 
 最後は殆どヤケクソに叫んでいた。俺の怒鳴り声に、双子がビクリと大きく肩を震わせる。だが、次の瞬間、双子の双眸からぼろりと大粒の涙が零れ出した。声も出さずにほろほろと涙を零す姿に、ギョッとする。
 
 
「あ、うわ、なっ、泣くなよ!」
 
 
 声を上擦らせながら、慌てて双子の近くへと駆け寄る。しゃがみ込んで、それぞれの双子の肩を宥めるように撫でてやると、双子は小さくしゃくり上げるような声を漏らした。声を殺すようにして泣く双子の姿に、津波のように罪悪感が押し寄せてくる。
 
 
「わ、悪かったよ、怒鳴って」
「違うのです、父さま」
「怖くて泣いてるのではありません」
 
 
 涙を零しながらも、双子が口々に言う。
 
 
「僕ら、嬉しいんです」
「嬉しくて涙が止まらないのです」
「はぁ? 嬉しい、って何でだよ」
 
 
 怒鳴られて嬉しいだなんて意味が解らない。怪訝そうに眉を寄せる俺を見て、双子は小さく泣き笑いのような表情を浮かべた。途端、人形のように無機質だった双子の顔に、何ともいえない愛らしさが滲んだ。
 
 
「貴方が父親だと言ってくれて」
「父さま。僕らの父さま」
 
 
 まるで大事なものをそっと抱き締めるように、双子が小さな声で繰り返す。
 
 不意に、胸の奥から奇妙な感動が込み上げてくるのを感じて、俺は酷く困惑した。可愛い、と思った。目の前の双子が可愛くて、愛おしくてたまらない。行方不明になった子供が見つかったような、切なくて甘い感覚が胸に満ち溢れる。
 
 双子の肩に触れる指先がぴくりと震える。目の前の双子を抱き締めたかった。まるで父親のように。だが、そこには覆しようのない事実が横たわる。俺は、双子の父親ではない。抱き締めようが何をしようが、その事実は変わらない。
 
 
「…んなことで、泣くなよ…」
 
 
 衝動を堪えて、掠れた声でそう囁く。ポケットから何日前に入れたか判らないハンカチを取り出す。くしゃくしゃだが汚れていないのを確かめて、びしょびしょに濡れた双子の頬を交互に拭ってやった。少し赤くなった目元を親指の腹で撫でると、双子はくすぐったがるように顔を捩らせた。鞄の中から飴玉を二つ取り出して差し出すと、双子はぱちりと大きな目を瞬かせた。
 
 
「ほら。飴やるから、もう泣くなよ」
 
 
 言い聞かせるように呟くと、双子は顔を見合わせてから満面の笑みを浮かべた。飴玉を口に放り込んで、双子が弾むように言う。
 
 
「父さまは優しい」
「外側は変わられてしまったが、内側はちっとも変わられていない」
 
 
 嬉しそうに相貌を崩す双子の姿が俺は少し悲しい。俺は父親じゃないんだ、と言いそうになる口を必死に引き結ぶ。そのまま俯いていると、双子が口々に言った。
 
 
「父さま、母さまのところにご案内します」
「僕ら、ちゃんと父さまの言うことを聞きます」
 
 
 まるで聞き分けの良い子供のように言う。だが、その直後、双子は何か物言いたげに口をもごつかせた。恥ずかしがるように膝を擦り合わせる仕草を見て、俺は首を傾げた。
 
 
「何? まだ何かあんの?」
「あの…」
「父さま、僕ら…」
 
 
 双子がもごもごと不明瞭な声を漏らす。ちらりと上目遣いに俺を見上げて、双子は酷く小さな声で言った。
 
 
「手を繋いでもいいですか…?」
「僕ら…父さまと手を繋ぎたいです」
 
 
 不意に、顔がぐしゃぐしゃに歪みそうになった。愛おしさと悲しさが同時に込み上げて、心を滅茶苦茶に掻き乱す。
 
 それでも、静かに手を伸ばすと、双子はパッと顔を輝かせて、俺の手を握り締めた。途端、ぐちゃっ、と泥を握り締めたような気色悪い感触が走った。ぞぞっと悪寒が背筋を駆け上る。
 
 思わず双子の手を振りほどきそうになるのを堪えて、双子の姿を見下ろす。美しい顔をした子供たちだ。それなのに、どうしてこんなにおぞましいと思ってしまうのだろう。だが、そのおぞましさは愛おしさと裏腹だった。
 
 小さな掌が左右の手に繋がれている。まるで親子のように。ゆっくりと歩きながら、ふと気が付いて問い掛ける。
 
 
「そういえば、お前たちの名前は?」
 
 
 四つの目玉が俺をじっと見上げた。
 
 
「よるくも、です」
「ひるくも、です」
 
 
 普段なら不気味な名前だと顔を顰めただろう。だが、今はどうしてだか、すごく良い名前だな、と思った。
 
 
「よるくも、と、ひるくも」
 
 
 そう口ずさむと、双子ははしゃいだように笑った。暗闇に、双子の笑い声が小さく響いた。
 
 

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Published in 先生と化物のものがたり

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