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09 男子高校生と化物の恋バナ

 
 放課後、商店街の花屋の店先にしゃがみ込んで、うなり声を上げる。店頭には春の花が満開に咲き誇っていた。色とりどりの花びらを眺めながら、どれを買うべきなのか悩みあぐねていた。
 
 赤、派手だろうか。黒、有り得ない。ピンク、幼稚っぽい。鉢植えに手を伸ばしては引っ込めることを繰り返す。頭の中でぐるぐると無駄な思考が巡る。
 
 そもそもチカさんが好きな花は何なんだろうか。好きな色は、匂いは。顔も見たことのない人のことを想いながら、そんな事を考える自分が滑稽で堪らない。
 
 うなり声が最高潮になった時、背後から肩を叩かれた。振り返ると、数週間前まで恋い焦がれていた顔が見えた。
 
 
「メーグくん、なにしてんのぉー?」
 
 
 マーヤちゃんは、相変わらず頭のネジが一本足りないような声で問いかけてきた。ふにゃんふにゃんと擬音がつきそうな、気の抜けた笑顔を浮かべている。
 
 
「マーヤちゃんも、何で花屋? 帰り道?」
 
 
 驚きのまま問い返す。マーヤちゃんは、俺の隣にしゃがみ込みながら花屋の看板を指さした。短めのスカートから丸っこい膝頭が覗き見える。
 
 
「なんでって、ここあたしん家だよー」
 
 
 看板を見上げると、確かにそこには『橋本生花店』と書かれていた。何度もこの店の前を通ってきたはずなのに、一度も気付かなかった。
 
 
「あ、そうなんだ。全然知らなかった」
 
 
 そう呟くと、マーヤちゃんはにまーっと笑みを深めた。
 
 
「うん、だれにも言ったことないもん」
「何で?」
「だって、お花のことなんか、だぁれもキョーミないでしょー?」
 
 
 笑いながら、そんな切り捨てるような事を言う。ギクリとした気持ちでマーヤちゃんを見遣ると、マーヤちゃんはゆっくりと小首を傾げた。長くカールした髪の毛の隙間から、細く白い首筋が見えた。
 
 
「キョーミないこと話しても、みんなシラケるだけだもん」
「…もしかしたら、興味持つかもしんないよ」
 
 
 マーヤちゃんは、あはは、と弾けるように笑った。その笑い声が言外に『そんなわけないじゃん』と答えていた。
 
 
「あのねぇ、昨日サナがあたしにお花ちょうだいって言ってきたの。菊のお花」
 
 
 サナというのは、マーヤちゃんとよく一緒にいる友達だ。少しキツめの美人で、オウジのことが好きだと公言して、ことあるごとにベタベタと引っ付いている。
 
 菊の花という言葉に、今朝机の上に飾られていた一輪の菊を思い出す。マーヤちゃんがふんわりと笑みを浮かべたまま呟く。
 
 
「それって、俺の机に飾られてた菊のこと?」
「うん、そう。あれね、ちょっとムカついちゃったぁ。サナに、何であたしの花をあんなことに使うの、って聞いたらね、花じゃん、って言ったの。たかが花じゃん、って」
 
 
 じっとマーヤちゃんと見つめる。マーヤちゃんは、ちらっと俺を横目で見遣って、やんわりと目を細めた。
 
 
「つっまんねぇ奴だな、って思っちゃったぁ」
 
 
 微笑んだまま、残酷なことを言う。そのちぐはぐさに、今まで俺が思っていた彼女の妖精のようなイメージが崩れていく。だが、どうしてだか失望も落胆も抱かなかった。ただ、これが有りの侭の彼女なんだと思った。
 
 
「だからね、本当に好きなものは、本当に大事な人にしか教えちゃだめなの。隠してるんじゃないの。守ってるのぉ」
 
 
 少し痛んだ花びらを指先で毟り取りながら、マーヤちゃんが呟く。その視線は、もう俺へは向けられていない。
 
 
「守るって、その好きなものを? それとも自分を?」
 
 
 問い掛けると、マーヤちゃんは大きな目をぱちりと瞬かせた。
 
 
「どっちともぉ」
 
 
 ぽつんと呟いて、マーヤちゃんはまた、へらぁ、っと緩い笑みを浮かべた。その笑顔を見ても、もうマーヤちゃんを可愛いとは思わない。頭がからっぽだとも。以前とは違う意味で、自分が彼女に対して好意を抱いていることにも気付いた。
 
 
「でぇ、なんでメグくんはお花屋さんにいるのぉー?」
「今、知り合いの家の庭を手入れしてて、庭に埋える花が欲しくて」
 
 
 ふーん、とマーヤちゃんが相槌を漏らす。
 
 
「あんまり植え替えとかしないお家だったら、多年草がいいと思うなぁ。植えっぱなしでも毎年ちゃーんと咲いてくれるイイ子なんだよぉ」
 
 
 言いながら、今ならアジュガとかスノーフレークとかぁ、と鉢植えを次々と指さしていく。
 
 
「ベゴニアとかマーガレットは乾燥に強いし、割と一年中咲いててキレーだよー」
「できれば、季節で庭の雰囲気が変わるようにしたいんだけど」
 
 
 四季折々に咲く花が変われば、その度にチカさんが顔を出してくれるかもしれないという思いがあった。
 
 
「庭の大っきさは、どのくらい?」
「たぶん十畳から十二畳ぐらいだと思う」
「予算はー?」
「…三万ぐらいで収まると嬉しい…」
 
 
 確か今年のお年玉がそれぐらい残っていたはずだ。ぐっと咽喉を詰まらせる俺を見て、マーヤちゃんが、んふふ、と笑う。
 
 
「ビンボーだねぇ」
 
 
 笑いながら、マーヤちゃんが店の奥へと入っていく。その姿をぼんやりと眺めていると、店の入口からひょこっとマーヤちゃんが顔を覗かせた。
 
 
「お花用意しておくからさー、明日お届け先の住所おしえてー」
 
 
 昼休憩でいいからさー、と間延びした声で言う。その声に慌てて俺は言った。
 
 
「俺が話しかけたらマズくない?」
「なんでぇ?」
「一応、イジメられてるから」
「いちおうって、メグくん言葉へん」
 
 
 変だと言いながら、マーヤちゃんがまた笑う。
 
 
「別に、あたしも“られちゃって”もいいんだよぉ」
「いいんだ?」
「うん、全然へーき」
 
 
 随分と簡単に、イジメられても平気と口に出す。だが、実際にマーヤちゃんは平気なんだろう。理解されない人に囲まれるよりも、一人でいる方がずっと呼吸しやすいという事に、俺も彼女も気付き始めているから。
 
 
「メグくん、なんか変わったねぇ」
「変わった?」
「前まではみんなと足並みあわせてー、輪から外れないように必死ーって感じだったじゃん。なのに、今はみんなから離れても怖くない、って感じ」
「怖くないわけじゃないよ」
「でも、さみしくはないでしょ?」
 
 
 問い掛けに、一瞬逡巡はしたものの頷きを返した。マーヤちゃんは笑みを深めて、首を真横に傾げた。
 
 
「居たい場所ができたんだねぇ」
 
 
 その言葉に、ふわりと胸の奥で温かい何かが広がった気がした。頭の中に思い浮かぶのは、あの古びた長屋の光景だ。綺麗でも整ってもいない家なのに、それでもあの場所に居たい。チカさんと双子の傍にいたい。そう思う理由が解らなかった。解らないのに、自分の心は迷いなくその結論を導き出す。
 
 
「うん、居たい」
 
 
 決意したように、静かにそう答える自分の声が聞こえた。
 
 

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Published in 先生と化物のものがたり

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