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022 螺旋の腕(中)

 
 人気のないトイレに付くと、男はまるでゴミでも払うかのように僕の手を振りほどいた。もう片方の手で、掴まれていた方の手をしきりに撫でている。野球帽の下から、まるで異質なものでも見るかのような視線が覗いていた。
 
 
「何なんだよ御前」
「単なる一生徒だけど」
 
 
 暢気に答えると、男は馬鹿にされたと思ったのか目尻をきつく尖らせた。
 
 
「別に馬鹿にしてるんじゃないよ。こういう性格なんだ、許してよ」
 
 
 少しへりくだると、男の溜飲が僅かに下がるのが目に見えてとれた。何だか今にも噛み付きそうな狂犬の咽喉を撫でてるみたいで堪らない。こういうところが、時々自分で異常だと思う。僕よりも少し背の高い男の顔を、じっと見上げて、首を緩く傾げる。
 
 
「ね、その傷どうしたの? 自分で付けたの? 誰かにやられたの?」
 
 
 男が再び戸惑う。きょろきょろと挙動不審に左右を見渡している様子は、まるで隠れる場所を探しているネズミのようで妙に愛らしい。からかい半分で身体を一歩近付けると、男の足が逃げるように後ろへと一歩退いた。もう一歩進めると、男の背がトイレの扉にぶつかる。丸っきり虐めてるみたいだ。笑いに薄く咽喉を鳴らすと、男の血走った目に薄らと怯えのようなものが滲んだ。この男は狂犬だけど、まだほんの小さな子犬だ。
 
 
「も、ういいだろ?」
「もういいって何が? 何も答えてないじゃない」
「金は払っただろ!」
 
 
 呂律の回っていない声は酷く聞き取りにくかった。金は払っただろ、という声が、かねははあったあろ、と聞こえる。まるでぐずる赤ん坊のようだ。指先を伸ばして、男の半開きになった唇へと突っ込む。人差し指と親指で舌を摘むと、表面は乾いているのに、吃驚するぐらい熱かった。男があがあがと呻き声を上げながら、僕の両肩を必死で押す。
 
 
「舌、熱いね」
 
 
 耳の穴に吹き込むように囁くと、男の両腕がぶるりと震えた。片手で素早く鞄を漁って、ジップロックの中から一枚の紙を取り出す。指先で摘んだソレを男の眼前で緩く揺らすと、男の目が見開かれる。
 
 
「はい、あーん」
 
 
 優しく囁きかけると、男の身体から力が抜けていった。クスリの誘惑には抗えない。だって、クスリは病だ。精神力じゃ病気は治せない。ただ違うのは、クスリは自ら選んで崖へと踏み出すということだけ。
 
 男の口から舌を引っ張り出して、その上へと紙を乗せる。途端、乾いた舌の表面に唾液がじっとりと滲み出すのが見えた。男の眼球が緩く溶けていく。瞳孔がぎゅっと小さくなって、それから異常に大きくなる。散瞳だ。首筋に掌を押し当てると、脈拍が異常に早くなっていた。虚ろな視線を漂わせる男を扉へと押し付けたまま、腕時計の秒針を眺める。暫く待ってから男を見上げると、男の口角から唾液が伝っていた。その阿呆とも無防備とも取れる姿に、笑みが零れる。
 
 
「気持ち良くなってきた?」
 
 
 訊ねると、緩慢な動作で男は頷いた。男の手を引いて、トイレの個室へと入る。野球帽を取って、短い髪の毛をゆっくりと撫でると、男はまるで子供のように嬉しそうに笑った。
 
 
「キスする?」
 
 
 返事を待たず、唾液に濡れた唇に噛み付いた。顎を伝う唾液を舐め上げて、ほどけた咥内へと舌を突っ込む。先ほどの乾きとは裏腹に、男の咥内は温かく濡れそぼっていた。まだ淡くクスリの苦味が残っている気がする。舌を根元からきつく絡めると、男が苦しそうに呻き声を漏らす。それに構わず、ねちゃねちゃと唾液ごと絡めとるように咥内を舐め回す。上顎をぞろりとなぞると、密着した男の腹筋がピクリと跳ねた。それが堪らなく嬉しくて、思わず男の舌に噛み付く。ギリギリと前歯の間で柔らかい粘膜が潰れて行く感覚。プツプツと立った舌乳頭が歯の下で足掻く感触。嗚呼、いっそ噛み千切ってしまいたい。ガリッと鈍い音が鳴った瞬間、咥内に血の酸味が溢れた。甘く、苦い。男の舌は千切れてはいなかったが、深い歯形を残して血を滴らせている。微かに破けた赤い肉が狂おしく痙攣していた。それは赤い蛞蝓が血を出して悶えているようにも見えた。男は痛みを感じていないのか、口角から唾液と血を零しながら相変わらず惚けた表情を浮かべている。
 
 
「痛い?」
 
 
 訊ねると、男は首を左右に振った。
 
 
「いひゃくない」
 
 
 その答え方があまりにも可愛かったので、僕は血を溢れさせる男の舌を吸ってやった。ちゅうちゅうと、哺乳瓶を銜えた赤ん坊みたいに。錆の味が咥内に淡く広がって、脳味噌をじんわりと侵して行く。男は淡い吐息を吐き出して、震える指先を自身の下肢へと伸ばした。ズボン越しでも解るぐらい、男の性器は固く勃ち上がっていた。たどたどしい手付きでズボンのジッパーを下げようとする男の拙い手付きに、含み笑いを零す。戯れに男の手を取り押さえると、男がむずがるように身体を左右にくねらせた。
 
 
「ねぇ、僕のしゃぶってくれない? そしたら、君のもイカせてあげるよ?」
 
 
 まるで悪魔にでもなって、小さな子供を唆しているような気分になる。男は一度視線を彷徨わせてから、こくりと頷いた。その幼げな仕草に、細波のように興奮が血管を這いずり回る。心臓が大きく脈打つ。便座に腰をかけると、男は床に膝を付いて、ズボンから僕の性器を取り出した。半勃ちになった他人のモノを、珍しそうに眺める。
 
 
「舐めて」
 
 
 そう促すと、男は真っ赤に染まった舌を突き出して、カリの部分をぺちゃりと舐めた。ミルクを呑む犬のように、ぺちゃぺちゃと音を立てて陰茎の部分に舌を這わせる。潤った舌はまるでそれそのものが生きた軟体動物のようだった。生温い粘膜が性器を這い回る感触に、首筋の後ろがぞくぞくと粟立つ。先端の鈴口を舌先を擦り付けるように舐められると、もう堪らなかった。毛穴が一気に開いて、額から油汗が滲み出す。同じ要領で「銜えて」と言えば、男はべちゃりとぬめった咥内に性器を招き入れた。熱い咥内に先端を擦り付けると、痺れるような快感が腹の奥から湧き上がって、腰が浮きそうになるぐらい気持ちが良かった。男の頬が陰茎の形に合わせて膨らむのが何とも滑稽で面白い。咽喉の奥に突き上げてみると、男の眉が苦しげに寄って、塞がれた唇からくぐもった呻き声が零れた。
 
 
「苦しい?」
 
 
 性器をずっぽりと口に銜えたまま、男が上目遣いに僕を見上げる。とろりと黒目と白目が融解した眼球は、苦しみを超越した場所にまで飛んでいた。腕時計を見ると、クスリを含んでから十分が経過している。今が丁度クスリが最高潮に回っているときだろう。悲しいも苦しいも解らず、ただ脳味噌が享楽と快楽のみを拾い上げる時間。
 
 男の掌は、僕の太腿の上に置かれている。その指先を拾い上げて僕の指と絡めると、男が嬉しげに鼻を鳴らした。お礼とでも言うように、唇をすぼめて僕の性器を上下にすく。股間の上で、短い髪が上下に揺れ動いて、口の中を赤黒い性器が激しく出し入れされている。男の唇の端から、涎と先走りと血が混ざり合ったものが赤く泡立って溢れていた。じゅぷじゅぷと露骨な水音が狭い空間に満ち溢れる。何処か淫らで崩れた音だと思った。人間の脳味噌を柔らかく溶かしていく下劣な音だ。
 
 視線を緩く落とすと、男の性器は先ほどよりもくっきりとズボンに形を浮き上がらせていた。戯れに靴の爪先で股間をつつくと、男の身体が陸に上がった魚のように大きく跳ねた。その反応に気を良くして、靴の裏で股間をぐりぐりと踏み躙ってみる。男が鼻がかった声を漏らしながら、身体を左右に捩らせる。眉間に刻まれた皺は、その快楽の深さを示している。
 
 
「靴で踏まれるのが気持ち良いの?」
 
 
 問い掛けると、男が潤んだ眼差しで見上げてきた。性器を口から出すと、涎と先走りでべたべたになった唇を開いて、掠れた声で呟く。
 
 
「きもち、い」
「もっと気持ち良いことして欲しい?」
 
 
 躊躇うような頷きが返ってくる。思わず唇に笑みが滲んだ。
 
 
「じゃあ、下脱いで」
 
 
 男は暫く逡巡するように双眸を瞬かせていたが、結局誘惑に勝てなかったのか、のそのそとした動きでズボンを脱ぎ始めた。ズボンが膝まで下げられたところで、奇妙なものが視界に入る。男の太腿や腰骨辺りに、赤い斑点のようなものが浮かんでいる。それは時折黒ずんで、男の皮膚に沈着していた。
 
 
「その痕なに?」
「たばこ」
「誰にやられたの?」
「おかぁさん」
 
 
 よどみなく男は答えた。クスリのせいで脳味噌のストッパーが外れてしまったのか、随分と口が軽くなっている。ふぅん、と相槌を返して、親指の腹で赤黒い痕をなぞってみる。皮膚が溶けて陥没しているのか、凸凹とした感触を感じた。男がくすぐったがるように、小さな笑い声を立てる。そうして、下着が下げられた瞬間、勃ち上がったものが跳ねるように出て来た。先端には先走りが滲んで、ねっとりと粘着いている。人差し指の爪で鈴口を押し込むように弄くってみる。途端、男の腰がビクビクと痙攣して、先端からピュッと少量の精液が飛び出て来た。
 
 
「ひ…ぅう゛、ッ…」
 
 
 まるで泣くのを我慢している子供のような声を上げる。男は背を個室の扉に押し付けたまま、咽喉を逸らして荒い息を吐き出した。上半身は服を着たまま下半身だけ裸というのは、妙に笑える光景だった。含み笑いのまま訊ねる。
 
 
「尻使ったことある?」
「し、り?」
「尻の穴に突っ込まれたことある?」
 
 
 具体的に言っても、男は言葉の意味を理解出来ていないようだった。不思議そうに首を傾げる男に焦れて、無理矢理その手を引っ張って膝の上に乗らせる。男は他人の膝に向かい合うようにして座る格好に驚いたのか、目を大きく見開いた。腰を両手で掴むと、吃驚するぐらい細かった。細いといっても骨格云々の問題ではなく、栄養失調ゆえの細さといった印象だ。腰に回した手を尻まで下げて、小さく窄まった穴に指先を滑らせる。そこはぬかるんだ唇とは違って、乾いていた。目を白黒させる男の口の中へと、乱暴に人差し指と中指を突っ込む。
 
 
「しゃぶって」
 
 
 男はまだ惚けているのか、動こうとしない。結局咥内を指で掻き回して、血の色をした唾液をこそげとって指を引き抜いた。ぽたぽたと唾液を滴らせる指を、性急な動作で尻の穴へと突っ込む。途端、男の咽喉から悲鳴のような音が溢れた。
 
 
「ひ、ィいぃ…!」
 
 
 まるで助けを求めるような悲鳴が癇に障る。喉仏に噛み付くと、男の首筋にぶわっと鳥肌が浮かんだ。人差し指を狭い粘膜に突っ込んだまま、ゆっくりと掻き回す。入口が収縮を繰り返して、指を食い締めてくる。指が千切れそうだ。きつさを堪えて、根元まで指を突き入れる。そのまま鉤型に曲げた指で内部を引っ掻き、押し広げながら二本目の指を突っ込むと、男がイヤイヤするように首を左右に振った。眼球は潤んで、涙を滲ませている。痛いのだろうか。だけど、クスリが切れるには随分と早過ぎる。
 
 
「痛いの?」
 
 
 男は首を左右に振った。それから、酷く聞き取りにくい声で言う。
 
 
「こ、わい」
 
 
 胸が張り裂けそうになった。勿論罪悪感なんてもので張り裂けそうになったわけではない。僕は歓喜していた。自分よりも体格の良い男を怯えさせる奇妙で歪んだ悦び。このまま突っ込んで、ガンガンに揺さぶってやろうか。そうすれば、もっと男は怖がるだろうか。泣いて、僕に助けを求めるだろうか。恐怖を与える僕にしか、この男は縋る相手がいない。それは堪らない興奮だった。
 
 

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Published in 短編

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