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双子の蜘蛛の旅路

 
 僕たち、母さまが可哀想でしかたない。
 
 父さまが死んでから、母さまは毎日毎日泣いてばかりだ。母さまは動かなくなった父さまの遺体にたかる蠅を叩き、這い寄る蛆をにじり潰して、死臭に寄ってきた烏を威嚇する。そうして、父さまの胸に頬を寄せて、せんせぇせんぇ、と繰り返してはしくしくと何百何千もの瞳から涙を零し続ける。
 
 僕たち、母さまに元気になって貰いたくて、母さまの前でたくさん楽しい話をする。ひょうきんに跳ね回って、母さまを笑わせようとする。だけど、母さまは「うるさい!」と僕たちに怒鳴り散らした。
 
 
「おれとせんせぇを、ふたりぼっちにしてくれ!」
 
 
 と叫んで、わぁっと声をあげて泣きじゃくる。僕たち、胸が張り裂けそうになって、隣の部屋で二人肩を並べてしくしくと泣いた。
 
 でも、その度に母さまは隣室にやってきて、僕たちを抱き締めて「ごめんなごめんなぁ」と謝る。
 
 
「おまえたちは、おれを慰めようとしてくれてるのに、わるい母さまでごめんなぁ。もうすこししたら、げんきになるから…」
 
 
 そう繰り返すけど、母さまは何ヶ月も何年も泣き続けたままだ。僕たち、そんな母さまの姿を見ているだけで、悲しくて堪らない。
 
 
 
 
 
 だから、僕たちは神さまに会いに行った。僕たち、正直に言うと、神さまがそんなに好きじゃない。だって、神さまは自分でそう作ったくせに母さまを化け物扱いして、人間の世界に追いやった張本人だからだ。
 
 あっちの世界に行くと、神さまは寝そべったままバリバリと煎餅を食べていた。僕たちの姿に気付くと、神さまは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
 
 
「神さま、父さまを生き返らせてください」
 
 
 僕らがそう言うと、神さまは大きな溜息をついた。口の周りに煎餅のカスがたくさんついている。
 
 
「無茶言うなや。お前らの父親は大罪人やで」
「父さまは、なにも悪いことはしていません」
「化け物と契って子供こさえただけでも大罪じゃろ」
「父さまと母さまは愛しあっていました」
「愛!」
 
 
 愛と叫ぶと、神さまはお腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。口元についていた煎餅のカスが僕たちのところまで飛んでくる。
 
 
「なんじゃそりゃ、気色悪すぎてサブイボ立つわ」
「僕たち、なにもおかしなことは言っていません」
「だからじゃろ。この世界で一番笑えんのは真面目くさった話や。真面目に愛を語ることほどクソ阿呆らしいことはないで」
 
 
 そう言うと、神さまは顎に両手をついて、ニタニタと笑いながら僕たちを見た。
 
 
「死んだもんを生き返らせることはできん」
「あなたは神さまなのに」
「神さまだからこそ、この世界の理を簡単に変えたらあかんのや」
 
 
 僕たちは、意外と神さまってつまらない役目なんだな、と思った。折角の神さまなのに、世界を自分の思うままに出来ないなんて。そう思うと、目の前の神さまも案外好きで神さまをやっているわけではないのかもしれません。
 
 
「生き返らせることはできんけど、違う生きもんに生まれ変わらせることはできる」
「違う生きものに?」
「そう、輪廻転生ってやつや」
 
 
 神さまは食べかけの煎餅も持った手を軽く左右に振った。途端、キラキラと輝く流れ星のような光が遠くへと飛んでいくのが見えた。
 
 
「お前たちの父親の魂だ」
「父さまはどこに行ったんですか?」
「さぁ、解らんね。お前らが自分で探すしかない。父親は虫に生まれとるかもしれん。犬に生まれとるかも。女に生まれとるかも。何百も何千年も転生を繰り返して、もう二度と言葉が通じる生きもんにはならんかもしれん」
「それでも、僕たち、父さまを探します。何百年でも何千年でも」
 
 
 神さまは「ほうか」と呟くと、僕たちへとゴロンと背中を向けた。神さまが煎餅をかじっている音が聞こえる。僕たち、神さまへとお辞儀をして、父さまを探す旅に出ることにした。
 
 
 
 
 
 最初に見つけた父さまは、ゲジゲジに生まれ変わっていた。地面を這い回る黒い虫を見つけた瞬間、僕たち、それが父さまだってすぐに気が付いた。だって、何本も生えたゲジゲジの腕は、父さまの長くて優しい腕にそっくりだったから。
 
 僕たち、すぐに父さまを母さまの元に連れて帰ろうとした。だけど、僕たちがゲジゲジを両手に掬い上げようとした瞬間、目の前をものすごい速さで馬車が通り過ぎた。馬車の大きな車輪に、ゲジゲジの父さまは一瞬でぺちゃんこに潰されてしまった。
 
 僕たち、半分に千切れてしまった父さまの前でわんわんと声を上げて泣いた。これでは折角連れて帰っても、余計に母さまを悲しませてしまうだけだ。僕たち、ぐすんぐすんと啜り泣きながら、父さまの遺体を地面に埋めて何時間も両手を合わせた。
 
 そうして、僕たちは、また旅立った。
 
 
 
 
 
 僕たちは、何度も何度も父さまの生まれ変わりを見つけた。
 
 父さまは、ある時はネズミに生まれ変わっていた。だけど、僕たちの目の前で蛇に飲み込まれて死んでしまった。ある時は、岩肌に張り付くウミウシに生まれ変わっていた。そのときも、僕たちの手の中からさぁっと潮に流されて海の底に沈んで行ってしまった。大きな魚に生まれ変わっていた父さまは、僕たちが見つけた時には漁師一家の食卓に塩焼きにされて並んでいた。
 
 僕たち、何年も何十年も何百年も父さまだけを探し続けた。だけど、その度に父さまは惨めに死んでしまう。
 
 僕たちは、これが神さまの言った大罪の罰ということなんだろうかと思った。だけど、そんなのは間違いだとも思った。僕たちが覚えているのは、父さまと母さまの幸せそうな姿だけだ。父さまは本当に心の底から母さまを愛していた。そうして、人もどきの僕たちを愛してくれた。父さまは、この世界で一番誰よりも愛情深い人だった。そんな父さまが大罪人であるはずがない。
 
 
 僕たち、何百年も父さまを探し続けて、世界の端から端まで旅をし続けた。空を鏡のように映す湖や、何処までも果てしなく続く地平線、深紅に燃える太陽、満点の星空、透き通った水底に沈んだ鮮やかな珊瑚礁、満開の紫色の花の絨毯、たくさんの美しいものを見た。
 
 そして、たくさんの醜いものも見た。飢饉に耐えかねて我が子を井戸に捨てる親、たった百メートルの土地を争って殺し合う領主、金のために好きでもない老人に嫁ぐ少女、可愛い子犬を殴りつける受験ノイローゼの少年、溢れかえったゴミ箱に捨てられる食べかけのハンバーガー、電車の中で鳴り響く携帯電話のうるさい音。
 
 時代は移り変わって、世界は吃驚するほどその姿を一変させていく。
 
 
 僕たち、その時も駅前の噴水の縁に腰掛けて、大して美味しくもないハンバーガーを食べていた。
 
 
「よるくも、父さまはどこにいるんだろう」
「わからないよ、ひるくも」
「もう百年以上、父さまを見つけていない。父さまはもう生まれ変らなくなってしまったんだろうか」
「馬鹿なことをいうな。父さまは必ずいる。父さまが母さまをひとりぼっちにされるものか」
 
 
 僕たち、そう口に出すものの近頃胸をかすめる不安が拭えない。父さまは、もしかしたらもう生まれ変わることを止めてしまったのかもしれない。世界への未練がプツリと途絶えてしまったのかもしれない。だけど、もしそうだったとしたら、母さまがあんまりにも可哀想だ。
 
 ハンバーガーの袋をきちんと折り畳んでいた時だ。僕たちの目の前をわいわいきゃあきゃあと騒ぐ若者たちが通り過ぎた。男女三人ずつの絵に描いたようなチャラチャラした若者たちだ。たぶんまだ高校生ぐらいだろう。
 
 僕たち、ふと顔を上げて、それから思わず目を剥いた。
 
 若者たちの中に、父さまがいた。三人いる男のうちの一人で、髪の毛を明るい茶色に染めている。耳にはピアスがあいていて、ぶかぶかのズボンをだらしなく腰で履いていた。根気も熱意もまったくありませーんと臆面なく言いそうなヘラヘラとした笑みが口元に浮かんでいる。
 
 でも、それでも、それは僕たちの父さまだった。何百年も経って、ようやく父さまが人の形に生まれ変わっていた。
 
 僕たち、気が付いたら走り出していた。人混みを突き飛ばして、父さまへと向かって駆ける。若者たちの間をぬって、僕たちは父さまへと手を伸ばした。
 
 
 
***
 
 
 
 いきなり、知らない二人組の子供に腕を掴まれた。
 
 
「は?」
「「とおさま」」
「はあぁ?」
 
 
 もちろん、俺は「とおさま」なんて名前じゃない。
 
 

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Published in 先生と化物のものがたり

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