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014 泥を食う

 
 弟に虐められ始めたのは、俺が幼稚園年長だった頃だ。弟のコウはその時幼稚園年少だった。
 
 
 初めは他愛もない遊びだった。同じクラスの女の子とままごとをしていた。ツインテールの可愛いエリちゃんがお母さん役で、普通なら俺がお父さん役になるはずが、コウがお父さん役がいいと駄々を捏ねたので、俺は赤ん坊役になった。初めは不満ばかりが胸を占めていたが、エリちゃんの柔らかい膝の上であやされ、額を撫でられると、赤ん坊もそう悪くないと思い直したのを覚えている。葉っぱや土で擬似的な料理を作るエリちゃんの後ろ姿を見て、胸がいっぱいになった。
 
 
 それなのに、そんな甘い気持ちは直ぐにぶち壊された。泥団子を持ったコウが笑顔のまま俺の口に泥を詰め込み始めた。驚きに目を見開いて、食えないと喚いても、コウは不思議そうに首を傾げるばかり。
 
 
「キヨちゃん、すききらいはダメだよぅ」
 
 
 赤子を諭すような優しげな声を発して、泥を咽喉の奥まで突っ込んでくる。短い指が泥と一緒に口の中を暴れ回って、無理矢理泥を飲み込ませる。土くれが口の中でジャリジャリと音を立てて、食道まで流れ込んでくる感触に全身が震えた。最後は泣きながら「やめて」としゃくり上げた。その時のコウの無邪気な笑顔といったら。細められた目に、口角の緩く上げられた唇、泥だらけになった俺の唇をぬぐう指先、思い返すだけで目の前が真っ暗になる。その瞬間に俺は理解した。
 
 
 《弟には、人の苦しみがわからない》
 
 
 理解した瞬間、もう弟に逆らうことは出来なかった。されるがままに虐げられるしか道がなかった。
 
 
 
 
 
 
 それから、コウは事あるごとに俺を虐めるようになった。子供のときは、まだ我慢出来た。物差しで殴られたり、ホッチキスで身体中を留められるなんて、まだ大した事じゃない。
 
 
 中学生になった頃から、コウのイジメが奇妙に歪み始めた。俺の身体を見たがり、嫌がれば気絶するまで殴られ、ベッドに括り付けられて裸に剥かれた。全身を撫で回され、無理矢理勃ち上がらせた性器をせせら笑いながら眺める。
 
 その異常さに気付いたのは、コウが俺の裸を見ながら、自分の性器を上下に擦り上げ始めた時だ。弟が兄の裸を見つめながら自慰をする光景、その背徳感に首筋まで寒気が走った。萎れた性器にコウの生温かい白濁が振り掛けられた瞬間、俺は絶叫していた。縛られた両腕を血が滲むまで暴れさせ、両足をバタバタと振り乱した。暴れ狂う両足を強引に押さえ付けて、コウはそのまま俺を犯した。突き入れられて、掻き回されて、何度も、何度も、泡立ったコウの精液が身体の中から溢れてくるまで、何度も腹の中にぶちまけられた。
 
 耳元で荒い息まじりに吐き出された言葉、「兄ちゃん」と呼ぶコウの声、泥を食った時の、あのジャリという土の感触が、口の中いっぱいに広がった。
 
 
 
 
 
 
 最近、コウは俺の首を絞める。あの無邪気な笑顔はもうない。追い詰められたような苦しげな表情で、俺の首を絞めつける。その震える指先を見詰めて、俺はコウが苦しみを理解したことを知る。そうして、いつかコウに殺されるだろう自分の未来を予感する。それでも構わないと思う。きっと俺が死ねば、コウはもっと苦しむ。苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、今まで味わってきた俺の苦しみを骨の髄まで理解すればいい。
 
 
 そうして、コウもいつか泥を食うだろう。口いっぱいに泥を頬張って、その苦しみを味わいながら、
 
 
 ――藻掻き死ね。
 
 

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Published in 短編

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