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022 螺旋の腕(下)

 
「優しくしてあげようか?」
 
 
 優しく尋ねると、うん、と稚拙な返事が返ってくる。鼻頭にキスすると、男が甘えるように頬を擦り寄せてきた。丸っきり犬か赤ん坊だ。僕に委ね切っている。このまま首を絞めても、この男は何をされているのかすら解らないまま死んでいくのではないかとすら思えた。そう思った瞬間、胸の内側に何かが満ちてきた。呆れとも愛しさともつかない感情。
 
 奥に二本の指を突っ込んだまま、緩く前後に動かす。粘膜の内側を擦るようにすると、男が鼻に抜けるような甘い声を吐いた。
 
 
「ふァ…んん…」
 
 
 興奮でやけに唇が乾く。舌先で上唇を舐めると、男が吸い寄せられるようにキスをしてきた。ちゅ、ちゅ、と幼稚なキスを飽きずに繰り返す。性行為というよりも、それは慰めに近い行為のように思えた。胸が泡立つ。心臓が泡立て器で撹拌されているような感覚。尻の穴から勢いよく指を引き抜くと、男が咽喉から短い嬌声を上げた。男の腰を抱えて、淫靡に収縮する穴へと先端を押し当てる。そのまま、ぐ、と穴を押し広げて内部へと突き入れて行く。突然の大きさに耐え切れないのか、男が鈍く藻掻くような声を漏らした。
 
 
「ァが、グぅッ…!」
 
 
 男の額からぶわっと脂汗が滲み出している。同様に眼球からも涙が押し上げるように零れ出ていた。頬を伝う涙を舌先で舐め上げながら、きつい内部に性器を沈めて行く。指で慣らしたとはいえ、自然と潤わない場所はきつく、狭くて、そして酷く熱かった。性器がぎゅうぎゅうと締め上げられて、吐き出す呼気が戦慄く。半分ほど押し込んだところで性器がそれ以上進まなくなる。男が顔を蒼白にして、ぶるぶると小刻みに震えていた。
 
 
「力抜いて」
「…む、むり…」
「大丈夫だよ。息を大きく吐いて。優しくして欲しいんでしょ?」
 
 
 悪徳商売人だって、こんなに酷い事は言わないだろう。優しくして欲しいんでしょと聞いた癖に、実際やることは今以上に酷いことなのだ。男がひゅーとか細い音を立てながら息を吐き出すのを待ち構えたように、腰を突き上げる。残りの半分が一気に内部へと押し込まれた衝撃に、男が目を見開いて大きく痙攣する。四肢が暴れて、トイレの個室の壁を強く蹴り飛ばした。咄嗟に男の膝裏に手を差し込んで、足を押さえる。
 
 
「駄目だよ、蹴っちゃ。いい子だから、ね?」
 
 
 いい子という言葉を出した途端、男の目の色が変わった。恐怖に彩られていた眼球に、何処か恍惚とした甘えるような色が滲み出す。男はぐずぐずと鼻を鳴らしながらも、自身の拒絶を押し殺すように僕の肩に額を擦り付けた。根元まで性器が押し込まれた尻の穴へと指先を伸ばす。ねっとりと粘つく感触があった。血だ。
 
 
「切れちゃった」
「…き、…れ?」
 
 
 鈍い反芻の言葉に、男の手首を掴む。スパイラルが描かれた腕を無理矢理下肢へと伸ばして、繋がった部分へと指先を這わせた。限界以上に開かれた穴に触れさせると、男の身体が膝の上でビクリと跳ねた。衝撃に粘膜がきゅうと収縮して、性器が締め付けられる。男は暫く呆然とした表情で、穴の辺りをしきりに触っていた。しかし、体内で脈打つモノを感じると、下腹をぎゅうと両手で押さえて涙をぼろぼろと零し始めた。
 
 
「ウ゛、ぅあ゛ぁ、アぁう゛、おかぁ、さん゛」
 
 
 子供のように泣きじゃくる男の姿に、体内に収めた性器がぐんと大きくなる。嗚呼、可愛くてたまらない。だけど、同じように憎らしくてたまらない。こんな時になっても、お母さんを呼ぶのかこの男は。片手を伸ばして、泣き声を漏らす唇を掌で塞ぐ。
 
 
「お母さんはいないよ。僕しか君を助けてあげられない」
 
 
 残酷な言葉を突き付ける。男の目は、それを否定するように見開かれていた。涙が絶え間なく溢れてくる眼球に、ゆっくりと舌を伸ばす。ぐにゃりと剥き立てのゆで卵にでも触れたかのような感触を舌の腹に感じる。しょっぱい味が舌先に広がって、興奮が腹の底から湧き上がって来る。思わず腰を突き上げると、男の両足の爪先がビクリと跳ねた。
 
 
「ねぇ、お母さんに煙草を押し付けられたんでしょう? 他にはどんな事された? 殴られた? 蹴られた? 刺された? 君は悲しくてたくさん泣いたの?」
 
 
 眼球を舐めしゃぶる合間に囁きかける。男の顔が悲痛に歪んで、掌の下の唇が戦慄く。何て可哀想な子なんだろう。身体から立ち登る被虐者の臭いは、決して消せない。クスリでも暴力でもセックスでも、何をしても、男の身体に染み付いて一生離れない。眼球からそっと舌を離す。舌先と眼球が、唾液の糸で繋がっていた。
 
 
「この腕も、お母さんにやられたの?」
 
 
 男の口から手を離して、スパイラルを描く腕を掴む。歪で奇妙な凸凹を刻む男の腕を、うっとりと眺める。男は弱々しい仕草で、首を左右に振った。その仕草の可愛さに、咄嗟に腰が疼く。腰の両脇を掴んで、根元まで入れたまま内蔵を掻き回すように動かすと、限界まで伸ばされた括約筋が軋んだ。男が耐え切れないように、咽喉を逸らして掠れた悲鳴を零す。
 
 
「じゃあ、自分でやったの? どうして、螺旋型にしたの?」
「…くっ、りかえす、…から…ッ!」
「繰り返す?」
 
 
 鸚鵡返しに反芻しながら、小刻みに内部を叩く。粘膜が馴染んで来たのか、少しずつきつさが薄れて、柔らかくほどけてきている。それにしても、人間の体内というのは居心地がいい。内臓の一番深い部分を抉るのは、空虚ながらに征服欲と嗜虐心とを満たしてくれる。いつでも相手を殺せると思う。いっそ殺してやろうと思う。そのくせ、何故か無性に愛おしくなってくる。抱き締めたくなる。相反する感情を持て余しながら、僕はそっと男の胸に頬を寄せた。
 
 
「おや、に、殴られてたら、じぶんがおやになったとき、くりかえ、す、って」
「あぁ、そんなこと言ってたね」
「テレビで、いっ、てるの聞いて、く、りかえす、くりかえす、って、そればっか、考え、てたら」
「螺旋に傷を付けちゃったの?」
 
 
 泣き出しそうな顔で男が頷く。その眼球に滲んでいるのは、恐怖だ。僕への恐怖ではなく、自分自身への恐怖。親と同じことを繰り返すかもしれない強迫観念から、半ば暗示のように腕に螺旋型の傷をつけた男。親に殴られ、自分を傷付け、そうして子供を殴り付けることに怯える。ぐるぐると、同じところを回り続ける。出口はない。
 
 
「そう、痛かったね」
 
 
 呟くと、“彼”の目が見開かれた。睫毛が、その唇が小さく戦慄く。後頭部に手を回して、ゆっくりと撫で上げる。
 
 
「もう大丈夫だよ」
 
 
 馬鹿馬鹿しくて滑稽な言葉だと思った。現在進行形で酷いことをしている人間が何が「痛かったね、もう大丈夫だよ」なんて言葉言える。だけど、思わず口から出てしまったのだから仕方ない。そう、仕方ない。僕は他人に同情したりはしないけれども、抱き締めてあげたいと思うことぐらいある。慰めて、傷を舐めてやりたいと思うことぐらいある。いとおしさゆえに。
 
 彼の顔がくしゃりと歪む。縋るように僕の首に両腕を回して、しがみ付いてくる。耳元で、切ない啜り泣きが聞こえた。きっと、彼は誰かに、大丈夫、と言って貰いたかったんだろう。ずっと、長い間。それを言ったのが、行きずりに強姦している僕だなんて、随分と可哀想なことだ。
 
 
「君はやさしいお父さんになれる。同じことは繰り返されない」
 
 
 これも新しい暗示の一種だろうか。スパイラルを描く彼の腕を掴んで、その手首に淡く口付ける。これで本当に彼がスパイラルから抜け出せるかどうかは解らない。クスリでイッた頭は僕の言葉を覚えていないかもしれない。母親と同じように子供を殴り付ける親になるかもしれない。だけど、可能性は零じゃない。それはきっと希望というものだ。他人に絶望を売り付ける僕には似合わない。
 
 彼の体内は温かかった。もし母親の胎内に戻れるのなら、こういう感覚かもしれない。僕は、彼の左胸に耳を押し当てて、その鼓動に耳を澄ませる。僕の親は、彼の母親のように僕を殴らなかった。蹴らなかった。ただ、育てもしなかった。無関心に、まるでいないもののように扱った。僕もそれを当たり前のことだと思ってすぐ慣れた。その結果、今の僕が作られた。それに対して、今更不足を感じるわけじゃない。僕はそれなりに友達もいて、頭もよくて、女の子からもモテる。だけど、僕は愛情を知らない。憎悪も知らない。だから、教えて欲しい。
 
 
「君は僕を好きになってくれる?」
 
 
 小さく問い掛ける。彼は、きょとんと不思議そうな表情を浮かべた。その答えを待たずに、身体を大きく揺さぶる。彼の咽喉がひゅぅと音を立てた。
 
 
「ひゃ、ぁヴゥうう、ぁ!」
 
 
 性器の大きさに馴染んでいた穴が急激な衝撃に耐え切れず、ぎゅうと収縮する。彼の皮膚に一気に鳥肌が浮かび上がって、肌をざらつかせた。さっきよりも随分と滑りのよくなった粘膜を思いっきり擦り、突き上げる。生温い粘液が性器に纏わりついて、ぐちゅぐちゅと音を立てて鼓膜を侵した。やわらかく、あつく、からまってくる。
 
 彼の両腕が救いを求めるように僕の肩にしがみついて来る。僕は、彼の膝裏に両手を回して、思う存分その身体を揺さぶり、彼の内を味わった。呼吸困難になりそうなほどの深い快感だった。腰にねっとりと絡み付いて、そのまま地面へとめり込ませるような。彼の泣き声が聞こえる。此処が大学のトイレだとか、そんなことを考える脳味噌はなかった。内臓を押し広げて、最奥まで叩き込む。それを何度も繰り返す。首に回った彼のスパイラルの腕を解いて、自分の股間へと導くと、迷いなく上下にすきはじめた。くちゅくちゅと先走りに濡れた音が響き渡る。苦しみを薄れさせるためか、それとも更なる快感を求めるためなのかは解らない。悦に浸った、彼の甘い吐息が耳朶をくすぐる。
 
 
「ぅヴー、あ、ぁ、ア゛あ」
 
 
 ネジの壊れた玩具のような声を上げながら、彼が白濁した精液を勢いよく吐き出す。ビクビクと痙攣する下腹と内太腿、それに内側の粘膜に性器がしゃぶりとられる。次の瞬間、彼の内で性器が膨れ上がって爆発した。尿道を精液が這い上がって、鈴口から彼の胎内の奥深くへと注がれる。中に吐き出されている感覚に気付いたのか、彼が下腹を両手で押さえながら、呻き声とも唸り声とも付かない悲痛な声をあげる。
 
 
「ゃ、あ゛ァ…ぅあァ…」
 
 
 色気も素っ気もない声を聞いて、口許に笑みが滲んだ。火傷しそうなほど熱い耳朶を唇に食みながら囁く。
 
 
「次からは、もっと色っぽい啼き方を教えてあげるよ」
 
 
 そんな事を言う自分自身に、また笑いが零れた。もう次のことを考えている。一回きりの強姦のつもりが、嵌められたのはこっちの方だ。くたりと力の抜けた彼の身体を抱きとめながら、込み上げてくる笑いに僕は咽喉を震わせた。
 
 
 
 
 
 
 
 目が覚めてからの彼は酷かった。とりあえず問答無用で僕を殴り飛ばして、壁に叩き付けた。彼の目は、怒りに燃え滾っていた。だけど、血走った目は直ぐにくにゃりと泣き出しそうなものに変わった。涙に潤んだ彼の瞳を見つめて、胸倉を掴まれたまま彼の鼻頭にちゅとキスを落とす。
 
 
「話そう?」
 
 
 そう、短く囁く。彼はぶるぶると唇を震わせた後、まるで子供のような仕草で頷いた。
 
 たぶん、たくさん話したいことがあるんだ。
 教えたいことも、教えて欲しいことも。
 
 
 
 親や子供、傷や螺旋――愛について、君と話したい。
 
 

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Published in 短編

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